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三章第20話 『どうして』

 



 氷塔の展望デッキ。

 存在する四つの柱の一つに凭れた『白』の少女を、『青』の青年が眉間に皺を寄せ、見下ろす。


「本当に……どうして。貴女はどうしてここに……? 記憶を失った筈でしょうに」


「そりゃまたどういう……」


「…………思い出した、訳では無さそうですね」


 何やら含んだ言い方の『青』――アズラク。

 対する『白』――モノは、アズラクの態度に怪訝な顔をして、


「――――なんで」


「…………」


「なんで、お前がそんな寂しい顔するんだよ。私が記憶を失ってたら、敵のお前は有利になる。違うのかよ」


「…………」


 モノにはアズラクが肩を落としたように見えたのだ。モノの記憶が戻っていない事を悟って、がっくりと。

 しかし、それは敵同士であれば、可笑しな反応で。

 

「なあ、お前と私は会ったことが……あるんだよな? どこで、どんな風に、どのタイミングで出会った?」


「…………」


「お前は王都の奴らを凍らせて、私はお前を倒して凍った奴らを助けたい。私達は敵同士だ、でも、それだけだと変なんだよ。お前が私だけを目の敵にする理由がない」


「…………」


「……だってそうだろ? エリュテイアや王だって、この状況の打開を狙ってる、私の仲間だ。ならアイツらの事も、お前は等しく敵視する筈だ。それだけじゃ、私だけを敵視する理由にはならない」


「…………」


「もし、私とお前の間に、敵関係以外の何かが有るんだったら教えてくれよ……でなきゃ、私には……お前が分からねえよ……」


 ゆっくりと立ち上がり近づいたモノの言葉に、アズラクは黙り込んだままで。

 その表情も、ずっと何かに縋るような、今にも泣き出してしまいそうな面で。

 それが視界に映る度に、モノのぽっかり空いた何かが、ざわめき、チクチクと内側から刺すのだ。

 ――敵だから、戦う。

 それだけで終わらせるな、と、声が聞こえるのだ。


 でも、その理由がモノに齎されることは無い。

 なんせ、モノの中の大事なピースが失われてしまっているから。


「……遺言はそれで十分ですか?」


 そして、解答が目の前の青年から齎されることも無い。

 アズラクの何らかの感情に伴って、周囲に現出する『青』の光る(もや)

 無数のそれらはモノを威嚇するように、畝り、舞う。

 

「聞く耳無し、か……いいぜ、怪物も気になるけど、取り敢えずお前を倒さなきゃどうにもならなそうだしな」

 

