四章第5話 船出
超絶お久しぶりです!!!!!!! 折時異音改め、花夏維苑です。
リアルが忙しいのと、プロットのまとめとかしてたらこんなに時間たってました!w
またどんどん書いていきますよ!!
ちなみにこの章で予定していた地点まで話が進み切らない可能性があるので、章タイトルを近頃変更予定です。
穏やかな波の音。昼の暖かな陽の光が優しく肌に触れる。青く広がる空には白い鳥が数羽飛び、鳴いている。
――『ローレ港』。
それが、今、モノが微妙な表情で、空を仰いだ場所の名だ。
レイリアのあるストランド大陸と、隣のルートヴィヒ大陸を隔てる大海を渡る為に設置された港で、ストランドで最も大きい貿易港の一つである。
その目的から分かるように、本来なら港町として栄えていてもおかしくはない、のだが――、
「……あんまり、活気がないな? というより、そもそも人が思っていたより少ない」
雲ひとつ無く爛々とした太陽の姿。とは対照的に、モノが視線を空から下ろし、辺りを見渡すと、そこには人影が両手で数えられる程度しか存在おらず、どこか閑散としている。
「そうね。私も大陸最大の港と聞いて、もっと忙しい風景を描いていたのだけれど……」
と、モノの左隣で、同じく辺りを見渡し同意するのは、黒のゴシックドレスに、何より目を引く美しく燃ゆる『赤』の髪のサイドテールを靡かせた少女――エリュテイアだ。
彼女も、想像と実際の港の雰囲気とのギャップに驚いた様子で、それはモノの右隣の青年も同様だった。
「不思議ですね? 数年前は五月蝿いくらいだった筈ですが」
無造作な藍色の髪に、半年前の『灰色』とは違い『白』のフード付きロングコートを身に纏うアズラク。本人曰く、「『白雪姫』に仕えるのだからこの色です」だそうだが。
さておき、モノとエリュテイアの二人とは違い、アズラクは一度この港を訪れたことがある様だ。
そんな彼でさえ、この閑散とした空気には戸惑っていた。
「…………どうも、驚いたでしょう。『イルファ』が鎖国状態となってから、貿易量が減って随分とここも寂れてしまいましてな」
ぽかんと立ち尽くした三人の背後から投げかけられた少し嗄れた声。
その声に一行が振り向くと、そこには眼帯をして、顔の下半を鼠色の髭で隠した、ガタイのいい男が立っている。筋肉質な肌も程よく焼けていて、モノも直ぐに男がこの港で育ったことに察しがついた。
「数年前までは、魔法大国であるイルファから魔法具やら魔導書やらを輸入していて、反対に加護大国であるレイリアからは加護者を派遣したり、ストランドは資源が豊富なのでそれを輸出したりしていたのですが……その取引もぱったりと」
そう懐かしむ態度で説明を続けた男は、パッと見、目つきも鋭く、粗暴な人柄を想像するが、その丁寧で物腰の低い話し方はイメージと真反対のものであった。
突然であったことと、その見た目と話し方のギャップに困惑を隠せなかったモノ。
それを見兼ねてか、男は「失敬」と呟き、腰を曲げ、
「ああ、申し遅れました。この度、王の勅令により、モノ様、ナック様、並びにその隊員の皆様を隣の大陸へ、私船で『密航』させて頂きます。船長のパドルでございます。本日はよろしくお願い致します」
「お、おお、よろしく、私がモノ・エリアスだ」
礼儀正しくお辞儀をするパドルと名乗った男。
モノは男の頭頂部がこちらに向けられると同時に、その少し奥の視界、男の下半身に目を向け、息を飲んだ。
それからモノの驚きの視線に気付いたパドルは、一度、不思議そうな顔をして、
「……どうかされましたか? と、ああ。この左脚ですかな?」
「ごめん、あんまり見ない方が良かったよな。嫌な気分にさせたかも」
男には左脚が無かった。その代わりに、木材で出来た杖を取り付けてそれを脚として扱って、バランスを保っている。
モノの申し訳ない態度を前に、そんな彼は高らかに笑う。
「ほっほっほ、気にしておりませんよ。元より『これ』は若き頃の勇気の証。その時の若き自分の行いも後悔するどころか誇りに思っておりますとも」
「勇気の証……?」
「ええ、詰まるところ、自分から見せびらかしている訳で御座います。ですから、存分に見て頂けると……もっと近くで見てもらっても構わないくらいですとも」
「こう言っていいのか分かんないけど『怪我は男の勲章』ってやつ?」
「ええ、ええ。そうですとも」
二度、頷いたパドルの瞳に情熱が宿る。
青空を見上げ、かつてを懐かしむ素振りを見せるパドルに、モノは彼の深くに眠る大きな何かを見た気がして、息を呑んだ。
しかし、その鳴った喉の音に気付くや否や、わざとらしくおどけて、空気を崩すのもパドルの方だった。
「……おっと、私の話はまたの機会に話させて頂きましょう。モノ・エリアス様、隊長の座に就いてからの、民の為に奔走するご姿勢は兼ね兼ね伺っております。それに見た目麗しいとは常からお聞きしていましたが、実際はより……」
