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三章第24話 突発の意図




「――アズラクが『色』を使ってまで、私をどうにかしようとしたのは……多分、クリスタのせい、だよな……?」


 三度目のスタート地点。

 モノは誰も居ないことを確認して、思考する。

 気になるのは、友好的では無かったとはいえ、決してモノに危害を加えなかったアズラクが、どうして急にモノを襲ったのか。

 その問いに対する答えは、凡そ、その主人であるクリスタが握っていると思われる。


 思い出すのは、堂々とした耳打ち。

 モノの目の前だというのにも関わらず、行われた内緒話は、今となってはモノを始末する事への自信の表れだったわけだ。

 死人に口なし。

 所詮、モノの見た目はか弱い少女。

 もし、内緒話の内容が聞こえてしまったとしても、アズラクからは逃げられない、と確信していたのだろう。


「でも、どうして急に……? なーんて、絶対あの『箱』を見たせいだよな」


 クリスタが必死に隠そうとしていた人一人が入れそうなサイズの蒼白い『箱』。

 初回と二回目の、モノの条件の変化といえば、それを見たことくらいだ。

 勿論、二回も急に現れた故に、怪しさのレベルが増して、排除に踏み切った線もあるが、それは一度目のクリスタの友好度からは考えにくい。


「『箱』ももう流石にこの部屋には無いか。……アズラクは私を発見したら何をしてくるかわかんねえし、くそ、これめちゃくちゃに厄介だぞ」


 一番の問題は、この『浄水場』から出られない可能性が高いということ。

 『浄水場』の出口が、この部屋の今、モノが立っている位置に繋がっているような形での『突発的テレポーテーション』。

 

「『テレポーテーション』……今までで一番悪意が有るというか……何かの掌の上で転がされてる感じが半端ない。私に『ここ』で一体何をさせたいんだ……?」


 一見、何の意図もなくモノを別の場所に飛ばしているように見える『突発的テレポーテーション』。

 しかし、これまでのことを振り返ると――、


「アゼルダの時、『突発的テレポーテーション』が無かったら確実に状況が詰んでた。それに『桃』……ローズの時も、あんなピンポイントで『最終兵器』の所に飛ばされた。何か、絶対に何か意味がある筈だ、今回も」


 出来れば起きて欲しくない異常現象ではあるが、同時に、あの時、この異常現象が起きなかったら今、モノはそもそも生きてすらいないだろう。

 モノを苦しめるようで、結果的に状況がいい方向へと転換する要因もまたこの『突発的テレポーテーション』なのだ。

 最悪で、最高のタイミング。

 だから、今回のこんな変な『突発的テレポーテーション』にも、必ず何か意味がある筈なのだ。


「何だろう、この世界に突き放されているように見えて、結局、愛されている感じ……ツンデレかよ」

 

 随分と可愛げの無いツンデレだ。

 いや、むしろ、可愛い子ほど旅させろ的な親の精神なのだろうか。


 兎にも角にも、この怪奇現象ならぬ回帰現象の打破の為に一先ずなにか行動を起こすべきなのは間違いない。

 となれば――、


「――まずは、本当に出られないのか検証だな」




※※※※※※※※※※




「……だめだ、かんっぜんに閉じ込められてる」


 スタート地点。

 モノは四隅に滝の流れる部屋の円形の床に、疲れた表情でへたり込む。

 何時間が経っただろうか、モノの見た目も最初の頃に比べて、ボロっと汚れていて。


「別の出口も駄目で、窓からも駄目で、壁壊しても駄目……」


「――はぁ……はぁ……モノ・エリアス、お前、一体なんなんだよ……!」


「よう、アズラク。また会ったな」


「また、どころじゃ、無いですよ。何十回、消えて、現れてを繰り返すつもりだ……!」


「いや、だってお前の減速能力、やばいし。『突発的テレポーテーション』を利用して緊急回避は、我ながらなかなか賢いやり方だよな」


 何十回という『リセット』を経て、勿論、その途中、同じ数くらい、『青』の『最終兵器』であるアズラクとも遭遇した。

 最初はアズラクの能力に為す術も無かったが、逃げて、遭遇、逃げて、遭遇を繰り返す内に、この減速能力には範囲制限が有ることが発覚。

 接近戦型であるモノがまともにやり合ったら勝ち目が無さそうなので、モノは逃げに徹した訳だが、そこで思いついたのが、『突発的テレポーテーション』を利用した回避である。


