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四章第6話 深海への誘い




「一体、何が…………」


 遥か上空、激しく揺れる船を見下ろして、モノは呟いた。

 見れば、近くの物に掴まりバランスを取っている仲間達の姿が、甲板に確認できた。もう既に、海へと投げ出された人員も少なくない。

 何が起きたのか、その思考に入りかけて、モノは首を振る。


「……いや、まずは船員の救助が最優先だ。状況整理はその後でいい!」


 呟き、白の靄を纏って、波にさらわれないよう必死に手脚をばたつかせる船員達へ向かって、モノは急降下。


「大丈夫か?」


「は、はい……! ありがとうございます!」


 船員達の手首を掴み、軽々と持ち上げ、投げるように甲板に戻してやる。

 少々乱暴だが、状況が状況だ。気にしている余裕は無い。溺れかけた船員全員の救助に成功したモノは、海を覗き込み、唖然とした船長のパドルへと声をかける。


「パドル! これは一体!?」


「モノ様…………海面を見てくだされ、来ますぞ」


 決して目を離すまいといった様子で、海面を注視したまま返事をしたパドルに倣い、同じように覗き込んだモノ。

 荒い波、海が揺れている。否、海はいつも揺れている。しかし、そう表現せざるを得ない。

 徐々に激しくなっていく振動が、細かく刻むような波を立てているのだ。


「見えますかな、黒い影が」


「ああ、でも……これは……」


 パドルの言う通り、海面には朧ながら影が映されていた。その影は、振動が激しくなるにつれ、比例して大きさを増していく。

 やがて、魚のヒレのような部位が海面から突き出て、モノらがそれを目視した次の瞬間。


 ――――乗っていた船が空に舞った。


 弾むような衝撃に、船と一緒に空へと投げ出されるモノ含む船員たち。

 ふわりとした感覚の中、状況が飲み込めないモノは船より高く翔んだ巨大な影に、驚愕する。


「幾らなんでもデカすぎるだろ!?!?」


 船を、海を、何もかもを蹴散らし、海の底から現れ、今は空に跳ねたその『鯨』に、一同は波乱を予感していた。



※※※※※




 謎の生物に襲われる時より、遡ること数分。

 ストランド大陸を出て、『魔法大国』イルファのあるルートヴィヒ大陸へと向かう航路。


 出発して二日。

 相手国が鎖国中だということもあり、今回の船旅は密航にあたる。

 見つからないよう遠回りをしているため通常は五日で行けるところをその倍、十日間かけて向かうことになっている。

 向かう港とは連絡は連絡を取り合っており、まあつまりは協力者がいるという訳だ。


 それはさておき、まだ三日目だが海の上というのは、やる事も無く、あまり景色が変わらない為、モノは既に退屈を覚えていた。


「……なあ、ナック。暇だから、しりとりしないか?」


「ぁ? なんでオレがやると思ったんだ、あぁん? しねぇよ、てめぇらで勝手にやってろ」


「えぇーノリ悪くね?」


 甲板に座ったモノ達とは少し離れた位置で、腕組みをしながら仁王立ちをして、進行方向を見ていたナック。

 自分以上に暇そうだったので、モノはしりとりに誘うが、予想通りではあるが一刀両断。

 まだまだ打ち解けられない様子のナックに、モノは不貞腐る。


 半年前、初対面の印象は最悪だったが、今ではモノからナックに対する苦手意識はかなり和らいでいる。

 彼は喧嘩早く、目つきも口調も悪く、態度もデカいが、心は善良であることは、モノは知ることが出来た。

 その話について今は語らないが、まあつまり彼はツンデレ――否、()()()()なのだ。


「そうよ、ノリが悪いわよナック」


「そうっすよー! あんたおっかない顔なんだから、ここら辺でユーモア見せた方が打ち解けられるっすよー!」


「全くです。折角姫が誘ってくれているというのに……さあ、姫あんな奴は放っておいて、やりましょうか!」


