三章後日・二 『ベートリー・アグラン』
――賑やかな城下町。
とは、有り触れた表現ではあるが、実に簡単に正確に、王都の活気を伝えられる言葉で。
レイリア王国軍一番隊の隊員である少年アルファは、盗賊だと名乗った少女ナナリンに、引っ張られるようにして、その城下町を進んでいた。
「楽しみだなぁ、アルファ君の妹ちゃん……ベータちゃん、だっけ? どんな可愛い子なのかなっ★」
「見た事ないのに、よくそんな期待できますね……それ、期待が外れた時が怖くないですか?」
居ても立ってもいられない、といった感じで、そわそわ、わくわく、とスキップをするナナリンの様子にに、アルファは疑問の表情を浮かべて。
彼女の態度は、まるで旅行前に遺産の写真でも見て、実物を見ることに、心を踊らせる人のそれだ。
しかし、彼女に妹の顔写真を見せたことは無い。
そもそも、写真というのは高度な魔法技術だ。そんな魔法を使える人物は知り合いには居らず、アルファは写真そのものを所持していない。
彼女も自分から初対面だと言っているように、ちらと、見たことも無いはずなのだが、この期待値はどういう訳なのだろうか。
「きゃはっ★ 大丈夫、大丈夫。アルファ君が思ってるのと、ちょっと違うから」
「……? それってどういう……って、そういえばナナリンさん僕を引っ張ってますけど、僕の家何処にあるか分かるんですか……?」
「全然っ★」
「ええ……」
何か含んだ言葉を聞いた気がするが、それよりもその現状だ。
アルファがナナリンを案内するのならば、それは分かるが、アルファと妹の住む家を知らないナナリンがアルファを引っ張って行く状況は明らかにおかしい。
案の定、家の位置を知らないらしいが、ナナリンは何故かどこか自慢げに、
「きゃはっ★ けど匂いがするんだよね、可愛い乙女の柔らかな、花のような、可憐な、にお、匂いが、ふへへ……」
「あの、言ってる途中で興奮して鼻血出すのやめて貰えませんかね!? しかも、言ってることも意味不明ですし。街の人からしたら、『兵士が不審者を捕まえた』っていう映像にしか見えませんよ……?」
「その点、私を不審者扱いする兵士が今回はアルファ君だから、他の兵士に捕まることも無さそうだし大丈夫だねっ★ アルファ君は見逃してくれるし」
「え、ちょっと待ってください、今、『今回は』って言いませんでした? え、もしかして、噂になってた『時折現れる少女の後を付ける変態少女』って、ナナリンさんの事だったんですか? え、友人とはいえ、やっぱりここで捕まえて置いた方がいいですかね?」
まさかのこの場面での、城下町に時折現れるという不審者がナナリンであるかもしれないという線の判明。
アルファの兵士という立場上、通常なら今にでも縄にかけているところなのだが。
「きゃはっ★ それ以上は『貴様は知り過ぎた』的な展開になって、アルファ君切り落とされちゃうから、ナナリンは止めておいた方がいいと思うなっ★」
「だから切り落とすって何をですか!? それに、切り落とすのってナナリンさんが、ですよねえ!? なんで他人事みたいに言ってるんですか……」
「……ここ右かな」
「話聞いてます!? って、え、こわ、道あってる……」
※※※※※
「――ということで、とうちゃーくっ★」
「嘘……ですよね……?」
騒ぎながら歩を進めること数分、とある民家の前で立ち止まったナナリンは、ここが目的地であることを高らかに宣言する。
そんな中、ナナリンの後ろについたアルファは、恐怖のあまり、青ざめ、震えていて。
有り得ない、こんなことは。
こんな人物が居るなんて――、
「――ここほんとに、僕の家、ですよ……? ナナリンさん、もしかして本当は住所知ってたんじゃ……」
「……? なんのこと?」
「僕、今、ナナリンさんのことがとても怖いです。まあまず、人間じゃあありませんよね? 逆に人間だなんて言われても信じませんけど」
「えぇぇ、ナナリンみたいな、か弱い女子を前にその言い草……ナナリンでも一応傷付くんだからね!?」
「僕は一生ものの傷を受けた気分ですけどね!」
取り敢えず、今日の夢、いや、一週間くらいは夢に出てきそうな位には恐ろしい。
『匂い』とか言って、ほぼ最短の道を通って、位置を知らないはずのアルファの家へと辿り着いたナナリンが、堪らなく。
兎にも角にも、友人が人間ではないことが発覚しつつも、ここは、間違いなく、目的地のアルファの家だ。
故に、玄関の扉を開ければ、ナナリンが待ちかねている、アルファの妹との対面ができる訳だが――、
「――アル兄?」
その玄関の扉は、ナナリンでも、アルファでもない人物によって開かれて。
扉に付けられたベルを鳴らしながら、開けられた玄関に、その扉を支えにして力なく立っている、細身の少女の姿。
ちょうどモノの見た目の年齢と同じくらいの歳の少女は、アルファと同じ、少しだけ跳ねた黒髪を伸ばしていて。
「ベータ!? 身体の調子は大丈夫なんですか!?」
「うん、今日は悪く、ないかな。ところで、そっちの……白目の人は?」
「そう、ですか。なら、良いんですけど。……で、白目の、人……?」
その薄い水色の軽い素材でできた服を一枚だけ纏った少女――ベートリー・アグランが深い緑色の視線だけで、示した方向。
つられてアルファが真横へと視線を向けると、そこには、ピクリとも動かなくなったナナリンが、白目を剥いて、立ち尽くしていて――、
「し、死んでる……!?」
死んでません。