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四章第8話 白雪姫、拘束される




 ――世界は脆さで満ちている。

 

 どんなに計算された建造物であれ、どんなに硬度の高い物質であれ、どんなに綿密なルールであれ、どんなに強固な絆であれ、今であれ、過去であれ、未来であれ、命であれ。

 

 全ては、彼女がその気で手で触れれば、忽ちの内に崩れ去る。


 だから彼女は様々なものに、その価値を試すように触れ――。

 ――案の定、それら全てを壊してしまった。


 人々はそんな彼女を恐れた。竜と人との混血に生まれた、暴虐の限りを尽くす彼女を、世界を滅ぼすとまで言われた彼女を。

 ――やがて、彼女が一人の少女との出会い、その有り様を変えるまでは。


 純粋な興味で破壊を続けてきた彼女にも、『壊したくない物』が出来たのだ。


 『破壊竜』ライラ・フィーナス。

 彼女は、誰よりも世界の脆さを知っている。


 故に、彼女は今、それを護る立場に在るのだ。



※※※※※

 



 明らかな敵意。鋭い殺気を宿した女の瞳が、モノの身体を突き刺していた。

 やけに冷たい夜風がモノと女の間を吹き抜け、森全体をざわつかせる。

 

「答えろ。貴様は何者で、何故この場所を彷徨っている?」


 しばしの静寂を破るのは女の方だ。

 女は傷の多い褐色の肌を大胆に見せる、何かの骨で出来た野性味溢れる衣服を纏い、モノの首筋に刃物を触れさせている。

 

「えっと……」


 対するモノはこちらに敵意は無いとアピールする為、両手を上げながら困り顔だ。

 横目で周りを確認すれば、女の他にローブを被った者が二人。陣形を組んでいて、モノは自分が包囲されていることを理解する。

 下手をすれば、事件に成りうる。

 勿論、モノからすればこの包囲を脱出するのは容易だが、不審者情報が出回っても、調査任務遂行中の身である故に、喜ばしくない。

 なので、適当な言い訳が欲しいところだが――。


「――いやあ、道に迷っちゃって……」

 

 今すぐに自分を殴りたい、そんな念に駆られる程、苦しい言い訳を披露してしまうモノ。

 考えた挙句がこれなので、最早どうしようもない。

 まあ、案の定、このような怪しさ満点の苦しい言い訳を、相手が飲み込んでくれる筈はなく。


「道に迷っただと? ふざけるな、誰がそんな言葉を信じると思ったんだ? 次に変な事を言ってみろ、この刃が貴様の喉を掻っ切るぞ!」


「……あながち嘘じゃあないんだけどなぁ」


 実際、道に迷った訳では無いが、似たような状況なのだ。しかし説明したところで信じるはずもない。

 『船が大破して気付いたらここに漂着してた』なんて話をピンピンとした少女から聞いて信じる奴は、知り合い以外、まあ居ない。

 ので、今度はモノは話題逸らしを試みる。

 

