三章第25話 『NOISE』
『浄水場』からの脱出に成功したモノは、レイリア城に帰る為、夕暮れの城下町の大通りを一直線に進んでいた。
脱出に成功した、といっても決して能動的にではなく、結局、突発的テレポーテーションを待つだけという受動的なものだったが。
どんな方法で浄水場から出ようとしても、直ぐに戻されてしまう回帰現象による疲れからか、げんなりとした足取り。
その途中、モノはふと人波の中に見知った人影を見た気がして――、
「うん……? あれは……」
「あ!!」
見知った人影の数は二つ。
その片方、蜜柑色の短いツインテールを揺らした少女が、モノの存在に気づき、声を上げる。
「モノたんだ! あぁぁ……いつ見てもかっわいいなぁ……! きゃはっ★ 今日は朝のモノたんパワー補充が出来なかったから、今のうちに堪能しなければっ……!!」
「ナ、ナナリン、お前はアズラクと違って全くブレないなあ……!?」
「アズラク……とは、また脈絡のない単語が出ましたね、モノさん。その人、『浄化の女神』様の護衛の方ではなかったですか?」
息を荒らげながら距離を詰め、抱きついてくるナナリンを慣れた様子で押し返すモノ。
そんな中、モノが口にした『アズラク』という人物名に反応するのは、ナナリンの隣にいた、黒髪の少年で。
「よっ、アルファ。ああ、そいつで間違いない。とはいえ、あまり気にすんなよ、ちょっとばかし命を賭けた隠れんぼと鬼ごっこをだな……」
「気になる要素しかない!!」
「ほんっとうに、モノたんって少し目を離すと何か事件に巻き込まれてるよねっ★」
「そんな褒めんなよ、照れる」
「きゃはっ★ モノたん、これに関しては全然褒めてないよっ★ あぁぁ……でも、照れるモノたんの破壊力高すぎぃ……」
納得いかない様子のアルファを横目に、モノはわざとらしく顔の半分を手で隠しながら、上目遣い。
その視線が案の定クリティカルヒットして、惚けるナナリン。
それから、思った通りのナナリンの反応にしたり顔のモノは、気を取り直して問う。
「ところで、二人は今日何してたんだ?」
「うーん、なんだろ? …………デート?」
「ぶふっ!? な、ななな、なに言い出すんですかナナリンさん!?」
頬に人差し指を付けて小首を傾げる、なかなかに小悪魔じみた態度のナナリンに、アルファは盛大に噴き出し、顔を真っ赤にする。
アルファの大袈裟な反応に、腹を抱えて笑うナナリンは、涙を指先で拭いながら、
「きゃははっ★ じょーだん冗談! 実を言うと、アルファ君の妹に会わせてもらってたんだっ★ 今は、その帰りだよん!」
「アルファお前、妹いたのかよ?」
「あれ? モノさんにも言ってなかったでしたっけ? 別に隠していた訳では無かったんですけど、僕には丁度、モノさんと同じくらいの妹が居てですね」
割と衝撃といえば衝撃の内容だ。
今までにアルファに妹がいるという話は聞いたことが無いし、そんな素振りも無かった。
とはいえ、この話を聞いて、モノは二人の今日の行動の流れを大まかに理解した。
つまりは――、
「初耳な気がするけど……何となく分かった気がする。おおよそ、妹が居るって聞いたナナリンが会わせろって五月蝿かった『パターン』と見た」
「すごい、正解ですよモノさん。一字一句違わないです!」
「モノたんが、ナナリンの行動原理を理解しているっ……!? まさかモノたんも、ナナリンのことが好き……!? 結婚しよ!?」
「だろ? 私ってば可愛いうえに、天才かもしれない」
「きゃはっ、無視かー★ でも、そんなつれないモノたんも好き!!」
「お前、少しはめげろよ……」
どんなに冷たくしても、『そんなモノたんも好き』やら『可愛い』やらで済ませてしまうナナリン。
