四章第3話 平和な朝
※※※※※※
「……またか」
――ここ半年で見慣れてしまった光景だ。
地面も空も存在していない。
あるのはただ真っ白な光。
何処までも何処までも純白、否、距離感は全く掴めない。
見詰めた『白』は目と鼻の先なのか、はたまた、無限に拡がっているのか。
一つだけ確かに言えることは、この不思議な空間に存在するのは、自分ともう一つだけ――。
「――やあ、モノ。よく眠れているね」
不敵な笑みを浮かべて、皮肉にもそう呟いた青年に、モノは露骨に顔を顰める。
「……いいや、お前の顔を見たから、折角のいい眠りが台無しだ」
眠りを妨げられた苛立ちと、自分だけの世界に勝手に立ち入られる拒絶感のままに悪態を。
「うーん。いつも通り、手厳しい」
そう言うが、青年の張り付いたような笑みは微動だにしない。
赤の瞳を細めたまま、肩を落として、表情ではなくややオーバー気味に。素振りで「やれやれ」と表現する青年のなんと胡散臭いことか。
「そりゃそうだろ。私、お前……いや、『神』ってやつ全員信用してないからな」
「ふふ、知ってるよ」
度々、モノの夢に登場する『自称神』の青年――フォル。彼の瞳がぱっちりと開かれ、モノの紫の瞳と視線が交わる。
お互いに髪の色は白。
フォル曰く、モノの深層心理に繋がった結果、この髪色になったとの事だが、それはモノにとっておぞましさの体現に他ならない。
フォルは初めてモノの夢に現れてからというもの、こうして『お喋り』が目的だなんやらと、モノに接近してくる。
ちなみにモノに拒否権は無い。強制的で厄介な邂逅だ。
「じゃあもう二度と私の夢に出てこないでくれ。私が見る夢ってこれだけだから、お前が居なくなるだけで快眠ができる」
「それは断らせてもらうよ。僕は君がいないと安心して眠ることすら出来ないからね」
「人を抱き枕みたいに扱うな」
「ふむ――――」
人を快眠グッズ扱いしないで欲しいものだ。
しかもそれが、他人の睡眠を邪魔して快眠を得るという、自己中心的な形をとっているからタチが悪い。
と、噛み付いたモノに、フォルは顎に手を当て、何かを真剣に考え――、
「ああ! まさか……抱きしめて欲しいのかい?」
「絶対や・だ! そんなことされるなら死んだ方がマシ、てか喜んで死ぬわ。真面目な顔して何言い出すんだお前」
フォルの言葉に、ゾゾゾと背筋が凍える感触を覚えたモノは、青ざめながら、自分の身の安全を守る為、大きく後退った。
そんな、苦虫を噛み潰したような表情のモノを見て、やはり何事も無かったかのように問いを発するフォル。
「――ところで、『イルファ』に向かうことになったみたいだね?」
「突然話題が飛んだな!? けど、うん、まあそれはいいや」
モノの嫌悪感を表す反応を完全に無視したフォル。
その口から呟かれた飛躍する話題に、モノは一回ツッコミを入れる。
が、別に前の話題に何の未練も無い為、そのままフォルの作った流れにモノは身を任せることに。
そもそも、自分の夢の中である為、『目覚め』というタイムリミットまで、モノはフォルの会話に付き合わざるを得ない。
前に無視を貫こうとした時もあったが、それにもフォルは動じず、一方的にモノに話しかけてきた。
それにモノ自身も、ずっと黙っていることができない人種であった為、こうやって適当にあしらう位には、返事をしているのだ。
まあそれはさておき、
「お前の言う通り、『イルファ』に向かうことになった。王の……ティアの命令でな」
今日の日中。レイリア城の一室で、緊急会議が開かれた。
各隊長達のキャラが濃すぎて、なんともまとまりのない、話し合いかどうかも怪しい会議だったが。
その場で、モノは王であるティアに、とある使命を与えられた訳だが。
「……ナック・ベイル。君はまだ彼とどう接したらいいか分からないでいるようだ」
「まあ、確かにナックとの行動っていう字面に不安を感じてるのは間違いないけど……って、さっきから勝手に人の記憶を覗くな!」
「それも断らせてもらおう」
