9 二人きりでお弁当
と、言う訳で、俺と伊予美は二人で屋上にやって来た。
他に屋上に誰も居ないのは幸いやった。
こんな所他の奴に見られて誤解とかされたら困るからな。
俺と伊予美は屋上のフェンス際のベンチに並んで腰かけた。
それぞれのお弁当を持って。
伊予美の提案で、せっかくなので一緒にお弁当も食べようという事になったのや。
それを聞いた俺は福本豊よりも俊敏な動きで自分の教室に戻り、
一緒にお弁当を食べようと言う碇にバックドロップをお見舞いして気絶させ、
こうして伊予美と屋上にやって来た。
ああ、何という幸せな状況。
宗太を交えて伊予美と一緒に遠足とかで一緒に弁当を食べた事はあったけど、
伊予美と二人っきりでこうして弁当を食べるなど、生まれて初めての経験やった。
おお、神様、この世に我が魂を産み落としてくださり、ありがとうございます。
別に信仰心がある訳やないけど、
この時ばかりは神様に感謝せん訳にはいかんかった。
しかも伊予美は高校に上がり、ますますその可愛さに磨きがかかっている。
別に目立ったメイクをしてるとかではないけど、
背も伸びて、あどけない中にも大人の雰囲気が宿り、
俺の伊予美に対する想いは、北国の大雪のように降り積もってしまうのやった。
あかん、俺今メッチャ緊張してるわ。
弁当箱を持つ両手がカタカタ震えとるやないか。
多分甲子園に出場してもこんなには緊張せんやろう。
ええい!しっかりせんかい俺!
と、自分の両手を叱咤激励していると、
伊予美が至っていつもののんびりした調子で口を開いた。
「一緒にお弁当食べるなんて小学校以来やねぇ。
あの頃は宗太君も一緒で、ホンマに楽しかったなぁ」
「そ、そうやね」
ぎこちない口調で答える俺。
この光景を見たら宗太の奴はさぞ悔しがるやろうけど、
ガチガチに緊張している俺を見て、大笑いしそうな気もする。
そう思うと腹が立つと同時に、少し緊張もやわらいだ。
そしてとくに深くも考えずに言葉を続けた。
「そういえば、昨日宗太の奴がまた来たよ」
「え?ホンマ?ああ~、ウチも会いたかったな~」
そう言って残念そうにギュッと箸を握る伊予美。
そして俺の方に向き直って
「で、何の話やったの?」
と、興味津津で聞いてきた。
俺はまるでさんさんと輝く太陽から目をそらすように、顔をそむけてこう続ける。
「大京山に転校して、またバッテリーを組まないかって言われた」
まさか伊予美を賭けて勝負だこの野郎の話はできないので、
俺はその事だけを言った。
すると伊予美は目をレモンの輪切りのように丸くし、
一瞬思考が止まったようになった。
そして目を丸くしたまま言った。
「行くの?宗太君の居るチームに」
「いや、行かない。俺はこの高校で甲子園を目指すからって、宗太にも言ったよ」
俺がそう答えると、伊予美は
「そ、そっかぁ」
と言って、深く長いため息をついた。
それはホッとしたような、でもちょっと残念そうな、
色んな感情が混じり合ったものやった。
そして改めて俺に尋ねる。
「昌也君は、それでええの?
本当は宗太君の居るチームに移って、
また一緒にバッテリーを組みたいと思ってるんやないの?」
「そう思う事もなくはないけど、俺は今のチームが気に入ってるから。
それに碇の奴だって、人間的にはちょっと困った奴やけど、
ピッチャーとしての才能はずば抜けてるし、
チーム全体がもっとレベルアップすれば、甲子園だって十分狙えるようになるよ」
「そっかぁ、それは楽しみやねぇ」
伊予美はそう言ってニッコリほほ笑む。
その笑顔があまりに可愛過ぎて、俺はそのまま心臓発作で死にそうになった。
まあ、こんな可愛い笑顔を死に際に見られるなら、それでもいいかもしれない。
そんな中伊予美は、お弁当を包むハンカチを解きながら言った。
「どうせなら宗太君がウチらの高校に転校してくれたらええのにね。
そしたら松山君と宗太君で天下無敵の投手陣ができるし、
ウチらもまた昔みたいに三人で一緒に遊べるし♪」
「う、う~ん、そうやなぁ・・・・・・」
曖昧な答えを返す俺。
もし万が一そんな事になってしもうたら、
ありとあらゆる面で面倒な事になりそうやな。
できればそれは激しく遠慮したいところや。
そうシミジミ考えていると、伊予美は、
「さ、大事なお話も終わった事やし、お弁当食べよ♪」
と言い、お箸で自分の卵焼きをつまんでいる。
ん?あれ?
もしかしてこれで話が終わりと思ってる?
いやいや違うよ⁉
本題はここからよ⁉
そう思った俺は、咄嗟に上ずった声で叫んだ。




