殺戮の太陽
ジャーム王国第三王子、ソルは王族であると同時に、優れた将軍としても名を馳せていた。
彼は常に軍の先頭に立ち、圧倒的な統率力と武力で兵士達を率い、常に勝ち続けていた。
しかし、彼は普段の快活な性格とは裏腹に、戦場では殺戮の太陽と呼称され敵味方に恐れられていた。
漆黒の毛並みをした愛馬に鞭を打ちながら、ソルは荒野である戦場を嵐のように駆け抜ける。
彼が愛用の大槍を縦横無尽に振り回すと、目の前を阻む敵兵士達は一瞬で骸となった。
アネモネも彼に負けじと、馬に乗りながら剣で手当たり次第に敵の喉元を切り裂いていく。ソルに必死に追いつこうとするが、馬術の差か、馬の差か。どんどん離されていくばかりである。
2人の背を見て、後続の味方の指揮は大いに向上した。
ソル軍の勢いに押され、2倍近い兵力である敵軍は壊滅し、敵兵は次々に逃走し始めた。
「や、やっぱ無理だったんだ。あんな化け物がいるジャーム王国に刃向かうのが無茶だったんだ!」
「あ、あんなん勝てっこねえ! 退散だ!」
縦横無尽に逃げ回る敵兵を見て、ソルは槍を地面につけて一呼吸する。
すると、敵兵の中から中年くらいの筋骨隆々とした男が彼らの前に現れる。
「ソル殿下。やっぱりあんたには勝てませんわ」
「カルボー。どうして反乱を起こそうと思ったんだ」
カルボー。ジャーム王国の将軍であり、ソルは同じ戦で共に戦った縁がある。
国への忠誠心は高いものであり、今回の反乱も誰もが耳を疑ったものである
ソルの問いに、カルボーは天を見上げて答えた。
「野心ですよ。俺は王になりたかったんです。でもね、国王の下に使えているだけじゃ王にはなれない。だから隣国のガウス王国の力を借り、国王を倒して俺が成り代わろうと思った。今となっては全て夢物語ですけどね」
「そうか」
ソルは小さく呟くと、大槍を構えてカルボーを見据えた。
「ここで俺を討てば、夢物語ではなくなるかも知らないぞ」
「馬鹿言わないでくださいよ。あんたに勝てるわけありませんわ」
そう言いながらも、カルボーは剣を構えて臨戦態勢に入る。
「ソル殿下。あんたのことは嫌いじゃなかったですよ」
「俺は嫌いだ。お前は忠誠心の塊だと思っていたからな」
「……うおおお!」
カルボーは剣を振りかぶって、ソルへ向かって突撃する。
次の瞬間、その首は大槍の一撃によって宙に舞っていた。
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戦後、ジャーム王国陣内にて
ソルは捕虜となったカルボーの一族を見やりながら、一言呟いた。
「この者達は全員斬首だ。見せしめとして首も城下に晒しておけ。反乱の抑止になるだろう」
「はっ! 仰せのままに致します!」
兵士が敬礼すると、捕虜達はたちまち刑場へと連行されて行った。
その背中を見ながら、ソルは一言呟いた。
「アネモネ。私を残酷だと思うか?」
「……殿下の判断は正しいと思われます」
「先程の捕虜の中にはカルボーの六歳の息子と五歳の娘がいる。それでもか?」
「……」
沈黙するアネモネに、ソルは髪をわしゃわしゃと掻き乱しながら言った。
「……戦は嫌だ。後何回こんなことを繰り返さなければならないんだ。私だってやりたくてやっている訳じゃない。捕虜達だって生かしてやりたい。だが、次の反乱の芽を潰すためには必要なことなんだ。分かってくれ……」
「殿下は優しいお方です。それは私が、誰よりもよく分かっています」
「アネモネ。殿下を甘やかすでない」
そう言い放ったのは、ジャムール王国に軍師兼ソルの家庭教師として仕えるセムリットである。
齢70であるが、筋骨隆々で歴戦の武人の如く衰えは感じられない。翁は、ソルに向かって告げた。
「殿下。私はやり過ぎだと思います。貴方は敵を殺しすぎる。今回の件、せめてカルボーの5歳の娘くらいは生かしてあげるべきでしょう。教会に預けるなどすれば良いではないですか」
「ならん! 私に、ジャムール王国に逆らう者はこうなると、見せしめにしなければならぬ!」
歯向かうソルの胸ぐらを、セムリットは太い腕で鷲掴みにして言った。
「なら、せめて堂々としていなされ。そんな情けない姿、臣下の前で絶対にお見せなさるな」
「私には、弱音を吐く権利もないというのか!」
泣き言を言うソルに対して、セムリットは火山が噴火するかの如く大声で怒鳴りつけた。
「ふざけたことを抜かすでない小童が! お主はいずれ国王になる人間だ! そのことを自覚しろ!」
「で、でも兄上たちが上にいるし……」
弱気になるソルに対し、セムリットは深呼吸をして言った。
「私は貴方こそ、次の国王に相応しい男だと思っているのです。くれぐれも、私の期待を裏切りなさるな」
「伝令! 伝令です!」
突如、兵士が1人飛び込むように陣内へと入ってくる。
兵士はソルを見るなり跪いて、大声で告げた。
「国王セロー様、病にて倒れた模様! 急いで撤退の準備とのお達しでございます!」
「何! 父上が!」
仰天するソルに対し、セムリットは眉ひとつ動かさずに伝令に問う。
「国王陛下の容態は如何なものか?」
「大分深刻なものとしか聞いておりません」
「そうか。ご苦労だったな」
セムリットがそう告げると、兵士は再び跪いて言う。
「それでは失礼致します」
兵士の後ろ姿を見やりながら、セムリットはソルに語る。
「もし国王陛下がお亡くなりになられたら、あなたが国王となるのです」
「セムリット! 不吉なことを申すな!」
激昂するソルに対し、セムリットはため息をついて言った。
「あくまで仮の話です。失礼致しました」
「そんなことがあってたまるか! 父上はまだ元気だ! そうでなくては困る!」
自らを励ますように叫ぶソルに、セムリットは静かに告げた。
「世の中に絶対という言葉は存在致しません。くれぐれも、心の準備はなさってください」