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セミの歌  作者: なずな
8/12

8

 わたしが田邉くんへの気持ちに気付いてからすぐに、学校は夏休み期間に入った。

 ──とはいえ、文化祭の準備があるから結局忙しくしているわけなのだけれど。

 ちなみに、田邉くんとの関係に進展は一切なく、夏休みに入ると忙しくなってしまったのか、二人で出かけることもなくなっていた。

 田邉くんの放送を聞いても、あの日の話題が出ることは、もうなかった。


 七月二十二日の月曜日。

 その日わたしは、約二週間ぶりとなる病院へと足を運んでいた。


「学校生活はどう?」

「……まあまあ、です」


 先生の質問に、いつものようにそっけなく答えると、先生は苦笑いをしてわたしに言った。


「それ、制服? 夏休みも学校あるんだね」

「あぁ……えっと、文化祭の準備で……」

「そっか、楽しいんだね。それは良かった」

「そんなこと、一言も言ってないですよ」


 わたしがそう言い返すと先生は、「はいはい」と言って柔和な笑みをわたしに向けた。


「じゃあ、残りの夏も楽しんでね」

「……はい」


 診察室から出る時に掛けられた言葉。そう、夏は──高校一年生のわたしの人生は、あと一ヶ月半か二ヶ月程で終わる。

 それは、毎年同じこと。それなのに今年は、その事実がとても重たかった。


「あーっ! 奏!」

「美香。遅くなってごめんね」

「ううん、今昼ごはん終わって、作業開始するところだったからちょうど良かったよ」


 美香は、わたしの手を引いて教室に招き入れる。わたしが、無意識に探した人物──田邉くんは、教室の前の方で友達と楽しそうに話していた。

 彼は、わたし達に気付くと顔をあげて、名前を呼んだ。


「あっ、美香。さっき言ってたやつ出来たけど」

「あ、ほんと? 今確認するね!」


 二人で一枚の紙を見る姿にわたしの胸は、チクチクとする。

 これが、嫉妬──というものなのだろうか。

 わたしは、その気持ちを誤魔化すようにして、劇に使う大道具に色を塗っていたグループに混ざり、作業を開始した。

 文化祭の準備という非日常感も相まってか、クラスに馴染むことは、例年よりは難しいことではなかった。

 もしも、中学生の時のクラスがそっくりこのままだったなら──わたしはそう、あり得ない妄想を脳内で広げていた。


 ***


「奏ってさぁー……」


 その日の帰り道。駅までの道を一緒に歩いていた美香が、ニヤニヤとしながらわたしの顔を覗き込んだ。


「な、なに?」

「奏多のこと、好きでしょ?」

「えっ、えぇ!? なに、急に」


 美香からの思いもよらぬその言葉に、わたしは気が動転して──そして「こんな反応をしては、正解と言っているようなものだ」と思った。しかし、気付いた頃にはもう遅く、目をキラキラと輝かせた美香に腕をしっかりとホールドされていた。


「ちょっと、話聞かせてよ!」

「え、えぇ……」


 振り解こうにもわたしより力のある美香の手は解けず、呆気なく連れて行かれたのは、学校の最寄り駅近くにあるファミレスだった。「奢るから!」と言った美香が注文したのは、ドリンクバーふたつ。

 美香はメロンソーダ、わたしはアイスミルクティーをそれぞれ選び机に戻ると、待ちきれんとばかりに美香が口を開いた。


「で、で、好きなの?」

「う、うん……そうかも……」

「やっぱりー!」


 美香は、ストローをクルクルと掻き回しながらテンション高くそう言った。


「奏からの視線ずっと感じるなーって思ってたんだよね」

「えっ、嘘……」


 確かに、無意識のうちに目で追っていたのかもしれない──けれど、まさか美香に気付かれているとは思わなかった。


「み、美香ってさ、田邉くんと仲良いよね」

「あー、高校入学した時からつるんでるからね。なんだかんだ話合うし」

「ふぅん……」

「あー! その目、疑ってるでしょ! ほんと、なんもないよ? 奏多とは。ってかあたし、彼氏いるし」


 こういう時の切り札、と言わんばかりに美香から放たれた言葉。わたしは、天地がひっくり返るのではないだろうかというくらいに驚いて聞き返す。


「え、か、彼氏? いるの?」

「いるいるーっ。写真見る?」


 美香はそう言ってスマホをいじると、一枚の写真をわたしに見せてくれた。その写真の中で、青いイルミネーションをバックに映る美香と彼氏さんはとても幸せそうに笑っていた。その人は、クラスメイトとかではなく、少し年上のよう。


「へえ……クリスマス?」

「そうそう! 渋谷の、青の洞窟って言って──……」


 嬉しそうに語る美香の話を聞きながら無意識のうちに、そのエピソードを自分に重ねてしまう。

 もしもそれが、田邉くんとわたしだったら……。

 わたしは、わたしがそんな妄想をしているという事実に耐えきれずにテーブルに突っ伏した。

 それに驚いて、わたしの名前を呼ぶ美香。


「だ、大丈夫?」

「うん……想像してたら恥ずかしくなっちゃった……」

「あはは! 奏って、案外分かりやすいよね。最初はもっとクールな子かと思ってたよ」

「それは……」


 最初は──わたしも、こんな風に誰かと恋愛話をするようになるだなんて思っていなかった。だけど今は、こうして人と笑い合っている。

 それは──……。


「美香の、おかげだよ」

「え? 何が?」

「ううん、なんでもない。あ、そろそろ帰らないと……」

「うわ、ほんとだ! めっちゃ時間経ってる」


 美香はそう言って慌ただしく帰り支度をして、伝票を持ってレジへと行き、二人分の支払いを済ませた。


「悪いよ、自分のぶんは自分で……」

「いーのいーの! 奏、頑張ってね!」

「う、うん……ありがとう!」


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