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セミの歌  作者: なずな
9/12

9

 美香と二人で話してから、約一週間が経ち、八月に入った。外はますます暑く、文化祭の準備も、外気に比例するように熱を帯び、順調に進んでいた。

 衣装や小物も揃い始め、本格的になっていく練習。絶えずブラッシュアップされていき、贔屓目なしに面白くなっていく台本に、誰もが当日の劇の成功を信じていたように思う。もちろん、わたしも例外ではない。

 通しでのリハーサルが終わった瞬間、不意に、クラスメイトの一人が声をあげた。


「なあ、打ち上げの場所決めとこうぜ!」


 教室の中が一瞬静まり返って、そして爆笑が起こる。「いや、気がはえーよ!」誰かのツッコミにより、更に盛り上がる教室。

 気が早い、なんて言いながらもお店の選定をし始めるグループや、候補の店を挙げる人。

 わたしは、その輪に入ることが出来なくてそっと教室を抜け出して、トイレの一番奥の個室へと腰掛けた。

 この間、美香と話してからずっと考えている。


 わたしが田邉くんと付き合ったところで、彼とお互いの誕生日も祝うことが出来ないし、クリスマスだって一緒に過ごせない。新年の挨拶も、バレンタインもホワイトデーも、なんにも一緒に居られない。

 それに──文化祭の成功も、クラスのみんなとは味わえないだろう。


 そんなこと、ずっと知っていたはずなのに。

 今はその事実が、とても重い。


「……っう、泣いちゃ、だめ……」


 パタパタととめどなくこぼれ落ちる涙が、頬を伝い、制服のスカートにシミを作っていく。

 声を押し殺しながらひとしきり泣いて、落ち着いた頃にようやく教室に戻る。わたしはずっと下を向いたまま、教室の後ろに置いてあった自分の荷物を回収して、その場を後にした。


「あれっ、西野?」


 昇降口で靴を履き替えていたわたしの名前を、良く知った人物が呼ぶ。


「あ、田邉くん……」


 それは、外から帰ってきたらしい田邉くんだった。


「……どうした? なんかあった?」

「ううん、ちょっと……用事思い出したから今日は帰るね」

「おう、分かった……気を付けて帰れよ?」

「うん……」


 一度も目を合わせないまま、わたしは逃げるように立ち去った。いっそ、再会しなければよかったのかもしれない──そんな風に、思いながら。


 ***


「アンタ、病院行くなら行きなさいよ。もうお盆休みに入るんだから」

「分かってるよ」


 八月十日。土曜日。一週間近く動かしていなかった身体は立ち上がるだけでも鈍っているのが分かる。わたしはモタモタと着替えて、外に出た。約一週間ぶりの直射日光の眩しさに、頭がクラクラとする。

 お盆前最後の外来受付日は、いつもよりもだいぶ混み合っていて、受付で二時間待ちを告げられた。わたしはそれを承諾し受付を終えると、再び外へと繰り出した。家に帰っても良かったけれど、そうすると今度は、また外に出てくるのがめんどくさくなる。

 どこかカフェにでも入ろう──そう思ったわたしの横を、浴衣姿の女の子達が通り過ぎて行った。

 どこかで、お祭りでもやっているのだろうか──女の子達が歩いて行った方向へ行こうとして、すぐに考えを改める。その理由は、暑さのせい。

 わたしは結局、近くにあったカフェに入り時間を潰すことにした。アイスコーヒーとミルクレープのセットを頼み、空いていた席に座り、スマホを取り出す。未読のまま溜まっているメッセージを見て、ため息を吐いてコーヒーを飲むと、苦い、大人の味が口に広がった。


 あの日からわたしは、学校に行っていない。

 授業があるわけでもないのに行っても無駄だと、そんな風にしか思えなくなっていた。

 来年になればきっと、みんなわたしから離れていく。だから、今楽しんでしまったら、後が辛いだけだ。

 一人でいれば傷付かないはずなのに。

 わたしの心は、ぽっかりと穴が空いたようだった。


「どうしたの? 浮かない顔して」


 二時間半の待ち時間の後に通された診察室。先生はいつものように柔和な表情を浮かべ、いつも通りの検査をすると最後にそう言った。


「別に……なんともないです」

「本当に?」

「はい……」


 先生は目ざとい。きっと何年もわたしのことを診てきたからなのだろう。些細なことすら、先生には筒抜けになっているような気がする。


「あのさ、奏ちゃんが良ければなんだけど」

「えっ?」

「今夜、お祭りでも行かない? ほら、気晴らしに……」


 思いもよらぬ、先生からの提案。わたしは少し考えてから、承諾した。


「本当? じゃあ、夜……六時に病院の前のコンビニにいて? 迎えにいくから」

「迎えにいくって……歩いて三十秒じゃないですか」

「流石に家まで行くのはまずいでしょ」


 なにが面白いのか、いつもより幼い顔でくすくすと笑う先生。

 昼間にお祭りを観に行かなくて良かった、とわたしは思いながら診察室を後にした。

 会計場所まで歩いている最中、ポケットの中のスマホが震えて、メッセージの受信を知らせる。わたしはそれを確認しようとして──思わず足が止まった。


 そのメッセージは、田邉くんからのお祭りのお誘いだった。

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