三章第15話 クールダウン
「――王の様子を見に来たらまさか……殺したはずだったんですけどね、なぜ生きているんです『白』の『最終兵器』。丈夫な『ボディ』だとは思っていましたが、これ程とは」
「え……?」
海底のような深い青の無造作な髪に、藍色の瞳をもった、灰色のロングコートに身を包んだ青年。
モノを睨みつける表情からも、全体的に冷たい印象を受ける青年の周囲には、あの鮮やかに光り輝く絵の具の靄が漂っていて。
その青年は、モノを知っているような口振りと、聞き捨てならない事を言ってのけた。
ので、モノは怪訝な顔で、
「……わるい、私お前と会ったことあるのか? しかもお前今、私の事殺したって……?」
「うん……? ああ、なるほど。ボディにはあまり影響は無かったようですが、メモリーの方にはダメージが入ったということですか……はっ、滑稽だなモノ・エリアス」
「……! やっぱりお前が原因か……」
「あれ程、息巻いていたというのに。結局は何も止められず、生命は凍てつき、挙句の果てに止められなかった張本人は記憶を無くす……あまりに! あまりに愚かだ。それでよく『救う』だなんて言えたものですね」
『ボディ』に『メモリー』、これは『最終兵器』であるモノとエリュテイアに共通していた謎の単語群だ。いや、今思えば『桃』の『最終兵器』であるローズ・リリベルも『コネクター』やら『ルート』やらと口にしていたか。
悪態をつく青年の言葉を、半分聞き流しながらそんな風に脳を回転するモノ。
とにかく、やはり一連の原因はこの青年にありそうだ。
「反吐が出るんですよ、そういうの。お前のような子どもの、純粋で、無垢で、弱い癖に自信ありげな態度を見ていると、腸が煮えくり返る……!」
「なあ、お前礼儀正しいのか正しくないのか、よくわかんねえ話し方するよな?」
「以前の貴女にも同じこと言われましたよ」
「ほら、お前から貴女になってるし。隠すんならもう少し初めからちゃんと隠し通せよ」
「…………」
モノの挑発とも取れるツッコミに、案の定、黙り込んで眉をひくつかせる青年。
この思ったことを直ぐに言ってしまうのはモノの悪い癖だが、どうも治りそうにもないし、モノ本人にも治すつもりはない。
青年を包み込む異様な空気が濃度を増していくが、これもどれだけ時間稼ぎをしたとことで、結局は必ず起こる確定事項だ。
モノが挑発して時期が早まったとて、何ら変わりはない。
「――モノ」
「エリュテイア、ああ、わかってる――くるぞ!」
膨れ上がるその特徴的なプレッシャーに、モノ含め全員が警戒態勢を作る。
そして遂に膨張したそれは限界を迎え――、
『――警告。空間における特定《色彩》係数の上昇を確認。コードスキャン中……完了。コード:007bbb、《青》系統の色彩と推測されます』
脳裏に響く無感情の声。
同タイミング、異様なそれは『三つ』空間へと鮮やかな存在を刻みこむ。
『目標機体名:《アズラク》。対《最終兵器》戦闘――――開始』
「「『最終兵器』――起動!!」」
コード:ffffffと、d20a13。
モノとエリュテイアの色彩が青年――アズラクの色彩とぶつかり、混ざり合うようにして空間を染め上げる。
一番先に動いたのは『赤』を行使するエリュテイア。彼女は苛立って仏頂面になったまま叫ぶ。
「システム・アンロック――『血争』!」
エリュテイアが自身の牙で噛み付くのは、これまた自身の右手首。
そこから垂れた血が彼女の意思によって、宙に舞い、変形。
「敵の親玉がわざわざ出てきてくれて助かったわ、死になさい!!」
赤く鋭い槍となったそれを握ったエリュテイアは、何の躊躇いも無いまま、怒りのままにアズラクへと投げつける。
勢いよく射出されたそれは、赤い光を放ちながら真っ直ぐ、瞬く間にアズラクとの距離を詰め、穿ち――、
「システム・アンロック――『冷却』!」
アズラクの身体に触れる直前、ピタリと動きを止める。
「な……!」
そう、止まった。
勢いが死んだ、それだけなら、何かしらに相殺されただけであるので、モノとエリュテイアがそんなに驚くことは無かった。
