三章第38話 喪失の差異
体調不良で、長らくお待たせしてしまい申し訳ありません!!
今日からまた更新ペース戻していきます!!
王都の北。
白い雪に覆われたそこに、蹲り、痙攣を繰り返す同じく白の少女の姿。
「モノ! あなた、腕が……!! いいえ。よくも友を傷つけてくれたな、お前!!」
大量の血を流したモノの姿を見た、エリュテイアから悲痛な声が漏れた。
しかし、どれだけ本人が絶叫を上げようと、周りが嘆こうと、失われた物が戻ってくる訳では無い。それに、クリスタへの警戒を疎かにするほど、エリュテイアにも余裕は無い。
一瞬でも気を緩めれば、モノを助けるどころか、全滅してしまう。
故に、エリュテイアは直ぐに思考を転換。
鋭い怒気と殺意を、原因の水色の髪を揺らす少女へとぶつける。
「なるほど、『赤』そのものの、激しい怒りだ。……が、そうやって吠えるだけでは、何も状況は変わらないぞ? さっさとかかってくるがよい」
「言われ、なくても!! システム・アンロック――『血争』! 死ねッ!!」
内から湧き上がる情動に任せて、自らの細く白い腕を掻っ切ったエリュテイア。
飛び出した真っ赤な鮮血は、彼女の意思で、地面に堕ちることなく、ドクドクと脈動しながら浮かび上がる。
ゴシックドレスの裾を持ち上げ、乱暴に片足を前へ。地面を砕くと同時に、槍となった血液が、『神』へと勢いよく射出された。
「自身に流れる血を武器に、か。面白い戦闘方法をする。だが、そんなちゃちな『色素』では――『キエサレ』」
『キエサレ』。そう彼女が口にする度に、彼女が世界からズレていくような錯覚。
どれ程巨大で、どれ程異質な存在が、クリスタの中に入っているのか、その事実が容赦なく叩きつけてくる。
クリスタが突き出すのは、既に朽ち落ちた右の手ではなく、まだ残っている左手の人差し指。
その指先が一瞬、キラリと明滅を見せた。
かと思えば、次の瞬きの間には、エリュテイアが打ち出した三本の槍を、正確に順番に飲み込んでいく三本の煌光。
消滅の光。光の後には何も残らない。
「ちっ……!」
攻撃をいとも簡単に防がれたエリュテイアは、苛立ちを隠せないまや舌を鳴らした。
あくまで余裕の表情で、人には不可能な芸当を披露するクリスタに、『神』というものの在り方を再確認させられる。
加えて――、
「まだ終わりではないぞ、『キエ――」
「させません! 『冷却』!」
休む間もなく、今度はエリュテイア自体にその指先を向けるクリスタ。
が、指先が光るよりも早く、危険を察知したアズラクは二人の間へと割り込み、減速フィールドを展開する。
そこへ、予測通り撃ち込まれるのは一直線の閃光。
元のクリスタを取り戻すため、モノの望みを叶えるため、二重の忠誠を、『青』へと込め、堪える。
「エリュテイア様、今のうちに姫を!」
「ええ!」
減速フィールドにて光を受け止め、後ろのエリュテイアへと指示を飛ばすアズラク。
後方でエリュテイアが頷くのを確認して、目の前の光へと全神経を集中する。
「この程度、先の姫の速度に比べれば……!」
脳裏に浮かぶのは、ついさっきまで敵対していた、今は護るべき大事な存在であり、視界の片隅で血を流す『白』の少女。
先の戦闘でアズラクの減速フィールドを、小細工無しで真っ向から打ち破った彼女の、あの常識離れも甚だしい速度と比較すれば、『神』が放つ光の攻撃は、亀のそれだ。
現に、減速フィールドへと衝突した煌光は、その進攻を停滞へと変化。時が止まったかのように、宙に張り付いて動かない。
しかし、これは触れた物を全て消滅させるような力だ。故に、氷剣で弾き返す等といったことは、初回にやってみせたように、不可能であり、このままではやられもしないが、やれもしない。
