ゲームスタート
「ここは、いったい……」
目の前には高さスカイツリー級、幅東京ドーム二十個分くらいあるだろう体育館が建っていた。
右側には第一倉庫と書かれた倉庫と、その裏に日本武道館十個分ほどの武道館が建っていた。
左を見渡すと地平線が見えるくらいだだっ広い地面しかなく、おそらく十キロ以上はひろがっているだろう。
何もかもが規格外、だがあまりにも陳腐な設計だった。
「まるで昨日作りました感が半端ないな」
後ろを振り向くと何やら人影? がうごめいていた。
ざっと見ても千人以上はいるだろう。
恐る恐る近づいてみると、漫画や絵画でしか見たことのないモンスターが勢揃いしていた。
キマイラにサキュバス。エルフにオーク。ヴァンパイアにリザードマン。スライムからドラゴンまでありとあらゆる異種族が一堂に肩を並べ、一方を向いて集まっていた。
「え、俺今からこいつらと戦うの……?」
膝の笑いをこぶしでたたいて黙らせ、一歩一歩近づいた。
モンスターたちが見つめていた先には、本部と書かれたイベントテントがちょこんと立っていた。
オークとナーガの隙間からのぞくと、白い髪の毛と髭を地面につきそうなくらい伸ばし、純白の布一枚を羽織った老人が仁王立ちしている。
「諸君! よく集まった! これより第一回異種族存亡運動会を開催する!」
イシュゾクソンボウウンドウカイ? え、運動会?
「世界各地から集められた不憫でどうしようもない死者たちよ、お前たちはその世界で何者にもならず、秀でた能力もなく、そして普通では考えられないような不運で死んでいった。嗚呼何と哀れなのか」
老人は両手でマイクを合唱し涙を流した。
なんだこの爺さん。
「だが、悔やむことはない。これから行う異種族存亡運動会において、勝ち残ればお前たちはその世界での救世主となり、復活を果たせるのだ!」
老人がマイクを天高く上げるのと同時に、モンスターたちは「おおおおおお!」と雄叫び、雌叫び(めたけび)を上げた。
「ノリ切れねえ……」
「それでは早速、第一の競技を始める、出場者は全員! 第一倉庫の手前に引かれた白線に五十名ずつ番号順で整列しろ!」
「番号?」
体を見渡すと、いつの間にか胸元に大々と「558」と書かれたゼッケンが貼られていた。
俺は訳も分からず小走りに白線へと向かった。
やはり約千種族ものモンスターがいたのか、全体で二十列、俺は前から十二列目に並んだ。
「もしこれがマラソンだったら微妙な位置だな。どちらにしても、マラソンは大の苦手だからなぁ」
肩をすくめてため息をついていると、ポンポンっと足元をたたかれた。
「よっ」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁあ! ぞんびぃぃいい!」
右眼球が垂れ下がり、左目はすでに無くなっているガッツリ腐敗したゾンビが、頭と手だけを地面から出し気さくに挨拶してきたのだ。
「そんなに驚かなくても。ただのゾンビじゃないか」
「いやそこじゃなくてっ! いやそこもあるけど情報過多だよ」
「よっこらせ」
ゾンビは地面から這い上がり砂ぼこりをはたいた。
「兄さん、人間かい? 珍しいね」
「俺からしたら十分あなたのほうが珍しいですけどね」
「そうかい? そりゃお互い様さ。俺らの世界ではいろんな種族がいた。ただ人間は大昔に滅んでしまったけどね」
「え、どうして?」
「どうしてってお前さん、自分を見てわからんのかい?」
僕は腕や足、背中を見渡したがさっぱりわからなかった。
「非力だろ。炎が出せるわけでもない。空を飛べるわけでもない。死んでしまったら甦れない。知恵はあるようだが、エイリアンに比べればミノムシ程度だよ」
「エイリアンってそんなに頭いいんですか?」
「当たり前だろ、ほらあそこの二十二番のゼッケンをつけてるのがエイリアンだ」
ゾンビが指さした先に、二十二番のゼッケンをつけた銀色の生命体がいた。
体調は五メートルほどだろうか。腕が二本、足が二本で人間と姿は似ているが、ワニのように鍛え抜かれた鋼色の尻尾と、異様に突き出された後頭部が見え、まるで第三形態のフ〇ーザのようだった。
