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三章第17話 氷塔の怪物




 ――『それ』は予兆など感じる暇もなくやってきた。

 ぐにゃりと絵の具が混ざり合うかのように、景色は歪み、溶け落ちて。

 世界ごと、勿論、後方の『青』も、前方の『竜』も、横に飛んだ『赤』と『王』も、形あるもの全てが、モノの視界で捻じ曲がった。

 

 胸が熱い。心臓が熱い。

 見れば、何か胸の辺りが奇妙な紋様を浮かべて、光っている。

 しかし、『青』の機能により、停止した身体。

 特に反応も出来ぬまま、竜の息吹ではなく、世界へと飲み込まれる。


 『突発的テレポーテーション』。

 溶けだした世界は、モノを包んで、それから吐き出して。

 何もかもが遠ざかる。

 だが、いつものように次の景色が、グラデーションを帯びてやってくるようなことは無かった。

 代わりにやってくるのは、真っ黒な暗闇と、何かにのしかかられた様な重圧と冷たい感覚だ。


 それらの感覚全てが明瞭になるにつれて、モノはその現象の完了を理解する。

 

「――――」


 と、同時に呼吸が上手く出来ないことにも気づく。

 先までとは違って身体は動く、けれども、その範囲がすこぶる狭い。

 このままでは最悪の場合、窒息。

 命の危機を感じたモノは、神経を集中させて、『色』の力を――、


「システム・アンロック……『無重力(グラビティゼロ)』」

 

 モノの身体を押さつけていた重力が弱まり、一枚の羽のように軽くなる体感。

 『白』の出力を徐々に上げ、のしかかった冷たい何かを、思いっきり手と腕で掻き分け、掻き分けて、


 ――ズボッ。


 突如、暗闇に慣れようと必死だった瞳孔に、眩く差し込む光。

 モノは我武者羅に空いた穴を広げ、上半身が自由になったところで、起き上がり、


「ぷはー! けほっ、けほっ……ここ、どこだ……?」

 

 視界を覆い尽くすのは白く積もった雪と、降りしきる青の雪。

 王都の何処かの雪の下に飛ばされたという認識で間違いはなさそうである。


「……にしても、間一髪だったな。あのままだと死んでただろうし、今回ばかりは『テレポーテーション』に感謝だな」

 

