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四章第10話 逃走戦




「――こっち……!」


 そう言って先導する、黒ローブのフードを被った若紫髪の少女――ミエムの後に続くモノ。

 背中に、遠くからの雄叫びと、爆発音が刺さる。

 思わず振り返りそうになるが、グッと奥歯を噛み締めて堪える。

 後ろの空が明るい。恐らく、火が上がっているのだろう。

 

「名前。モノ、だっけ……?」


「ん? ああ、そうだぞ。モノ・エリアスだ」


 少し速度を落として、モノの横に並ぶようにして走るようになったミエムが隣で静かに呟いた。

 今改めてモノの名前を確認したのは、恐らく関係性が変わったからだろう。

 先程までは不審人物とそれを捕まえた兵士の関係であったのが、今は共に逃亡を図る関係に。

 元々、冷たい印象を受けていたミエムの態度も、ほんの少しだけ和らいだことをモノは感じて、


「話は聞いてた。モノ、貴女は頭領の恩人。絶対にここから逃がす。……それと、さっきは冷たいこと言った。ごめん」


「そりゃ助かるし、謝罪に関しては偶然とはいえ私の方も怪しすぎてごめん……けど、ミエムは私なんかに付き合って良いのか?」


「……いい。そもそもうちは伝令役。戦いが始まったら本部に連絡する任務の為にここに居た」


「なるほど」


 お互い、開戦前の無礼はこれでチャラにと、手短に会話。ミエムが参戦せずにモノに付き合ってくれる理由も把握。

 焦げた匂いの夜風を切り、戦火から遠ざかる。

 勢い良く駆けるモノはそこで、ふと不思議に思う。


「そういや、()()ミエムの力か? 身体が軽いし、疲れない」


 『最終兵器』の力を解放していないにも関わらず、身体が羽が生えたかのように軽やかで、その上、息が切れないのだ。

 それもミエムが何か小さく唱えてからの変化だった故に、モノは彼女が何か力を行使したのかと思い至ったわけだ。

 そんなモノの問いに、ミエムは無表情で頷く。


「……支援はうちの得意魔法。でも、簡単なやつ」


「はぇぇ、これも魔法か……! つくづく魔法って便利だなぁ」


「…………」


「うん? ミエム、どうした?」


 さすがは『魔法大国』と、さも当たり前のように使われる魔法に、素直に感嘆したモノ。

 それから、そんなモノの様子を見てか、突如深刻そうな顔で押し黙ったミエムにモノは首を傾げる。

 何か不味い状況になったのかと、息を飲むが――、


「…………なんでもない。気にしないで」


「ん、そうか? ならいいけど――あ、そうだ。伝令役って言ってたけど、本部って何処にあるんだ?」


 モノから視線を外し、何か言いかけて喉の奥へ引っ込めたミエム。

 何を言おうとしたのかは少し気になるが、気にしないでと言われれば、確かにこの状況で掘り下げるのも面倒である。

 故に、モノも話題を目的地へと切り替える。

 

「『イルファ』。だから目的地、モノと同じ。暫く一緒に行動することになる、多分」


「そうだな、こっから暫く宜しく頼むぜ。ナビはあるけどこの辺の地理に詳しいわけじゃないし、案内役が居るのは凄いありがたい」


「頭領の恩人だから案内するけど、モノ、完全にお荷物?」


「結構厳しいな!? さっき冷たい事言ったって謝ってなかったっけ、ミエムさんや……まあ確かに言う通りかもなんだけど。ただ、安心してくれ、国の事情が絡んでこない状況とか、緊急事態の際は、私ってば結構役に立つと思うぞ」


