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セミの歌  作者: なずな
3/12

3

 わたしが田邉くんと一緒に歌ったのは、男女二人ずつの、計四人グループの構成員として。それぞれアルトとソプラノに分かれて、先生が成績を付けるための発表。それまでクラス全員で歌うことはあってもその四人で練習することはなく、それが初めての合わせ。

 わたしはソプラノで、当時男子の中で声の高かった田邉くんもソプラノだった。

 他のクラスメイト達が発表を終えていき、そして訪れたわたし達の順番。

 前のグループと入れ替わりで、ピアノの前に並んで立つ。

 短い前奏の後に、ゆったりと始まる合唱。

 初めて歌ったメンバーとは思えない程に心地良くハマる、声と声。

 これが、短い曲なのが惜しいと思った。

 歌い終えてほっと一息ついたわたしの耳に響く、その日一番の拍手──それから、先生からの褒め言葉。

 発表を終えたはずなのに、始まる前よりも心臓が煩く鳴っていたのを、わたしは今でも鮮明に覚えている。


「なあ、西野って、歌上手いな」


 その日の昼休み──飼育委員を務めていた田邉くんとわたしは、小学校の敷地の片隅で飼われていたうさぎ小屋の餌の補充をしていた。

 田邉くんが鍵を開けた瞬間にこちらに駆けてくるうさぎ達。

 きっと、田邉くんのことを覚えて懐いているのだろう。わたしが居ない間に、一人でもしっかりと役割を果たしていたのであろう彼の姿が目に浮かぶようだった。


「そうかな? 別に、普通だよ」

「そんなことないよ。だって俺、すごいドキドキしたもん」

「ドキドキ……?」

「そう! 俺さ、歌って踊れて演技も出来る……そんな役者になりたいんだよ」

「役者……」


 目を輝かせながらそう言った田邉くんは、わたしの両方の手を、自らの手で包み込んで真っ直ぐな視線を向けるとさらに続けた。


「お前となら、あの日見た場所に近付けるかも。だからさ、西野。俺と一緒に、もっと歌ってみない?」


 ***


「……西野?」


 過去の記憶に浸っていたわたしの意識を呼ぶように、田邉くんの手のひらが目の前で揺れる。


「どうした? 体調悪い?」

「う、ううん。昔のこと思い出してた……」

「昔のこと?」

「そう。小学生の時、ふるさと歌ったでしょ?」

「あぁ、覚えてる。俺と、西野と──あともう二人で発表したっけ」

「そう。その時田邉くん、わたしに言ったじゃない。役者になりたいって。今も?」


 わたしのその質問に、田邉くんは控えめに笑った。


「そう、今も」

「へえ、なにか活動したりしてるの?」


 そう聞くと、ぱあっと目を輝かせて"話したい"モードになる田邉くん。

 そんな、分かりやすい彼が微笑ましく思う。


「あ、なんか今、馬鹿にした顔してた」

「え、う、嘘、してないよ」

「そう? あ、来た」


 振り向いて田邉くんの視線の先を見ると、運ばれてくる大きなかき氷が二つ。

 鮮やかなオレンジ色のものと、深い緑色のもの。


「わぁ、すごいね。田邉くんのは抹茶?」

「そうそう、思ってたよりデカいな……」


 そう言いながら、抹茶のかき氷を崩していく田邉くん。彼のかき氷には、抹茶のシロップの他に小豆と白玉と練乳──それから、ソフトクリームが載っている。

 彼に倣いオレンジ色のかき氷を崩し口に含むと、甘酸っぱく瑞々しい南国の味が広がった。マンゴーシロップの他には、ゴロッとした果肉入りのジャム、練乳、ソフトクリームが載っていて、田邉くんのものと負けず劣らぬボリュームだった。

 とはいえ、口当たりの良い氷は、口の中に含んだ瞬間に体温で消えて無くなっていく。食べ切れるだろうか、という心配は杞憂に終わりそうだと安心して、わたしは田邉くんに先程と同じ質問をぶつける。


「──それで今は、何してるの?」

「えっとまず、学校では演劇部に入ってて」

「演劇部……」

「そう、まああんまり活動的な部活じゃないんだけど……あっ、文化祭の時は発表するから、良ければ来てよ」


 田邉くんからのお誘いにわたしは一瞬胸を躍らせて──そしてすぐにそれが叶わないことを悟る。

 わたしが起きていられるのは、毎年大体、九月の第一週まで。文化祭は、九月の二週目。

 わたしは「都合があえば行く」とだけ伝えて、話の続きを催促した。


「まあ後は、地域サークル入ったり……ネットで活動したり。まあ全然だけど……」

「……でも、そうやって活動してるのはすごいよ」

「そう? ありがとう」


 わたし達は、他に誰もいない喫茶店で、一時間ほど話し続けた。話し続けた──といっても、田邉くんが話していた時間の方が多いのだけれど。

 わたしはずっと、人の過去の話を聞くのが好きではなかった。わたしが過ごせなかった時間が眩しすぎて。

 それなのに──……。


「ありがとう。今日は楽しかった」

「俺の方こそ、ずっと話しっぱなしで。退屈しなかった?」

「ううん。聞いてて、楽しかったよ」

「じゃあさ……西野が良ければ、なんだけど」

「なに?」

「今度、カラオケ行かない?」


 田邉くんからの提案。わたしは、少しも迷わずに答えた。


「うん、いいよ。あっ、でもわたし最近の曲あまり知らないから……」

「いいよ別に、気にしないで」

「じゃあ、いつにする? 夏休み入ってから?」

「あー……っと、まだ予定分かんないんだよな、決まってからでもいい?」

「大丈夫。あ、わたしはここで……」

「うん。じゃあまた、学校で」


 田邉くんと分かれてわたしの家があるマンションまで向かう道中。わたしは、不思議な高揚感に包まれていた。

 田邉くんといると、ドキドキする。それはきっと、彼の溢れ出るような力強さのせい。ドキドキするけれど、決して不快感のあるものではなく、心地良さすら感じる。


「ただいま」


 家に帰ると、すぐ玄関に駆けつけるお母さん。


「おかえり、どうだった?」

「……別に」

「あら、顔、赤くなってるわよ。日焼けしちゃったかな? ちゃんとケアしときなさいね」

「わかった」


 わたしは玄関で言葉を交わして、自室に戻る。なんとなく何かに包まれたくて、ベッドにダイブして、適当なクッションを抱き寄せた。


「学校……楽しみ、かも……」


 そんな気持ちになるのは、いつぶりだろう。わたしは、未だドキドキと煩い心臓を落ち着けるように、息を大きく吐いた。

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