三章後日・五 『雪と嘘と罪』
「――っはああぁぁぁぁ……」
「……どうしたんですかナナリンさん。わざとらしく溜め息なんかついて」
「だってぇ」
王都に戻ってきて三日目。約束した通り、今日もベータの元へと向かうナナリンに付き添うアルファ。
昨日と道も変わらない、凡そ最短の順を辿って、市場を抜け、赤い屋根の民家へと。
今は、丁度、住宅街に差し掛かったところか。
とはいえまだ人通りは多く、周りの目も気にせず、隣でどよよんと項垂れるナナリンに、アルファは割と辛辣だ。
そんな彼の態度に、ナナリンの方はというと、またもやわざとらしく、頬をぷくっと膨らませて、
「今日も『モノたんパワー』補充し損ねたんだもん……ナナリン、このままだと死んじゃうよぉっ」
「はいはい、そんなのでは死にませんよ。約束通り、ベータにも会わせてあげるんですから、気分上げていきましょうよ」
「ま、それはそうなんだけどさ……ふひ、『ナナ姉』……ふひっ★ ――ぶち上がってきたぁっ!!」
「変わり身が早すぎるっ!!」
項垂れたかと思いきや、次の瞬間にはガッツポーズという相変わらずのナナリン。
どうやら彼女は昨日に引き続き、今日も朝のモノとの接触機会を逃してしまったらしい。
まあ、そうやって朝早くからモノが王城を逃げ出さなければならない理由を作っているのが、師ライラであると思うと弟子であるアルファは何となく申し訳なくなる訳だが。
「……師匠といい、ナナリンさんといい、こう、僕の周り、なんでこんなぶっ飛んだ感じの人、多いんですかね」
「師匠と言えば、ライラちゃんは、なんかナナリンの心にピキーンと来るものが無いんだよね……確かに見た目が美少女なのは間違いないんだけど、中身が見えてこないというかなんというか」
「凄いふわっとしてますね……それも無理はないですけど。師匠はあくまで『超越者』ですから。人では理解出来ない域に到達した者の中身なんて分かりませんよ。僕にだって、師匠のこと全く理解出来ませんし。…………だから、いつも振り回されているんですが」
『神』なんていう未知の存在を『超えた』という人物達の中身が、更に未知の度合いが高い物で構成されていることは言うまでもなく。
師匠と弟子。ライラとアルファは決して浅くない、信頼し合った関係であるが、お互いに分かり合っているなどは全くもって無い。
単純な話、生きる次元が違いすぎるのだ。
「ふーん」
「まあ、それでも僕は尊敬して……って、自分から話題振った割に興味無さそうですね!!」
「きゃはっ★ ごめんごめん、ベータちゃんの事で頭一杯になっちゃってた」
「…………もうツッコミませんし、そろそろ着きますから、せめてベータの前ではしっかり……っていうのはもう手遅れでしたね」
「きゃは?」
もうこの変態少女は昨日の時点で、その変態ぶりを余すこと無く発揮しているので、今更繕っても無理な話か、とアルファは肩を落とす。
対するナナリンは有り得ない程に、不思議そうな顔を浮かべているが、もしや自覚症状がないのだろうか。
「――あ! ナナ姉っ!」
などと思考していると、視界の奥、赤い屋根の民家の方から響く声は、何故かその変態ぶりを見たにも関わらず、ナナリンに懐いた少女のものだ。
アルファとしては、『結晶』のせいで身体が弱った彼女――ベータには無理して欲しくないのだが。
そんな心配も他所に、ベータはにこやかにこちらに手を振っていて。
「ベータたぁん! 会いたかったよぉっ!! 約束通り『ナナ姉』が来たよぉぉぉ!!!」
「うぇ、ちょ、ナナリンさん、待っ……! ああもう!」
手を振るベータの姿を見るなり、すぐさま興奮した様子で飛び出していくナナリンに、アルファは制止に失敗。
数秒後、アルファの視界にあるのは、ナナリンがベータへと遠慮無しに飛びかかる姿。
「わ、わ! ナナ姉、そんな勢いよく……! 結晶が刺さっちゃうよ!」
