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三章後日・四 『可愛い子の味方』




「――ナナ姉、また来てね……」


「きゃはっ★ 絶対また来るよっ★ というより、明日来るよ!」


「ほんと……!? うれしいな、約束……だからね……」


「うんっ★」


 赤い屋根のこじんまりとした民家の玄関、扉を境界にしてナナリンとアルファは家の外で、ベータは中だ。

 時刻は夕方。オレンジ色の空に、鳥が飛ぶような在り来りな模様で。


 キラキラとした目でナナリンに約束を取り付けたベータの嬉々とした表情は、やがて扉が閉められることで見えなくなった。

 そのまま王城への帰路へとつくナナリンとアルファは、言葉を交わし合う。


「いつの間に、流れるかのように明日も来ることになってるんですか?」


「今っ★」


「知ってますよ!?」


「きゃはっ★ いいじゃん! アルファ君別に、嫌だったりはしないでしょ?」


 アルファより数歩先を歩いていたナナリンが蜜柑色のツインテールを揺らして振り返り、わざとらしく小首を傾げて、小悪魔のように微笑む。

 そんな彼女に、アルファは苦笑。


 ――勿論、アルファもナナリンが家に来ることが嫌だとかそういうことはなく。

 『結晶の病』を患ったベータは、家族以外、他人に心を開くことは殆ど無い。昔は違ったが、周りの彼女への扱いが、そう人間を信用出来なくさせた。

 しかし、ナナリンは違った。

 この少女はベータの心を溶かすことに成功している。

 正直な話、アルファもこの展開を期待していなかった訳では無かったが、ここまで懐くとは思っていなかった。


 故に、アルファもベータ自身が望むのであれば、ナナリンが妹に会いに行くのを特段拒みはしない。


「それは、まあそうなんですが。一応、僕兵士なので仕事が………………」


「……? 仕事が?」


「…………明日は、たまたま、本当にたまたま無いですね」


「きゃはっ★ 自分で墓穴掘るの楽しい?」


 さりげなく、濃い毒が飛んできた気がするが、アルファはスルー。

 そんなこんなで、明日もアルファ同伴のもと、ナナリンがベータに会いに行くことが決まる。

 このナナリンとの出会いによって、ベータの外の世界への恐怖が少しでも和らぐことを、アルファは望むばかりである。


「……そういえばナナリンさん」


「なーに?」


「ベータの身体を見ても、結晶に対しては、一瞬も驚く様子なかったですよね。僕は、ナナリンさんの『可愛い子』っていう基準に触れてしまわないかが怖かったのですが」


 ナナリンはどういう訳か、『可愛い子』に目がない人物だ。

 アルファはてっきり、ナナリンがベータの身体の結晶を見た瞬間、気遣って引きはせずとも、戸惑う素振りを見せると予想していたのだが。

 そして、恐らく、一瞬でも戸惑う様子を見せた場合、その時点でベータとの縁は終わりだった筈で。


「きゃはっ★ ぜーんぜん? さては、アルファ君。ナナリンの『可愛い子』っていう言葉の意味を()()()してるなっ?」


「……勘違い、ですか?」


「うんっ★」


 ぽかん、と口を開けて疑問の表情を浮かべるアルファの顔の前に、ナナリンは人差し指を立てて手を突き出す。

 どこか得意気な顔をしたナナリンの次の言葉を、アルファはそのまま大人しく待って――。

 

「――ナナリンから見たら、心が優しい子は皆、『可愛い子』なんだよっ★」


「心が……」


 ふふん、と、あざとく鼻を鳴らすナナリンは続けて、


「そう! 柔らかで、綺麗で、純粋な心を持った子なら可愛い子。そして、その『可愛い子』の『味方』がナナリンなんだよっ★ ナナリンはそういう『可愛い子』達には不幸になって欲しくないからねっ★ 絶対護るし、絶対愛でる!!」


「――――は」


「…………アルファ君?」


 

 無意識だった。

 嘘のように乾いたそれは、徐々に真実味を帯び、盛大なものへと変わっていって。

 堪えきれない。だって、だとしたらアルファは何を心配していたのやら。


「……くく、はっはっはっ! なるほど、なら最初から心配は要らなかった訳ですね! ベータが優しい子なのは僕がよく知ってますから!」


「おおう、これはなかなか……モノたんが言うところの、『しすこん』ってやつかな?」


「はは、否定はしません。それと……ナナリンさんがモノさんにベッタリな理由が解った気がしましたよ」


 あまりの可笑しさに涙まで出てきてしまったアルファは、それを拭いながら、『白』の美しい少女の名を出す。

 納得だ。確かに、さっきナナリンが口にした『可愛い子』の基準なら、あの少女、モノ・エリアスは――、


「そうなのですっ★ 度を越した純粋さと、目に付くもの全てを助けてあげないと気が済まない程の優しさを兼ね備えたモノたんは、詰まるところナナリンの運命の子だよねっ★」


