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三章第19話 可笑しな主従




 氷の塔が建ち、生命は凍り、竜が空を舞い、青の雪が振り、白銀の景色に包まれた王都。

 これら現象は全て、モノ達が王都に来て三日目、その日の内に始まった。

 まるでタイミングを合わせたかの如く、一斉に。

 

 どういう悪戯か、最悪な方向へと噛み合ってしまった運命の歯車。

 巻き込まれた王都の中心部に位置するレイリア城では、一人の少女が『破壊』の一撃に呑まれ、そして――、


「モノ…………」

 

 ――消えた。


 血の赤のサイドテールを揺らし、呟いた少女――エリュテイアが、この現象の発生を感じたのは三回目。

 そのうち、初回を除く二回目と三回目は、エリュテイアの目と鼻の先で起きた。

 『白』の少女、本人曰く、名を『突発的テレポーテーション』。

 あまりにも自然で、しかし、現象に気付いた途端、それは途方の無い不快感を与える。


 目の前の親友の存在が、世界から拒絶され、瞬時に消えてなくなる。まるで、世界そのものが親友を毛嫌いしているようで、憎たらしい。


 エリュテイアは、破壊の奔流に呑まるよりも先に、世界に呑まれたモノの姿を見て、苛立ちに奥歯を噛み締める。

 今、エリュテイアの胸中を染めているのは、モノが助かった事への喜びと、現象への怒りと、自身の不甲斐なさその三つ巴といったところだ。


「……『青』もいないし」


 気付けば、モノを抵抗できなくさせた原因である、『青』の『最終兵器』――アズラクの姿も無い。

 おおよそ、目の敵にしていたモノも仕留め、『破壊竜』との戦闘を避ける為に瞬時に判断して、逃げたのだろう。

 何とも、頭が回る厄介な相手である。


 そんな中、破壊の一撃を放ち終えた銀髪にオッドアイの少女ライラは怒りに吼え、


「手応えがない……何処へ逃げたモノ・エリアス! 我はお前を粉々にするまで止まらんぞ!!」


 ギラついた、明らかに普段のそれとは違い、理性を失った様子のライラ。

 空を飛んでいる竜達に、ハーフであるライラの思考が引っ張られているとは聞いたが、これも納得。

 現在のライラはエリュテイアから見て、人では無く、獣に近い振る舞いだ。


「――ライラ」


 そこに声をかけるのはレイリアの王――ティア・ニア・レイリア、その人で。


「ティア……! お前まで我の邪魔をするのか!」


「今、お主の怒りの対象であるモノ・エリアスは居ないのだ。だから落ち着け、お主らしくもないのだ」


「黙れ! 我は……われ、は……? あ、あ……あぁぁぁああああ!!! 五月蝿い、五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い!! 同胞達の声が、狂気が、止まない、止まないぃ!! 全部、壊ずぅうう!!」


 ティアの言葉に一瞬、不思議そうな表情を浮かべたかと思いきや、何かに恐怖するように、頭を抱えて蹲り、喚き散らすライラ。


 正直な話、エリュテイアには、ライラという出来上がっているように見えた人物がこうも取り乱す様子は想像できなかった。

 のだが、【超越者】と呼ばれる者を狂わせてしまう程に、その竜の血とやらの影響は強い物らしい。

 どちらかというと、エリュテイアの目には、もう一つの人格が彼女を支配しているように見えて。


「――――落ち着け」


「…………!!」


 ――その瞬間、空気が変わった。

 ゾワゾワという有無を言わさない、鬼のような気迫。

 それが隣の幼女から発せられたことに、エリュテイアが気付くのには数秒かかった。

 背も小さく、語尾も変だが、そこには人智を超えた王の姿。

 そんな小さき王ティアの気迫に、何かを感じ取ったのか、ピタリと声も動作も止め、顔を上げるライラ。


「よし、辛うじて届いたのだ」


 銀髪の少女の顔は苦しそうな顰めっ面をしていた。

 それを見詰めて近寄りながら、ティアは言葉を続けて――、


「お主の力が必要なのだ。早く戻ってくるのだ……えいっ!」


 ゴンッ。


「ぐへぁっ!?」


「えぇぇ……?」


 突如、何の前触れもなく、ライラの頭頂に、持っていた杖の先を、鈍い音を立てながら叩きつけたティア。

 