「私からしたら、逆にお前らは何者なんだ? ナビの感知が遅れる程、気配を消せるなんて相当に厄介なんだけど」


「おい、聞いているのはこちらだ。……というより貴様、この状況に全く恐怖を感じていないように見えるな? 全くを持って怪しすぎる」


 が、これも逆効果。

 モノの危機感を感じさせない飄々とした態度が、却って彼女らの不信感を煽ってしまったようである。

 はっきり言って手詰まりだ。

 彼女らが何故殺気立っているのかは分かり兼ねるが、モノに身の潔白を証明出来る要素が微塵も無いことも事実なのだ。

 つまるところ、


「貴様の身柄を拘束する。抵抗はするな、殺す羽目になる」


 こうなる訳である。

 女がモノの喉元にナイフを突き付けたまま、正体の全く分からない残りの二人へと視線で指示を出す。

 その指示を受けた二人に、モノはあっという間に、手を縛られてしまった。


「足は縛らん。自分の足で歩け。我等の拠点まで大人しくついてこい」


「わかったよ」


 そう吐き捨て、女が歩き出す。

 モノは抵抗せずにその背を、フードの二人の見張りの視線を受けながら追いかけて行く――。



※※※※※※※




「――ふんっ!」


「グギギャァアァ!!!」


「おぉ……」


 見事に首元に短刀の刺さった、人の二倍くらいの大きさの自然色の怪鳥が痙攣し、泡吐く姿を見て、モノは感嘆する。

 短刀を放ったのは勿論、鋭い目つきに野生を感じる服装の女――リオラだ。

 彼女はいち早く上空で目を光らせていた怪鳥に気付いたかと思えば、素早く慣れた手つきで寸分の狂いなく短刀を投げつけた。

 ナビを起動しているモノの方が気付くのは早かったのだが、それでも、それもほんの少しの差。

 己の感覚のみで闇夜に紛れた敵の気配を察知する能力には、素直に驚きである。


「さすがはリオラさん。俺、気付きませんでしたよ」


「甘いな。ジオ、お前には常日頃からの警戒心が足りない。もっと感覚を研ぎ澄ませろ」


 逆に、怪鳥が地面に落ちてくるまで、全く気付かなかった様子の黒ローブの男――ジオ。ローブのフードの隙間から見える金髪の緑の瞳。素顔は隠れていて見えないが、話し方からどこか優しげな印象を受ける。


「……そう。ジオはもう少し気を張るべき」


「ミエムはいつも手厳しいなぁ……」


 そしてこのどこか冷たい雰囲気を纏うもう一人のローブの女性はミエムだ。物静かな彼女のフードから見える髪色は若紫、瞳は薄い青。

 ちなみにミエムは怪鳥にリオラから少し遅れて気付いた様子だった。


「――ところで貴様」


「だからモノだって。貴様って呼ばれ方、あんまし好きじゃないんだよ」


「………………ところで()()


「無視はつらいぜ……」


 先程から『貴様』という呼び方に、度々抗議しているのだが、リオラは全く取り合ってくれない。

 当然と言えば当然なのだが、敵意が無いことは分かって欲しいところだ。


「……我々より早く怪鳥の気配に気づいていなかったか?」


「へ!? い、いやいや、気の所為気の所為!」


「本当だろうな? やはり怪しいな、貴様。まさかメリア教会の関係者ではないだろうな?」


「メリア教会……?」


 それは、ティアから『魔法大国イルファ』の最高権力を握っている、らしい、という曖昧な情報しか聞いていない組織の名だ。

 このタイミングで出てくる単語だとは思えなかったし、最高権力に向かって明らかに敵意を持った言い方にモノは疑問が尽きない。

 それに、この状況で聞いても教えてはくれないだろう。

 まあただ、モノのその不思議そうな表情に、例のジオという男は少々誤解したようで、


「ほら、メリア教会の事も知らないようですし、やっぱりただの子供ですよ。モノちゃん自身、道に迷ったって言ってましたし」


「え、マジか、そんな言い訳信じる奴いたのか」


 どうやらメリア教会という単語そのものを知らないと勘違いされたようだ。

 いや、確かに意味は知らず、響きに聞き覚えがある程度なので、あながち間違いではないが。

 取り敢えずこのやり取りでモノが理解したのは、ジオという男が純粋な性格であるということだけだが。


「うん? モノちゃん、何か言った?」


「いいや、何にも。ジオが優しくて嬉しいってだけ」


「うんうん、わかるよ。リオラさんとミエム、雰囲気怖いからね……でも大丈夫、お兄さんだけはモノちゃんの味方だからね……!!」


 リオラとミエムは相変わらず冷たいが、ジオのような肯定的な人物がいるとモノも少しは安心出来るというものだ。

 