 道理で、モノのこととなると、ナナリンという少女は狂ってしまうわけだ。いや、狂うのはモノに対してだけでは無いか。

 

「僕も少しわかりますよ。あの子、何かと危なっかしいので。放って置けないんですよね。アゼルダの時は、柄にもなく僕も無茶しちゃいましたし」


「モノたんには出来る限り傷付いて欲しくないのが、ナナリンの本音なのですっ★ どうしてか世界の方がそれを許してないって感じがするけど、それならナナリンはモノたんを目一杯に甘やかすまでだよ!!」

 

「………………やっぱり、ナナリンさんって良い人ですよね」


 今回ばかりは、皮肉でも何でもなく、アルファただそう思った。

 『可愛い子』つまりは優しい子を護る、傷付いて欲しくない、なんていうのは実際は難しく、夢物語の話で、傲慢だ。

 けれども、彼女はそれを隠すことなく、恥じること無く堂々と、そう言ってみせたし、その信条に従って行動しているのを、アルファは今にして思えば何度も見てきた。


 アルファはそんな目の前の少女の生き方を格好良いと思うし、魅力的だとも――、


「……良かったです」


「きゃは?」

 

「今日、ベータにナナリンさんが会ってくれて、こうやって僕と話してくれて良かったです」

 

 アルファが立ち止まって、それに合わせてナナリンも立ち止まる。もう既に、城下町の市場を行き交う人の喧騒が遠目に見える位置だ。

 立ち止まった理由というのも、そうやって人ゴミに紛れるより、もう少しだけ、ナナリンという少女と面と向かって話がしたいと思ったからで。


「僕、前に『英雄になる為』に兵士になったって言ったじゃないですか」


「うん、覚えてるよっ★ 何故か熱く語ってたよね、馬車の中で、急に立ち上がっちゃったりして」


「その覚え方はなんか、恥ずかしいんですけど……まあいいです。で、あれも本当なんですけど、僕が兵士になった理由の半分だけ、なんですよね」


 勿論、『英雄』になる、という子供のような夢は、それこそ子供の時から抱き続けている。

 兵士を志願したのも、それが理由だ。

 が、アルファが兵士を志願した理由はそれとは別にもう一つある。


「ベータの『結晶の病』は、現状、不知の病でして。今は進行を遅らせるのがやっとなんです。なので、このままではベータは長生きは……」


「…………」


「だから、治療法の研究を進めてもらうためと、あとは普通に進行を遅らせるだけでも、色々と費用が必要なので、僕はいやらしい話ですが、給料のいい兵士を……あれだけ『英雄』とか言いながら、半分はお金の為だ、なんて笑えますけどね」


 少し笑うアルファは、なんて軽い夢だ、と我ながら思う。

 本気で英雄を目指している人ならば、そうやって夢を隠れ蓑に使ったりなんてしない。

 この程度の覚悟で、よくもまあ『英雄』だなんて言えたものだ。

 だからまあ、馬車の中で高らかに夢を宣言する様子を見ていたナナリンは、きっと馬鹿にして――、


「――――笑えない」


「……ぇ」


 だが、彼女の口から出たのは、アルファの想像していたものとはあまりにもかけ離れていて。

 笑うどころか、震えた声を発したナナリンの瞳からは、大量の透明で熱いそれが流れて、落ちて、それから、


「なんっも笑えないよぉ! うぐ、アルファ君、健気すぎるよぉ、うわぁぁぁん!」


「え、ちょ、待って、待ってください! ナナリンさん!? どうしちゃったんですか!?」


「アルファ君、ナナリン応援じでるがらね……ぐずっ、優しいがすぎるよぉ!」


「それはナナリンさんだけには言われたくないですね!?」


「ナナリンも、ひぐっ、アルファ君だけには言われたくないよぉぉ……ばかぁ」


「馬鹿!?」


「そうだよぉ、ばかぁ!」


「まさかの追撃! そもそも――――」


「〜〜〜〜!」


「~~!」


「〜〜――――



※※※



 ――号泣する優しい少女と、おろおろと慌てふためく優しい少年。

 二人が言い合う声は、暖かな夕焼けの空に、柔らかく吸い込まれて、吸い込まれて、いく。



 次回で、アルファ回はラストになります。


 メインストーリーを進めて欲しい人は、待たせてごめんね!

 次回終わったら、四章開始になるはずだから、楽しみにしてて!!

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