三章後日・一 『デート』
モノとクリスタが、侵攻――『ラグナロク』について、頭を回していた同時刻。
九つある塔の内、一番隊が使用している通称、『一の塔』。
その一室で、無造作な黒髪の少年は、ベッドに横たわる蜜柑色の髪の少女に、物憂げな視線を向けていた。
窓からの陽の光に照らされた、いつものツインテールを解いた少女ナナリンは、一見、ただ眠っているだけのように見える。
が、身体を隠す布団を捲れば、その胸部には、酷く穿たれた痕が残っているに違いない。
流石に少年――アルフレッド・アグランには、傷の様子を確認する為に、同年代の女性の裸体を見るつもりも毛頭ないが。
――一昨日と昨日。この王都には季節外れの大雪が降った。
それも美しく、鮮やかな青色の雪。
異変が起きたのはその雪が降り始める直前だ。
突如として吹き荒れ、王都の全てを飲み込み、何もかもを凍てつかせた、絶対零度の風、それが事件の始まり。
大体、原因についてもモノとエリュテイアという、特殊な二人を知っているアルファには見当がついている。
なのだが、正直な話、アルファにとって問題があるのは、その『色』関連のものでは無い。
真に問題だったのは、運命の流れを詰めさせたのは、王都に現れた、恐ろしい存在の方で。
「『尋問者』……」
忌まわしい奴の名前だ。
許し難く、今にでも八つ裂きにしてしまいたい程、憎い奴の。
しかし、そんな力を自分が持っていないことを、アルファは誰よりも知っている。
――手も足も出なかった。
あれは最早、戦いなんてものでは無かった。
いや、そもそも、アルファには剣を振れないという欠点があり、本当の戦いなんて経験したことは無いが。
それでも、今までの物とは何もかもが違っていた。
「治癒魔法士が言うには、あと数日もすれば目覚めるようですが……恐らく傷は消えない。……せめて、僕がナナリンさんの傷を肩代わりすることが出来たなら」
どれほど良かったことか。
どうして、自分にだけ、こんな力が宿ってしまったのか。
自分なんかより、この力を有用的に使える人はごまんと居るのに。
どうして、自分に。
今だけは、目の前の少女にこの力の全てをくれてやりたい。
あまりにも心優しき、少女に――。
※※※※※
「――え、ちょっと待って!? アルファ君、妹居るの!!?」
アゼルダから王都へと呼び戻されて二日目。
どうやら、モノが朝っぱらから師匠――ライラと訓練をさせるしない、で城下町へと飛び出していったらしく、ナナリンは朝の『モノたんパワー』の補充とかいう謎行為の機会を逃したようである。
だからか、こうやって一緒に城内の食堂で、朝食を取っている時も、先程までずっと机に突っ伏してばかりいたのだが。
なにやら、今は、アルファが軽い弾みに口にした『妹』という単語に、異常な食いつきかたで、身を乗り出し目を輝かせている。
「ち、近い……って、あれ? 言ってなかったですか?」
「思いっきり初耳だよ!? きゃはっ★ そんな大事なこと、どうして隠してたのかなあ? アルファ君に妹が居るって知っても別にナナリン、変なことしないのに〜!」
「そういう発言が真っ先に出てくるあたりが信用ならないんですけどね……?」
「きゃはっ★ ……ところでさ、アルファ君家どこ? 妹ちゃんと同居? 違ったら妹ちゃんの家どこ? いや、別に知っても何も無いけどね?」
「真剣な顔で、変なことする気満々な発言ですよね!?」
割とこの少女は、常時ふざけ気味というか、モノ風に表現するのなら『はいてんしょん』とかいうやつに当たる。
だからか、アルファにも、ナナリンの真剣な表情を見る機会は、彼女がモノと会話している時以外は、あまり無かったのだが。
まさか、妹の単語を出すだけで、こう間近で見ることになるとは。
しかも、特段見れたからといって嬉しい訳でもない。
「……アルファ君も悪くはないし、これは妹ちゃんにも期待できますな、ふへへ」