「お前、私の事好きとか何とか言うんだったら、少しは私の言う事聞いてくれよ……」
フォルは事ある毎に、モノに対して愛を囁く。
それに一切モノはいい反応を示さないが、逆にモノの要望にフォルの方もいい反応を示さない。
というより、素直に言う事を聞いてくれた試しがない。
この身勝手さは流石は『神』を名乗るだけはあるといったところか。
「勿論、僕は君が好きだ。世界が滅んでも、その瞬間まで僕は君の味方だ」
「いや、謎にドヤ顔だけど、答えになってないからな!?」
「あれ、そうだったかな?」
こうやって『モノの味方』とか言ってる割には、フォルも一方通行気味だ。その点が、モノの彼に対する不信感を助長していると言っても過言ではない。
答えになってない答えについてモノは苛んだが、どうしてかフォル本人が不思議そうな顔をする為、効果はゼロ。
埒が明かないと、モノは話を進める。
「それはともかく、私が今回の使命で気になるのはナックよりも、その内容の方だけどな」
「『聖遺物』の発掘場の調査。それと――――『栄光』……超越者の一人だね?」
「また記憶……言っても無駄か。そう、こうなんか一筋縄ではいかない予感がするんだよな……」
――『聖遺物』と『超越者』。
この二つの要素があって、一筋縄で行く訳が無い。
少なくとも、モノは前者と後者の両者とも、厄介な存在というイメージしかないが。
無意識のうちに、眉間に皺を寄せたモノ。
それに何故か、フォルは心底楽しそうに笑い出す。
「ははは! その類の感覚が鋭くなってきたようだね。実にいい兆候だ」
「ねえ、ちゃんと聞いてた? ねえ、私の今の発言に笑う要素あった? 私、今回の件、結構本気で不安なんだけど? ねえ? ねえ?」
「うーん。面倒臭い感じのモノもいいね」
「お前もう何でもいいんじゃん」
フォルがモノを好いている理由を、モノははっきりとは聞いていない。理由が不明で押し付けがましい愛だ。
だから、一生かかってもモノがフォルに靡くことはない。そのことをフォル自体が理解していそうなところも、その上でまた同じように愛を囁くのも、何もかもがモノは気に食わない。
「……まあいいや。それで、なんでもその『イルファ』とかいう国、鎖国的で近年の内情があまり分かってないとか何とか」
「ふむ」
「分かっていることは、『聖メリア教会』とかいう集団が国の最高権力を握っていることと、例の『栄光』とやらが出入りしているっていう噂くらいらしい……って、記憶を覗いてるならもう知ってるか」
今回の調査内容に含まれている超越者の一人、『栄光』と呼ばれる人物。
それもまた、近年足取りが途絶えていた存在だそうだ。
故に、噂とはいえ、『対超越者』の役割も担うレイリア王国軍としては無視ができない状況という訳だ。
つまり――近年の動向が分からない『超越者』と、近年何故か大陸に増えている『聖遺物』の件を探る為に、近年の内情が分からない国、及び土地へと向かう――ということだ。
「あの幼女め……とんだ難題を寄越しやがって」
謎×謎×謎。
こんな状態で、簡単に任務を終えられる等とは誰も思うまい。
あの幼女王の姿を思い浮かべてボヤいたモノ。
そんな中、フォルは暫く顎に手を当て、考える素振りを見せたかと思うと、やがてボソリと何かを呟いて、
「――――できれば、君には『イルファ』に関わって欲しく無いんだけれどね……」
「……? どうしたんだ? そんな顔して。らしくないぞ?」
「ああいや、なんでもないよ」
「……ああそう」
一瞬何か深刻な顔をしたフォルだったが、モノが問うた次の瞬間には、いつもの仮面の笑みが張り付いている。
フォルのこういう時は、大抵、聞き掘り出そうとしても、まともに対応してくれない。なので、モノもこれ以上は聞かない。
モノだって自分の夢の中なのに疲れることはしたくない。
「……というより、早く目覚めてくんねぇかな私」
「――――うん、どうやら本当にタイムリミットのようだ」
「お」
これ以上あまり意味の無い会話に疲れたくない、と現実の身体が早く起きてくれることを願うモノ。
