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四章第7話 侵入者




「――――ッ!!」


 見えない何かに押され、気付けばモノは海の中だ。

 ナビも駆使し、どうにか抗おうとするも、纒わり付く凶悪な力がそれを許さない。

 どんどんと、地上での自由落下の数倍もの速度で、深海へと引き摺り込まれていく。

 光が遠のき、やってくるのは深い闇と冷たさと、窒息だけだ。


 モノはナビのお陰で『拒絶』のバリアの展開には、謎の力場が発生した時点で既に成功している。

 しかし、それはバリアごと、勢いよくモノを沈めた。

 それに、バリアを展開できたからといって、息苦しさが変わるわけでは無い。


 徐々にその息苦しさは限界へと順調に近付いていく。

 ――時間にして約五十秒。

 思考も何もかもが追いつかないまま、モノが意識を手放すのに、何ら障害は無かった。




※※※※※




『ハッピーバースデートゥーユー♪』


 遠くで声が聞こえる。


『ハッピーバースデートゥーユー♪』


 懐かしい祝福の声だ。


『ハッピーバースデートゥーユー♪』


 苦しい呪いの歌。


『ハッピーバースデーディア……』


 そうだ、いつもここで途切れる。

 間が悪いのか、聞きたくないのか、聞こえないのか、そもそも続きなんて無いのか。

 とにかく、その先を聞くことは叶わない。



 また、あの『機械音』がする。

 



『――『白』の再生能力による、心肺機能の蘇生を確認。加えて、『白』の消去能力による、体内の余分な水分の排除を確認。アイン・エリアスの損傷無し……――――』


 早口言葉のように、淡々と述べられるそれを、歌をかき消したそれを、モノは濁った意識で呆然と聞いていた。

 やがて――、


『――……システムオールグリーン。『最終兵器』モノ、再起動します』


 意識は再び覚醒へ向かう。



※※※



「――――ん。ぺっぺっ」


 雑音で痛んだ頭を癒すように、心地好い波の音が木霊する。

 どうしてかこの身体になってから高頻度で意識を失うな、とモノは口に入った砂を吐き出しながら思う。

 それで毎回嫌な記憶が蘇るのだから勘弁して欲しいものだ。


「……さて、と。ナビ」


『おはようございます、マスター』


 モノの呼び掛けに応じ、直ぐに脳内に響く機械的な声。前は煩わしいとも思った声だが、今では少しモノに安心感を与えてくれるようになった。

 やはり、会話出来るようになったことは大きい。


「一体何が起きたかわかるか?」


 見渡せば、今はどこかの海岸だ。時刻は夕暮れ時。

 丁度、橙色に輝く太陽が、海面へと沈み始めている。

 モノは水をたっぷりと吸って重たくなった衣服を絞りながら、脳内の声に問う。


『原因不明の力場発生により、当機体は水深二千メートルまで沈下。『拒絶(リジェクト)』のバリアにより、水圧への抵抗は成功。酸素の供給には失敗。意識を喪失し、その後この海岸に漂着しました。時間にして半日です』


「なるほどつまり……」


『――現象の特定不明。換言します。……何が起きたか分かりません』


「おーけー、ナビ、ありがとう」


 中々に流暢に喋るナビとの会話に楽しさを感じると同時に、状況の危うさに不安が募る。

 『突発的テレポーテーション』とは違い、ナビにも特定が出来ない現象。

 加えてモノは一瞬であの場から脱落してしまった為に、その後の様子が分からない。

 要は――、


「エリュテイア達は大丈夫なのかな」


 他の者の安否が確認出来ない。

 あの力場発生が何か人為的なものであれば、完全に悪意が存在している。

 であれば、対象をモノだけに限定する必要はあまり感じない。

 故に、モノが沈められた後、他の者達も攻撃を受けた可能性が高いが――。


「……仮にあれが何者かの攻撃だとして、海のど真ん中だぞ? 周りに誰の気配も無かったし……一体誰が、何処から……? いや、違うな――」

 