「なんでもう既に、会う前提で話が進んでるのかはツッコむべきなんですかね? ……というより、ナナリンさんって兵士、嫌いでしたよね?」
「ぶっぶー、残念。正解は……心の底から大っ嫌い、でしたっ★」
「……よく僕、ここまで好感度上げれましたね」
「そうだよ? アルファ君結構、ナナリンの中で、普通は有り得ない立ち位置だから、もっと自分に自信もっていいよっ★」
などと言って、小悪魔の笑みをするナナリン。
元の美少女具合も相俟って、かなり破壊力のある所作だが、アルファはこの少女はこういうのを、何ら意識せずに連発するのを知っている。
いや、相手の反応を面白がろうという意識はあるか。
それはそうと、面と向かって『兵士が心の底から大嫌い』と言われると、アルファが複雑な気持ちになるのは確かで。
「うーん、兵士の友人が多い僕が、素直に喜んでいいのかどうかって感じですね……まあ、勿論、ナナリンさんと仲良くできてることは嬉しいですけどね」
「アルファ君…………」
「…………」
頬を掻きながら、少女の視線から逃げるようにそっぽを向くアルファ。
食堂のざわつきに紛れて、二人の間だけ沈黙が流れる。
それから暫くして――、
「……じゃあ、妹さんに会わせて?」
「ほんと欲に忠実ですね!? 柄にも無く恥ずかしいこと言って損しましたよ!!」
「柄にも無く……? きゃはっ★ いつだったか、馬車の中で初対面のナナリンとモノたんを前に、熱く夢を語った人が、何を言ってるのかなっ?」
「ぐっ、なんでそういう所は鋭いんですかね……」
常時ふざけているかと思いきや、こうして不意に鋭いところを突いてくる辺りが、ナナリンという少女の在り方をよく表している、とアルファは思う。
まあしかし、話が逸れてしまったが、
「じゃなくて! 兵士嫌い、いや心の底から大嫌いなんですよね? だとしたら、こんな王城とかいう兵士しかいないような場所にいてもいいんですか?」
「きゃは? いやいや、何言ってるの? ここには兵士アルファ君しかいないよ?」
「……はい?」
「え、だから。この王城、アルファ君しか兵士いないよね? うんいない、いないよ」
「まさかの、僕以外の兵士の存在消してる!!」
もしや、最初にアルファがナナリンに認識されたこと自体、凄いことなのではなかろうか。
ここまで来ると、狂気の沙汰である。そも、ナナリンという少女は狂気に染まっていたか、特にモノ関連で。
「え、へいし?? へ、いし? いないいないいな――」
「も、もう大丈夫ですから、一旦落ち着いてください! もどって、戻ってきて!」
「はっ!? なんか今一瞬だけ、居ないはずの兵士の幻覚が見えた気が……疲れてるのかなっ★」
どうやら、無意識の現象らしい。
なるほど、つまりはあれか。
あまりの兵士の多さに、防衛本能が働いてしまったのか。
「きゃはっ★ まあいいや、てことで今日はアルファ君の妹ちゃんに会いに行こうか!」
「なにが、『てことで』なのか分からないんですけど。……それに、あまり楽しくないかもしれませんし」
「楽しくないわけないじゃん、だってナナリンだよ?」
「凄い、とんでもない発言してるのに、謎の説得力が……いや別に無いですね」
「くそう、騙せなかったか! なら、こうするしかないねっ★」
何故今ので押し通せると思ったのか、甚だ疑問だ。
アルファにもアルファなりの渋る理由があるというのに――、
「――へ? ちょ、ちょっと待ってください、ナイフは! ナイフはダメですって、ここ! 周り! 皆兵士! 捕まりますよ!?」
「だから今二人っきりじゃんっ★ ほらほら〜、妹ちゃんに会わせないと、切り落としちゃうぞっ★」
「何を!? わかっ! 分かりましたから! ナイフしまって!!」
「よっしゃあ!! そうと決まれば早速向かおう!!!」
「この人、ほんととんでもねぇ!!」
このナナリンの騒がしい感じに、安心さを覚える自分がいる……。