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三章後日・三 『結晶の病』




 王都の城下町に存在する、普遍的な木と石でできた、一つの赤い屋根の民家。

 そのリビングで、黒髪の少女が、黒髪の青年の背後に隠れて震えていて。


「……アル兄、なんであの人家に入れたの? あの人怖いよ……」


「ナナリンさんは僕の友人ですから、大丈夫ですよ……多分。鼻息荒いけど根はいい人ですから……多分。涎垂らしてるけど怖くは……いや、怖いですね。ナナリンさんやめてください、ベータが怖がってます」


「ぐひひ、かっわ……ふひっ!」


「ひぃっ!?」


「あの、聞いてます?」


 アルファの妹であるベータが恐怖しているのは、他でもない、突如押しかける形となったナナリンの態度に対してだ。

 触れられる背中から感じる震えは、ベータが本気でナナリンを化け物だと思っていることをアルファに伝えている。


 まあそれも無理はない。一応、何度も修羅場を潜り抜けてきた王都の兵士であるアルファですら、鳥肌が立つ位だからだ。

 育った環境と、自身の状態もあって、極度の人見知りであるベータからしたら、ナナリンの変態ぶりは相当に怖いはずである。


「きゃは、アルファ君、やっぱり心配すること無かったじゃんっ★ ベータちゃん、めっちゃ可愛いぃぃ!」


「アル兄、不審者退治って、兵士の仕事でしょ……? この人早く、追い払ってよ、気持ち悪いよ……それに――」


「気持ち悪いのは同感です。……それに、ベータが人と会うのを嫌がるのも分かっているつもりですよ。けど、この人が勝手に家に来たというかなんというか」


 そうだ、こうやって嫌がるのが想像出来たから、アルファも、ナナリンがベータに会いたいと言った時に、かなり渋い顔をした。

 しかしあれ以上、渋ればアルファはどうなっていたか分からない。切り落とすとかなんとか言っていたし。

 故に根負けして、でも決して自分から案内しようとはせず、ただただ引っ張られて来たのだが――、


「きゃはっ★ 可愛いオーラがナナリンを導くのです! ほらほらベータちゃん、ナナリン怖くないよ〜、出ておいで〜」


「嫌、出ていって不審者。それ以上、私に近づかないで、変質者」


「ありがとうございますッ!! …………ていうのは違くて、もう一度お願いしますッ!! …………でもなくて……」


「ナナリンさん、もう無理ですよ……」


「くっ……! 目の前にこんな天使が居るのに、触れることが許されないなんて……! 今日はただでさえ『モノたんパワー』が補充できてないのに……ナナリンをこんな身体にして、モノたんってば、罪だねっ★」


 ナナリンが暴走気味なのはその『モノたんパワー』を補充出来なかったからかもしれない。

 とまあ何故か本人の知らないところで飛び火を喰らうモノが、いつもの絡まれ方も含めて不憫である。

 

 そうは言っても、モノという少女はナナリンを適当にあしらいつつも、とても信頼しているようだったが。

 ちなみに今、アルファの後ろに隠れて怯えるベータから、そんな気配は全く無くて。


 どうやらナナリンのめげない態度を見て嫌気がさしたのか、ベータは自室のある方へと振り向いて、


「もういい。……私、やっぱり部屋で寝てくる。アル兄は早くその気持ち悪い人、追っ払っ――」


 寝てくる、と部屋に戻るため、アルファに掴まっていた手を離し、片足を前へ――踏み出したその時だった。

 アルファという支えを失った少女の細い足は、力無く縺れ、そのままバランスを失った身体は、床へと一直線に倒れ――、


「ベータ! 大丈夫ですか!?」


 アルファがすかさずそのフラついた身体を抱え、転倒を阻止。剣は精神の問題で振れないが、さすがに兵士として鍛えられた肉体は、ベータのような軽い少女の身体を受け止めること位は容易い。

 ゆっくりと弾みを付けて、出来るだけ少女の身体への負荷を逃がすように、器用に支えたアルファは、そのまま優しく彼女を起き上がらせて、


「ぅ、ぐ。……アル兄、ありがと……」


「ど、どうしたの!? ベータちゃん大丈夫!? って――――ぁ」


 呻き声まで漏らしたベータの突然の不調に、近寄るなとは言われてはいたが、心配になって咄嗟に駆け寄るナナリン。

 そんなナナリンは、触れはしないように気を付けながら、ベータの表情と、身体を見て――ピタリと固まる。

 また白目を剥いたとか、そういうのでもなく、ただ固まって。


「……? 誰のせいだと――――」


 対するベータの方は、ナナリンの様子に一瞬困惑しつつも、先程までの巫山戯具合もあった為に、構ってはいられない、と悪態だけをつこうとして――――そして、気づいた。

 

