三章第10話 『寝ても醒めても』
現実のモノのいつも身につけている服のポケットに入っているだろう、そのペンダントを思い描いて、唖然とするモノ。
そんな言葉を失うモノに、フォルは苦笑する。
「――ポケットに入れたまま洗浄魔法にかけられるのは結構堪えたけどね」
「そ、それは……すまん。というか、あの幼女、しれっと『聖遺物』とか、なんてもん渡してんだよ……」
神とのコンタクトを可能とし、使い方によっては無理矢理使用者に加護による恩寵を与えるという『聖遺物』。
アルファたちから前に聞いたところによると、通常は表の世界では滅多に出回らない程の貴重なアイテムであるらしいが。
それを、恐らく無自覚であろうが、あんな田舎の幼女が持っていたとは。
「まあ、とにかく、お前が私を知っている理由は解った。けど、じゃあお前は私の夢なんかに出てきて、何をするつもりだよ」
モノにフォルが接近したのは、その『聖遺物』のせいであることは理解したが、結局のところ未だにフォルがこうやって夢の中へと出現した理由は聞けていない。
そうやって、やはり油断出来ない相手であるフォルをモノが敵意を剥き出しにして睨みつけていると、方目を瞑ったフォルは不敵に笑う。
「言っただろう? 僕は君に会いに来た、お喋りがしたくてね。今後も、こうやって君が眠る度に僕と話してくれれば僕はそれでいい」
「今後も私の夢に勝手に登場するつもりなのかよ……! ストーカーとかよりずっとタチ悪いぞお前」
「ふふ、ああ、勿論、君に拒否する方法は無いよ」
「知っとるわ! 神だもんなあ!? ……くそ、話したいだけ……? 本気で何が目的なのかわかんねえぞこれ」
お喋りがしたい、などというテキトーな理由で納得できるはずもない。
モノは何だか上手く躱されているような気がして、苛立ちに顔を顰める。
それからその顔を片手で押さえて、独り言を呟くと、フォルは柔らかく笑って、
「そんなに疑わなくても、君とお喋りしたいのが、本気の目的なんだけどね」
「うわ、聞こえてたのかよ」
「聞こえているも何も、君の夢の――心の世界に繋がった僕には、さっきからちゃんと君の心の声まで聞こえているよ」
――え、まじ?
「うん、まじまじ。僕のこの髪色だって、君の夢、君を君たらしめる深層心理と繋がった影響さ」
言いながらフォルが指をさすのはそのモノと、いや、この空間と同質の純白の髪。
それが、モノの心と繋がった証拠だとフォルは言うが、そんな勝手に繋がるなんてことをモノは承諾していないし、心の声がだだ漏れになっているというのもはっきり言っていい気がしない。
しかも、そこに加えて、
「そう! 僕は君の全てと、愛しい人の全てと一体化したと言っても過言ではない! ああ、頑張った甲斐があったよ。こんなにも、直に君を感じられるなんて!」
などと、身をくねらせるので――、
「――最っ高に気持ち悪いな、お前……」
ゾゾゾッと背筋が凍るような悪寒を感じ、フォルから身を守るようにして半歩引くモノ。
心底嫌そうな顔をするそんなモノに、対するフォルはその笑みを崩さず、声だけを低くして、
「君、結構容赦ないよね……否定はしないけど。むしろそんな所も可愛いよ」
「なあ、なんで私の周りってこんな変態多いの?」
「ふふ、それに関しては君が魅力的すぎるのがいけないんだと思うよ。真っ直ぐで、純粋で、綺麗な『白』の君には、どの生き物も本能的に惹かれる筈だから」
「そりゃまたどういう……」
「ふふ……おっと」
何やら理解が難しくなってきたフォルの会話のテンポ。いや、そもそも、『神』なんて存在自体、理解出来るものではないのだが。
怪訝な表情で、少し首を傾けるモノ。
すると、言葉を発した張本人であるフォルは、ピクっと眉を動かしたかと思うと、何処かで遠い目をして――、
「――このまま、君との会話を楽しみたいところだけれど、残念ながら今回はもう時間が来たみたいだ」
「…………ああそう。別に残念じゃないけどな」
時間が来た、とは凡そ、現実のモノの身体が眠りから覚めようとしていて、この夢の世界が終わることを指した言葉だろう。
フォルはこの世界の終焉に不満げだが、モノからしたら早く切り上げたかったところだったので丁度いい。
フォルの視線に促されるように、背後を振り向くと、そこには一筋の空間に入った亀裂のようなもの。
その亀裂は、徐々に大きくなって、そこから枝が分かれるように空間全体へと拡がっていく。
やがて、崩落し始める世界。
ある種の世界の終わりを無感情でぼうっと眺めるモノに、フォルは呟く。
「――最後に、神から君に啓示を」
「……?」
「やはり、君はどうも、特異な現象に巻き込まれる運命にあるようだ」
「特異な現象……それって……」
「目が覚めたらすぐに、君はとある少女と対峙することになるだろう。でも、その少女とは、呉々もまともにやり合わないように」
いつの間にか、モノのすぐ目の前まで移動していたフォル。
フォルは徐ろにモノの白い髪を、その手で愛おしそうに梳いて、梳いて。
「……!」
「――塔を目指すんだよ、そこに全てがあるから」
「おい、触るな気色悪い」
「ふふ、まったく。つれないなぁ」