「とにかく逃げて、アズラクが近づいてきたら、直ぐに出口を通って、スタート地点に戻る……埒が明かないのはお互いに同じだけどな。それに今回はじっとし過ぎた」


「好き勝手に暴れやがってクソガキが。浄水場がボコボコだ」


「いや、それ殆どお前の攻撃だけどな? そんなことより、お前もなかなか執念深いよな……あ、もしかして、私の可愛さに惚れてストーカーか?」


「俺の心は既にクリスタ様に預けていますから、お前のようなクソガキに欲情することは無い」


「えぇぇ……そんなこと言わずにぃ……私の可愛さに免じて許して欲しいなぁ……」


「気色悪い、失せろ」


 モノの上目遣いアンド涙目のあざとさマックスのアピールに、本気で青ざめて不快感を露わにするアズラク。

 乱雑な形の氷剣を生成した彼は、一切の容赦なく、斬り付けようとする。

 が、『冷却(クールダウン)』の範囲内に入る前に、『無重力(グラビティゼロ)』で横へと飛んだモノがその斬撃を喰らうことは無い。


「くっ、このあざとさはナナリン位にしか効かないか……! にしても、近づけないから攻撃のしようがないな」


「代わりにまともにやり合おうとしない貴女にも、俺の攻撃が当たりませんけど、ね!」


 壁の近くまで飛んだモノを追いかけ、追撃を仕掛けようとしてくるアズラク。

 モノはやはり『冷却』の範囲に入る前に、横に飛び、それから直ぐに部屋を飛び出し廊下へと向かう。


「そりゃだって、私じゃ勝ち目が無さそうだし。そもそも『突発的テレポーテーション』が無かったら、今頃普通に負けてるだろうしな」


「待て、クソガキ!!」


 『冷却』範囲外ギリギリの距離を保ちながら走って、出来るだけあの部屋から、遠い位置へと引き付けて、出口にダイブ。

 これを無限に繰り返すだけで、取り敢えずアズラクの追跡からは逃れる事が出来た。

 まあ、だからといって、この回帰現象から逃れられる術はまだ見当たらないのだが。


 この時のモノも、先程までと同じように、アズラクを引き付けるだけ引き付けて、それから――、


「こっちだこっち! ……んでもって、そおい、テレポーテーション!!」


「――――」


「いやあ、ほんとに出口が一つだけじゃなくて助かった。ルートが固定されないから、何回でも逃げられる……さて、今回はちゃんとじっとせずに別ルートで待機しますかね」


 アズラクが、この部屋に『突発的テレポーテーション』読みで待機するというのなら、別に『突発的テレポーテーション』を発動させなければ良いだけの話。

 加えて、アズラクに見つかるまでは、廊下で待機していれば良いだけの話であるので、これにてアズラクは完全に封じた。


 あとは、また前回逃げた出口とは違う出口のルートへとアズラクがこの部屋に戻ってくる前に、移動すればいい。


 ――と、モノが、後ろへ振り返り、部屋の扉へと向かおうとした、その時だった。


「――ふふふ」


「……ん?」


「ふふふふふふふふふ」


 その開いた扉から姿を覗かせたのは水色の短めの髪の少女だ。

 二回目以降、ずっと姿を見ていなかった彼女は、モノが知っている彼女とは程遠い、異様なオーラを放っていて。

 笑い声を上げる少女――クリスタだが、その瞳は笑っていない。冷たく、ただ冷たく、モノを同等の存在として見ていないような蔑む視線を、向けている。


「どこ、行ってたんだよお前。私、結構走り回ったつもりだったんだけど、一度も会わなかったぞ?」


「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」


「…………聞いてんのか?」


「下等な生き物、にすら成れない憐れな人形」


「あぁ?」


 一頻りに声だけで不気味に笑ったかと思えば、突然、意味のわからない言葉を呟くクリスタ。

 明らかに正気では無い様子に、モノはゆっくりと身構える。


「もうすぐだ。もうすぐ、器は満たされる。そうなれば、『キャンバス』は……! アハハハハッ!!」


「なに、言って……。――――っ!!」


 かと思いきや、また、今度はタガが外れたように、ケタケタと笑い出すクリスタ。

 焦点の合っていない瞳。まるで別人のような振る舞い。

 モノはジリジリと距離を詰めてくる彼女を前に、恐怖からか、金縛りにあったかのように、身動きが取れない。


 ――否、違う。

 身動きが取れないのは恐怖のせいでは無かった。

 むしろ、本当は感じていなければならない恐怖は、モノの中から、どうしてかすっぽり抜け落ちている。

 ならば、どうして動けないのか。

 ――その疑問も違う。

 モノは動けなかったのではなく、自分の意思で動かなかったのだ。


 予兆を感じ取っていた。

 ちゃんとした予感をくれるのは随分と久しぶりな気がする。

 本来は()()()()はこうであったはずだ。


 少女の顔が、息のかかる位置まで近づいた時。


 そう――鼓動が、全身が、世界が、跳ねた。


 ぐにゃりと捻じ曲がる視界。

 徐々に薄れていく、感覚と、世界の彩り。

 

「……ふう、やっと抜け出せれるなこれ。正直、今回ばかりは安心するぜ」


「――あら、あらあらあらあら? 愛されているのね? 人形のくせに」


 目の前の少女が何かを言っていたような気がしたが、その言葉がモノの鼓膜に届くより早く、世界は遠ざかって。


 『突発的テレポーテーション』。

 やがて再度、近づいてくる音、『色』、世界。

 モノは、無抵抗のまま、その全てを受け入れて――。



※※※※※

 

 


「っづはぁぁぁ……疲れたぁぁぁぁぁぁ」


 モノが尻もちをついたのは、市場の人混みのど真ん中。

 時刻は空のオレンジを見る限り、夕方。

 人々は、へたり込んで邪魔な少女を器用に躱していく。


「もう今日はだめだ、エリュテイア達に果物買って、帰って、飯食って風呂入って寝よ。何もかもわけわかんないし、考えるのも面倒くさい」


 様々な事が起こりすぎた今回の『突発的テレポーテーション』。

 モノは理解しようとするのを、今は疲れた、と、後回しにして、レイリア城へと戻ることを決めたのだった。




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