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アネモネと太陽  作者: 社員
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アネモネと太陽

 闘技場。


 そこは、奴隷と奴隷を戦わせる殺戮の場所。

 娯楽の少なかった古代では、民衆達の数少ない楽しみの一つであった。

 奴隷達が血を流す度に、群衆達は歓喜し、狂い叫ぶ。

 まるで何かに取り憑かれているかのように。


「愚かだ」


 ジャムール王国第三王子、ソルは闘技場の舞台を王族だけの特等席で眺めていた。

 舞台で戦っているのは、1人は筋骨隆々とした髭面の熊みたいな大男、対してもう1人は15歳くらいの小柄で花のように綺麗な少女であった。

「兄上、楽しいからと言われ来てみれば、これは何だ。ただ大男が少女をなぶり殺しにするだけではないか」

「ソル。人を見た目だけで判断するな」

 隣で言うのは、ソルの腹違いの兄で第二王子のサームであった。

 彼は意地の悪い笑みを浮かべ、短刀を使って戦う少女を眺める。

「あの餓鬼、闘技場でとんでもない強さを誇るんだ。見てろ、じきに大男が死体にされるぞ」

「そんな馬鹿な」

 ソルは兄の発言に耳を疑う。現在少女は大男の振るう戦鎚を避けるのが精一杯であり、反撃の様子すら見せていない。

「嘘をつくな! 気分が悪いから俺は帰る!」

「まあ待てよ。こっからが面白いんだからよ」

 サームは立ち去ろうとするソルの右肩を掴んで言った。


 すると、まるでタイミングを見計らったかのように、劣勢だった少女が攻勢へと転じた。

 少女は男が振り回す戦鎚をひらりと避けて、短刀を男の肩目掛けて突いてきた。

「なっ! この餓鬼っ!」

「イッツ、ショータイム」

 掛け声と共に、彼女は鋭い突きを連発し、大男は戦鎚でそれを受ける。

 しかし、あまりにも早過ぎて目が追いつかないのか、男の体からは赤黒い血が流れている。

「悪いですが、これもお客様を喜ばせるため。お許しください」

「な、舐めやがって!」

 男は激昂しながら無我夢中で戦鎚を振り続けるが、少女はひらりひらりと蝶のように舞う。

 まるで、それは戦闘ではなく踊り子の舞台を見ているようだ。


「綺麗だ」

 ソルは、我も忘れてその戦闘に見入っていた。

 続けてサームが、付け加えるように言う。

「あのルックスと戦闘スタイルだ。闘技場の花アネモネ。あいつのファンは数多といるぜ」

「兄上。私も行くぞ!」

「え、ちょっと? おい!」

 サームが止まる間も無く、ソルは特等席から勢いよく飛び上がり、二人の間に立った。


「そこの男! その戦闘、私と代わってはくれないか?」

「あ、あんたは一体誰だ?」

 驚きながら尋ねる男に、ソルは胸を張りながら自己紹介した。

「私はソル! ジャムール王国第三王子だ!」

「え、ええっ!」

 男は仰天しながら、ソルの方を見て言った。

「し、失礼致しやした! あっしはこれにて退散致しやす」

 男が中へと退がっていくと、ソルはアネモネを見つめて言った。


「これで邪魔者はいなくなった。アネモネ! 私と勝負だ!」

「え、ええと。私はどうすれば」

 想定外の事態に、アネモネは酷く動揺しながらソルを見つめている。

「ただ私と手合わせしてくれればいい。但し、手加減は無用だぞ」

 ソルは剣を抜いて、少女の元は先を向けた。

 少女は分かったと言う風に、短剣を剣先に合わせた。


「分かりました。私で良ければ、相手になりましょう」

 そう言って、アネモネはひらひらと舞うように、ソルヘ短剣で斬りつける。

 しかし、彼もまた舞うような剣技でそれを受け流した。

「!」

「どうした? そんな剣では私には当たらんぞ?」

「……分かりました。私の本気、お見せ致します」

 覚悟を決めたように言うと、アネモネは先程よりも数段早い突きをソル目掛けて繰り出した。

 ソルは突きを剣で受け、避けて、少女に剣で斬りかかる。

 その様子に観客は呑まれ、目を奪われていた。

「な、なあ。ソル王子って、アネモネと撃ち合えるくらい強かったのかよ!」

「確か、剣を教えた師範を打ち負かしてしまったと聞くぞ」

「それってめちゃくちゃ凄いじゃん! いけいけー! ソル王子!」

「アネモネも負けるなー!」


 いつの間にか、客席はこれほどないままの盛り上がりを見せていた。

 ソルは剣戟を繰り広げながら、アネモネに問いかける。

「君はいつもこうやって戦っているのか?」

「はい。私にはこれしかありませんから」

「そうか」

 ソルは悲しそうに呟くと、アネモネに向けて横薙ぎに剣を振った。

「あっ」

 アネモネの手から短剣が弾き飛ばされ、彼女は拳を強く握り締める。

「まだ終わってはいません!」

「なっ!」

 アネモネは油断していたソルの顎下をアッパーで打ち上げ、彼の体は勢いよく空へと舞い上がった。

 ソルの体が地面に打ち付けられたのを見て、審判が赤い旗を上げて叫んだ。


「しょ、勝者アネモネー! 剣を弾かれながらも、拳で闘うナイスファイトを見せつけてくれました! ソル殿下も、王国随一の剣技を余すことなく披露して頂きました! 皆様、二人に盛大な拍手をお送りください!」