「条件が限定的、結局役に立たない」


「うぐっ」


 鋭いナイフのような言葉が、容赦なくグサリと音を立てて突き刺さる。脇腹当たりに刺さったような気がしたので、優しくそこを撫でり撫でり。

 どうやら、モノに警戒していたから毒舌だったのかと思っていたが、ミエムの冷たい様子はかなりデフォらしい。


「あ、そういや、イルファに向かう前に『カナリア港』って場所で知り合いと会う約束してるんだけど……」


「……それは問題ない。イルファに向かう途中、どんなに急いでいても、絶対にカナリア港には寄ることになる」


「そうなのか、なら色々安心だな」


 はぐれてしまったエリュテイア達と落ち合う予定の『カナリア港』。

 『イルファ』にある本部とやらに報告を急いでいるミエムにとっては、寄り道になってしまうのでは無いかと危惧したが、そこの部分は大丈夫そうだ。

 まあ、モノがミエムを抱えてひとっ走りすればイルファにもカナリア港にも直ぐに着くだろうが、間違いなく目立つのでそんなことはしない。


 と考え事をしていると、前方、離れた位置に何か気配を感じ取ったモノ。


「……ミエム、前に四人。敵かもしれないから気をつけろよ」


「……! ほんと? 暗闇で見えないけど。魔力探知も反応無い……嘘ついた?」


「いや、こんな時にそんな何の得もない嘘つかねえよ!?」


 彼女の中で自分の信用値はどうなっているのだろうか、とモノは嘆息。いや、確かに彼女からしてみれば、モノは頭領が恩人と敬う謎の人物でしかない。

 そう考えると、彼女からのモノへ対する信用の無さも納得だ。

 詰まるところ、ミエムは表面上は警戒を解いたが、心の方ではまだモノを探っているのだろう。だから、未だ言葉の節々に冷たさを感じるのだ。


「でも――――ぇ、本当だ。四人、気配がする」


「だから言っただろ?」


 が、勿論、本当に嘘なんてつくはずも無く。

 ミエムのいう魔力探知とやらの範囲に入ったのか、彼女は人の気配を確認して張り付いた無表情のまま、驚きで息を飲んだ。


「……モノ、貴女何者? いや…………よく考えたら、頭領の大恩人が普通の人な訳無かった」


「私のそこんところの話は今は後回しだ。ちなみに、失礼かもだけどミエムって戦える?」


「ほんとに失礼…………あいつらを一瞬で倒せる位には」


 ミエムの疑問を今する話では無いとはぐらかし、モノはこちらの戦力を確認する。

 そのモノの態度に一先ずは引き下がったミエムは、視界の先、夜闇が満ちた木々の間へと睨みを利かした。

 彼女が『あいつら』と言ったのは、その闇に紛れる四人の聖職者の服装を纏った人影。

 ミエムのそんか自信満々な回答に頷いたモノは、そのまま彼女に並走して突き進み、


「……司祭様の言う通りほんとに逃げてきた奴がいたなぁ? おい、そこのガキ共、ここは通さ――」


「『爆炎(フレボム)』! 効果付与(エンチャント)追尾(チェイサー)』!!」


「ごばぁっ!?」


 文字通りの、一瞬。

 半年前、ヴァガラも使っていた触れると爆発する魔力の火の玉――『爆炎(フレボム)』。

 ふよふよと暗闇に浮かぶそれを四つ、周囲に召喚したかと思えば、それぞれの玉が意志を持ったかのように、木々の隙間を縫って四人の標的へと追跡。

 何やら言おうとしていたようだが、それを言い切る前に、四人全員が『爆炎』に触れて爆ぜ、沈黙した。


 鮮やか過ぎるその光景にモノが愕然としていると、ミエムは静かに一言。


「――突破」


「おおおぉ、つえぇぇ!」


 支援魔法が得意だと言っていたミエムは、攻撃魔法は不得意という根拠の無いイメージを湧かせていたモノは自分を恥じる。


 元々魔法が使えないモノだが、一度死ぬ前に、魔法は大きく四つの系統に分けられると聞いたことがあった。

 ――『攻撃魔法』、『防御魔法』、『支援魔法』、『回復魔法』。

 そして、どうやら個人個人が宿す魔力の質によって、得意な魔法系統が変わってくる、という話も頭の隅に残っている。

 故に、勝手に、一つの系統が使えれば、他の系統は難しいと解釈していたが、今のミエムを見た感じそうでは無さそうだ。


 モノ自身が魔法使用不可である為、実力の偏差値見たいな事はよく分からないが、今までにこのような追尾する魔法は見たことがない。

 それが『魔法大国』という魔法研究の進む環境だからか、純粋にミエムの実力か、はたまたその両方かは判断出来ないが、モノの口からは絶賛が溢れていた。

 