 青の絵の具に、白が混ざるように。

 モノの『正義』を具現化し、同様に舞う白の靄。

 しかし、それまだ予兆だ。

 膨れ上がった色彩は、主の命令を待ち――、


「「『最終兵器(アルマフィネイル)』――起動」」


 ――それは嵐だ。

 竜巻を生み、吹き荒れる青と白。

 先に動くのは青の兵器、アズラクの方。


「システム・アンロック――『冷却(クールダウン)』」


 氷剣を右手に生成し、モノへと斬り掛かる。

 洗練された素早い動作だが、それは相手が『白』の『最終兵器』でなければの話。

 速度勝負で『白』を司るモノの右に出るものは無く、この斬り掛かりも生憎、モノが追えない速度には全く足りない。


「システム・アンロック――『無重力(グラビティゼロ)』! よっ――」


 故に、白の少女は右肩へと斜めに振り下ろされた斬撃を、軽々と後ろへ飛んで回避。

 ――する筈だった。


 地面を蹴って、身体が氷の床から離れたその瞬間。

 青の斬撃が、モノの目でさえ見えない程の速度に、突如変化した。

 速度の変化した刀身は、ものの見事に少女の右肩から左横腹へと斜めに斬りつけ、赤の鮮血を噴出させる。


「――入った」


「ぐうはっ……!?」


 鋭く、激しい、しかし熱は無く、冷たい痛み。

 攻撃が終わり、少女の視界でまた元に戻る青年の身体の速度。

 次には、少女は力無く飛ばされ、血を撒きながら氷の上を転がり、傷を押さえた手にベッタリと付いたその量を見て――、


「はあ、()ぇな……そういや、エリュテイアの方は大丈夫かな……」


 などと傍からしたら訳の分からない事を呟く。

 初っ端から大怪我を負ったというのにも関わらず、どこか冷めた様子のモノを見たアズラクは、気味が悪そうに数歩、後退る。


 そんなアズラクのドン引き具合も露知らず、モノ本人はというと、アズラクの能力の考察を繰り広げていて。


「それにしても速い……ああいや、違うな、何となく分かってきた。『冷却(クールダウン)』……これ、あいつ自身が速くなってるんじゃなくて――私が遅くなってる」


「……(ようや)く気付いたようですね。まあ、気付いたところでお前如きにはどうしようもない」


「よっと……また態度ブレてるぞ、お前」


「……」


 敬語で話しているかと思いきや、気付けば乱暴な言葉遣いになっているという、かなり忙しいブレ方をするアズラク。

 だが、彼の言うことは正しい。

 『冷却(クールダウン)』が対象の速度を低下させる能力だということが分かったところで、それを防ぐ対応策がモノには無い。

 これは、モノの圧倒的不利を意味し、最早勝ち目が無い程だ。


「そういや、お前。あそこの部屋の怪物は何なんだよ。流石に趣味悪いぞあれ」


「……()()は我が主だ。趣味が悪いなどと、主を侮辱する言葉は俺が許さない」


「――()()()。それだよそれ、今にも泣きそうじゃねえか……」


 ふと気になった怪物とアズラクの関係を問うたモノに、これにはしっかりと答えるアズラク。

 しかし、攻撃的な言葉とは裏腹に、やはり彼の表情は憂いを帯びていて。

 その真意がモノには分からない。

 加えて、青年の口から漏れた言葉は、


「黙れ」


 突き放す一言。

 同時に、再びモノとの距離を詰める。


「!! 『拒――」


「『冷却』」


 ピタリ、と止まる。

 いや、厳密には完全な停止ではなく、少しずつ動いている。モノの脳裏にチラつく単語は『スローモーション』。

 まるで、世界ごと、何もかもが停滞したような感覚。

 けれども、『青』を司るその青年だけは、自在に動いていて、


「はあっ!」


「かはぁっ!」


 『拒絶』を展開するべく、右手を突き出したところで身動きの取れなくなった少女の腹部の中心へと、氷剣の切っ先を突き出した。

 『冷却』が解け、否、溶けて、肺から空気の押し出された声を漏らすモノ。

 『白』の丈夫な身体は、貫かれる事は無かったが、その代わりに、勢いよく突き飛ばされてしまう。


「まだですよ! 『冷却』!」


「!?」


 青の攻撃はそれだけでは終わらない。

 身体を折ったままの体勢で飛ぶモノに、追いついたアズラクはそこで再び、『冷却』を発動。

 青の靄が逆巻き、モノの身体は今度は空中で、貼り付いたように、動きを止めさせられた。


 今までもそうだったが、手も足も出ない。

 

 氷剣の横薙ぎ。そして、連打、連打、連打。

 凄まじい冷気がモノの身体を劈き、大気を凍らせる。


「どうして、どうしてどうして!!」


「ぐぅっ、がっ、ごふっ――」


「どうしてッ!!!」

 

「――――!!」


 氷片を撒き散らす連撃の最後。

 アズラクの悲痛な叫びにシンクロして、一際力強い一撃が放たれる。

 鈍い打撃音。

 というのも、何度も少女の身体へと打ち付けた事が原因で、その刀身は既に斬れ味を失っていたのだ。

 だが、少女へのダメージは相当なもので。


 壁の無い展望デッキ。

 少女の身体は、抵抗出来ぬまま外、空中へと投げられ――。


「――はぁっ、はぁっ……!」

 

 激しい脳震盪を起こしながらも、何とか、デッキの端を片手で掴んだモノ。

 しかしながら、それも時間の問題だ。

 もう既に、モノの全身からは力が抜け始めている。


 モノの中の記憶の穴。

 それがどうも引っかかりを覚え、モノが『正義』の感情を抱くのを邪魔している。

 故に、上手く『最終兵器』の出力が上げられないのだ。

 特に、アズラクの『あの表情』を見ると、大きく、大きく、モノの心は乱れる。


「……無様ですね」


 ぶら下がるモノがデッキの上を見上げれば、そこにはやはり『あの表情』を浮かべたアズラクの姿。

 ――止めてほしい。

 心を掻き乱すだけのその顔を、止めてほしい。

 どんなに、寂しそうな顔を向けられても、どんなに、縋り付くような顔を向けられても、大切だったはずの記憶を失ったモノには、何も。

 そう、大切だったんだ。だった筈なのに。

 それが何だったのかを思い出せないモノには、何も。

 何も、何も、何も。


 だけど、モノを見下ろしたアズラクはその表情を止めるどころか、挙げ句、目尻に涙まで浮かべていて――、


「どうして……どうして忘れてしまったんですか……貴女は『()()』、してくれたじゃないですか……!!」


「ぁ…………」



 ――感情の吐露。

 同時に青年の瞳から一粒の液体が落ちて、少女の頬を濡らし――、


 少女は朦朧とする意識の中、遂に、デッキを掴む力を失い、白銀の世界へと吸い込まれていった。




 

 明日は更新無しです。

 明後日にはまた更新しますので、お待ちを……!!

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