8 今はとにかくマネージャー
翌日、昨日の宗太との一件があったせいか、
碇は今までとは別人のように闘志むき出しで練習に打ち込んだ。
元々才能は抜群にあったけど、いまいちハングリー精神に欠ける所があったので、
これは碇にとっては好都合なのかもしれない。
ただ、俺を見つめる視線がますます熱く情熱的になっているのが困ったものやけど。
まあ、今はそれはほっとこう。
一方の俺は、朝の練習から午前中の授業中にかけて、
ずっと昨日の宗太の言葉が頭から離れないでいた。
あいつは俺に大京山に転校し、
また一緒にバッテリーを組もうという意味合いの事を言った。
もちろん俺は伊予美をマネージャーとして甲子園につれていくという使命があるので、
伊予美の居ない学校に転校するなんて事はありえない。
が、高校に上がって、更に磨きのかかったあいつの球を受けてみたいという思いも、
正直あった。
キャッチャーの本能とでも言うのやろうか。
人間としては嫌いやけど、ピッチャーとしては物凄い才能を持っていたあいつと、
またバッテリーを組んでみたいというのは、否定できない事実やった。
そしてそんな俺を、碇が朝から嫉妬と怒りに満ちた目で睨んでいる事も、
否定できない事実なのやった・・・・・・。
とにかく、それより今は最優先で片づけないといけない問題がある。
そう、伊予美にマネージャーになってもらう事や。
なので俺は午前の授業が終わると同時に、
碇が駆け寄って来るよりも速く、逃げるように教室から飛び出した。
そして伊予美の居るクラスの教室に行ってその引き戸を開けようとすると、
中から引き戸が開けられ、そこに茶色みを帯びた髪をお下げにし、
おっとりした目元が愛らしい女の子が現れた。
伊予美やった。
「あ、お、う・・・・・・」
心の準備が十分でなかった俺は、いきなり現れた伊予美を目の前にして、
言葉がまだ使えない原始人のようになってしまった。
それに対して伊予美もびっくりした様子で目を丸くし、
いつもののんびりした口調で口を開いた。
「わ、昌也君、ちょうどよかった。
今から昌也君に会いに行こうと思うとったところやねん」
「へ?お、俺に?そうなの?」
伊予美の意外な言葉に目を点にする俺。
その様は何ともマヌケやったろうけど、伊予美は気にするそぶりもなく続けた。
「うん。双菜ちゃんがね、
昌也君がウチに大事な話があるらしいって言うから、
今から行こうとしててん」
その言葉に、俺は教室に居る小暮に目をやった。
すると小暮は何故かすこぶる不機嫌そうな顔で俺を睨みつけていた。
な、何であいつはあんなに怒ってるんや?
まあ、一応俺の手助けをしてくれた訳やから、ここは感謝するべきか。
そう考えた俺は伊予美の方に向き直り、
不自然にならないよう注意を払ってこう言った。
「こ、コココここじゃあ何やから、
お、おくきくぞうにでもくきくへん?」
不自然にしかなりませんでした。