「うごおおおお、頭がぁぁぁ……!! ……おい、ティア!! 我を殺す気か!?」


「主の言う事を聞かんから、その罰なのだ。いや、言う事を聞かんのはいつもの事だったのだ。……もう数発殴らせるのだ」


「へ――」


 ドゴッ、バキッ、グチャッ。


 宣告通り、もう数発、ライラの上に跨り、押さえつけ、杖を頭目掛けて叩きつけるティア。

 最早、何かが潰れるような、してはいけない音までしてしまっていた。

 痛々しい光景に、引くエリュテイアだったが、途中で、ライラが反撃しないことを疑問に思い、首を傾ける。

 それから、エリュテイアのその様子に気付いて、天真爛漫な笑みを浮かべるのはティアで。


「『吸血鬼』、案ずるな。普通の状態のこやつは、余に手をあげることは出来ないのだ……よし、今回は『吸血鬼』もおるし、この辺で勘弁しといてやるのだ。有難く思え、なのだ!」

 

「ずびばぜんでじだ……!!」


「うむ! 無事戻ってきたようで何より、なのだ」


「うわぁ……」


 頭から、顔から大量の血を流し、涙も浮かべながら、清々しい笑顔で謝罪するライラ。

 それに納得した様子で頷いたティアは、ゆっくりと彼女の上から退いて、拘束を止める。

 二人のやり取りを見ていたエリュテイアは、呆れというか、同情というか、何とも言えない表情を浮かべていて。

 

 エリュテイアからして、この二人の関係性は謎ばかりだが、今回の一件でより謎が深まったのは言うまでもない。

 見れば見るほど、一般の王と兵士の関係とはかけ離れていて、むしろ、親しい幼なじみのような――。



※※※※※



「――しかし、お主がここまで暴走するとは、上空の竜共の狂気は余程のものらしいのだ」


「ああ、今も気を抜くと持ってかれそうに……嘘です、なりません! 全てはティア様の為に!! その杖本気で痛いからぁ……!」


「『破壊竜』もここまでしおらしくなるのね……」


 ティアの構えた杖に、両手で頭を押さえて、ビクビクと縮こまるライラ。

 この四日間、少なくともここまで弱ったライラを、エリュテイアは見たことがない。


「して、お主は、竜共が我を失っておる原因が、モノ・エリアスにあると思っておるのか?」


「……正確には、昨日、あいつと原因の奴と会話してるのを見ただけだ。だから、最初は単に何を話してたのか聞くつもりだけだったはずなんだが…………あいつにも悪い事をした、後で謝っておく。『吸血鬼』もすまなかった」


「大事な友人を傷つけようとしたのは許せない、けれど……あなたの意思でも無さそうだし、優しいモノも許すだろうから、私はこれ以上、何も言わないわ」


 エリュテイアは基本、大の恩人であり、一番の友人であるモノに危害を加えようとする輩を許さない心持ちだ。

 なのだが、今回はライラ自体が理性を失っていて、本意ではない為、エリュテイアはライラを責めることはしない。

 

「……して、その原因の奴というのは、もしや――」


「ああ、ティアが想像している通りだ」


「ううむ、厄介なことになったのだ……よりにもよって、今、しかも竜とは……」


「……? 話に置いてきぼりなのだけれど、是非、私にも分かるように説明して欲しいわね」


 エリュテイアを蚊帳の外に、二人で頷き合い納得した様子のライラとティア。

 勿論それでは、エリュテイアが理解できるわけもない。

 何だか勝手に話が進んでしまっているので、エリュテイアは二人のやり取りに、待ったをかけ、自分にも分かるようにと、説明を促す。

 すると、口を開くのはライラだ。


「うむ、これはすまない。そうだな……そもそも竜種というのは、そう簡単に理性を失ったりしない」


「今のお主が言うと全く説得力が無いのだ。笑えるのだ」


「ええ、全く」


「う゛っ……と、ともかくだ! 我が同胞達が狂っているのにも理由があるのだが――」


 痛いところを突かれて、呻き声を漏らすライラ。

 だったが、それから真剣な表情を作ってティアに目配せをするので、エリュテイアも本腰を入れる。

 やがて、少しの沈黙の後、ライラの視線を受けたティアは――、


「――十中八九『支配者』……【()()()()()()が原因なのだ」


 そう言って、エリュテイアへと杖を突き出した。





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