 ――そうして歩いて、否、歩かされていると、やがて見えてくるのは、暗闇にぼんやりと浮かぶ暖かな色の光だ。

 次いで耳が捉えるのは人の話し声。勿論、ここまで人々の生活音が聴こえるのは、ナビの聴覚機能拡張の効果。

 鼓膜をつく様々な音達に、モノはいち早く、目的地が目の前であることに気づく。

 それから少しして、口を開いたのはリオラで。


「……ここが我々の集落、そして、貴様が尋問を受ける場所だ」


「かなりの人の数だな……」


「ああ、ここらでは一番規模の大きい集落だからな――――待て、貴様、この遠目からどうして分かった?」


「やば、違う違う、なんとなーく、そう! なんとなーくそんな気がしただけだぞ!? うん!」


 と、訝しむリオラの視線に、モノは自分の独り言の多い性質を呪う。こればっかりは治そうと思っても治らない、不治の病だ。諦めた方が早い。


「………………まあいい、貴様が何者かはこの後直ぐに分かる事だ。我らが()()の前では、隠し事など出来んからな」


 元々ゼロに近かったリオラからのモノに対する信頼値が、ついに下限を突破したような気がしたが、そんなモノの悲しみを余所に、一行は柵で囲われた集落の入口へ。

 

 何やら、門番らしき人物とリオラが耳打ちで会話するが、強化した聴覚によれば、どうやらただの『不審者を捕らえた』という報告だけのようだ。

 そのやり取りの相手である門番のタジタジ具合を見るに、やはりこの集落でのリオラの地位は高そうである。


「ほら、行くぞ。真ん中に旗のたった家が見えるだろう、そこに我らの頭領がいる。気高く、屈強で、威厳のあるお方だ、貴様の正体も暴かれ、裁かれることになる。覚悟しろ」


「まーたそうやってリオラさんは子供を脅して……。大丈夫、モノちゃんがいい子なら、頭領もそんなに怖いお方じゃないからね」


 プレッシャーを放ち、強い眼力で睨むリオラの言葉に、空かさずフォローを入れるジオ。

 ジオがリオラとミエムの緩衝材になってくれているお陰でモノはやりやすくて助かる、のだが。

 どうも、モノには少し彼の態度が引っかかっていた。


「おう……って、何と言うか、ジオの優しさは勿論嬉しいけど、些か子供扱いされ過ぎ感が否めないな? 私、そんなに小さくないだろ? 外見だと十三くらいの筈だけど……」


「そうかな? 僕から見たらモノちゃんはまだまだ子供だよ。でも子供扱いが嫌なら僕も気を付けるよ」


「ああいや、別に少し気になっただけ――」


「――あ! モノちゃん足元に小石があるよ! 転ぶと怪我しちゃうからね、躓かないように気を付けてね!」


「言ってるそばからだし、過保護だな!?」


 気を付けるとは何だったのだろうか。まあ正直なところ、別にモノも、やめろという意味で言ったのではなく単なる興味で聞いただけであるため、さもありなん。

 しかし、これにツッコミを入れないのもあれなので、怒涛の勢いでツッコんでおく。

 そんな微笑ましいやり取りを、切り裂くのはやはり、鋭利な眼光を光らせるリオラで。


「……騒ぐな。ジオもこんな見るからに怪しい奴に優しくするな」


「ひぃぃ、目が怖ぇ!」


「あ?」


「イエ、ナンデモアリマセン」


「…………着いたよ」


 モノの口から無意識に漏れる言葉が、相変わらずリオラの不興を買ってしまっているが、そんな中、静かにミエムが呟いた。

 先程、遠目で見ていた大きなドーム型の建物、というよりは布テントに近いそれが今、目の前にある。

 玄関前には、見張りか、黒いフード付きローブを纏った人物が二人。その怪しさ満点の格好は、ジオやミエムの物と同じだ。


「よし、頭領はいらっしゃるか?」


「ええ、居ますよ。そちらの少女は?」


「森の中で捕らえた。挙動不審で怪しい」


「――! 確認ですが教徒、ではないんですよね?」


「ああ、制服を着ていない。教団では制服を着るのが義務だからな、今までに制服を着ていない教徒に会ったことがない。加えて、『聖遺物(アーティファクト)』らしき物も所持していない。持っていたのは神力の感じられないペンダントだけだ。それに……」