「残念、もう刺さってるよ! 血も出ちゃってるよ! でも二人の愛はこんなものでは止められないよねっ★」
「あわわ、あわわわわ! アル兄、ナナ姉から血が……! どうしよう! 包帯と、治癒魔法かけて、あとそれから、えっと……!!」
「はぁ……ベータ、安心してください。多分そこら辺で放っておけば治りますよ、知りませんけど」
本当に忙しい人物だ、とアルファは思う。まあ、それ故に退屈はしなくて済むのだが。
むしろ、ベータの心の壁を壊すには、この位の強引さが必要だったのだろう。
それでいて、そんな強引さを持ち合わせているのにも関わらず、あまり不快な感じがしないのが彼女の凄いところだ。
アルファも、ナナリンに対して呆れはするが、それも別に負の感情から来ているものではなくて。
「えええっ、でも……!」
「ベータちゃんは優しいねっ★ それに比べてアルファ君は……いやアルファ君も優しいか……とにかく! アルファ君の薄情者! ぶーぶー!」
思えばこうして他人の為に慌てるベータを見るのも随分と、そう随分と久しぶりな気がする。
そう考えると、このナナリンとベータのやり取りも、不思議と微笑ましい光景としてアルファの目には映る。
――今日は、きっと騒がしい日になるのだろう。
騒がしくも、平和で、自然と笑みがこぼれるような温かさに包まれた日に。
頬をわざとらしく膨らませ、人差し指を自分へと向ける少女を見て、アルファは肩を落とす。でも表情には笑みを浮かべて――、
「ぶーぶー、じゃないですよ、まった、く――――」
「……? どったの?」
やれやれと、軽口を返してやろうとした、まさにその瞬間だった。
――空気が変わった。
変わったといっても、風の向きが少しズレたような、特段意識していなければ、気づけないような些細な変化。
が、そこは腐っても兵士であるアルファは、いつ危険が振りかかろうと即座に反応できるよう、常に気を張ってはいる。
特に、アルファは自分が非力であると自覚しているせいで、人一倍、そういった感覚には敏感なのだ。
故に、その嵐の予兆のようなものに気づいたのはこの場ではアルファだけ。
アルファは反射的に気配を感じた方へと振り向き、咄嗟の判断で、怪訝な表情を浮かべる背後の二人へと指示を飛ばす。
「――っ!? 二人とも、僕の後ろに隠れろぉっ!!」
「……! わかった! ベータちゃんも、動いちゃダメだよ!」
「え、う、うん……!」
こういう緊急を要する時、何かと察しと物分りが良いのがナナリンの良いところの一つだろう。
突然の指示に戸惑うベータを自分で隠すようにして、身を丸めたナナリンの真剣な表情は、巫山戯倒していた先までとはまるで別人だ。
これは恐らく、アルファの指示に余程気持ちが篭っていたとかではなく、単純にナナリンの受動能力が高いお陰だろう。
――そして次の瞬間に起こる異変に対し、アルファとナナリン、この両者の素早い反応は功を成す。
アルファの見詰めた視界の先、正確には王都の北の方。風を斬る音と共に、膨れ上がり、迫ってくる異質な気配。
アルファは振れない剣の切っ先を向け、構える。
もしやってくるのが生命ならば迎え撃つ意思だけでも、他の何かの現象ならば後ろの守るべき存在を捨て身で。
どちらも嫌だが、どちらかと言えば抗いようの無い後者の方が困る。
だから決意を固め、意識を集中。
どんな些細な変化も見逃してはならない。
そうまでするのは、アルファの中の何かが強く脈打ち、五月蝿く訴えてくるから。
――一瞬でも気を抜けば、死ぬ、と。
やがて、深呼吸をすると同時。
構えた剣の先が、僅かに揺れ――、
「……っ!!」
その剣を握る指先が信じられないほどの冷気を感じ取った刹那、アルファは構えを解き、ベータとナナリンに、二人を庇うようにして近づいて――、
「――――!!」
※※※
――鮮やかな『青』の光が、絶対零度の風が、一方向に吹き荒れた。