だが、それでいい。
今は、エリュテイアがモノへと駆け寄る為の時間を稼ぐのだ。
「モノ!!」
「ぐうっ……!」
その時間稼ぎが功を成し、蹲るモノの元へと駆け寄ることの出来たエリュテイア。
彼女の目に映るモノの姿は、それはそれは無惨なもので。
何よりも、白雪を染め上げる血の量が良くない。
『吸血鬼』という種族の特性上、エリュテイアは生物の血から受け取れる情報量が、人間より遥かに多い。
そんなエリュテイアが見るに、モノの中を巡る血液の量は、最早、致死量ギリギリだ。
痙攣を繰り返していた先とは違い、ぐったりとした様子の少女の、元々白かった肌は、激減した血量と、雪の冷たさによって、不健康そうな青白い色へと変貌を遂げていて。
「えりゅ、ていあ……?」
「モノ、しっかり! 止血はするから、あなたは寒さに意識を持ってかれないように気を張りなさい!」
「ぁ……う……?」
「絶対に死なせないわ! 親友だもの、絶対に! ――――」
※※※
――意識は朦朧としていて、今にも混濁に支配されそうだ。
モノは暗い闇の中へと意識が飲まれそうになる度に、親しい誰かの優しさの篭もった声が引っ張ってくれる、そんな感覚を抱いていた。
薄暗くぼやける視界の中、『赤』の影が鮮やかに輝く。
既に、左肩に痛みは無い。閃光に刈り取られ、失われた左腕。直後は、凄まじい痛覚がモノを襲った。
ドクドクと命が零れるのと比例して大きくなっていったその鋭痛。しかし、ある地点でピークを迎えたそれは綺麗さっぱり無くなった。
恐らく、あまりの痛みに、モノ脳が、心の崩壊を防ぐ為にそれを『シャットアウト』したのだろう。
人の身体にはそのような仕組みがあるというのを、モノは昔に本で読んだことがある。
まあ、当時はまさか、それを自分の身体で体験するとは思いもしなかったが。
浮き沈みを繰り返す意識の中、そんな現実逃避じみた思考をしていると、突如、モノは左肩に謎の圧迫感を覚える。
その感触に再び引き上げられる意識。見れば、左肩が黒い布のような物で縛られていた。
隣に視線を移せば、ゴシックドレスの裾を派手に破ったエリュテイアの姿。
彼女はモノの残っている右腕を首に回して、モノの身体を背負おうとしていて。
「応急処置よ、これで少しは出血を抑えられるはず」
呟いたエリュテイアのドレスが破れている箇所は何も、裾だけでは無い。
「えりゅていあ……おま……!?」
――彼女の横腹の辺り。
破けたドレスの中から見えるのは、赤黒く抉れた血肉で。
モノは、その痛々しい光景に、自分の状態を棚に上げ、戦慄を覚える。
「――して、やられたわ。でも、心配しなくても大丈夫よ。私は『吸血鬼』だから、自分の血は自分で止められるわ」
と、彼女は言うが、今もエリュテイアの横腹には激痛が走っているに違いない。
やはり強い少女だ、と驚きを隠せないモノ。それ自分が酷く喚いたのが恥ずかしくなる位で。
――強さは伝播する。
彼女の気丈さを見ていると、どうしてかモノの精神も落ち着いていく。
アゼルダの時と同じだ。まったく、彼女の強い姿には助けられてばっかりである。
「誰が、同時に光を放てないと言ったんだ? 今のうちだ、などと……甘いにも程があるぞ『最終兵器』」
そうやって、無表情で淡々と述べる様は、やはり人間の在り方ではない。
普通の人間ならば、『片腕を失った状態』で平然としていることは出来ない。
他でもないモノがそうだからだ。自分が現在進行形で体験しているからこそ、『神』の異常性が理解出来る。
「……しかし、そろそろ幕切れか。早いな、もう少し保つと思っていたのだが……いや、これでも長い方か」
キリがあんまり良くないですが、リハビリ回ということで許して下さい。
これからもどんどん書きます!