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三章第40話 無機質な誰か




 レイリア王城の九つの塔と塔を結ぶ、円形の長い長い廊下。

 敷かれた柔らかな絨毯を、ポスポスという音を立て、純白の髪を揺らす少女――モノ・エリアスはゆっくりと進む。

 大きな窓から入り込む暖かな光に、外へと目を向ければ、そこには雲一つない澄んだ青の晴天が広がっていて。


「――嘘みたいな快晴だな……」

 

 ――一昨日と昨日。この王都には季節外れの大雪が降った。

 『青』色のそれが王都を包むと同時に、現れたのは無数の火竜と、氷の塔、『浄化の女神』と、超越者が二人。

 これ程の数の脅威に晒されながら、人的被害がさほど出なかったのは、奇跡、と表せられる。


 しかし、一晩で活気を取り戻しつつある事情を知らない王都の住民達とは違い、モノらの心には、しこりが残っていて。

 というのも、住民達の被害は少なかったものの、()()()()()()()()()()()()のように、身内の損害がかなり多かった。

 それに――、


『――ラグナロクは始まった! これより世界の支配者は、お前達ニンゲンではなく、我々だ!!』


「……ラグナロク――侵攻、か」


 クリスタの身体を媒介に、世界に降り立った『浄化の女神』。あれの発言がどうも気にかかってしょうがない。だから、


「こういうのは、『乗り移られた本人』に聞くのが、一番だ」


 そう言って、モノはふと、それまで継続して動かしていた足を、とある扉の前でピタリと止める。

 質素な木製の、それでいて何処か清潔感を漂わせるデザインをした扉をノックして、暫くの沈黙を確認。

 それから、その同じく木製の取っ手を掴んだモノは、少し息を吐きながら、扉を押し開いて。


「――よう、クリスタ」

 

「…………モノちゃん」


 寝具の隣に、小さい花瓶と小さな椅子の置かれただけの部屋。

 モノを迎え入れるのは、右腕と左脚の欠けた、水色の髪の少女の姿だった。



※※※



「体調は、どうだ?」


 背もたれの無い椅子に腰掛けたモノは、寝具に寝転がる包帯を巻いた少女――クリスタを見下ろして、聞く。


「うん。大丈夫、脚の痛みも治癒魔法で抑えられてるし、腕に関しては、不思議と何も。それに、犯した罪と比べれば、こんなこと……ね?」


「そうか」


 優しく微笑む彼女に、モノは素っ気なく返す。

 少し、いやかなり、ぎこちない会話だ。乗っ取られていたとはいえ、敵同士だったのだ、こればかりは仕方ない。

 

「そう言うモノちゃんは大丈夫? かなり無茶をしたんでしょ? ……って、その原因が言えたことじゃないけどね」


「はは……うん、私は問題ない。神が消えた時に、消し飛んだ腕は戻ってきたからな。他の傷も、大した事はないぜ、こう見えて身体の丈夫さには自信があるんだ……って、腕を持ってかれかけた奴が言えたことじゃないけどな」


「ふふふっ」


 可愛らしく舌を出した彼女に合わせて、モノも同じく舌を出す。

 そうして、少しずつ、ゆっくりと、会話の流れを作っていく。錆び付いた歯車に油を差すように、滑らかに、噛み合わせていく。

 こういう場面において、沈黙は猛毒だ。だから、出来るだけ、テンポよく言葉を繋いで――、


「ある程度の事情はアズラクから聞いたけど……なあ、少し聞いてもいいか?」


「うん、けれど、正直に言うと私、『神』の魅力に取り憑かれてから記憶が曖昧なの。だから、あまりモノちゃんが望むような答えは出せないかもだけれど……」


「覚えてる範囲、分かってる範囲でいい。聞かせてくれ」 


「わかったわ。何が聞きたいの?」


 薄い水色の瞳で、モノの瞳を覗き込むクリスタは、モノの次の言葉を待つ姿勢だ。

 モノもその視線を受け、「なら」と口を開き、


「『浄化の女神』が言ってた『ラグナロク』ってやつについてだ。侵攻、なんてあいつは口にしてたけど……」


「そのまま、侵攻、だね。そもそも、『神』が人間に加護を与え始めたのは、いつからか知ってる?」


「いいや全然」


 クリスタの言葉に、横に首を振るモノ。

 元々、モノは加護と神についての知識が、前世の生活様式の影響で、常人より欠けている。

 だからこその、『全然』という言葉だったのだが、どうやら、クリスタには少しズレた解釈をされたらしい。

 無知を驚かれるかと思いきや、彼女は真剣な表情で、頷いて、


「そうでしょう? 分からないの。歴史の本を開いても、突然『加護』が与えられて、突然その与えられた力で、人々は発展する。神とはそういう存在である、としか書かれていないの」