いや、フリー〇より大きいんだ。うん、関わるのはやめておこう。
「俺が説明しなくてもこの戦いでそいつの知能の高さってやつを思い知ると思うぞ」
「そうなんですか……」
「ああ……」
「……」
「……」
「……ていうか」
「うん?」
「ゾンビさんって死んでますよね」
「死んでるよ」
「え、あ、いやそうじゃなくて。ゾンビになるって死んでることですよね。死んでいる状態から、死んでここにいるってどういうことですか?」
「ああ、ややこしいよな。俺は浄化さ」
「浄化?」
「そう。アンデットやゾンビ系の奴らは大概浄化でここに来たんだろうよ」
「もしかして魔法使いか誰かにやられたんですか?」
「まあ、ね」
「うそ! 魔法使いと戦ったんですか!」
「いんや、俺はなあ穴を掘るのが好きでよお、その時もどこまで行けっかなーって穴掘りに夢中になってたのよ。そんで疲れ果てて眠っちゃったの。ゾンビは日の光を浴びれないから土の中で寝るわけじゃん? だから真上がまさか見習いシスターの部屋だってわからなかったのね」
「ん?」
「それでなんか可愛らしい嬢ちゃんの声が聞こえるなーって思ったら、それが浄化魔法だったのよ。ホーリーアローつって間違えて床に刺しちゃったんでしょうね。矢の先っぽが俺の額にグサッと刺さってそのまま昇天よ。あれはびっくりしたなー」
おれはこの時思った。
非力やん。
「それでは全員整列が完了したようだな!」
俺がゾンビに冷ややかな目線を注いでいると、唐突にあの老人の大声がグラウンドに響き渡った。
一瞬にして会場の雰囲気が凍り付く。
目の前を見ると真っ白で巨大な山のようなものが立っていた。
その両端には赤ん坊の天使が二人、丸裸で浮いていた。
「なんだありゃ、さっきまであったか?」
「では、これから競技のルールを説明する。ルールはいたってシンプル。この白線から始まり十キロ先の天使の待つゴールにたどり着いた者が勝者となり次のステージへと行けるのだ!」
それマラソンじゃん!
俺は青息を吐き出し、肩を落とした。
だが、次に老人が放った言葉により、俺はさらに絶望に打ちひしがれるのだった。
「しかし! ただ十キロ走るのでは誰でもゴールできてしまう! なのでこいつを投入する!」
ブァサッ!
白い巨大な山だと思っていたものは、一枚の布だった。
その布を両端の天使が引き下ろすと、そこに現れたのは、ブルジュ・ハリファをも超える巨大なドラゴンだった。
ドラゴンは、九つの首をゆらゆらと動かし口から紫色の息を漏らしていた。
「もしかしてあれって……」
「間違いねえ、『ヒュドラ』だ」
恐怖心というのは恐ろしく、極限状態までに高まると全身が硬直し、すべての血の気が引いてしまった。
いや正確には、全ての血が外に吐き出してしまったのだ。
「おい、大丈夫かい兄さん!」
「な、何とか」
ひゅーひゅーと呼吸を整える。
全ての血が一気に放出され辺りは血だまりになった。
あの時のことがフラッシュバックし腰が砕ける。
「ほ、ほんとうに……」
「だ、大丈夫です……」
息は吸えない、吐くこともできない。
だが、なぜだか死んでもいないし、妙に落ち着けるようになった。
「これがトランス状態っていうやつか」
俺が血を吐いたことは誰も気づかず、皆ヒュドラに目を奪われていた。
司会の老人も知ったこっちゃないという表情で司会を進行した。
「今から諸君らは、このヒュドラの毒霧の中、十キロのマラソンをしてもらう! このヒュドラはそんじょそこらの毒とは全く違う。毒耐性を持っているスネークマンやポイズンスライムでさえも溶かしてしまうものだ!」
特定されたスネークマンとポイズンスライムは肩をびくつかせ青ざめていた。
「また、百位以内にたどり着けなかったり、リタイアをしたらその時点でアウト。種族滅亡だ。さあ! 勇敢な戦士たちよ、この毒霧から生還し、自らの力を証明せよ! それでは検討を祈る、レディ……ゴーーーーーー!」
天使の吹くほら貝の轟音とともに、その名の通り死のゲームが始まった。
なんかいろいろ詰め込みすぎましたかね?