「てめぇらはなんでそんなやる気なんだ! 九番隊ってのは、こんなのしかいねぇのか! でもって、真ん中のてめぇは誰だ!!」


 モノの言葉に頷いて、同意するエリュテイア、アズラク、とある一般船員の三人。

 彼らの、はちきれんばかりの『しりとり』に対する謎の『モチベーション』に、ナックは吠える。

 特に、真ん中に座った細身の人物の正体が気になってしまったようだ。


「そうカッカすんなよな、万年カルシウム不足男。ちなみにこいつは、一般船員の……んーと、ただの誰か君だ!」


「ういっす! ただの一般船員の誰かっす!」


「いや結局誰だよクソが!! あと意味わかんねぇ変なあだ名付けんな!!」


 こう何だかんだ言って、毎回反応してくれるのがナック改め、万年カルシウム不足男の憎めないところなのだが。

 それに気付かない本人は、いつもキレのあるツッコミを刺してくれるので、モノもイジりが止まらない。


「いやー、五番隊の隊長ナック・ベイルと言えば、『野蛮』って有名だったんすけど……実際は面白い人っすねー」


「わかる、ナックって何か面白いんだよな。なんでだろ、いつも喧嘩腰だけど根は良い奴だからかな?」


「ば、バカかてめぇは! オレが良い奴なわけねぇだろ! クソが! ……クソがぁ!!」


「うんうん可愛いなお前」


 見よ、これがグレデレだ。と、何故か自慢げに胸を張るモノ。もちろん、可愛いなどと本人に聞かれてしまえば、暴力沙汰になることは目に見えている為、聞こえないように。

 彼の部下たちも、こういう面に惹かれて慕っているのかもしれない。


 などと考えている途中で、モノはふと首を傾げた。

 

「……そういや、()()はどうしたんだ? あんなにお前の傍から離れるの嫌がってたのに……」


 『メラ』というのは、ナックの率いるレイリア王国軍『五番隊』の副隊長である女性だ。

 片目を隠す翡翠の髪が特徴的な女性であり、どうもナックに心酔している様子で、いつも彼の傍をひと時も離れたく無さそうにしているのだが。

 その姿を今朝から見ていないと、モノは不思議に思ったのだ。


「ぁ? ぁーー、あいつは波に酔ってくたばってる。今頃、船内の医務室で魘されてるだろうな」


「あ〜、そういや乗り物に弱いとか言ってたっけ……」


 モノは、彼女とはレイリア城内ですれ違った時に挨拶するだけで、あまり話したことは無い、というか彼女自体がナック以外に目が無い。

 それもあって、実はよく知らないのだが、船酔いとはお気の毒である。


「あいつが居ねぇと静かでいい、とか思ってた矢先、てめぇらが五月蝿くしやがるからよぉ」


「はっはっは、悪いが、このまま私の暇潰しに付き合ってもらうぞ」


「うぜぇ」


 とは言っているが、彼の普段より強くない、どちらかというと呆れの入った口調に、一応の了承を得たと判断。

 モノはそのまま、ナックを強制的に会話に巻き込んで暇を潰そう、などと考えていると、


「――姫」


 何かに気づいた様子のアズラクがモノを呼んだ。

 その声に振り向けば、真剣な表情をした彼の姿。しかし、今の今までナック弄りを楽しんでいたモノは、アズラクのその表情の意味が理解できなかった。


「うん? アズラク、どうしたんだ?」


「――何か、聞こえませんか? 小さく、低く、何かの音が」


「聞こえるって、波の音くらいじゃないか?」


 アズラクの言葉に、耳を澄ませたモノ。だがここは大海原の上。波のさざめく音と海鳥の鳴き声くらいしか、聞こえない。

 しかし、アズラクはあくまで真剣な顔したまま、


「いえ、その波の音に何か混ざるように……姫、念の為、聴覚システムの使用を」


「……わかった。()()、聴覚の強化を頼む」


『了解致しました。聴覚機能を拡張します』


 アズラクの耳打ちに頷いたモノは、『ナビ』と言う単語を口にし、聴覚機能の強化を申請する。

 すると直ぐに、モノの脳内で今までに何度も聞いた無機質な感情の無い声が響いた。


 刹那、モノの聴覚は海底から近付いてくる、微かに震えるような音を捉えて――――。


 

※※※


 