「つまり?」


「謎ばかりの存在だったっていうこと。何時から人の歴史に関与しているのか、何故『神』は人に加護を与えるのか、()()()()全く分からなかった」


 謎に包まれた、神が人間の文明に現れた時期と、それの目的。

 その二点が分からないまま、いつの間にやら、『神』とは『加護』を与える存在である、という認識だけが広まっていたという。

 何とも不気味な話だ。

 まあ、そんな感想はさておき。なにやら目の前で確信めいた表情をするクリスタを見て、彼女の言葉の続きを大人しく待つモノ。


 少しの静寂、クリスタは一度瞑目して、それから再び目を開き、


「……そう、今までは、ね。今回の事件で、後者の『神』が加護を与える理由、については分かってきた」


「加護を与える、理由……。あいつは、どうしてかこの世界に執着してたな……」


 呟いて、思い浮かべるのは、クリスタに取り憑いた『浄化の女神』が見せた、この世界への異様な欲求。

 人間には勿体ない、やら、世界の支配者は我々だ、等と、好き勝手に言ってくれたものだ。


「そう、『神』はどうしてかこの世界自体を手に入れようとしている。加えて恐らく、『神』は何かを媒介にしないと、この世界にやって来れない」


「なるほどな、要するに、『加護』を与えるのは、そもそもそいつの身体を乗っ取って、現界する為だったってことか……となると、フォル、あいつも……?」


 ふと、モノは、夢の中で邂逅した、フォルという名の自称『神』が、「『神』が力を与えるのは甘い話だけでは無い」と言っていた事を思い出す。

 とか言いながら、モノに加護を与えてくるという、暴挙もついでに思い出したが、やはり『あれ』は巫山戯ている。

 今のところフォルから与えられた『加護』の効果は、実感していないが、身体を乗っ取る為だとしたのなら、モノも『神』関連の話は他人事じゃなくなる訳で。


「あいつ……? よく分からないけど、それで、今、世界中で加護者が急増してるのは知ってるよね?」


「確か、フィロがそんな事言ってたな……てことは……」


「『神々が次々に降臨する』……これが侵攻――『ラグナロク』ということで間違いないと思う」


 考えただけでもゾッとする話だ。『浄化の女神』だけでも、これだけの事件が起きたというのに、同等の存在が、どんどんとこの世界にやってくるなど。


「何が防ぐ手は無いのか? 加護者にさせない、とか加護を外させる、みたいな」


 クリスタに聞いてみるが、これが望み薄なのはモノの実体験からも言える話で。

 特に後者、そもそも加護を外す事が可能ならば、あの自称『神』の変態と、モノは直ぐにでも繋がりを断っている。

 そして、次にクリスタの口から出る言葉は、やはり、モノの考えている通りの答えで。


「無理だと思う。『加護』は基本、『神』側から勝手に選定して、一方的、強制的に与えてくるものだから。仕組みが分かれば、或いは……って感じだけどね」


「となると、世界中の加護者が危険な存在になるんだが……超越者の凄さがよく分かるなこりゃ。……よっと」


 ライラや、『支配者』、『尋問者』などの『超越者』と呼ばれる存在の凄さを再確認したところで、モノは徐ろに、椅子から立ち上がる。


「まあいいや、取り敢えず『ラグナロク』の話はティアに相談してみるか……」


「あれ、もういいの? もう少しガツガツ質問来るかと思ったけど」


 質問攻めにされると思っていたらしく、もう部屋を出ようとするモノの姿に、不思議そうな顔をするクリスタ。

 が、そもそもモノは、『ラグナロク』について以外、改めて質問しようとは最初から思っていなくて。


「最初に少しだけって言ったし、記憶曖昧だって聞いたし、加えてあんまし長いこと話し続けてると身体に障りそうだしな。今日はこのくらいにしとく。また聞きたいことがあったらその都度、聞きに来るよ」