「……褒めても何も出ない。うちが照れるだけ」


「おう、照れとけ照れとけ! ミエム、お前すげぇな!」


「……ふへ」


「よっしゃ、このまま突っ走るぞ! って、どっちに走ればいい?」


 無表情のまま声だけで照れるミエムを褒め散らかし、勢いに乗ってきたところで、逃走のペースを早めるモノ。

 それを見て我に返った様子のミエムはすっかり元の調子で、


「……こっち。道案内のうちより早く行かないで」


「へいへ――ミエム、下がれ!」


「っ!?」


 ちょいと服を捕まれ、軽い返事でミエムの後に戻ろうとするモノだったが、その途中、暗闇に微かに、しかし鋭い気配を感知。

 その後、視界の先でキラリと何かが光ったことを確認し、刹那、モノはミエムの腕を引っ張った。

 突然の引力に倒れそうになるミエムを支えると同時に、彼女の目の前を白い刃のようなものが掠める。


「チィっ」


 どうやら、先の四人の中にまだ無事な奴が居たようだ。暗闇から現れた、一部焦げ付いた修道服を着た男。

 苛立ったように舌打ちをしたそいつは、目尻をひくつかせ、魔力を練り始める。


「おい、さっきはよくもやってくれたな?」


「モノ、助かった。……で、お前はしつこい。大人しくお仲間と同じようにくたばってれば良かったのに」


「調子に乗るなよガキが、仕返しだ! 喰らえ、『風刃(ウインド)』!」


機能強化(エンハンス)、『瞬速(クイック)』!」


 沸点が低いのか、ミエムの挑発に激昂した男が、先と同じ、白い風の刃の魔法を飛ばす。

 対するミエムは短い詠唱の後、淡い光を自分に纏わせ――瞬間、彼女の動きがぐんと加速。

 風の刃が斬りかかった場所には既にミエムは居ない。

 猫のような身軽さで大きく飛び跳ねた彼女は、男の斜め頭上だ。


「まだだ、『風刃(ウインド)』!」


 しかし、空中では避けられない。それを悟った男はすぐさま同じ魔法を、今度は宙に舞うミエムへと放つ。

 その数三つ。カーブを描くようにして、放たれた刃は、正確にミエムの胴体を捉え――、


「――『結界(バリア)』!」


「馬鹿な! 三系統もの魔法を!?」


 切り刻む、その直前。ミエムと刃の間に、モノの『拒絶(リジェクト)』のような半透明の障壁が出現。

 彼女の身体を守りきることに成功する。

 そのままミエムは空中で素早く詠唱、水色の玉がふよふよと四つ出現させて、


「『爆氷(チルボム)』! 効果付与(エンチャント)、『追尾(チェイサー)』……さよなら」


「くそが! 『障壁(バリア)』!」


 勢い良く射出。

 それぞれがカクカクと青白く美しい軌道を描き、男を目掛けて突進をかます。

 冷気を纏った、見たところ『爆炎』の氷バージョンといった魔法だ。

 投げつけられる男も、素早く反応し、先程ミエムが見せた障壁の魔法を前方に貼り、応戦するが――、


「ぐっ、かはぁっ!?」


 障壁にぶつかったのは四つの『爆氷』のうち一つだけ。

 追尾効果の付与された玉は、障壁を避けるようにして男の背後へと周り、身体へと触れ、爆ぜた。

 みるみるうちに凍りついた男は今度こそ沈黙。


「……うち、器用貧乏だから」


 ミエムの言葉と共に、辺りに充満していた魔力のプレッシャーが霧散。

 モノが始めて目にした魔法戦は、案外呆気なく、若紫の髪の少女、ミエムの完全勝利に終わったのだった。



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