 ――『ナビゲーション』。

 それは『浄化の女神』の事件から二ヶ月が経った頃の話だ。

 ただの思いつきだった。

 ふと、モノが自分の脳内に響く謎の声と会話が出来ないかと『九番隊隊長』の部屋――つまりは自室で一人試したところから始まる。


「……そういや、よく頭の中で響くあの声ってなんなんだ?」


 モノが目覚めた時。『最終兵器(アルマフィネイル)』を起動した時。『突発的テレポーテーション』が発生した時。『部分的記憶喪失』になった時。他の『最終兵器』と遭遇した時。

 いつもあの無機質で無感情な声は、モノの脳内に現れる。


「扉の向こうの声を聞こうとした時に、急に聴覚が鋭くなったことがあったけど……それも、あの声が頭に響いてからだ」


『――ザザザ。聴覚機能の拡張プロトコル、実行。……成功。聴覚レベルの一時的な上昇を確認しました』

 と、思い出すのは、『浄水場』にて扉の向こうにいるクリスタとアズラク、そして謎の男の会話を聞こうとした時に聞こえた例の声だ。

 どうも、あの声はモノの身体、つまりは『色』に関する謎の力を行使できる『最終兵器』に、深く関係している節がありすぎる。


「……あの声と、会話でも出来たらいいんだけど……って出来るんだったらとっくにやってるけどさ」


 正直な話、今に限らず、『あの声』との対話はこれまでに何度も試みていた。しかし、毎回こちらから話しかけても全くの返答無し。

 というより、無視されているみたいでその度に割と哀しくなるのだが。


「この身体……『システム』ってのも、全部把握出来ているとは思えないしな。この身体でどんなことが可能なのかだけでも知れたら大きいんだけど」


 現状、モノが使える『システム』は『拒絶(リジェクト)』、『反射(リフレクション)』、『無重力(グラビティゼロ)』、『白雲』が挙げられる。

 そもそも、『システム』というものが何なのかすら分かっていないのだが、これらは何故かモノの脳裏に突如浮かんだのだ。


 しかし、この四つで『システム』が全て出揃ったかと問われれば、ノーだろう。

 確信は無い。が、この身体で目覚めてからずっと感じている凄まじい力が、まだまだ燻っているような感覚がしてならない。

 