「ふふん、私可愛いだろ?」
「ええ大層」
ある種、気圧されたモノだったが、与えられた絶好のナルシズムの機会は反射的に拾う。
それをきっかけにして、平常時の感覚に素早く戻したモノ。それすらもパドルの掌の上のような気がしたが、気にせず、先の会話で一つ疑問な点をモノは彼へとぶつける。
「……ちなみになんだけど、パドル今、イルファが『魔法大国』だって言ったか?」
「はい。イルファが『魔法大国』、レイリアが『加護大国』と、両国とも保有している物が違いましたので、以前はお互い良き貿易関係を築いておりました。例えば、アゼルダに温泉水を引っ張ってくるのに使われている魔法などは、イルファから入った技術にございます」
「あの温泉もこの大陸の技術じゃなかったのかのか!」
自身も浸かったことのある温泉と、地下に張り巡らされた魔法陣を思い出す。
驚いたが、納得だ。この大陸はどうも魔法技術が局部化している、とはモノも今までに感じていた。
というのも、温泉にはあれ程大規模な魔法技術が使われているのに対し、王都では大掛かりな魔法は目にしていない。
アゼルダでは図書館の屋根上に付けたオブジェに高等な魔法技術を無駄遣いしていたのに、人々の暮らしで見たものは魔力無しのモノでも知っている程度の物しか無かった。
この不自然な魔法技術の偏りは、そもそもストランド大陸が魔法に疎い大陸であった為、そしてそれを部分的に輸入していた為、ということだろう。
「ですが、イルファにて初めて『聖遺物』が見つかり、『聖遺物発掘場』が建設されると……今のような関係になりました」
「あっちが鎖国して、魔法技術の輸入が途切れたのか……だから今、こっちの大陸の魔法技術の発展は緩やかってとこか」
「左様でございます」
モノの言葉に頷くパドル。
二つの大陸、いや、二つの国の関係が少し見えてきた。まあ、もっとも――、
「……こういう国関係とか重要なことは私達が出発する前に、ちゃんと説明しておいてくれよ…………」
「まったくね」「まったく同感です」
「ふむ、聞かれたからご説明しましたが、これくらいは一般知識の級では?」
モノの例の幼女王に対するボヤきに、同意を示したエリュテイアとアズラク。
一般知識、パドルはそう言うが、モノ達三人にその『一般』は当てはまらないのだからしょうがない事だ。なんせ、
「……ここに居るのは、タイムスキップ系の引きこもりと、人間嫌い系の引きこもりと、忠誠拗らせ系の引きこもりだからな。私達に一般知識とか、教養だとか求めるだけ無駄だな!」
「は、はあ」
モノ、エリュテイア、アズラクの三人揃って、外界と関係を絶っていた時期がある。
モノは言わずもがな、エリュテイアも森で長年人間と関わっていなかったし、アズラクも聖遺物に魅せられたクリスタに手一杯でここ数年、活動範囲が王都、とりわけ『浄水場』付近に限られていた。
故に、この三人に情勢とかそういった面の知識は期待できない。
全然自慢出来ないが、何故か得意げに胸を張ったモノにパドルは苦笑。
すると直ぐに、
「――おい、どんだけ待たせんだコラ。こっちはもうとっくに準備出来てんだよぉ、いつまでもダベってねぇでさっさと船に乗りやがれ!」
と、パドルの私船であろう、その甲板からモノ達を見下ろす、一見山賊のような荒々しさを纏った灰色の髪の少年が、苛ついた様子で怒鳴った。
どうやらモノ達が船に乗り込まず、話を弾ませていたのが気に食わなかった様だ。
それはまあその通りである為、モノもここらで話を切り上げる。
「すまんすまん、すぐ乗る。にしてもナック、お前なんか、いつも私の事待ってないか? もしかして私の事好きなんじゃ……」
「んな訳ねぇだろ。気持ちわりぃんだよ、うげぇ。大体誰のせいだとおもってやがんだ、あぁ!? あーきめぇきめぇ、おぇ」
「そんなに嫌がるなよ、こんなに私可愛いのに」
※※※※※※
青ざめて口と腹を手で押えたナックの過剰反応に、有り得ない、と肩を竦めながらも、船に乗り込んだモノ。
勿論、エリュテイアとアズラクも一緒だ。三人を迎えるのはより近くなった潮風の香りで。
「――モノ」
心地よい風に、ぼうとしたモノはその声に振り返る。すると、そこではエリュテイアが真剣な眼差しでモノを見据えていた。
「勿論、分かっているわよね? 今回の任務は……」
言い出したエリュテイアをモノは遮って、頷く。
「――わかってる。『九番隊』の結成目的――神の侵略『ラグナロク』の阻止、その為にも」
「…………」
先までの巫山戯た雰囲気とは違う、『九番隊隊長』としてのそれを漂わせたモノ。半年前の彼女からは考えられない重い空気に、エリュテイアとアズラクは息を呑み、押し黙る。
黙ったのは、今のモノは真剣であると、日頃の付き合いから二人が理解したからであり、信頼関係の証だ。
「神とのコンタクターである『聖遺物』周りを調査する今回の任務は、文字通り『船出』だ」
