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ヒュドラの毒霧マラソン大会

スターターピストルならぬスターター大砲の轟音と共に運動会は幕を開けた。

勇ましく駆け出すモンスターもいれば、身体を震わしうずくまるモンスターもいた。

俺はといえばまだ呼吸が戻っておらず、その場に膝まづいたままだった。


「すまんな兄さん、先に行ってまっせ」


ゾンビが小声で話しかけて来たかと思い横を見たが、既にゾンビの姿は跡形もなくなっていた。


ついに浄化されたか?


いやそんなことより早く行かねば。もう既に出遅れてしまった。

俺の後ろには恐怖で怯える可愛いらしいピクシー系のモンスターがちらほらいるだけだった。

おそらく半分程度は突っ込んで行ったんだろう。

前を見る。

嗚呼なんとおぞましいことか。


毒霧が体内を蹂躙したのだろう、ジェル状に溶けたナーガの死体、白目を剥き泡を吹き出し、もがいているミノタウロス。

ブォン! と(くう)を切って何か飛んできたと思えば、ヒュドラの尻尾に襲われ真っ二つに切り裂かれたエイリアンの頭が、脳みそを零しながら横たわっていた。


「うっぷ……エイリアンまで……」


俺は死にゆくモンスターの姿を見て、残った血反吐を全て吐き出した。

 比喩的な表現などではなく、本当に体内の血を全て吐き出してしまったのだ。

 呼吸ができない。しかしなぜだか体は雲のように軽く、浮くように立ち上がることができた。


 「脳が働かないと思ったが、むしろ冴えてる。なぜだ? いやそれより呼吸をしている感覚がないのになぜ生きていられるんだ?」

 

 異様に落ち着いている。それもそのはず、血が廻らないのだから緊張もしない。

 深呼吸せずにただ平然としていられるのは驚きだった。

 

 「深呼吸? 息ができない……。ということは!」


 脳天に(いかずち)が落ちる感覚だった。

 気づいた時にはすでに数十メートル先を俺は走っていた。

 ヒュドラの毒霧がミストのように全身を覆う。

 しかし、その毒霧は皮膚を溶かすことも体内を蝕むこともなく、ただ虚しく辺りに散漫するだけだった。

 そう、ただ呼吸ができないだけで!


 「なるほど、息ができなければ、体内に毒が回ることはない。それに俺は今4.6キロ分体重が減っているから、こんなにも軽く走れるのか!」


 人間の体内にある血液量は、体重の13分の1程度である。

 つまりちょうど60キロの透の体内には約4.6キロの血液があったが、それを全て吐き出したということは彼の体重は現在、55.4キロになったということである!


 「走れる、走れるぞ!」


 ぐんぐんと加速し、ヒュドラの毒霧が俺の背中から棚引くほどだった。

 上空を飛ぶワイバーンよりも早く走り続け、ユニコーンやケルベロスを軽々と乗り越えていった。

 

 「とっとっと。よし、まだいける! これなら一着も狙え……あぶっ」


 微笑を浮かべ調子に乗っていたその時。


 ブォン!

 余裕をかましていた俺の目の前に、突如として現れた紫色の長い物体。

 まぎれもなくヒュドラの尻尾だった。

 その距離はわずか30センチ。すでに回避するのは無謀だった。


 だが。

 ぐいっと両足をつかまれ、下に引っ張られた。

 ぐぼぼぼぼという聞いたことのない効果音とともに俺は地面に埋まってしまった。

 それと同時に頭上を通過するヒュドラの尻尾が、おれの髪の毛を2、3本抜き去っていった。

 地面に頭だけ出したその姿は、さながらスイカ割りの罰ゲームでビーチに埋められた主人公のようだった。

 

 「よ、兄さん。生きてまっか?」

 「ゾンビのおっさん!」

 

 目の前に地面から顔を出したのは、俺を置き去りにしたあのゾンビだった。


 「浄化されたんじゃ?」

 「されるかアホ! せっかく助けてやったのに」

 「すみません。いきなりいなくなるからてっきり浄化されたのかと。どこ行ってたんですか?」

 「そりゃこの状況見れば分かるだろ。地面の中だよずっと潜ってたのさ」

 「なるほど、地面の中ですか! 確かに地中なら毒が来ませんもんね!」

 「そうはいかねえよ」

 「え?」

 「地中にも毒が回り込んでる。こうしちゃいられねえ! さっさと行くぞ!」

 「で、でもこれじゃ出られ……」

 「出るんじゃない、潜ってくんだ!」


 ゾンビのおっさんは再び地中に潜ると一気に俺の足を引きずり込んだ。


 「ちょまって!」

 「行くぞ! 全力前進!」

 「ぶっ! あ゛! ぐぉ!」


 ゾンビのおっさんは猛スピードで地中を掘り進み、俺は足をつかまれたまま引きずり回された。

 小石が顔面の皮膚を引き裂き、土が鼻の穴に詰め込まれ、途中で何か紐っぽいぬるっとしたものを食べてしまった。

 暗闇で分からなかったが、おそらくあれはミミズだろう。

 

 (よし、この競技が終わったらこいつを土葬してミミズの餌にしてやろう)


 長いこと掘り続けていたがようやく光が差し込んできた。

 

 「だっしゃらぁぁ!」

 「おぅわぁぁ!」


 地上に出た勢いで俺は投げ飛ばされた。


 パシン!