 故に、どうにか他の『システム』を知れる手段が有ればいいのだが。

 そう思ってやはり第一に思い付くのは、『あの声』とのコミュニケーションだった。


「……『最終兵器(アルマフィネイル)』、起動」


『――特定感情の増幅に伴う、《色彩》係数の上昇を確認。コード:ffffff、最終兵器:《モノ》……起動』


 いつもの文言だ。何一つ変わらない。


「こういうのはしっかり反応するんだよな……よし。なあ聞こえてるか? いつも頭の中で声が聞こえるけど、お前はなんなんだ?」


『――――』


「もしもーし。あのー、これ結構心にくるので、もし宜しければ返事をして頂けないでしょうか?」


『――――』


「…………うーん」


 『最終兵器』の起動に伴って、モノの周囲に満ちる白く光る美しい靄。身体に力が張るのを感じながら、モノはいつも通りの『あの声』に肩を落として、


「やっぱ駄目――」


『――――『ナビゲーション・システム』を起動しますか?』


「おぅえあ!?」


 諦めかけた脳内で突如響いた、聞いた事のないパターンの文に、寝耳に水だと言わんばかりの声を出したモノ。

 勢いよく仰け反ったせいで、危うく転びかけたが、それどころでは無い。

 『声』は続けて、モノの脳内に語りかけてくる。


「――――『最終兵器』への魂の定着が進んだ為、権限レベルが上昇しています。『ナビゲーション・システム』を起動しますか?」


「あ、ああ! よくわからないけど、頼む!」


 初めて『声』の方から問いを投げかけられた。この貴重な機会を逃す訳にはいかない。

 モノは慌ててその『ナビゲーション・システム』とやらの起動を要請する。

 あまりの出来事に半ば反射的に答えてしまったが、もし、辺り一帯が吹き飛んだりしたらどうしようかと不安になるが、もう取り返しはつかない。

 モノの頬を冷や汗がつたった。

 やがて、その汗が床の絨毯へと落ちた、それと同時に――、


『システム・アンロック――ナビゲーション』


「…………!」


『おはようございます、マスター。これよりシステムナビゲーションを開始します』



※※※※※※



 ――モノの鼓膜が近付いてくる振動を捉えた、次の瞬間だ。次の瞬間に、激しく船が揺れ、船員が海へと投げ出された。


 そして現在――海底から突如現れた『()』によって、船は空を舞っている。


「――幾らなんでもデカすぎるだろ!?!?」


 勢い良く海面から飛び出た『鯨』に目を見開いたモノは、そのあまりの大きさに叫んだ。

 全長二十メートルはありそうな図体が、起こした波で海はとてつもなく荒れている、が。


 更なる問題はこの後だ。空に舞ったこの鯨が再び、海面へと落下すれば、その衝撃による高波で全員船ごと呑まれてしまう。

 それは何としてでも阻止しなければならない。


「『無重力(グラビティゼロ)』からの『白雲』!」


 既に落下に向かい始めていたモノは、『無重力』によって浮かび上がり、『白雲』によって空中に足場を作り、素早く乗った。

 それから直ぐに、一緒に飛ばされている筈のアズラクとエリュテイアに向かって声を発する。


「アズラク! 鯨が落下したら直ぐに波と飛沫ごと海面を凍らせてくれ!!」


「姫、お任せ下さい!!」


「エリュテイアは、船員達をどうにかして助けてくれ!!」


「随分大雑把ね! でも任せなさい!」


 モノの指示に二人は直ぐに行動を起こす。

 まずはアズラク。彼は『青』の『最終兵器』を起動。

 青色の靄が彼の身体を覆うと、凄まじい冷気がそこから吹き荒れ――、


「システム・アンロック――『絶対零度(アブソリュートゼロ)』!」


 鯨が海面に接すると同時に、その波と飛沫ごと全てが凍てついた。まるで巨大な芸術作品のように、高波が花のように凍り、頭から突っ込んだ鯨が逆立ちして、その周囲に凍った飛沫が降る。