「…………ぁ」


 転倒しかけた際か、自分の服の裾が少しだけ、捲れ上がっていることに。

 それから、その捲れた箇所から、柔肌を裂くようにして生えた、毒々しい黒紫に蠢くの石ようなものが見えてしまっていて、それをナナリンが見つめていることに。


「……みら、れた……? あ、あぁ、み、られた?」


「――――」


「いや、いやぁ……いやぁあぁぁぁああ! みないで……みないでぇ!」


「ベータ!?」


 その事実に激しく動揺したベータは、アルファの腕の中で必死に蹲って、丸まって、その黒紫を隠そうとする。

 が、そうやって、動けば動くほど、彼女の意志とは違ってどんどんと、はだけた箇所と顕になる黒紫の数は増えていき――、


 その様子を見て、ナナリンはようやく、押し黙っていた口をゆっくりと開いて、


「――ベータちゃん」


「……っ!!」


 ナナリンの声に、身体を怯える小動物の如く、ビクリと跳ねさせるベータ。

 誰がどう見ても分かる、次に何を言われるのだろうか、という恐怖だ。

 すっかり絶望に染まりきった顔のベータは、息を殺してナナリンの言葉の続きを待って、そして――、


「肌白くて綺麗だね……ふへ」


「……………………ぇ?」


「あ、隙あり。おお、頬っぺたすっごいモチモチっ★」


 お触り禁止だったはずの頬っぺたを触るナナリンと、その手の中で目を白黒とさせるベータ。

 それから「はっ」と気を取り戻したベータは、思っていた反応と全く違った態度のナナリンへと、恐る恐る、問う。


「……こわく、ないの?」


「きゃは? ああ、うーん、可愛過ぎて怖いかも……?」


「そう、じゃなくて……! これ! この痣、『結晶』が、怖くないの!?」


「ふえ? この綺麗な宝石のこと? 確かに斬新なお洒落だけど、ナナリンは結構アリだと思うよ?」


「綺麗な……宝石? これが……?」


 戸惑うベータに、ナナリンは不思議そうな顔。

 

「これ、病気なんだよ……? 身体が結晶化してく病気で……みんな、こわいって……」


「え、病気……!?」


「う、うん……こわい、でしょ?」


 ベータのこの身体を見た人間は過去、だいたいが「呪いだ」やら「近寄るな」やら冷たい目を向けてきた。

 だが、今、蜜柑色の髪の少女はその人間達とは違う。


「そ、そんな、神はこの子には宝石が似合うと分かっていたのか……! ああいや、これは苦しんでるベータちゃんからしたら不謹慎な言葉だね、ごめんね」


「え、あ、ううん、それはいいんだけど……本当に、本当? 私のこと、こわくない……?」


「きゃはっ★ 逆に、何がこわいの? こんなに天使みたいに可愛いのに……天使見た事ないけど」


「――――!!」


 怖がる素振りを一つも見せないナナリン。

 勿論、隠しているとかそういうことでもなく、本心から、怖がってなどいない。

 むしろ、目の前の可愛い存在をどう愛でようかという思考で、彼女の頭の中はいっぱいで。


「……ナナリンさんって、たまに、すごくたまに、めちゃくちゃに良い人ですよね……」


「きゃはっ★ え、告白? ごめんね、私の心はモノたんと、その他可愛い子で埋まってるから」


「ほんとに、たまに、ですね!」


「――あ、あの!」


 覚えの無い告白で、振られるという散々なアルファが抗議していると、少しの間考え込むようにして黙ったベータが、突然、ナナリンを向いて声を放つ。

 それから症状が落ち着いた事も確認しつつ、アルファの支えから解放され、再び自らの力で立ったベータは、ナナリンへと腰を曲げて、


「さっきは、冷たい態度で、ごめんなさい……貴女も今までの人と同じだと思ってたから……」


「ふえ? 全然、気にしてないよ? むしろ気持ちよ……と、なんでもないなんでもないっ★」


 思わずボロが出そうになるナナリンが口を閉じるが、そもそも、先まであれ程、変態を披露した上で今更取り繕ったところでなんの効果もない。

 そう思ってか思わずしてか、綺麗に無視したベータは言葉の続きを、赤面して、恥ずかしそうに紡いで、


「あの、それで、もしよかったら、『ナナ姉』って呼んでもいい、かな……?」



 ――その数秒後、白目を剥いたナナリンが、そこには居た。

 そんなナナリンを前に、アルファとベータの兄妹は、ゆっくりと顔を見合わせてから息を揃えて、


「「し、死んでる……!?」」






死んでません。

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