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セミの歌  作者: なずな
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4

 七月最初の登校日は、七月三日の月曜日。月曜日の時間割の午後は、ロングホームルームの時間になっていた。何をするのだろうと思っていたら、その日は九月に控えた文化祭の一回目の話し合い──クラスの、出し物を決める日だった。

 黒板の前に、学級委員長の東雲 美香が立って進行をしていた。彼女は、田邉くんと同じ演劇部の部員らしい。今日の昼休み、一緒にご飯を食べた時に彼女がそう教えてくれた。


「今年の出し物は、劇に決まりました!」


 美香のその言葉で巻き起こる拍手。わたしも、周りに合わせて拍手をする。


「じゃあ次は──役割分担を決めます」


 スムーズな進行の元で決まっていく、それぞれの役割分担。文化祭当日にいるかわからないわたしは勿論、当日に仕事のないであろう小道具、大道具の係。

 その日の話し合いは、出し物決めと、係決めで終わった。

 脚本が決まってからでないと、本格的に活動は始められない。そんな、責任ある脚本の係になったのは──……。


「奏多! 早速話し合いしよ!」

「わかった。あ、西野、お前も一緒にやる?」


 荷物を纏めて帰ろうとしたわたしを引き止めた田邉くん。その隣には、田邉くんのことを当たり前のように呼び捨てにした美香が、気を遣うような顔をして立っていた。


「ううん、わたしは課題もあるし、帰るね」

「じゃ、また明日──美香、そっち座って」

「おっけー。奏、また明日ね!」


 田邉くんが"美香"と呼んだ瞬間に、心臓が冷える感覚がして、くらり、と世界が揺れた──ような気がした。

 美香からの別れの挨拶になんとか返事をして、逃げるように教室を出る。

 帰り道にずっと考えていたのは、田邉くんと美香の、二人のことだった。

 何故こんなにも気になるのか──その時はまだ、わたしの本当の心に気が付いていなかった。


 ***


「奏ってさ、なんかいいよね」

「な、なんかいい……?」


 美香と昼食をともにするようになってから約一週間。

 わたしは、唐突に投げかけられたその言葉に気を取られて箸で掴んでいた小さな卵焼きをうっかり落としかけた。


「顔立ちも整ってて──……何より、声が可愛い!」

「そ、そうかな?」

「うん! 叶うなら、文化祭で奏の演技見たかったなー……」


 残念そうに声をあげた美香にわたしは、なにも言わずに笑いかける。

 彼女には、わたしが役者を選ばなかった理由は話してある。彼女になら、話してもいいと思ったのだ。


「そういえば、台本出来たんだよね?」

「そう! 今日のロングホームルームでみんなに配るんだけど、先に見る?」

「えっ、いいの?」


 わたしがそう言うと、美香は机の中から紙の束の入ったファイルを取り出して、その中の一枚をわたしに手渡した。

 表紙には『七人の妖精と一人の勇者』とタイトルが書かれていた。


「へえ、ファンタジー系なんだね」

「そうそう!」


 わたしは急いで食事を終え、台本を開く。

 本格的な作りのそれには、台詞や動作、必要な道具までしっかりと書き込みされていた。

 話の流れはこうだ。

 勇者の住む街が、魔王の呪いにより勇者以外の人間が植物になってしまう。不思議な力により助かった勇者は街を救うため、情報を求めて自らの島を統括する隣町の王様に相談をしに行く。そこで、島に住むと言われる七人の妖精の話と、妖精にまつわる言い伝えを教えてもらう。

 勇者はさっそく、妖精探しの旅に出る。道中で襲いかかる数々の困難を乗り越えて力を手に入れた勇者は、魔王に挑む──。


「すごい……面白いね」

「ほんと? ありがとう!」

「わたしも、頑張って小道具とか作らなくちゃ」

「頑張ろー!」


 美香はわたしにハイタッチを求めて、わたしもそれに応える。

 そんなことをしていたら昼休みはあっという間に過ぎ、教室にチャイムが鳴り響いた。


「おっと、昼休み終わっちゃったね」


 美香は慌ただしく立ち上がり、次の時間の準備を始める。

 わたしもその様子を見ながら、のんびりと机の上を片付け始めた。

 そのタイミングになって外から帰ってくる、男子達。昼休みにはいつもボール遊びをしているらしい。


 美香も、その他のクラスメイトも、みんないい人達ばかりだ──とわたしは最初の頃に抱いていた感情が申し訳なくなる。

 これまでのクラスが、今のクラスのような温かさをもっていたならば、わたしはきっとこんなにも捻くれた人間にならなかっただろうとも。


「あっ、奏多!」


 男子の集団の一番後ろにいた田邉くんを見つけた美香は響く声でそう呼んだ。

 田邉くんと美香が並んでいるのを見る度、わたしの心はざわざわとする。側から見てもお似合いの二人。わたしは、二人を視線からそっと外してため息を吐いた。

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