髪を梳くその手首を掴んで、悪態をつくモノに、フォルは「やれやれ」と首を横に振る。
純白の世界が崩落すると、そこには様々な色の光が差し込んでいって。
「……頑張るんだよ、愛しいモノ。それじゃあ、また、君の意識が深く落ちる頃に」
「はっ、もう会いたくねーよ」
終わる。
夢の世界が。
『白』だけの世界が、終わる――――。
※※※※※※※※※※
「――ったく、とんだ悪夢だったな」
意識の覚醒。
モノは先までのぼんやりとしたそれとは違って、ハッキリとした感覚を確かめて、ベッドからゆっくりとした動作で起き上がる。
正直なところモノは目覚めがいい方ではない。
のだが、『神』と会話するなんていう、あんな不思議体験をすれば、否が応でも目は覚めるというもので。
「これか……『聖遺物』」
モノは自分のポケットに入ったペンダントを顔の前まで持ってきては、再度、戻す。
さすがに捨てるのはエルに悪いので、ここではため息をつくだけで――、
「はぁ…………ぇ?」
息を吐く、その動作の途中でモノは尋常じゃない違和感を覚える。
続いて、モノは微かに震える身体を抱えた。
「――なんか、寒くね?」
そう、吐く息が白かったのだ。
かと言って、昨日まで寒気の気配があったかと問われれば、そんな気配は全く無かった。むしろ、暖かな陽気を覚えている。
そこでモノは慌てて、窓から外の景色を見ようと、視線を窓のある方へとズラして――、
「…………」
目を剥き、瞳を震わし、息を詰める。
当然だ、だって、
――――そこには、窓が無かったのだから。
でも、確かにこの部屋には、あの位置に窓が設置されていたはずで。
そうやって、辺りを見渡すモノ。
見渡して、モノは見たことの無い、木目の目立つ部屋に、驚愕を覚える。
「……なんだ、この部屋」
見知らぬ場所だった。
よくよく考えれば、モノが寝巻きではなく、普段のケープを羽織っている状況からおかしかった。
ちゃんと、風呂から上がった後、モノは寝巻きに着替えてから、レイリア城の一室で寝た筈だ。
しかし、今、モノが起き上がったベッドも、身に纏った服も、部屋の形も、この寒さも、何もかもが眠りにつく前とは違っていて。
「まさか、寝ている間に『突発的テレポーテーション』が起きたのか……?」
モノは自分の身に起きている状況証拠から、寝ている間に『突発的テレポーテーション』が起きたという仮説を立てる。
だが、どうしてか、モノは起きてからずっと、心の中にぽっかりと大きな穴が空いてしまったような、謎の喪失感に襲われていて――。
「――――」
このままでは埒が明かないと、モノは部屋から、いやこの建物から出る決意をして、躊躇い無く扉を開ける。
扉を開けて廊下に出ると、また部屋よりも一層下がる気温。
凍えるような寒さに、言い様のない不安に急き立てられるようにして、モノはそのまま階段を降りていき、やがて、玄関らしき扉へと辿り着く。
その扉を開けようと金属の取っ手を握った手が、まるで氷を直接触っているかのように、とても冷たく、痛い。
が、そこでたじろぐ余裕もモノには無くて。
ただ、早く、何がどうなっているのかを知りたい。
この、否応に鼓動を加速させる、喪失の感触の原因を――。
「…………っ!!」
両開きの扉を開け放ち、途端に吹いたひんやりとした凍える風。
ザクッ、とした触感を足の裏で感じながら、モノは外へと一歩、踏み出す。
そして、目の前に広がった信じられない景色を見て――、
「なん、だよ。な、んなんだよ、これ……!」
掠れた声。
――目の前に広がるのは、白銀の世界。
だが、積もったそれは白くても、降っているそれは青くて。
『青』い、『青』い、『青』い――雪。
その降りしきる『青』の雪に紛れて、上空を徘徊し、地上に影を描くのは、鱗を持った無数の空飛ぶトカゲ。
まるで、『悪夢』のような光景に、モノは顔を引き攣らせる。
「――探したぞ、モノ・エリアス!!」
処理が追いつかない脳。
そこに響いたのは、聞き覚えのある声で。
見上げていた視線を下ろして、声の聴こえた方へと振り向くと、そこには――銀の帯のような髪のオッドアイの少女。
「ら、いら……?」
ライラ・フィーナス――見知った顔だ。
なのだが、その表情は、見たことの無い程の怒りに囚われていて。
「貴様、一体何をしたァッ!!! 返答次第では只では済まさんぞ……!!」
「――――ッ!!」
人では到達できない次元の、全生命を否定する殺気を放つライラ。
よく見れば、彼女の後方、ずっと奥には、天へと高く聳え立つ何か建物のシルエット。
――なんだこれは。
一体何が起きている。
わからない。わからないわからないわからないわからない。
わからない、のに。
あの感情の無い声だけは、やけに明瞭に、モノの聴覚を焼いている。
『ピー……ピー……当機体に《異常現象》の発生を検知。原因:外部からの接触。起きた現象は――――
――《部分的記憶喪失》と推測されます』
雪を巻き上げ、『破壊』の衝動が迸った――――。
はい。遂に始まりましたが、前に言った通りあんまり複雑なことにはなりませんので、よろしくお願いします。