だが、違う。
エリュテイアの投げた血の槍は、アズラクの前でまるでそこに貼り付けられたかのように、空中で動きを静止したのだ。
推進力を失うが、地面に落ちることも無く、ただただ、その場に停滞。物理法則を無視した、超常現象が起きていた。
やがて、氷で不恰好な剣を生成し、空間に留まった血の槍をゆっくりと落ち着いた様子で払い除け、いたく簡単に一撃を凌ぐアズラク。
「驚きましたよ、貴女も『最終兵器』だったんですね」
「今のは……!? 見えない壁……? いや、それだったら弾かれる筈か、あんな風に宙に止まるなんてのは有り得ない……!」
「はっ、記憶が無くなるというのは想像以上に厄介そうだな、モノ・エリアス! 次はこっちからだ!」
「――――!」
明らかにモノに対しての当たりが強く、一体自分が記憶の抜けた二日の間に何をしたのかが気になるモノだったが、いくら悩んだところで記憶が蘇る気配も無いので今は目の前の対処に集中する。
不格好な氷剣を握り、迫ってきたアズラクにモノは迎え撃つべく、
「システム・アンロッ――!?」
『無重力』を発動しようとした。のだが、その瞬間だ。
――今まで目に追えていたはずのアズラクの動作の全てが、突如加速する。
タイミングをズラされ、能力を解放出来なかったモノは、そのまま胴体に氷剣の斬撃を喰らって――。
冷気が畝り、剣が振られた方向へと氷の柱が無数に登り、モノは見事に巻き込まれ、廊下の壁へと激突する。
「モノ!!」
「――やはりこの程度では斬れてくれないのですね。本当に煩わしいボディだ」
「ぐっ、かはっ……! いや……思いっきり腹から血ぃ、出てるだろうがよ……! くそっ、痛え」
「いいえ、本当なら今ので真っ二つです。まったく……はやくくたばってくれませんかね!」
壁へと叩きつけられ、衣服ごと裂かれた腹部から流れ出た鮮血と、熱を持った鋭い痛みに顔を顰めるモノ。
空かさず、氷剣を構え直し、追い討ちをかけようとするアズラクに、叫ぶのはエリュテイアで。
「――させないわ!」
今度は槍ではなく、赤い剣を血で生成したエリュテイアは、アズラクの背後から斬り掛かる。
反応の遅れたアズラクは、氷剣で赤い剣を打ち返すことは出来ない。
「……!」
――ように思えたが、実際に起きたのは信じられない現象で。
斬りかかったエリュテイア。
彼女の身体が、先程の槍と同じように空中で静止したのだ。
空間に縫い付けられ、身動きが取れなくなったかのように、否、凍ったかの如く、ピタリと。
「『白』はともかく、普段は女性を斬るのは控えめにしているのですが……さようなら、我が主にその魂を捧げます」
エリュテイアへと振り返り、氷剣を頭上に持ってくふるアズラク。
天を仰ぎ、何かに祈りを捧げるようにしてから、一思いにその氷剣を振り下ろし――、
「『無重力』アンド『拒絶』!」
モノが軽くなった身体で、一瞬の内に二人の間へと割り込み、障壁を展開し、エリュテイアへの両断を阻止。
甲高い音が鳴り、氷剣が衝撃に耐えられず折れ、刀身がくるりくるりと宙を舞う。
そのモノの後ろでは、謎の静止させる力から解放されたエリュテイアが、どさっ、と尻もちを突いた。
「ちっ! モノ・エリアス、またお前は邪魔を!」
「ありがとう、モノ助かったわ」
「こっちこそ、助かったぜ」
抜群のコンビネーションで、致命傷は防いでみせたモノとエリュテイア。
対するアズラクは舌打ちをして、眉間に皺を寄せる。
再生成される氷剣。だが、斬りかかっては来ない。
かといって、モノとエリュテイアも、廊下の淵で巻き込まれないように身を隠すティアも、仕掛けるようなことはしない。
――拮抗、緊張、静寂。
言葉を互いに発することも無く、静まり返り、機を窺う。
そんな膠着状態が、どれくらい続いただろうか。
時間の感覚もやがて薄れ、無限に続くかのように思えてきた空気感。
――そんな時だった。
「――――!!」
視界の端、廊下の先が、
―――爆ぜて、爆ぜて、爆ぜた。