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セミの歌  作者: なずな
6/12

6

「ライブ配信……って?」

「端的に言えば生放送みたいなものなんだけど」

「今わたし達が歌ったりしてるのを放送するってこと?」

「そう、そんな感じ」

「田邉くんは……いつもそれで歌ったりしてる……ってこと?」


 わたしの質問に田邉くんは、なんと答えようか──という風に少し考えてから言った。


「生放送で歌うことはあまりないけど……普段はリスナーさんと雑談したりしてることが多いかな」

「へえ! すごい!」

「こっから、夢に繋がれば良いなっていう甘い考えだけど」

「ううん。行動してることがすごいよ!」


 目立たないようにひっそりと息をしているだけのわたしとは違い──彼は、積極的に自らを曝け出して生きている。

 そんな彼を尊敬すると同時に、わたしの胸が期待で高鳴るのを感じた。ずっと地中にいたセミが、羽化するときもこんな気分なのだろうかと、そう思った。


「西野、やってみる?」

「う、うん……!」

「じゃあちょっと、俺先に一回歌ってみるから、画面見てて? それで、無理だと思ったら辞めていいから。あっ、あと……」

「なに?」

「名前、どうする? 俺は一応奏多で、本名でやってるんだけど」

「えっと、じゃあ……」


 少し考えてわたしは、下の名前に決めた。わざわざ分ける必要がないと思ったから。


「じゃあ……始めるから待ってて。あ、放送始まったら、画面見てればコメントも見れるから」

「うん……これって、カメラは付いてるの?」

「あぁ、付いてないから安心していいよ」

「わかった」


 わたしは田邉くんがスマホを操作するのをじっと見つめていた。これからわたしの目の前に、知らなかった世界が広がる──そんなことを思うと、緊張しているのか、喉がやけに渇くような気がした。


「こんにちは〜。今日は急なんだけど、カラオケ配信を……一曲か、二曲くらいやってみようかと思います」


 わたしが見守る中、田邉くんの放送が始まった。軽快なトークを展開する彼の横付きは、いつもよりも少し違って見える。

 コメントが来ているのだろうか。画面を見ながら一人で会話をしている彼はとても楽しそうだった。マイクを通しての音量チェックを終えた田邉くんはデンモクから曲を選択して入れると、スマホをわたしに手渡した。

 コメントがぽつぽつと流れているのを確認して、曲を聴きながらそれを目で追っていく。

 田邉くんのもとに届く、賞賛の声。

 彼が歌う四分間は、あっという間に過ぎていった。


「聞いてくれてありがとう! じゃあ、一回マイク切るね」


 田邉くんはそう言ってわたしの手からスマホを抜き取ると、二、三度タップしてからわたしに問いかけた。


「どうだった?」

「す、すごいね……! こんなにたくさんの人に聴いてもらえるなんて」

「俺なんか、全然……西野も歌ってみる?」

「うん……っ!」


 わたしは、田邉くんからの提案にほぼ反射的に返事をした。

 二人で話し合って一曲決めると、田邉くんはまたスマホを触り放送を再開した。


「今日はゲストが来てて──……これで最後なんだけど、良ければ聴いてください」


 その言葉を合図に曲が送信され、テレビ画面が切り替わる。わたしの心臓は、これまでないほどに大きな音を立てていた。


 ***


「聴いてくれてありがとう! 夜にまた雑談配信するから、来てくれたら嬉しいな」


 田邉くんがその言葉と共に放送を締めるのを見守ってわたしは、息を大きく吐き出した。


「……はぁ……緊張した……」

「西野、付き合ってくれてありがとう……じゃあ、残りの時間は普通にカラオケしよっか」

「うんっ」


 ***


 あの後、わたし達は時間いっぱいカラオケを楽しんで、フロントからの電話を合図に部屋を出た。

 一番暑い時間であろう外の世界には、容赦なく太陽の光が降り注ぎ、あちこちからセミの合唱が聞こえている。


「西野、どうする? なんか軽く食べていく?」

「じゃあ──何か甘いものが食べたいな」

「そしたらどっかカフェとか行こっか? 女の子って、年がら年中甘いものが好きだよね」


 おそらく本人は何気なく言った一言。それなのにわたしは、その言葉がやけに引っかかって、思わず聞き返す。


「そうかな? そういう女の子が周りにいるの?」

「ん? あぁ、美香とかアイツ、練習終わりにホイップマシマシのパン食べたりしてるから……」

「……へえ、美香らしいね……」


 最近よく一緒にいるから知っているのだけれど、美香は無類の甘いもの好きで、甘いものには目がない。特にホイップクリームが好きらしく、よく「飲みたい」とぼやいている。


「田邉くんと美香って、仲良いよね?」

「え? あー……まあ、部活が一緒だし、中学も一緒だったし……話も合うからよく話してるかも」


 わたしは、田邉くんと美香が話している姿を脳裏に思い浮かべて──そして、少し寂しい気分になる。わたしの知らない人物像を知っているのだろう、そんな風に思った。

 その後、わたし達は席が空いていたチェーンの喫茶店に腰を下ろし、一時間ほど話して解散した。話の内容は、好きな曲のことや、授業のことなど、他愛のないものばかりだったけれど、トークの上手い彼と話しているとただ話しているだけでも楽しかった。

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