「…………」


「んじゃま、お暇しますかね」


 つらつらと理由を並べ、そそくさと立ち去ろうとするモノ。

 世界各地で、神が侵攻してくるというのなら、モノにもやるべき事が沢山ある。だからまずは、ティアと話し合って対策を練らなければ。


 次の行動指針を己の内で決めながら、扉の取っ手へと手をかけるモノ。

 すると背中に、慌てた声が投げかけられて、


「あ、ちょっと待って!」


「――――」


 その声に振り返ると、寝具の上で上体を起こし、ぺこりと頭を下げるクリスタの姿。


「――アズラクと私を助けてくれて、ありがとう。王都を守ってくれて、ありがとう」


「おうよ。どういたしまして、結構、いや滅茶苦茶大変だったな、お互いに」


「うん――それで、ここからは忠告」


「ん……?」


 忠告、と、柔らかな声色から、一転、硬い声で呟いて、モノを真っ直ぐに見詰めるクリスタ。

 モノは、取っ手を握った手を離し、聞く姿勢を取る。

 そんなモノの態度を確認してから、クリスタは言葉を発して、


「今回の事件で、アズラクは『青』の色に呑まれて、自分の意志では身体が動かなくなった。それは、『色』の力が強力過ぎるが故の、()()()だと思うの」


「ああ、うん。そうだな、多分、エリュテイアが仏頂面がデフォルト気味なのも、『赤』の副作用のせいだと思ってる」


 『色』の力の行使にはデメリットがある――とは、今回のアズラクと普段のエリュテイアを見ていればわかることだ。

 だがしかし、深く考えないモノの肯定に、クリスタは何処か歯痒そうで。


「それも、そうなんだけど、そうじゃなくて」


「つまり、どういうことだよ?」


 首を傾げたモノ。それを見たクリスタは、深く息を吐いてから、決心した顔を浮かべる。


「――モノちゃんの『白』も、恐らく例外じゃないってこと。力を使えば使うほど、何か副作用が出てくる可能性は高くなる、はずで……」


「あー、うん、そっか」


「うん、だから……って、へ? それだけ? え、もっとほら、驚いたりとか、不安になったりとか、怖くなったりとか……しないの?」


「…………」


 戸惑う彼女に、モノは沈黙。

 つられてか、クリスタも言葉を紡げない。

 長い長い、静寂だ。聞こえるのは、外を鳥の群れが羽ばたいた音と、二人の息遣いのみ。

 なにも、クリスタの言葉が図星だった、とかそういう話でもなく。

 モノはただただ、迷っていた、考えていた。

 だって、モノには分からない。自然と無意識の内に、湧き上がってくるはずのそれが、分からない。

 無意識のものを、意識的に感じるというのは中々に難易度の高いものだったのだ。

 

 だから、モノは精一杯に黙り込んだ後――。


「……………………ごめん、間違えた」


「――――ぇ?」



 ――どうやら今のは『不正解』だったらしい。


「今の、驚いたり、怖がったりするのが正解だったのか……()()()()()()()()()


 そう言うモノの顔に表情は無い。

 なるほどこれでは、いつだったか、ローズ・リリベルが口にした『無機質な人形』という表現も頷ける。

 でも――、


「――モノ、ちゃん……もしかして、もう……」


「そんな大袈裟なことじゃないぞ? 別に感情を失ったとかそういう訳じゃないし、ただ、なんだろ薄まった……みたいな?」


「それは、将来的に失ったのと変わら――」


「――いいんだ」


「……!!」


 ――だからどうしたって言うんだろうか。

 どれだけモノの魂を『白』が蝕もうと、どれだけ感情というものが薄まっていって、理解できなくなっていったとしても。

 モノがやるべき事、やりたい事は変わらない。


「いいんだよ。……この力で助けられる奴がいるんだ。その為なら私は『色』の力を、遠慮なく使う」


「モノちゃん……」


「本格に、一旦ここで話は終わりだ。んじゃ、また見舞いに来るよ」


「…………うん、わかった」


 ――そう、全ては――、




「けど、これだけは言わせて」


「――――」


「私に『聖遺物』を渡して、今回の事を色々と画策した男がいる。それで、その……今のモノちゃんは……」


 


「――――その男と、似た眼をしているわ」



 ――全ては、己の『正義』の為に。



 濃い〜、な回です。

 詰め込みすぎて、更新遅れました、すみません。


 アルファやナナリンのことも、ちゃんと触れるから待っててね!

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