 

 「第一着ぅぅぅ! 今ゴールテープを切ったのは地球からきた人間の雄だぁ!」

 「え?」

 「なんと、あの非力な種族しか存在しない地球という星から来た生命体が、このヒュドラの関門を突破ぁ! 何という大番狂わせ。これは見ごたえのある大会になりそうだ!」


 目の前が歪んで見える。何が起きたのか把握するのには数分かかった。


 (え、あ。ゴールしたのか、俺?)


 顔を左右に振り、あたりを見渡す。

 目の前にはヒュドラの後ろ姿と、天使が二つに切れたゴールテープを回収し、新しいものを用意していた。

 目下には俺が出てきた穴がぽっかりと空いており、そこからぬるりと、土だらけの腐った顔面が覗き出ていた。


 「うわ!」

 「うわ! とは何だ。 もうさすがに見慣れているだろうに」

 「ああ、ゾンビのおじさんか。」

 (そのまま埋まっていればよかったのに)

 「なんか言ったか?」

 「いえ、何も!」

 「そうか……。だが、お互いおめでとうだな! これで俺らは次のステージに挑戦だ!」

 「はい! あ、そうだ。ありがとうございました。助けていただいて」


 俺はヒュドラの攻撃に助けられたときにお礼を言うのを忘れていたことを思い出し、深々と頭を下げた。


 「いやいや、お互い様よ。同じ非力な者同士助け合わなければな!」


 (自覚あったんだ)



 ゲームは進みついに天使が吹くホラ貝の音色とともに第一競技は終了した。


 「生還者は96名……まさか定員割れになるとは、ああ悲しきかな。しかしこれも運命。今から、悔しくも生還できなかった者たちの供養の儀を始める!」


 マイクを持った老人は、俺ら生還者の前に立ち、グラウンドに横たわる死体を次々と魔法のような力で積み上げた。


 「これが死屍累々ってやつか」

 「ああ、ああなりゃ俺と同族なんだが、ちょっとおぞましく感じるぜ。おい、あの死体の山の上にあるのって」

 「あ、エイリアンの頭ですね」

 「あいつ死んじまったのか」

 「ええ、ヒュドラの尻尾でチョッキン、と」

 「そりゃ無念なこった。天に召された戦友に平安を……アーメン」

 

 (ゾンビが十字を切るって、ゴキブリがキ〇チョールを自分に吹きかけるみたいな感じで変だな)


 老人が空に向かって両手をかざすと、累々と積み上げられた死体がほのかな青白い光を纏いだした。

 

 「そうだ。子の供養の儀はこの者たちの魂を鎮めるとともに、種族の魂を鎮めるものでもある。そこで、生還した諸君らには、本当に彼らが彼らの種族共々供養される姿を目の奥に焼き付けておいてほしい」


 老人はそういうと、算盤を弾くように指を動かし始めた。

 

「とんとんとんっと」


 何もない空中にいくつものホログラムが出現し、その映像には大小様々な形や色をした星の映像が映し出された。

 数はざっと900ほど。おそらく脱落した者たちの星なのだろう。


 「もしかして本当に?」

 「ああ、かもしれないな」


 これは血液が無いからではない。ただひたすらに悪寒が全身を駆け巡った。


 「全身全霊を賭け戦い抜いたこの者たちに、新たな生を獲得できますように。おお、清めたまえ、清めたまえ。ロペラーマ・ヴァーシュウィンデン!」


 老人の呪文とともに、うずたかく積み上げられた死体は蛍光のように雲散霧消し、ホログラムに映し出された星たちはひび割れを起こし真っ赤に大爆発した。

 このあっけない結末を、俺たちはただ呆然と立ち尽くし眺めることしかできなかった。


 (俺が負けたら地球もああなるのか?)


 実際に実感は全くなかった。まだこれがドッキリだと言われても信じてしまうほどに実感がなかった。

 その感情はほかの奴らも同じだったようで、全員が全員ただ棒立ちになっていたのだが。

 その中で一人だけ呵々大笑する者がいた。

 あの老人だ。


 「かーっかっかっかっか! なんと美しい光景なのか! さあ、諸君らも次の競技で思う存分戦火と鮮血をまき散らしてほしい! 私に特大の大花火を見せてくれる優秀な雑魚(アスリート)を期待するぞ! ……そうだまだ自己紹介をしていなかったな」


 老人はマイクを右手から左手に移し替え、にたりと表情を変えた。


 「われの名はゼウス! オリュンポス十二神の長であり、全宇宙を統べる者。そして、全宇宙を焼き尽くすことができる唯一神だ……!」

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