『肯定します。マスターの推測の通りである可能性が一番高いかと』


「ああ、()()()()()()だな」


 周りの脅威が考えにくいとなると、外部ではなく内部。そう当たり前と言えば当たり前の思考をして、モノは頭を抱えて、座り込む。


「だー、くそ。ナビ、現在地って分かるか? 分かれば船まで『無重力』を使って戻れるかもしれない。というか、だから私には船要らないって言ったんだけどな、飛べるし」


 まあその考えは、ティアによって直ぐに却下されたが。何でも、目立ちすぎだとかなんとか。

 それなら、人の目が無いところに降りれば良いと反論したのだが――、


「ダメなのだ。お前が一人で先にイルファに着いたら、何をしでかすか分かったもんじゃないのだ。お主、何かと敵を作りやすい性格だしなのだ」


 と、断固拒否といった感じだった。

 なのでモノもそれ以上は食い下がらず、船に乗って向かうことになった訳で、


「結局はぐれてたら意味無いけどな」


『マスター。周りの植生、太陽の位置、海岸の形等、様々な情報から、現在地の特定が完了しました』


「お、流石ナビだ、助かる」


 こんなことになるならもう少し食い下がって置けばよかったと、後の祭りを繰り広げていると、ナビが演算を終えたらしく、報告してくれる。

 頼りになりすぎるナビに感謝を述べつつ、モノはその報告を漏らさないように脳内へと意識を向けた。


『現在、当機体はルートヴィヒ大陸の南部、クルベル海岸に漂流しました。本来到着予定のカナリア港はルートヴィヒ大陸の東部。調査対象である魔法大国イルファはルートヴィヒ大陸の北部に位置しています』


「わあお、なーんて分かりやすく『イルファ』から遠ざかってるんだ……!」


 ナビがくれた情報から、北にある『イルファ』とは真逆の南にある『クルベル海岸』とやらに着いてしまったと、溜息をつくモノ。

 正直、この任務もどうせ初めから上手くはいかないとは思っていたが、こうも出鼻を挫かれるとは想像以上である。


「……でもここで何時までもグダグダ言っててもしょうがないか。とにかく、船に戻らないと――」


『その事ですがマスター。機体名『エリュテイア』より、マスターが気を失った後にメッセージを受信しております』


「ほぇ? メッセージ……?」


『はい。恐らく、吸血鬼の能力である『伝達』の効果によるものです。吸血鬼は一度、血液を舐めた者へと、少量の情報を伝えることができます。制限は距離と情報量です。尚、機体名『エリュテイア』が能力に気付いたのは最近であると推測されます』