その願いを聞いてか聞かずか、唐突に空に亀裂が生まれる。
否、純白が広がるばかりで空かどうかは分からない。
しかし、モノが見上げた先。そこに大きな亀裂が。
「思ったより今日は早いな?」
「……そうだね。今回は、君の目覚めが原因ではなく、僕の方の問題だからね」
「……? それってどういう?」
モノと同じように上を見上げたフォルは、亀裂の中、『黒く蠢く何か』に視線を向けたまま、意味深なことを呟いた。
それに反射的に疑問を示すモノだったが、またしてもフォルはそれに取り合わない。が、
「――残念だ」
「うん?」
亀裂から顔の向きをモノへと戻したフォル。
その表情は今まで、といっても半年、でも、少なくともその半年間では見た事のない憂いを帯びていて。
「さっき君が言った通りになりそうだ。暫くは君に夢で会えそうにない」
「……は?」
常に笑顔を貼り付けたフォルのいきなりな変わりように、モノは間の抜けた声を上げてしまう。
「出来ればこうして、君と話す時間を僕も邪魔されたくは無いんだけれどね。僕も僕で、色々とあるのさ」
「…………」
早くこの夢が終わって欲しい。けど、望むそれはどちらが傷付くような形では無い。
だから、モノは、見せたことの無い、悔しそうな顔をするフォルに何を返せばいいのか分からない。
故に、モノは沈黙。
黙り込んで、そのまま亀裂が深くなり、世界の崩壊を待ち続け――――。
「……って、おい。ちょっと待て」
――ようとして、モノはフォルの発言に大きな引っ掛かりを覚える。
「お前、今なんて言った?」
「うん? 君とは暫く会えな……」
「いや、そこも少しは、ほんのちょっとだけ気にならなくはないけど。違う、そこじゃない」
バキバキと硝子が割れる音が響く。
その中、否、この世界にとっては外側だ。
渦巻く暗黒よりも、外側から。色の無かった世界に、次々に様々な色素が、滝のように流れ込む。
『無』の世界が崩壊する。
だが、世界が終わる前に、モノは問わねばなるまい。
「お前今、『タイムリミット』って――――」
『最終兵器』に共通した無意識下の単語群。
モノの記憶を覗けるフォルが、この単語を使うことにあまり不自然な点は無い。
――無い、のだが。
胸のざわつきが、違和感が、どうしてか止まらなくて。
しかしその問いは、届かない。
否、届いたかもしれないが、肝心の返答の時間は無い。
『邪魔な』色達が、モノの『無』の世界を破壊し、飲み込んで、淘汰して、こじ開けられる。
終焉。
フォルもモノも、全てが抗えず色素の洪水に飲まれていき、モノは再び深い眠りへと――。
※※※※※※※※
『九番隊隊長』の部屋。
取り付けられた大きな窓から眩い朝日が入り込み、物の少ない内装を輝かせる。
作業台に、着替えの入ったクローゼット、一人で使うにはどうも広すぎるベッド。あとは、よく分からない装飾のされた甲冑一式。
どれも高価な気配を漂わせている。が、この部屋を使用する『九番隊隊長』自体が、その類の感覚に鈍い為、あまり意味は成していない。
「…………ふわぁぁぁ」
寝返りをうっては、気だるそうに長い欠伸をした『九番隊隊長』ことモノ・エリアス。
何を隠そう、もう既に八回は同じことを繰り返している。
それでも上体を起こすことは叶わない、何故か。
「ねむすぎる…………」
身体に重くのしかかる、睡魔とやらに打ち勝てないからだ。
モノは普段から目覚めの良い方ではないので、この様子も日常茶飯事ではあるのだが。
とはいえ、今回はそれだけが理由ではない。
どちらかというと、『イルファ』に向かうにあたっての不安の方がモノの身体を、ベッドに縫い付けていて、
「ふわぁぁぁ…………もうすこしだけ……」
まあ、理由が自分で分かっていようが、分かっていまいが関係なく、モノは結局、眠りという甘い誘いに勝てない。
精々の抵抗が、先程から出続ける欠伸と、モゾモゾと身体を布団に擦り付けることくらいだ。
そんなこんなで九回目の負け戦へと突入するモノ。
