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セミの歌  作者: なずな
2/12

2

 ──翌日の土曜日。わたしは、自宅の最寄りの中央病院の開院時間とともに受付をし、その日の一番最初の外来患者として診察を受けていた。

 小児科に始まり、脳神経外科、心療内科──その他様々な科を転々としたわたしが最終的に行き着いたのは、内科だった。


「昨日は学校、どうだった?」

「……別に、いつも通りです」

「そっかあ、うん。身体の状態は悪くないね。でもあまり無理しないようにね」


 わたしの目の前で、ハイバックの立派な椅子に座りながら診察を下すのは、わたしが小さな頃からお世話になっている先生。初めて出会った頃はまだ新人だった先生も、今ではそれなりの地位にいるらしい──というのは、入院していた時に同じ部屋にいたお婆さんから聞いた話だ。


「……ところで今日はこれからお出かけなの?」

「なんでですか?」

「いや、いつもよりも可愛い服装をしているから」

「そ……んなこと、ないですよ」

「そう? 西野さんはいつもどこか壁を作っているように感じるから……個人的には、どんどん外に飛び出してほしいと思うけどね」

「余計なお世話です……」


 可愛げのないわたしに、優しく微笑みかける先生。幼い頃から付き合いがあるから、わたしは先生につい甘えて毒を吐いてしまう。

 もう、高校生なのだからその癖もやめなければ、と思うのだけれど。


「じゃあ次は、また一週間後に来てね」

「はい、ありがとうございます」


 診察室の扉を出る前に振り向いてお辞儀をする。目覚めてからすぐに切りそろえて貰った髪の毛が、肩の位置で揺れた。

 会計を済ませて、外へと出る。

 六月から七月に移り変わった空は、昨日と変わらず澄んだ色をしていた。

 わたしは、容赦なく照り付ける真夏の太陽を遮るために日傘を開き、歩き出す。田邉くんとの待ち合わせ場所に向かうわたしの足取りは、空も飛べそうなほどに軽かった。


「西野ー! こっちこっち」


 待ち合わせ場所である、病院に程近い木々に囲まれた個人店の喫茶店の前に辿り着くと、すでに田邉くんがいて立って待っていた。軽く身なりを確認してから、田邉くんの元へと駆け寄る。微かに赤く染まった頬と、素肌に伝う汗が待っていた時間の長さをわたしに伝えているようだった。

 かくいうわたしも、病院から坂道を含め五分ほどですでに汗だくになっていた。


「ずっとここにいたの?」

「いや? そんな……十分とか、そのくらい」

「この炎天下の中? 熱中症になったらどうするの!」


 わたしは田邉くんを急かして店内へと向かう。少し重たい木の扉のその先は、今が夏であると忘れるほどに涼しく、コンクリートに覆われた都会のオアシスになっていた。

 扉に付けられた鈴が、わたし達の来店を店主に知らせる。髪の全てが白髪になっている、細身の女性がわたし達を席まで案内してくれた。一目で全てを見渡せるほど狭い店内には、お客さんは入っていなかった。


「ここ、かき氷屋さん?」

「うん、夏の間は」

「そうなんだ」

「気になってたけど、一人じゃ来れなかったから」


 田邉くんはそう言いながら、机に置かれていたメニュー表を覗き込んだ。

 のこのこと着いてきて今更な疑問が脳裏に浮かぶ。彼は、何故わたしを誘ったのだろう。

 昨日一日──田邉くんは常に誰かに囲まれて笑っていた。だから、わざわざわたしを誘う必要もないはず。

 それなのに、どうして。

 そんなわたしの疑問に、田邉くんは人当たりの良い笑顔を見せて言った。


「まあ……ここ、地元だし……何より、西野と久しぶりに会えたからだよ」

「え……?」

「中学でも会えるのかと思ってたら、いないから」

「そ、そうだよね……ごめん。親が、知らない間に病院の近くに引っ越してて」

「別に謝らなくてもいいのに。あ、俺これにしよ。西野は?」

「えっと、わたしは……」


 田邉くんに手渡されたメニュー表を眺める。このお店のかき氷は、トッピングに力を入れているらしい。シロップと、それに合わせたトッピング、それから、ソフトクリームがデフォルトで乗っていて、追加料金で味を二つに出来たりトッピングを増量したりできる。

 わたしは少し迷って、マンゴーのかき氷を選んだ。

 田邉くんが店主のお婆さんに二人分の注文を告げるのを見ながらわたしは、少し前──小学六年生の時に、彼と出会った時のことを思い出していた。

 彼と話したきっかけ──それは、音楽の授業で"ふるさと"を共に歌ったことだった。

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