「あー、あっちもナビのお陰で気付いた感じか。ほんとナビさまさまだな……って、あいついつの間に私の血なんか舐めたんだ!?」


 知らぬ間に自分の血がエリュテイアに採取されていた事に驚きながらも、同時にその行為に感謝するモノ。

 採取されていたお陰で、こうやってメッセージを受け取ることが出来ているのだから、気付かぬ内に血を抜かれた事に不満は何も無い。

 思考を切り替えて、モノはナビにメッセージの開封を頼む。


「で、メッセージの内容はどんな感じ?」


『「――私達は大丈夫。十日目に『カナリア港』で会いましょう」……だそうです』


「……そうか、なら私が向かうべきは『カナリア港』だな。一応調査任務だし、国の情勢とか人に聞きながら歩いていくとするか」


 メッセージの内容をナビから聞いたモノは、即、船へと戻ることを止め、カナリア港へ向かうことを決めた。

 今は三日目の夕方で、十日目まで時間も充分にある為、その間、一人で調べられることは調べておこうと聞き込みながら目指す算段を立てる。

 そのモノの切り替えの早さに、疑問を持つのは意外にも、脳内の声で。


『マスター、良いのですか?』


「ん、エリュテイアがそう言うなら大丈夫だろ。信頼してるし」


『そうですか』


 しかし、モノがそう答えると、ナビもそれ以上は何も言わない。ナビもナビで再確認、程度の感覚だったのだろう。

 ますます、感情らしきものを感じさせるナビのやり取りにモノは内心で感心する。

 感情の起伏を徐々に失っていっているモノからしたら、逆に感情が増えていっているように思うナビは興味深い。

 このままいけば、立場が逆転するかもしれないと思うと、怖いような面白いような。


「……んじゃ、出発するか。流石に大陸の空を飛び回る訳にいかないし、近くに町とかがあればいいんだけど」


 呟き、目の前にある森へと歩みを進め始める。そんなモノの姿を、遠く、岩陰から見つめる影が一つ。


(――ふふ、面白い。人々の間では、海岸に生き物が打ち上げられると災いが起きるという噂があるらしいが)

 

(――君は一体、ルートヴィヒに何を齎してくれるのかな?)

 


※※※※※



「こんな感じで森に入るのももう慣れたな」


 日が落ち、徐々に暗くなってきた森。

 青々と生い茂る草木を掻き分けるようにしてモノは進んでいた。

 何かと森に縁のあるモノは、今回も例に漏れず、といった感じである。


『マスター。夜の森は危険ですので、ご注意を』


「……注意っていうか、もうその危険と何回か遭遇してるっていうか」


 慢心へ忠告をするナビにモノは苦笑しながら、自らに次々に襲い来る謎の生物を軽い動作で、投げ飛ばす。


「こいつらは一体何なんだ? 異様に硬い熊とか、羽の生えた兎とか、火を吹く蛇も居たよな? この位なら私は別にどうって事はないけどさ」


 森に入ってからというもの、度々モノに襲いかかってくる、通常のそれとは少し違う特徴を持った生物達。

 此方がそれらの視界に入った途端襲ってくる凶暴性故に、力を持たない人がこの森に入れば、ひとたまりもない。


 そうやって今までに見た事の無い正体不明の生物にモノが首を傾げていると、やはりナビが直ぐに回答をくれた。

 

『魔法生物です。ルートヴィヒの空気中に漂う魔力を受け、変化した生物で非常に凶暴です。森のような自然の多い場所では空気中の魔力も比例して多い為、注意が必要です』


「なんで自然の多い場所は魔力も多いんだ?」


『ルートヴィヒの特殊な植生が理由です。ルートヴィヒに存在する草木の大半は、魔力を作り出し放出する特性を持っています』


「なるほど……って、それ森に入る前に教えて欲しかったな?」


『――――――』


「急に黙ったな!?」


 森に入って暫く経った後に『森は危険だ』などと言われても困るのだが。事前に教えておいて欲しい。

 と、少し責めると急に静かになる脳内の音声。

 そのなんとも言えないナビの態度につっこみながらも、モノは歩みを緩めない。

 時間に余裕もある為、急ぐ必要も無いのだが、こんな森は早いところ抜けたいのが本音だ。


 


『――――マスター』


「……ん?」


 と、いよいよ辺りに闇が満ち始めた森を進むモノに、あれからしばらく黙っていたナビが何やら呟いた。

 こうやって緊急でナビの方から声を掛けてくる場合の大体はよからぬ事が起きる予兆である為、モノも先までとは違って気を引き締める。


 ちなみに、モノの視界は『暗視機能』によってまるで昼間のようにハッキリしている。これも『最終兵器』のシステムの一つらしい。

 モノは、その暗視を使って周りへ注意を向けながら、ナビの次の言葉を待った。

 すると、


『人型の生命体、その数は四。こちらに向かってきているようです』


「うわ、凄い嫌な予感」


 ナビがそう伝えてくれると同時に、モノの鼓膜を微かに揺すった何かが近づく音。

 やがてモノの周りを囲うようにして音が止まると、現れるのはナビの言う通り人影で、


「……怪しいな、小娘。こんな森に一人で何をしている。返答次第では――」

 

 モノを睨みつけ、血で錆び付いた大きな刃物の切っ先を向ける女は、冷たく言い切った。


「――容赦なく殺す」




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