そこへ、「コンコン」と軽やかで小気味よい音が鳴った。それから直ぐに、すっかり聞き馴染んだ声が聞こえて、
「――姫、起きていますか? 今よろしいでしょうか?」
「うぁ……あずらく? おういいぞぉ、はいっても……ふわぁ」
扉の向こうから様子を伺うアズラクの言葉に、モノはやっと上半身だけを起こして、答える。
「失礼します……って、ひ、姫っ!?」
モノの許可を得て、扉を開けたアズラク。
特徴的な藍色の若干無造作な髪を揺らしながら、部屋へと立ち入った彼は、モノの姿を見るなり、激しく動揺。
透かさず自らの手で自らの視界を覆ったアズラクの頬は、酷く赤くなっていて。
「……?」
「な、ななな、なんという格好をしておられるのですか!!?」
アズラクの、悲鳴に近い慌てた高い声に、モノは自分の身体に視線を落とす。
そして、
「うーん? あぁ、ごめ、ゆだんしてた」
――やっと、自分の就寝用服が乱れ、そこから白い陶器のように美しい肌が、大きく露見していることに気付いた。
アズラクが慌てふためいた理由に合点がいったモノは、のそりのそりと眠たげにゆっくりとした動作で、着崩れた服を戻す。
戻して、ぼけーっとベッドの上に、何時の間にか、無意識に出るようになった内股で座り込んだモノ。
それは傍から見たらまるで白い天使のようで。
悶えるだけで済んだのは、普段から近くにいることが多いアズラクだからだ。他の人物ならば、瞬時に悩殺されていたに違いない。
「き、気を付けてください、俺も一応男ですから。……勿論、俺が姫に考え無しに手を出すことなんて、有り得ませんが」
「うん。あずらくのこと、ぜんりょくでしんらいしてるぞ?」
「〜〜〜っ。そ、そんなことは良いですから、ほら早く朝の支度を……!」
「うぃぃ」
また別の意味で悶えるアズラクに、その原因である発言を、寝惚けながら深く考えずに行ったモノは、彼の言葉に頷く。
頷いて、モノは自分の服のボタンに手を伸ばし、上から順番に外して――、
「――――」
「ちょ!? 姫、ストップ! ストーップ!!」
「……?」
再び肩から色白の肌が見えそうになると、勢いよくモノの手首を掴んで、その動作を制止したアズラク。
半覚醒の脳では、アズラクの大声に理解が及ばず、モノは首を傾げ、一瞬不思議そうにする。
が、
「なんで俺が目の前にいるのにいきなり脱ぎ出すんですか!? 流石に寝ぼけすぎですよ!!?」
「……あぁ! また油断してた……」
アズラクの次の言葉に、漸く目覚め始めたモノは、ハッとする。
危うく、モノが『最終兵器』になったばかりの頃に訪れた村での一件と二の舞になる所だった。そういえば、ケイは元気にしているだろうか。
今回の調査が終わったら一度、あの小さな集落へ足を運ぶのも悪くない。
「ほんともう頼みますよ…………まあ、俺の前で安心出来てるってことは嬉しいですけど。こっちの精神がいくつあっても足りなくなってしまうので」
とはいえ、あの村での出来事から暫く経った今、なんだかんだでモノは自分の身体と性別に慣れてきていた。
あれ程アゼルダでナナリンと一緒に温泉に入った時にはドギマギしていたのに、今となっては、女湯に入ることも別になんとも思わなくなってしまったモノがいる。
少女としての身体にしっくりときた、それがいい事なのか、悪いことなのかは、その場その場に拠るが。
まあ、はっきりと今回のは悪い例だ。
「すまんすまん。最近この身体に違和感が無くなってきてて、気が抜けてたかもしれない」
男としての自分と、少女としての身体に慣れてきた自分の、境界線が曖昧になってきたから、こうやって半年経っても同じことをしそうになる訳だ。
否、曖昧になってきているからこそ、半年前より気を抜けない。
「姫、またよく分からないことを言ってますね? 今に始まったことじゃないので、深くは聞きませんが」
「そうしてくれると助かる。……っと、お陰で目が覚めた。ありがとな」
「どういたしまして、姫。着替えるのでしたら、一度部屋から出ていますので」
「おう」
