3 屋上の二人
と、キャプテンに言われて連れてこられたのは、
屋上へ続く校舎の入り口やった。
その扉の前で立ち止まったので、俺はキャプテンに尋ねた。
「見て欲しいモノって、屋上にあるんですか?」
それに対してキャプテンは
「そうや」
と言って頷き、扉を少しだけ開けた。
「あっち(・・・)にはバレへんように、そぉ~っと覗くんやぞ?」
「はぁ」
気のない返事を返し、俺と碇は扉の隙間からそぉ~っと屋上の光景を覗いた。
するとフェンス際のベンチに二人の女子生徒が並んで腰かけ、
一緒にお弁当を食べていた。
伊予美と小暮やった。
あの二人は同じクラスで仲も良いみたいなので、
二人でお弁当を食べる事には何の違和感もない。
伊予美と一緒にお弁当が食べられてうらやましいぞコンチクショウと思うくらいで、
他に不思議な点は見当たらなかった。
なので俺はキャプテンの方に視線を戻して尋ねる。
「あの、俺達に見せたかったものって、あの二人ですか?
特に変わった点は見当たらないんですけど」
しかしキャプテンはさも不思議そうに眉をひそめて言った。
「そやけどあそこに居る髪の短い方の女子って、小暮に似てないか(・・・・・・・・)?
あいつって姉妹でもおったんかいな?」
「ああ」
キャプテンのその言葉で、俺は状況を大体理解した。
そういえばキャプテンを始めとした張高野球部の先輩方は、
小暮が(・)女や(・)と(・)いう(・・)事を(・)知らん(・・・)のや。
小暮は野球部の集まりに顔を出す時には常にユニフォーム姿やし、
言動は男と変わらんし、女子にキャーキャー言われるし、
本人も「私は女です!」とは言わんし、
完全に男という体で通っている。
野球部で小暮が女と知っているのは俺と碇と遠川監督くらいか。
下積先生も小暮が女やという事には気づいてないんとちゃうか?
そんな中碇が
「ああ、あの子は小暮く――――――モガッ⁉」
と言おうとした口を咄嗟に両手でふさぎ、代わりに俺がこう言った。
「さあ、よく知らないです。
他人の空似って事もあるし、別に気にする事はないんやないですか?」
「まあ、そうやねんけどな。まさか小暮本人って事はないよなぁ?」
キャプテンの言葉に碇がまた何か言おうとしたが、
俺はその口をふさぐ両手に更に力を込めて言った。
「さあ、それもよくわかんないです。
野球部以外でのあいつの事は全く知らないんで」
「そっかぁ。ま、それだけなんやけどな。
ちょっと気になったからお前らにも見てもらおうと思うたんや。
悪かったな、こんな所まで呼び出して」
キャプテンはそう言うと、右手をヒラヒラ振って階段を下りて行った。
その姿が見えなくなったところで、碇が俺の両手をふりほどいて言った。
「どうしてキャプテンに本当の事を言わないの?
あそこに居るのは小暮君本人だって」
それに対して俺は神妙な口調でこう返す。
「これには色々と事情があるんや。
小暮自身が自分は女やと告白するまで、俺達は黙って見守ろう」
小暮は中学時代、同じ野球部の同級生(もちろん男子です)に恋をして告白したが、
フラれる以前に、そもそも男だと思われていたという苦い過去がある。
それ以来小暮は、自分を男らしくしてしまった野球から一旦離れ、
女子ばかりのソフトボールに転向して女らしさを磨こうとしたが、
あえなく失敗(女子ばかりの環境では、却って雄度が高い事が原因と思われる)。
その後どういう心境の変化か知らないが野球に復帰するも、
男らしい言動は相変わらずで、先輩達もすっかり小暮は男だと思い込んでいる。
別に隠している訳ではないと思うんやけど、
ホンマの事を言うて
『えぇ~?女やなんて全然思わんかったわ~』
とか言われたら、また中学時代の苦い過去を思い出しそうやしな。
という訳で、俺はこの事に関してはノータッチの姿勢を貫いているのやった。
それを察したのかどうかは知らんけど、碇もそれ以上は何も言わなかった。
俺はもう一度扉の隙間から屋上の小暮の様子を眺めてみる。
楽しそうに伊予美と談笑する小暮の姿は、
女子の制服姿という事もあり、それなりに女子っぽくは見える。
顔は美人の部類に入ると思うので、あのガザツな言動が何とかなれば、
もっと女の子らしくなれるんやろうけどなぁ。
やっぱり問題は中身か。
どうやらあいつは誰かに片思いをしているようなので、
それが成就すれば、もっと変わるかもしれんけど。
そんな事を考えがら、俺はそっと扉を閉めたのやった。