 なんとも美しいオブジェが出来上がり、高波による被害の阻止に成功。


 次にエリュテイア。彼女は『赤』の『最終兵器』を起動。

 赤色の靄が彼女の身体を覆うと、自ら傷つけた手首から鮮血が吹き出し――、


「システム・アンロック――『血操(ブラッドコントロール)』!!」


 彼女の手首から吹き出した血液が、複数のロープに形状を変化。そのまま、船から振り落とされてしまい、落下途中の船員達へとするすると伸びていき――。

 アズラク、ナックらを含む船員達の身体に巻き付き、未だ宙に舞っている船の中へと放り投げた。

 それから、自身もロープを使い船の中へと帰ることに成功。


 二人の大成功と言っても過言ではない成果を、ただ一人空中で自由が利くモノは確認。

 確認した後、モノも『白』の力に意識を集中させる。


「バラバラだったり、複数は無理だけど……対象が一つなら話は別だ! ナビ、対象指定! 船丸ごとだ!!」


『了解しました、マスター。対象を目前の船へと固定。演算を開始、『白』の主導権を一部、ナビゲーションへと移動します』


 身体の中。煮えたぎるような『白』の、色彩の力。

 その一部が、自分ではない誰かの手に渡るのを確認する。

 力を練るのはモノ。演算により加減するのはナビ。

 モノの紫紺の瞳が淡く光り出し、次の瞬間、叫んだ。


「『無重力(グラビティゼロ)』……『対象指定(ディシジョン)』!」


『――――発動成功』 


 脳内に短く響き、モノに纏っていた力が一気に海面へと自由落下途中の船へと流れ込む。

 途端に、落下の速度が著しく下がり、ふわりと浮く船。

 『無重力』の自分以外への適用。半年前には出来なかった使い方だ。

 まさしくナビゲーション・システムによる自動演算のおかげである。

 なにせ自分の身体であれば、神経を伝わる感覚を頼りに、計算要らずに浮かせられるが、対象が自分以外の場合そうはいかない。

 質量、体積、重心、その他諸々の感覚に頼らない計算が必要なのだ。

 その辺を、モノはナビに丸投げ。どうもナビはそういった能力に長けるらしい。


「うわぁぁぁあ!! 落ちるっすぅぅううううう!! ………………って、あれ? ……ええ!? 船が、う、浮いてるっす!?」


 などという甲板からの一般船員君の驚いたような声を、モノは海面で波に揺られながら聞き、安堵の息を吐く。


「モノ、無事かしら?」


「ああ、私は大丈夫だ! ちょっと待ってろよ、今からゆっくり船下ろすから!」


 勢いよく海へと落下したモノを心配するエリュテイアの声。

 ――空中に浮いていた筈のモノがどうして落下しているのか。

 その答えは簡単。船へと『無重力』の対象を移した時点で、モノの方は『白雲』も『無重力』による浮力も失っているからだ。

 『無重力』の対象は同時に一つしか出来ず、加えて、自分以外を対象にした場合、その対象の規模によって必要な『色量』は変わる。

 今回は船という中規模の物体であり、『白雲』の方は、本気で出力を練り出せば『色量』も足りる為、維持可能ではあるが、今全力を出すと後の任務に支障をきたす可能性がある為、温存したという訳だ。


「ま、海だし、そんなダメージ無いしな。力を無駄遣いするよりは、そのまま落下しといた方がいいだろ……服は濡れるけどな」


 とまあこんな感じで、『ナビゲーション・システム』さん――モノは『ナビ』と呼んでいるが――のお陰で、その他新機能力の獲得と『色』の力の柔軟さを手に入れられた。

 ナビには感謝してもしきれないとモノは心の中で激励。

 それから、船をゆっくりと海へと戻して、甲板から覗くエリュテイアに船員達の無事を問う。


「そっちは大丈夫か?」


「私達は全員無事――ただ」


「……?」


 エリュテイアの視線の先が見えなかった為、直ぐにモノも船へと乗り込む。

 そして濡れた服の裾を絞り、ビチビチと水を落としながら、エリュテイアに従って奥へと視線を向けた。

 するとそこには、今も尚、『青』の力をコントロールするアズラクの姿。


「……アズラクが限界よ、もうそろそろ鯨の拘束が解けるわ」


「すみません、この大きさをこれ以上は……」


「了解、けどどうしようか。もう一度海に潜られても厄介だな。そもそもこいつはなんなんだ」


 もう一度、今は氷像になっているこいつが海の中へと姿を消せば、次はまたいつやってくるか分からない。

 それより、この船を狙って襲ったのか、たまたまぶつかったのか、この『鯨』の正体すら分かっていない。正体さえ掴めればどう対処すればいいのか判断できるのだが。

 と、思案していた所に、答えを持ってくるのは船長のパドルだ。


「――『跳び鯨』ですな。名前の通り、こうして時折海面から飛び出る姿が圧巻で、昔には一目見ようと客船が出ていた位には有名ですぞ。……しかし、妙ですな」


「妙?」


「ええ、この『跳び鯨』は賢く温厚で、船にぶつかった事例は今までに聞いたことかありません。それに……この辺りの海域は、『跳び鯨』の生存圏とはちょっとばかし外れておりますな……もしかして、何かから逃げてきた、とか」