「それに……?」


「いや、いい。とにかく教徒では無いだろう。しかし、こんな少女が魔物だらけの森を歩いているという状況がおかしすぎる。教団の関係者かもしれんし、罠かもしれんし、知らず知らずのうちに協力させられている可能性もある。ここで経緯を洗いざらい吐き出させた方がいい」


「…………なるほど、少々お待ちを」


 なんて耳打ちのやり取りも今のモノにはハッキリと聴こえる訳だが。

 どうやら、リオラと話した一人の黒ローブの人物が、テントの中にいる『頭領』とやらに事情を説明してくるようだ。

 こうも用心深い体制を敷いているのが何故なのか、モノは分かり兼ねるが、先のリオラの発言から推測するに、原因にはメリア教会が一枚噛んでそうなのが嫌なところだ。

 イルファの最高権力を握る組織とのいざこざに巻き込まれるほど厄介な事はない。


「……やっぱ隙をついて逃げるべきか? いや、とにかく身の潔白を分かってもらえばいいんだ。それが出来なかったら、強硬手段も考えよう。逆にそれまでは大人しくしてた方が良さそうだな」


「お前、なにをブツブツ言ってる……?」


「ん、明日は晴れるかなっていう趣の独り言だから気にするな」


 モノのあまりの長さの独り言に、口数の少ないミエムが思わず指摘。そんな怪訝な顔をフードの中から覗かせる彼女にモノが軽口めいた言葉で返すと、彼女はリオラ程の鋭さはないが、じっとりとした目で睨んで、


「ふうん。今から審判が始まるというのに、随分と呑気ね」


「そりゃ、私は全くの白だからな」


「……まるで人形」


「あー、それは言われ慣れてるから効かないぞ……っと、出てきたか」


 あくまで飄々とした態度を続けるモノに遂に諦めた様子で呟くミエム。

 そんな中、テントから出てくるのは例の黒ローブの人物で、


「――通せ、だそうです」


「……よし。おい、さっさと歩け」


 その言葉に頷くなり、先行してテントに入っていくリオラ。彼女の握るモノを縛った縄に引っ張られて、モノも中へ。


「……さて、鬼が出るか蛇が出るか、だな」


※※※


「――――」


 ――幕を捲り、足を踏み入れれば、見た目よりもそこは広い空間。

 乱雑に置かれた所々欠けた刃物や、年季の入った金属製の防具が隅に散らばっている。

 モノ達が入ってきた玄関から見て、奥の方、木箱を積み上げて作られた椅子に座する、ガタイのいい巨漢のシルエット。


 ピリと張り詰めた静寂に、パチパチと不規則な音を鳴らす二つの篝火が、胡座をかき、その膝に頬杖を突くその男の姿を照らしていた。

 筋肉質で、刺青の入った上半身を見せびらかすかのような野性味溢れる服装と、獰猛な獣のプレッシャーを放つ、見るからに柄の悪い男。


「…………リオラ、ご苦労だった。お前の後ろに居るのが?」


「はい頭領、こいつです」


「……っ!」


「あぁ??」


 その泣く子も黙る形相の男の前へと、突き飛ばされるようにして出たモノ。疑い、眉間に皺を寄せた男と、モノの無感情な宝石の紫瞳、両者の視線が交差する。

 ――交差して、その直後。


 目を見開き、ガタッと大袈裟な反応で立ち上がった男は、モノにジリジリと近づき、そして――、


「――――まさか、(あね)さんか?」


「……………………え?」


 

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