もはや、何をしてもその理由で許されてしまいそうで恐ろしい。
まあ、何はともあれモノの予想は的中。
妹が居ると知った直後のナナリンの、喧しさは容易に想像出来るところだ。
「それにしても……ベータちゃん可愛かったなぁ……あ! 勿論、アルファ君もね!」
「ちょっと、揶揄わないでくださいよ……」
「だいじょーぶ大丈夫! アルファ君はすっごい頑張ってると思うよ? ナナリン、応援してるからねっ★」
「……? お前ら、なんか一段と仲良さげだな?」
うりうり、とアルファの頬をつつくナナリンを見て、モノは少し驚いた表情を浮かべる。
アゼルダで出会ったばかりの頃、後々特異点となるあの時だが、ナナリンはアルファに対して、あからさまにキツく当たっていた。
その理由が、過去に兵士絡みで何かがあったらしく、『兵士が嫌い』だから、とはナナリン本人の口から語られたものだ。
しかし、アゼルダでの一件以降、アルファが街を守るため瀕死になった姿を見て、ナナリンはそれまでの態度を謝り、友好関係を築いてきた。
だが、今の二人は、モノには昨日までのそれよりも仲が深まっているように見えて。
「きゃはっ★ アルファ君の妹想いなところ、見ちゃったからなあ……★」
「も、もういいですよね、この話! さ、さあ、帰りましょうか! うん、そうしよう!!」
「すっげえ気になる動揺の仕方するじゃん……聞かせろよ。さもなくば…………特に何も無いや」
「ならばよし、です! 僕の後についてきてくださいね!!」
「なーんか、納得いかないけど……まあいいや。あ、ちょっと待って、エリュテイアの為に果物買っていきたい」
「じゃあ、寄っていきましょう!」
心底、モノに知られたくないようで、不自然さマックスの言動で、無理矢理、話を切り上げようとするアルファ。
怪訝な表情をしながらも、誰にでも聞かれたくない秘密はあるか、と乗ってあげることにしたモノは、エリュテイアに果実を買って帰る為に、露店に寄ることを提案。
アルファは快くそれを承諾して、一行は露店へ。
そのまま三人は、仲睦まじく、わいわいと楽しい帰路について――。
※※※※※※
――プツン。ザー、ザー、ザザザ。
切り替わる場面、モノの鼓膜を震わすのは雑音だ。
視界には白黒の砂嵐。
この、『ノイズ』には見覚え、聞き覚えがある。
前世の終わり、妹に毒を盛られ、死の淵へと追いやられた時の感覚に似ている。
朦朧とする意識の中、映像が浮かんでは消え、浮かんでは消え――走馬灯だ。
だが、今回は別に、モノは命を落とした訳ではない。
確かに、瀬戸際まで来ているのは間違いないが、踏ん張れている。
――なんだ、この映像、いや、記憶は。
白銀の絨毯の冷たさに、自らが流した温かな血液が混ざり込んでいくのを感じながら。
モノは、次々に脳を焦がすそれに、疑問を抱いていて。
――知らない記憶だ。でも、知っている。
自称神との夢の中での対談を終え、目覚めてからというもの、モノの頭から消し飛んだ二日間分の記憶。
そのうちの、一日分を見たモノは、言葉にしにくい感慨を味わった。
不思議な気分だ。
初めて知った筈の出来事が、こうも今ではなく過去、過ぎ去った物として、染みていくというのは。
――だけど、まだだ。
しかも、まだ今はその途中だ。
まだ、半分しか見ていない。
その半分では、確かにアズラクと会っていたし、『浄水場』に閉じ込められるという奇っ怪な現象に襲われてもいた。
けど、それでは足りない。
直前にアズラクが流した、あの涙の理由には、届かない。
――もっと、もっと、深くへ。
そう凍りついた物が、ゆっくりと溶けるように。
再び、モノの視界に鮮やかな、『色』が満ちていく――。