「はは、怖いこと言うなよな。パドルも冗談が好きだなぁ」


「ほっほっほ。いやあまりにもモノ様が可愛らしいものですから、少しからかいたくなりましてな」


 わざとらしく抑揚をつけた話し方をしたパドルに笑うモノ。

 見た目のイカつい印象とは違いお茶目な船長の冗談はさて置いて、どうもこいつは『跳び鯨』というらしい。

 パドルの言う通りであれば、この船にぶつかったのは偶然である可能性が高そうで、危険度は低そうだが。(とは言ってもモノ達が乗っていなかったら全滅していただろうが)。


「あの!! 冗談とか言ってないでくれます!? 俺もう限界ですって!!」


「すまんすまん! でもアズラク、その鯨、温厚らしくて、ぶつかったのも偶然みたいだから、解放してやっても良さそ……」


「――要はこいつはぶっ飛ばせばいいんだろぉ?」


「……へ?」


 『鯨』自体に敵意とか害意等は無さそうである為、既に亀裂の入っている氷像から、鯨を解放してやるよう、モノがアズラクに指示しようとしたその時。


 今まで不思議なくらいに静かで、モノも頭の隅でおかしく思っていた奴の大声が遠くから聴こえた。

 加えてその方角は鯨の氷像がある方角と一致している。


 モノはその声を聞くなり、反射的にアズラクから鯨の方へと振り向く。

 すると案の定そこには山賊のような格好をした男――ナックの姿が。

 ナックは凍った海面に立ち、頭が下になった状態の巨大な鯨を見上げていた。


「お、おい? 待て。ナック? そいつ今から解放してあげようと――」


 『ぶっ飛ばせばいいんだろ』などと言っていた彼を、モノは慌てて止めようとするが、時すでに遅し。

 彼は右手で握り拳を作り、離れた位置からでも視認できる程のオーラを、彼の『加護』を纏わせ――、


「ごるぁ、喰らいやがれ! ――『衝撃(インパクト)』ォッ!!!」


「くじらぁぁぁぁぁ!?」


 拳が胴体へと食込み、重さを感じさせない位軽々と持ち上がった巨体。空気が揺れ、衝撃波と共に、鯨は今度は自分の意思ではなく、空へと舞う。

 どこまで行っても、その高度はぐんぐん上がり。

 モノ達の視界に映る鯨の姿はどんどんと小さくなっていく。

 完全に見えなくなるまで三秒もかからなかった。


 モノ達の絶叫から、十数秒ほど遅れて、遥か彼方から波の打ち上がる音が響いたのは言うまでもない。


「ナックお前、何してんの!?!?」


「あぁ!? あーだこーだ考えるより、全部ぶっ飛ばした方が速ぇだろぉが!!」


「……あ、うん、そだね。鯨……元気でな……」


 さも当然のように狂った思考を披露するナックに、既に諦めモードなモノ。

 出来ることはせめて鯨が無事であることを祈ることだけである。


「ほっほっほ。またこれは派手にやりましたな、ナック様」


「ふっ……だろぉ?」


「得意気だな!?」


「まあまあ、モノ様。先にぶつかってきたのはあちらですしな、気にしない事です。鯨の方もどうせ無事でしょうからな。……なにせ、昔『()()』と戦っても無事でしたからな」


「悪魔……? よく分からんけど、今のパドルの目が怖いってことだけは分かった」


「ほっほっほっほっほっ」


 『悪魔』という単語を口にした瞬間にギラりと禍々しく光ったパドルの瞳。その奥に身震いするような何かを感じたモノは、話題になるべく突っ込まないことにした。

 

「ま、とりあえず皆無事でよかったよ」


「モノさん! なんすかさっきの! 船浮いてたっすよ!? お陰で落下の衝撃で船底に穴が開く事態にならなくて済んだっす!」


「ナビのお陰っていうか、微妙に説明し辛いな? まあ、超能力みたいのもんって思っておいてくれ」


 兎にも角にも一般船員君も含めて、全員の無事が確認出来たので一件落着。

 濡れた服が肌に張り付いて些か感触が悪いのと、恐らく船の中がぐちゃぐちゃになっていることに目を瞑れば、だが。


「……パドル船長! 一部はダメでしたが、積んであった食料や水は大方無事でした!」


「ふむ、これならなんとかなりそうですな。王国軍隊長というのは流石の心強さと言ったところですな!」


「おう、任せとけ! ……って乗せてもらってるのは私達の方だけどな――」


 そうなのだ、これが護衛の任務であればモノが御礼を言われることに何の違和感もないのだが。

 今回は、レイリア王国軍隊長であるモノ達が任務の為に、パドルらに船を貸して貰っている立場である。

 むしろ巻き込んでいるのは此方の方なのだ。

 であれば、この船を守る事は当然で褒められるような行為ではない。


 故に、モノは一応の訂正の意を伝えようとした、のだが。


 それと同時だ。


 脳内にいつまで経っても、ナビゲーションと対話が出来るようになっても、不快な、その警告音が鳴ったのは。


『――ピー、ピー。警告。謎の力場発生の予兆アリ。回避不可能。『拒絶(リジェクト)』を発動し、衝撃に備えます』


「は……」


 突然のことに、間抜けた声がモノの喉から勝手に漏れた。

 その時点ではもう既に――、



 モノは深海へと引き摺り込まれていた。





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