それは、王都の全てを包み込んだ異常。別の場所で、モノが二日分の記憶を失う原因となった現象だ。
さらに言えば、『青』の最終兵器たるアズラクから放たれた、この世における最高峰に部類する力の波動。
「アルファ君……?」
「――――」
身体は強ばらせたまま、強く結んでいた目を開けて、少女は庇ってくれた少年の姿を恐る恐る見上げ、不安のままに声を絞り出す。
しかし返事はない。返事どころか、ぴくりとも動かない。
人間である以上、完璧な静止は不可能であり、どこかは揺れ動いているものだ。
が、両手を広げた少年の身体は、まるで石像のように動かない。否――、
「うそ……凍ってる……」
氷像だ。
少女――ナナリンは薄い氷に全身を覆われた少年の姿を見て、目を見開き、絶句する。
勿論、異変の影響は、少年だけには留まらない。
辺りをゆっくりと首だけを動かし、見渡すと、地面には白い雪が敷かれ、民家の屋根には氷柱が生えていて、天からは、どうしてか『青』色の雪のような物が降り注いでいる。
降ってきた青色のそれは、地面に落ちると同時に白く変色し、普通の雪と同化する。
そんな異様な光景が、視界の端まで無限に広がっていて。
「どうしよう、アルファ君、ナナリン達を庇ったせ、ぃ――」
ベータを守るべく、その小さな身体を抱き寄せて丸まったナナリン。それを更に守るべく立ち塞がったアルファ。
氷像と化した友人を見て、自責を始めかけたナナリンだったが、そこで、ふと、気づく。
「……? これは……防護魔法?」
一方向から迫った凍風だ、ナナリン達が無事なのは、アルファが捨て身でそれを遮ってくれたお陰もある。
しかし、それだけで本当に、辺りを一瞬で白銀の世界へと変貌させた現象を防げるのだろうか。
答えは否。
ナナリンは自分の身体を覆う淡い光を見て、呟いた。
『防護魔法』とは、単純に魔力の膜を身体に纏わせ、様々なダメージを軽減するだけの、初歩中の初歩の魔法だ。
が、通常『防護魔法』は目に見える程の魔力を帯びるなんてことは滅多にない。それこそ、魔力を持て余した大魔法師の場合くらいしか――、
「また……調整間違えちゃった……」
そうやって、激しく息切れを起こしながら呟くのは、ナナリンの腕の中、クセのある黒髪を揺らす少女で。
「この『防護魔法』は、もしかしてベータちゃんが……?」
「う、うん。でも、こ、ここまで影響を受けなかったの、は……アル兄のお陰……」
「……! そ、そうだ、どうしよう、アルファ君が!」
ベータの恐るべき魔力の量も気になるが、それよりもアルファのことの方が心配だ、とナナリンは首を振る。
急速冷凍された生物が、解凍され、命を吹き返すというのは可能ではあるが、それはいくつも条件を揃えた上での話だ。
例えば、大規模な生命維持魔法を使える人物が、この場に居るのならば、話は別であるが。
そんな高等な技術を用いる人物は残念ながら居合わせていない。
故に、ナナリンは手詰まりか、と動揺していて――、
「――えいっ」
「……!?!? うぇぇ!? ベータちゃん、何やってるの!?」
何か、彼を救う手立ては無いだろうかと、ナナリンが脳をフル稼働させ思考を巡らせていると、そのすぐ横で、何やら可愛らしい声。
と、同時に、その声の印象とは掛け離れた、メラメラと燃え滾る、平均的な成人男性の身体半分くらいのサイズの巨大な炎の玉が、現出する。
何をやるのか、とナナリンは口ではそう問うが、頭の中ではその炎の玉を見た瞬間に、ベータが意図することを理解していた。
だからこそ、ナナリンは戸惑わざるを得ない。
そう、こんなものをぶつけられたら、それこそアルファが死んでしまう。
「凍っているから、燃や……溶かす……」
「燃やすって言いかけたよね!? 待って待って待って、ベータちゃん、いくらなんでもそれはやりす――」
「そぉれっ!」
――ボンッ!!