アゼルダで起きた事件も、王都で起きた事件も、夢に現れなくなったフォルも。見た目だけで全く、解決なんてしていない。
『神』という存在に、人間を乗っ取る意思、否、この世界に侵攻する意思がある限り、終わらない。
それに――、
「それに……思い出したんだ」
「思い出した?」
「ああ」
今まで、何故疑問に思わなかったのか。ひょっとしたら、起きた事の『インパクト』が大きすぎたからかもしれない。それとも、態と考えないようにしていたか。
「『浄化の女神』……あいつは、私たち『最終兵器』の事を知ってた。それに、フォルだって……」
「フォル……?」
――『タイムリミット』。
モノの夢に度々出てくる、フォルという自称神はそう言った。『浄化の女神』に至っては、『アルマフィネイル』とはっきり、そう言った。
だから、
「あいつらのことを知れれば、私達が何なのかも解るかもしれない。失敗はできないな」
「……!」
ずっと謎だった死んだはずのモノが目覚めた、『最終兵器』という、『色』という不思議な力の備わった自分の身体の謎。
フォルとの会話で、足掛かりが既に与えられていた事を思い出した。
「……よし、そろそろ出発するか!」
纏った重い空気を取っ払い、拡がる青い海へと視線を向けて、モノが声を張り上げた。
すると直ぐに苛立った声を放つのは先に船に乗り込んでモノ達を待っていた、ナックで。
「おい、てめぇが勝手に言ってんじゃねぇ、この作戦の頭はこの俺だ!!」
「おま……私が折角、かっこよくキメたのに……」
「おら、てめぇらいくぞぉ!!!」
我ながら気持ちよくキメたと思っていた号令を取られ、肩を落としたモノ。
だが、船は、カンカンという出航の合図と共に、穏やかな波を掻き分け、隣の大陸へと向かい出す。
※※※※※※
「――ようやく、あの『妖精王』も動き出したようですね」
女がそう呟くと、その前に跪いた青年が顔だけを上げて問う。
「……と、言いますと?」
やけに煩い鐘の音が何重にも響き渡り、しかし、女は、見た者が惚け、その音すらも忘れてしまう程の美貌を持っていた。
故に、女を仰ぐ青年の耳には鐘の音など入ってこない。
「隊長の地位に就く者を二人、イルファへと送り込んだようです」
「……! 隊長クラスを二人も、ですか?」
青年はそれを直ぐには信じられなかった。
元々、レイリア王国軍は各『超越者』が協定を守っているのかどうかを見張る監視役のようなものだった。
国防自体は、それこそ『一番隊の隊長』であり『超越者』の一人である『破壊竜』ライラ・フィーナスだけで十分なのだ。
そもそも、かつて世界を滅ぼすとまで言われていた暴竜であるライラが居るだけで、大抵の奴らは悪事を働こうなどと思うことすら敵わないのだが。
話を戻して、その他二番から八番の隊について。
これらの隊はそれぞれの超越者に定期的に接触しては、問題を起こしていないかを確認してくる。
勿論、『超越者』が問題を起こす、又は起こした場合は、武力で対抗出来るように、特に隊長クラスの者達は強力だ。
が、これまではレイリア王国軍がそこまで能動的に動いたことは無かった。
定期的な『超越者』接触はあれど、それ以上は無い。踏みとどまっていた。国外に、それも隊長クラスを二人も潜入させるなどという積極性は見せなかったのだ。
しかし、今回は違う。
「相手は鎖国中のはず、潜入させることだけでリスクがあります。それなのに、隊長を二人も……?」
「片方は『超越者』――『栄光』にわざわざ国外に行ってまで接触を。もう片方は『聖遺物』への探りを入れるようですね。……遂に『妖精王』もイルファ相手に……いや、『教会』相手に本気になったということでしょう」
『加護大国』であるレイリアではなく、『魔法大国』であるイルファでどうしてか研究が進む『聖遺物』。
そもそもあれは人の手に余る代物だ。イルファ、否、メリア教会は間違いなく、これから世界に混乱を招く。特に最近はその企みは加速しているように見えた。
どうやらそのしっぽをレイリア王国の王、ティア・ニータ・レイリアは本気で掴みに行ったらしい。
――不味い流れだ。
「……今回直ぐに事態が変わることは無さそうですが……二人の隊長がもし無事に尻尾を掴んで帰ってきた場合――」
「ええ」
何より今『栄光』に接触するということが答えだ。
ティア王には先の展開が見えているらしい。そう、
「――――戦争が、起きますね」
「――――」
そう言って、窓から遠くの空を眺めた女は、その心に何を思っているのか。
ただ、ただ、無感情に、眺める女は何を。
「……『魔法』と『加護』、二大勢力がぶつかります。弱き者は淘汰され、平和と侵略がせめぎ合う。荒れますよ、世界は」
――何を。
「楽しみですね」
――『制約者』。
そう呼ばれる『超越者』の女は、優しく、温かく、慈悲深く、笑った。