4 そんな事は、ないですわよ?
という訳でその日の昼休み、俺は彼女を誰も居ない校舎の屋上へ呼び出した。
ちなみにその彼女とは伊予美ではなく、伊予美とクラスメイトで、
張高野球部のセカンドの小暮双菜。
黒髪のボブヘアーにキリッと整った顔立ち。
可愛いというよりカッコいいという印象の強い彼女は、
野球部の練習中でも明らかなように、同性にモテる典型的なタイプ。
宝塚の男役とかやると、メッチャ人気が出るやろうと思われる。
ちなみにその小暮は、
どうして俺にここに呼び出されたのかおおよその見当はついているらしく、
露骨にうっとうしそうな顔をして、
右手の小指で耳の穴をかっぽじりながら俺を睨んでいる。
そんな小暮の冷たい視線にたじろぎながらも、俺は遠慮がちに小暮に話しかけた。
「よ、よう、こんな所に呼び出して悪いな。実はお前に――――――」
「ヤだよ」
小暮は俺の話の腰を骨髄からへし折った。
俺は更にたじろぎながらも続ける。
「ま、まだ何も言うてないやろ?」
「言わなくてもわかるよ。
伊予美ちゃんにマネージャーになってくれるよう頼んでくれって言うんだろ?」
「そうそう!いや~わかってくれてるなら話が早いわ。それじゃあよろしゅうな」
「よろしゅうじゃねぇよ!だからイヤだって言ってるだろうが!」
「そこを何とか頼むわ。頼めるのはお前しかおれへんのや」
「だからそういう事は自分で頼めって言ってるだろうが!
伊予美ちゃんにマネージャーになって欲しいのはお前だろ!」
「そうやけど、もしかしたら他に入りたい部活とかあるかもしれんやん?
それに野球部のマネージャーなんか大変やからやりたくないかもしれんし、
その辺の事も聞いて欲しいねん」
「だから自分で聞け!」
「だって恥ずかしいじゃん!」
「うるせぇよ!堂々と情けねぇ事言ってんじゃねぇよ!それでも男か!」
「うっ・・・・・・確かにお前よりも男らしくはないかもしれない・・・・・・」
「ああ⁉俺は女だよ!俺のどこが男らしいってんだよ⁉」
「女子の制服を着ている事以外、女の要素が今のところ見当たらないんやけど・・・・・・」
「なっ⁉そ、そんな事は・・・・・・ないですわよ?」
「おかしいおかしい。
それにお前、ちょっと前にもっと女の子らしくなりたいって言うてたやろ?
あれからお前、女の子らしくなるどころか、
男らしさにますます磨きがかかってるんとちゃうんか?」
「ああん⁉どういう所がだよ⁉どうやらお前とは拳で語り合うしかねぇようだな!」
「そういう所がや!」
「そ、そんな事は、ないですわよ?」
「ないですわよ?はもうええねん!
俺の恥ずかしがり屋も困ったもんやけど、
お前のその男らし過ぎる性格も困ったモンやぞ」
「う、うるせぇよ!誰のせいだと思ってんだよ⁉責任とれよ!」
「何で俺のせいみたいに言うとんねん⁉完全にお前の問題やろ!」
「俺だってどうすりゃいいのかよくわかんねぇんだよ!」
「だからやな、この前も言うたけど、伊予美ちゃんを参考にしたらええやんか。
ベストオブ女の子らしい女の子なんやから」
「そんな女の子らしい伊予美ちゃんの事が、お前は大好きだもんな」
「声に出して言わんとって!恥ずかしいじゃん!」
「恥ずかしいじゃんはもういいんだよ!」
「と、とにかくやな、お前も彼氏とか作れば、
自然と女の子らしくなるんとちゃうんか?
中学の時は失敗した(第二巻参照)かもしれんけど、
相手によっちゃあうまくいくかもしれんぞ?」
「ああ?か、か、彼氏だぁ?」
小暮はそう言うと、急に大人しくなってモジモジしだした。
おや?こいつもしかして、誰か好きな男でもできたんか?
そう思った俺は、冗談混じりに小暮に尋ねた。
「おんやぁ?もしかして小暮さん、新しく好きな男ができたんか?
何なら相談に―――――」
と、言い終わらないうちに、小暮の強烈な右ストレートパンチが俺の額に炸裂した。
ボッコォッ!
「ぐほぁっ⁉」
それをまともに食らった俺は、真後ろにぶっ飛び、背中から地面にぶっ倒れた。
そしてその拍子に背中と頭を激しく地面に打ち付けた。
「ぐ・・・・・・お・・・・・・な、何すんねんいきなり・・・・・・」
深刻なダメージを受けた俺が絞り出すような声でそう言うと、
小暮は顔を煮えたぎるマグマのように真っ赤にし、
「うるせぇよ!好きな奴なんかいねぇよ!この馬鹿野郎!」
と言い捨て、逃げるように校舎の中に駆けて行った。
な、何やねんあいつ、いきなり人の顔面にパンチを食らわせおって。
俺何かあいつを怒らせるような事言うたか?
一応考えてはみたが、全身が痛くてそれ以上頭が回らなかった。
とにかくこれ以上、小暮に伊予美の事を頼んでも無駄な事は間違いなさそうやった。