 直後、会場から嵐のような拍手が二人に向けられた。


「アネモネー! よくやったぞー! 流石闘技場のアイドルだ!」

「ソル殿下もありがとうございました!」

「いいもん見して貰った! これで明日の仕事も頑張れるぜ!」

 鳴り響く歓声の中で、ソルは仰向けのまま呟いた。

「負けた、か。でも不思議と気持ちが良いな」

「ソル王子。手加減なしとはいえ、大変失礼致しました」

 ソルが横を見ると、アネモネが頭を下げて謝罪をしている。

 彼は上半身を起こすと、彼女に向かって微笑んだ。

「アネモネ。後で私のお供をしてくれないか? 君を連れて行きたい場所があるんだ」

「は、はい。私で良ければお供致します」

「そうか、今はボロボロだから、闘技場の近くにある灯台で少し待っていてくれ」

 ソルはそう言うと、颯爽と闘技場を後にして行った。

 アネモネはその後ろ姿を見て、一言呟いた。


「何で私に構うのかな……。そんなことしたら、名前が廃れるだけなのに……」


 闘技場近くの灯台でアネモネが待っていると、しばらくしてソルが手を振りながら現れた。

「おーいアネモネ! 待たせてすまないな」

「いえ。大して待っていません」

「そうか! なら良かった」

 安堵するソルに、アネモネは恐る恐る言った。


「ソル王子。私は奴隷の身分でございます。あまり関わりになるのはおやめくださいませ」

「それは知っている。闘技場は奴隷を戦わせる場所だからな。アネモネは私と話すのが嫌なのか?」

 首を傾げるソルに、アネモネは思わず否定する。

「いえ! 決してそのようなことは」

「なら良かった。嫌われたらどうしようかと思ったよ」

 ソルはそう言って、夕焼け空を見やりながらアネモネに問いかけた。


「君のことを教えてくれないか? どうして闘技場にいるのか、どこで生まれてきたのかなど、何でもいい」

「別に面白い話はないですが、それでも良ければお話し致します」

 アネモネは深呼吸すると、自らの生い立ちについて話し始めた。

「私は元々隣国ヒューストンの出身で、家は暗殺業をしておりました。戦に敗れた際奴隷として売られ、ジャムールまでやって参りました。本当は風俗街に売られる予定だったのですが、たまたま面白半分で闘技場に入れてみたら天性の才があったみたいで……。そのような経緯がございまして、今もこうして剣奴をしています」

「そうだったのか。苦労をしたのだな」

 ソルの目から流れる涙を見て、アネモネは懐からハンカチを取り出し、彼に渡す。

「涙が……。汚いかも知れないですが、これで拭ってください」

「ああ、ありがとう」

 ソルは渡されたハンカチで涙を拭うと、アネモネに言った。


「なあアネモネ。私に仕える気はないか?」

「えっ?」

 目を丸くするアネモネに、ソルは続けて言った。

「私の護衛をしてくれればそれで良い。給料もそこそこ出るし、君を奴隷の身分から解放もできる」

「ありがたい申し出ですが、どうして私などに……」

 アネモネの言葉に、ソルは闘技場の方を見て言った。

「私が君を救いたいと思ったからだ。それではいけないのか?」

「い、いえ! 王子がそう申すのなら……」

「契約成立だな! これからよろしく頼むぞ! アネモネ!」

 ソルは嬉しそうに言うと、アネモネの小さな手を掴んで強く握った。

 アネモネは戸惑いながらも、その手を優しく握り返した。




 それから数年の年月が経ち、アネモネは18歳の誕生日を迎えようとしていた。

 自分の誕生日などさほど気にしてはいなかった彼女だが、突如ソルから手渡された花束を見て、アネモネは首を傾げた。


「殿下。花など持ってどうかされたのですか?」

「今日は君の誕生日だろう? 私からのプレゼントだ」

「は、はあ。ありがとうございます」

 アネモネは花を受け取ると、それを見つめながら問いかけた。

「これは何の花でしょうか?」

「アネモネ。君と同じ名前の花だ。たまたま店に綺麗な物が売ってたので、プレゼントと思ってな」

「ありがとうございます。ふふっ」

 アネモネが小さく笑うと、ソルは驚いた表情で彼女を見る。


「……アネモネ。初めて笑ったな」

「え? 私、笑っていましたか?」

「笑っていたさ! ははっ! 3年も待った甲斐があった!」

 涙を流して喜ぶソルに、アネモネは自分のハンカチを渡した。

「泣かないでください。ほら、ハンカチで目を拭ってくださいな」

「だって、だって! 初めてアネモネが!」

「分かりましたから。全く、殿下は本当に優しいお方ですね」

 アネモネはそう言って、貰った花を優しく抱きしめた。


「このお花、大事に致しますね」




 


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