ナナリンの制止も虚しく、盛大な着火音を鳴らし、そのままベータによって放たれた炎へと、アルファは全身を飲み込まれて。
「――――」
パチパチと音を立て、ゆらゆらと禍々しく揺れる炎の赤。
唖然として固まったナナリンに、してやったりの顔をするベータに、現在進行形で焼かれるアルファ。
そんな、暫しの静寂が流れた後、突如として炎の中に、黒い影が蠢き、響くのは――、
「――あああああああっ!? あついあついあついっ!?!?!? 寒いと思ったら、今度はあつ……こげ、焦げる! ベータ!? もう焦げてますから!?!?」
「ごめん、消し方わかんない……それに、もう、魔力、が…………」
「ベータちゃん!?」
魔力切れを起こしたのかぐったりとした様子のベータに、なぜ無事なのか絶叫を上げ走り回るアルファ。
ご覧のようにてんやわんやである。さしものナナリンもこの展開には着いていけてないようで、二人を交互に見やって、首を振り、
「ベータちゃん、しっかり! アルファ君はその辺の雪で消火して!! ていうかなんで無事なの!?」
「それは僕の『加護』が――ジュウゥゥゥゥ」
「………………へぇあ!?」
ナナリンの指示通り、異変により積もった雪へとその身体を埋もれさせて、消火するアルファ。
何にせよ、彼が無事だったことは喜ぶべきだが、それよりも消化の直前、アルファが口にした単語が衝撃すぎたナナリンは思わず変な声を出してしまう。
「アルファ君、加護者だったの!?」
「え、あ、はい。あれ、これも言ってなかったでしたっけ? アゼルダであれだけボロボロにされても、次の日には回復してたのは、他でもない『加護』のお陰でして」
「そんなの初耳だよ!!」
「……別に隠してたつもりは無かったんですけどね?」
「おかしいな……?」と、首を傾げるアルファだが、ナナリンとしては思いっきり初耳だ。もしかして、モノ達は知っていたのだろうか。
だとしたら、仲間外れな感じがしてナナリンは何処か悔しくなるのだが、ナナリン自身、その感情が何故湧いてくるのかは理解できない。
しかし、アルファが『加護』持ちで、アゼルダの時の異様な自然治癒力も、その『恩寵』であるというのならば、今回のベータの思い切ったやり方も納得で。
「僕の『加護』は『不屈の加護』と呼ばれるものでして」
「『不屈』……」
「はい。効果は自分の内だけに限られるんですが……その名の通り、屈することが許されない力で。どれだけ酷い怪我でも、次第に勝手に再生するんですよ」
「どんな怪我でも再生……それって……」
何もかもが突然のカミングアウト。しかも、その内容もかなり濃い。
『不屈』――屈することを許さない、とアルファは自身に宿る力をそう表現したが、その言い方ではまるで呪いだ。
アルファの意志を無視して、どれ程酷い状態になろうとも勝手に再生しようとする、それが意味するのは――、
「――はい、半分不死身なんです、僕。だからアゼルダの時のような『時間稼ぎ』だけは得意中の得意なんですよ。まあ、再生の感覚は正直気持ち悪いし、怪我は普通に苦しいし、痛いので自分としてはそんな状況は避けたいところですけどね」
「…………」
本人はそう言って、にへら、と笑うが、それに合わせて笑えるほどナナリンは冷たい人物ではない。
かといって、どう返していいのかも分からないために、ナナリンは彼を見つめたまま沈黙。
その代わりというのは違うが、口を開くのは、ナナリンの膝に頭を乗せて転がるベータで。
「だから、アル兄がああいう身動きが取れない状況になったら、無理矢理でも動けるようにしてあげるといいよ」
「……僕のその能力の特性上、凍ったりして身動きが取れなくなることが一番危険ですからね。この場に、事情を知るベータが居て良かったですよ。多少強引でも助けてくれるって信じて、加護の力を全開にしておくことができましたから」
なんて事ない顔で呟くアルファには、もう先程のベータが放った炎による火傷の痕跡が一つも残っていない。
元通りだった。さすがに焦げた服までは戻ってはいないが。
「限界は試したことがないので、本当に不死身かは分からないですけどね。二年前位に、身体中バラバラになったことがあったんですけど、今生きてるので。恐らくは」
「――――」
バラバラになる、というのは普通の人間ならば勿論、その時点で死が確定している。
が、アルファは今もなお、普通に生きて、話していて。
多分、彼の口振りからするに、今までもそういった死んでもおかしく無いような状態を何度も、何度も体験して来たのだろう。