兎も角、すっかり目が覚め、受け答えがしっかりしてきたモノ。
その様子を確認して、アズラクはモノの着替えの時間を確保するため、一旦、部屋の外へ。
彼の背を見届けた後、モノは再度、今度こそ服のボタンに手をかけて。
「…………質問の答え、聞けなかったな」
先程まで見ていた夢の内容を思い出しながら、ポツリとそう呟いた。
――『タイムリミット』。
この言葉に、強く違和感を感じたのは何故なのだろうか。その答えは、夢の世界が閉じたと同時に遠ざかってしまった。
それに、
「あいつ暫く会えないって言ってたしな……って、これじゃ、私があいつに会いたいみたいじゃないか? うん、やめだ、やめやめ」
まるで嫌な奴との再会を望んでいるようで、苛立ちを覚えたモノは、横に首を振って、それ以上の思考を止めてそそくさと着替えを。
五分袖の白いシャツに手を通し、クリーム色のショートパンツを穿き、同じくクリーム色のミドルブーツを履いて、黒いケープを羽織る――――いつもの格好だ。
「よし、こんな感じかな――」
「……おい待て。今、姫は着替え中だ。何を勝手に入ろうとしている」
「……うん?」
そうして、途中一人で不愉快さを味わいながらも、着替えを終えたモノは、外で待っているアズラクへと声をかけようとして。
そのアズラクが、誰かと言い争っている事にモノは気が付く。
耳を澄ますと、徐々に聞こえてくるのは、とある少女の声で――、
「――――きゃはっ★ 何言ってるの? モノたんが着替え中だからきたんだよ?」
「この喧しい声は……」
アズラクに次いで、こちらも聞き馴染みのある声だ。
「毎回毎回、どこで知ってるんだよ。絶対にここは通さないからな。貴様みたいな変態と関わったら、姫が悪影響を受けるって言ってるだろうが!」
「モノたんとナナリンは、アズラク君が邪魔してもしなくても、もうとっくに深い関係だからねっ★ きゃはっ★」
先程までのモノともう一人だけに向けられるものとは違い、荒々しく刺々しい態度のアズラク。
それに相対する、特徴的な笑い方をする少女は間違いない。
「ナナリンか!」
「へごっ!?」
「あ。アズラクごめん、勢い余った」
その声の主がナナリンとわかるや否や、部屋を飛び出すモノと、突然開かれた扉に吹き飛ばされるアズラク。
随分と間抜けな声と、鈍い音がした為、モノはすぐ様彼の安否を確認がてら謝罪。幸い、怪我は無さそうだ。
「い、いえ。全く問題ありませんよ、姫。むしろご褒美……じゃなくて。まったく……慌てん坊さんですね」
「……? お前、たまに私の事、子供扱いするよな。別にいいけど」
「子供扱い、というか、実際、まだ姫は子供では? 確かに、外見年齢にしてはしっかりされていますが」
前半は小声であまり聞き取れなかったが、後半の彼の発言を不思議に思うモノ。
半年前の事件後、クリスタからの直々なお願いもあり、アズラクはモノに仕えているが。
仕え始めて半年間、こうやって偶にアズラクは、モノにまるで小さい子を相手するように振る舞うことがある。
確かに、見た目は十二、十三くらいとまだ少しだけ幼さが残っているが。
精神年齢が、十八のモノとしてはかなり違和感がある対応だ。まあ、そもそも、前世ではこうして人に甘やかされることも無かったが。
まあだから、ここで堪能しておくのも悪くない、とアズラクからの子供扱いには、拒絶はしていない状況なのだが。
それはさておき、
「がーん、モノたんもう着替え終わってるじゃん!」
げんなりとした少女のツインテールが揺れる。
「お前、毎朝毎朝懲りないな……。とはいえ、今日も頼んだ!」
「ふっふっふ、任せてっ★」
蜜柑色のツインテールに、薄い青の瞳の少女――半年前、『尋問者』に遭遇し大怪我を負ったナナリン。
それでも、事件の前後で明るさの一切変わらなかった彼女に、『今日も』と何か頼み事をするモノ。
それを受け、ナナリンは不敵な笑みを浮かべ、痛々しい傷が残っている胸を、気にも留めない様子で叩いて。
「――――今日はどんな髪型がいいかなっ?」
そう得意げに笑った。