 【超越者】であるライラの一撃をエリュテイア達と一緒に避けるつもりだった。

 のだが、アズラクにより正体不明の『青』の能力を行使されてしまい、行動不能になったモノは、抵抗出来ぬまま、破壊の波をあのまま真正面から喰らってしまっていた筈だ。

 そこに、すんでのところで『突発的テレポーテーション』が発動し、何とか九死に一生を得たという訳だが。


「でも、飛ばす位置くらいは考えてくれよ……危うく窒息死するところだ。っと、そういえば胸の辺りが光ってた様に見えたんだけど……うーん、気の所為だったか……?」


 突発的テレポーテーションによって、現在位置に飛ばされる寸前、何やら紋様が浮かんでいたように見えた胸部。

 襟を前に引っ張って、中を覗くがそこには特に異変は無く、小さな山が二つ有るだけだ。

 気の所為、と割り切るにはまだ早い気がするが、モノは自身の異変よりも、周りの状況把握の方が大事だと、思考を切り替える。


「レイリア城の形状を見る限り、ここは王都の北側ってところか。……まあ、つまり――」


 白銀の景色の奥に見える、王都の中心に位置するレイリア城の、特に凍った水のアーチの見え方で、自分の王都における位置について目処を立てるモノ。

 それによると現在位置は王都の北側になるのだが、そこには()()()()が存在していたのをモノは記憶している。

 その記憶に導かれるようにして、ゆっくりと振り返ると――、


「うん、塔がある場所だ。というか、遠くからは見えなかったけど、この塔もしかして氷で出来てるのか……?」


 細長く聳え立つシルエットとして、今まで遠目で何度もその存在をチラつかせていた、『一日目』にはなかった『塔』。モノは、その目の前へとやって来ていた。

 加えて、よく見るとその建材は全て、半透明な氷で出来ているようで、キラキラと輝きながら白い冷気を漂わせている。


 そんな美しき氷の建造物に目を奪われながらも、雪の中から下半身を引き抜き、立ち上がって、太ももについた冷たい水滴を手で払ったモノ。

 幸い、凍傷などにはなっていなさそうだ。


「さて、と。……それにしても高いな、頂上が見えな――ッ!?」


 塔を見上げ、雲に隠れて見えない頂上に感嘆を漏らす――その途中。

 突にして、モノの中の何かがザワりと脈打つ。

 心を抉られるような不快感と、粟立つ肌。

 雪なんかよりも、遥かに冷たい物が背筋を駆け巡った。


 前にも塔を見た時に同じような事があったが、その時よりも近くに来たからだろうか、衝撃が大きい。


「まただ、このザワつき……! この塔に一体何があるって言うんだよ……!」


 寒さのせいではないが、小刻みに震える身体を抱えるモノ。

 正直な話、この不快感の原因が自身の記憶の喪失にあるということを、モノも理解していた。が、当然、その詳細は分からない。

 しかし、気づけばモノは半ば無意識の内に、塔へと歩を進めていて。


『――塔を目指すんだよ、そこに全てがあるから』


「ここに、全てが……」


 不意にこれまた自分では気付かぬうちに、脳が再現した声を反芻するモノ。

 エリュテイア達の安否が気になるが、ライラと『青』はとりわけモノ一人を敵視していたので、大丈夫であると判断。

 判断した、というよりも、再現した声に行動を捻じ曲げられたといっても過言では無いのだが、モノはやはり気付かない。


 何はともあれ、塔の入口の前に立ったモノは、一つ息を飲んでから、内部へと足を踏み入れていく。

 扉は無く、綺麗に切り抜かれ吹き抜けになった入口を過ぎると、そこには円柱形の壁に出っ張りが無数も並べられていて、


「螺旋階段みたいになってるな……相変わらず先は見えないし、これ頂上までどれくらいかかるんだ? 氷もかなり滑るし、途中で踏み外したら大変なことに……」


 螺旋階段と言えども、その段一つ一つの間が離れており、少しずつジャンプしなくてはならず、何とも不便そうな構造だ。

 加えて、その段も滑る氷で出来ているため、凡そ普通の人が登れるようなものでは無い。

 のだが、モノは自身の周りに浮かんだ『白』の靄を見て、はっ、とした表情を浮かべる。


「ああいや、『無重力(グラビティゼロ)』発動してるんだし、飛ばしていけばいいのか……――そおいっ」


 呟いて、試しにモノは軽くなった身体で、高く飛び、適当に氷の出っ張りへと着地する。

 着地の際にも、ふわりと重力を弱め、優しく足の裏をつける。これなら、着地で滑らなくて済みそうだ。


「よし、いけるな。私ってば天才、最強、超可愛い! てなわけで……そおいっ、そおいっ、そおいっ、そおい――――」


 一度の成功を確認し、モノは次々とリズミカルに、間の段を数十単位で飛ばして、塔を駆け上がっていく。

 静かな塔の中、独特な掛け声を反響させて――。



 

※※※※※※※※※※




「そおいっ、そお――あいたっ!?」


 ゴチーン。


 軽快に、無心に飛び続けていると、まあ頭上の注意が疎かになる訳で。

 いつの間にか現れていた天井にモノは盛大に脳天を強打。なんとか、衝撃に耐えて出っ張りの一つに上半身を駆使して掴まり、落下は阻止するものの、視界に星が飛んでいる。


「痛い、禿げる、なんなら脳みそ飛び出るぅ……」


 目を回し、激痛に悶絶しながら、氷の段の上でのたうち回ること数分。

 ちなみに、『無重力』によって途轍もない速度の跳躍を見せていたモノだったが、この速度で頭から氷の天井に激突するなど、普通の人ならその時点で簡単に死んでいるのだが、モノにその特異さの自覚は無いようで。

 漸く落ち着きを取り戻したモノはブツブツと悪態をつく。


「頭がぐわんぐわんするぅ……本格的に記憶喪失になるところだぞ! くそ、こんな美少女の頭が割れたらどうしてくれるんだ! 国宝級だぞ!?」


 半泣きの表情で、頭のてっぺんを優しく撫で、もはや訳の分からないキレ方を披露するモノ。

 まあ、それはさておき、


「何はともあれ、天井があって階段が続いてるってことは二階があるってことか……二階でいいんだよな? 一階が長すぎて、もうよくわかんねえんだけど」


 どうでもいい事に首を傾げながら、天井の上、二階(?)へと向かうモノは、一段また一段と近づくにつれ、ピリピリとした緊張を感じ取る。

 やがて、視界に降りてくる二階の景色。


「……なるほど、吹き抜けた展望デッキみたいになってたのか。でもって、どう考えても唯ならぬ雰囲気の扉が一つ」

 

 二階の様相は至ってシンプル。

 壁が無い、吹き抜けの円形のデッキになっていて、均等に上の階層を支えるための柱が四つ。

 デッキの中心にはこれまた太い円柱に扉がついた構造の物が一つ。

 先からの唯ならぬ雰囲気というのは、この扉の向こうから漏れ出していて、


「奥になんかヤバいのがいやがる。……これ、わかったぞ。中ボス飛ばして一気に大ボスに来たパターンだ」


 ライラは別として、漂うのは、対峙した『青』――アズラクよりも遥かに危険な香りだ。

 アズラクが仮に、まあ十中八九そうだろうが、この塔の関係者だとするのならば、アズラクが部下かなんかで、こっちが本命だろう。

 そんなことが、考えずとも本能で分かってしまう程の凄まじい気配だ。


「…………。ええい、ここまで来て怖気付いている場合かよ! こういうのは、一思いにバッとだな!」

 

 息が詰まり、鼓動が加速し、冷や汗が滲む。

 だが、逆を返せば、この本命さえ倒せば事態は自然と終息に向かう。

 故に、モノに躊躇うことなんて。


「ふぅぅ……よし。せーのっ!」


 深呼吸をして、遂にモノが冷たい扉に当てた手の平に、体重を乗せると、それはすぅっと、音もなく開いていって――、


 そこにあったのは一つの人が一人入れそうな大きさの、質素な蒼白い箱がポツンと存在していた。


「……これだけ、か?」

 

 最大限に警戒して進んだ割には、あまりにもこの景色は拍子抜けで。

 モノは、呆気に取られながらも、内心、ほっとして息を吐いて、


「はは、なんだ、びっくりさせるなよ、な――」


 ――ピチャリ。


 水滴の堕ちる音。

 特段、変では無いその音が、モノにはやけに鮮明に響いた様に思えて。

 モノは反射的に、真上を見上げた。


「ぁ……?」


 見上げて、モノは目を剥き、()()()()を見詰めて、驚愕に打ち震える。


 そこには、()()()()(あたか)もそれを守るようにして()()()()()()()()()()()の様な物体。


 その触手の様な物体についた、同じく無数の目玉の全てが、余すことなくモノを見下ろしていた。




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