これはナナリンの想像ではあるが、ほぼ間違いない。
その時。『死』を至近距離で感じた時、彼は何を思ったのだろうか。
その痛みや恐怖は、味わった彼にしか分からない。
それに、その恐怖というのは、『死』に対してなのか、それとも『死』を与えようとしてくる何かに対してなのか、はたまた、そんな状況になっても死ねない自分に対してなのか。
ただ一つ、これだけは本人に問いたいものがナナリンの頭には浮かんでいて。
というのも――、
「あれ……不死身なのに、敵を前にすると怖くて剣が振れないんだね?」
「ぐ、それは……」
こう、妙に鋭いところに言葉を刺してくるのがナナリンの特徴の一つではあるのだが、残念ながら本人にその自覚は無い。
ナナリンからしてみれば、単に、ふと思い浮かんだ疑問を投げかけただけ。
だが、問いを投げかけられたアルファは、案の定、痛い所を突かれたと、言葉を詰まらせた様子で――、
※※
――そう、その時だった。
少し空気が和やかな状態へと戻り始めた一瞬。解れたその間を縫うようにして、ナナリンの背後へと『それ』は現れる。
「な――――」
ナナリンの膝に頭を乗せたベータは、そのナナリンの身体に遮られて『それ』に気付かず。
ナナリンも、背後の、黒い影のような、空間そのものに穴を開けたような『それ』に気付いた様子はない。
またもや、異変に唯一気付くのは、アルファだ。
ただ先の異変と違うのは、気付いただけ、という所だ。
そう、それはもう気付いた時には――、
ドスッ。
「――――ぁ」
――手遅れだったのだ。
空間に出来た円形のシミのような『それ』から勢い良く伸びた、根元は太いが先端の鋭く黒い棘が、ナナリンの胸部を、背中から貫通していて。
「――――!!」
雑にこじ開けられた彼女の胸部から、やがて、夥しい量の熱い液体が、弾ける。
「……ごぼ」
どくどく、と脈を打つ度に溢れ出る赤。
肺に溜まってしまったのか、彼女は口からも、息苦しく、弱々しい血反吐が漏れた。
何とか刺さった棘を抜こうと、宙にぶら下がった身体を動かそうとするが、既に、失った血液が多すぎた。
それは抵抗とも呼べず、少しだけその蜜柑色の短いツインテールが揺れるだけ。しかも、それも数秒の事で。
直ぐに彼女の身体は力を失い、プラプラと、重力に従うだけに――、
「な、ななりん、さ……?」
暫くして棘が消え、糸の切れた操り人形のように落下したナナリンを、目の前の事象を、あまりの非現実感に、アルファは受け止めることが出来ない。
それは、膝から落ちて、彼女の血を大量に被ったベータも同じようで。
目をこれでもかと見開いて、呆然と――、
「――――嘘は、いけないんです」
「ぇ……?」
悪夢を見ているような、そんなふわふわとした脳に、冷水をかけるようにして響く声。
と、同時に、濃すぎる程の殺気。
それら不気味な感覚に弾かれたように、アルファが背後に振り向けば、そこには歩いて近づいてくる少女の姿。
その足取りは右へ左へ、とても安定しているようには見えない。
紫が強い黒紫のだらりとした髪を大きく揺らして、修道女のような黒の地味な服を纏った少女の表情は、少し怒っているように感じて――、
「嘘は、いけないんです。いけないことなんです。でも、人間は生きる為に、平然と嘘をつきます。はぁ。冗談交じりのものから、重大なものまで、淡々と、数え切れないくらい……そして、時が経てば、人はあの時自分が嘘をついた、という事実まで忘れ去ってしまうことも、私は知っています」
距離はある、がしかし、その少女の囁き声はやけに大きく聞こえた。
「でも、人間は正直でなければ。ずっと永遠に、素直でなければ。そして、時が経っても、『嘘』はつかれたことを決して忘れないことも、私は知っています」
変な話し方だ。一貫性があるように見えて、主語が分散しがちな喋り方。
アルファの身体は近づいてくる少女に対して、ついさっき、凍ってしまった時のように動かない。まるで、無数の糸に縛られているかのように、殺気がまとわりついて、重い、重い、重い――。
「……故に私はお前に罪を問います」
それから、アルファとある程度の距離がある地点で、少女――『尋問者』は立ち止まり、そして、問う。
「お前は――――嘘つきですか?」
すみません、更新遅れた上に、今回で終わりませんでした。
なんで!!!!!!!(白目)
次は近日中に更新します。(次こそ終わり)




