三章第36話 言いたい放題
「いひひひっ! ほら、こんなにも満たされル。強大な存在であればある程、『支配』したくなル! もっと怒っていいヨ! もっともっと、アタシだけを見ロ!!」
「質問に答えろ、人格破綻者! 何故、我が同胞に手を出した!!」
恍惚とした少女――『支配者』シルマ、狂気の塊。
口振りからするに、ハーフとはいえ、我を失った竜と強い繋がりがあるライラ。彼女は牙を鳴らし、恍惚に染まるシルマへと、問いを放った。
その問いに、シルマは何一つ動じた様子もなく、心底不思議そうに首を傾げて、ブロンドの髪を揺らす。
「……? だから言ってるじゃん、君を驚かせたかっただけだヨ? それに、人格破綻者とか君が言うなって感じだシ。昔のキミ、相当だったヨ? まあいいや、ドッキリ大成功! あーあ、反応も見れたし満足したから、もうアタシ、帰るネ。バイバーイ!」
「な……!?」
「――待て。お主、王都に近付いてはならないという条約を破った挙句、無事に帰れるとでも思っているのだ?」
理由を淡々と述べて、そそくさと満足な顔で去ろうとするシルマを、ティアが呼び止める。
その傍ら、エリュテイアは『支配者』の精神性のネジが、如何に外れきっているのかを実感していた。
――理由を聞いても、一向に理由が解ることが無い。
ライラを驚かせる為、とシルマは言ったが、たかがそれだけの理由で、あの数の竜の理性を奪う奇行。
ああ、間違いない。一ミリのズレなく、理不尽、自己中心思考の権化である。
ティアから発せられた、その小さな身体からは考えられないレベルの威圧。それに、既に背を向けていたシルマは、立ち止まって、こちらを振り返って――、
「……でもでも、アタシ帰さないと、不味いんじゃなイ? 『尋問者』が、来てるからネ! 驚いタ? 驚いたよネ!?」
「ぐっ……やはり、もう来ていたのか『尋問者』の奴め」
「あれー、あんまり驚かなイ。これはハズレ! ……非常に不服! 不快! 支配したいしたいしたいしたイ! お前らの感情全部、アタシで塗り替えて、他に何も考えないようにしたイッ!!」
『尋問者』という単語を、わざとらしく反応を試すようなニュアンスで口にした『支配者』。
しかし、その後、ティアが自分が望んでいた反応をしなかったからだろうか、シルマは口をへの字に曲げて。
絶叫を上げながら、ビクンビクンと跳ねる様の、なんと――、
「――気持ち悪いわね、あなた……ところで、ティア、『尋問者』っていうのは……」
「うむ、『尋問者』も『超越者』の一人、なのだ。それに、飛び切り厄介で、異常性の高い存在なのだ」
「はいはいはイ! いひひ、何も知らない『赤』のお嬢さんに『尋問者』の、ある特徴を教えてあげるネ!」
「別に、あなたには頼んでいないのだけれど……」
ティアに聞いた筈の問いに、正解がわかった子供のような態度で、挙手して割り込み、歯を見せるシルマ。
そんな狂気の裏に度々見え隠れする無邪気さが、より一層、少女の振る舞いの気色悪さを助長させている。
当の本人のシルマは、エリュテイアの露骨に嫌がる表情に目もくれず、嬉々とした顔つきで続けて、
「『尋問者』は『神』が大嫌いなワケ。加護者を見かけたら見境無く、殺しちゃうんだよネ。加えて、『神』を超えた『超越者』達の事はもっと嫌イ。さらにさらに、『超越者』が同じ場所に二人以上存在していると、加護の力がぶつかり合って、特殊な波長が放出されちゃうんだよネ」
一方的に、早口で宣う少女。少女を象る人格はさて置き、その話の内容は、エリュテイアにとって確かに興味深いもので。
『尋問者』の方もそうだが、特に、『超越者』が二人以上集まると、特殊な波長が発生するなどということは、今までに聞いたことがない話だ。
出任せを言っている可能性もあったが、ティアとライラが訂正しない辺り、事実なのだろう。
「『尋問者』はその波長に敏感! いひひ、この場所には『アタシ』と『破壊竜』、二人の『超越者』が揃っちゃっタ! もう、分かるよネ?」
人の神経を逆撫でするような、嗜逆の笑みを浮かべたシルマ。
エリュテイアは、はっと、何かに気付いた様子で、口に手を当てながら、唖然する。
「――二人以上の『超越者』が集まったから、つられて、その『尋問者』とやらが、王都に現れる……!?」
「その通リ! 驚いタ? 驚いたよネ!? 『白』の方も、『緑』の方もそうだったけど、『色』の人形達はいい反応をするよネ! 実にアタシ好みのサ!!」
エリュテイアの反応が余程シルマにとって良かったのか、少女は身をくねらせて熱い吐息を漏らしながら、狂乱する。
しかし、それも束の間、直ぐに落ち着きを取り戻したシルマは、ティアに顔だけを向けなおして、
「だからサ。アタシを見逃さないと、状況は悪化するばかリ……とは言っても、アタシが帰ったところで『尋問者』が大人しく帰るかどうかは別だけどネ!」
「…………」
「今の王都には二人の『超越者候補』が居るよネ? その二人が『尋問者』に見つかったら、大変大変!! 現にさっき、片方の『候補者』が遭遇してたみたいだしね」
「は――」
またエリュテイアには聞き覚えのないワードが少女の口から飛び出る。
が、今度のシルマの言葉は、ライラに刺さったらしい。今までの彼女からは想像も出来ないほど、間の抜けた声が響いて。
「おい貴様、それは聞き捨てならないぞ!? その『候補者』というのはまさか――」
「あー、うん、確か――黒髪の子だったかナ?」
「――ッ!! ティア!!」
――尋常ではない取り乱しようだった。
ライラの悲痛な叫び、縋るような声で呼ばれたティアは、小さく頷く。
「分かっているのだ。幾ら彼奴が丈夫とはいえ、相手が悪すぎるのだ、放っておけば死ぬのは確実……行くのだ、ライラよ」
「すまない! ……無事でいてくれ、アルファ!!」
「え、ちょ、どういうこと……? アルファが、どうしたのかしら?」
ティアの許可を得て、あれ程怒りをぶつけていたシルマを無視して、一目散に王城の外へと駆けていくライラ。
突然のライラの離脱という急展開に、エリュテイアはさっぱり、着いていけてない。
そもそも、どうしてここでアルファの名前が出てくるのか。
だがしかし、そんなエリュテイアの大量の疑問を置き去りに、再びあの、奇妙な笑い声が鳴り響いて、
「――いひひひひ! いひひ、いひひひひっ!! まさかまさかまさかまさカ! あの無慈悲だった『破壊竜』があんなに驚くなんテ!! 今日はとってもいい日だナ!! あ、それと、『赤』のお嬢さんにも、耳寄り情報だヨ!!」
「私に……?」
「君の大切なお友達が氷の塔に居るけど、『白』と『青』だけじゃ戦力不足かもネ! 相手は、なんてったって、『神』だからサ!! 君も早く向かった方が良いと思うヨ! じゃないと……」
「――――」
「――お友達、死んじゃっても知らないヨ?」
あれですね、色々となんか難しい事を言っていますが、『支配者』=気持ち悪い奴、というイメージを持ってもらえさえすれば、充分かと思います。