三章第9話 『夢の中の邂逅』
――――ここは、どこだ?
気がつくと、モノは見知らぬ空間へと立たされていた。
足元の地面から頭上の空まで、手の届く距離からずっと奥の見えなくなる距離まで、全てが真っ白。
一つの穢れも無く、綺麗で、眩しくて、どこか冷たい色だ。
同時に、酷く、孤独感を与える色。途端にこの謎の空間に一人でいることに、モノには言いようのない不安が募る。
そう、そこにはモノ以外には誰も居なかった。
ただただ辺りに拡がるのは、恐ろしく無垢で、恐ろしく神秘的で、恐ろしく質素で、恐ろしく無意味な、空虚と静寂。
純白だけが満ちた空間。
見覚えの無い場所でモノはどうしてか立ち尽くしていて――。
「……『白』」
こんなものは現実では有り得ない。
何処までも凹凸の無い平坦な、物質が存在していない事実もそうだが。
特に、この『純白』は有り得ない。
一粒も欠けず、一粒の汚れも無く、完成された『白』だけの空間が、現実に存在しているはずが無い。存在していいはずも無い。
常人が放り出されたら、瞬時に発狂するであろう場所。
モノは、その場所に当たり前のように存在していて、普通の思考が出来ている自分に恐怖を感じる。
「私は……レイリア城の一室で寝た筈だ。だとしたら、ここは、一体……?」
何もかもが突然のこと過ぎて疑問は尽きない。
そしてその問いがモノだけのこの空間で解決する訳もない。
だから、出来ることは、呆然としながら、ぶつぶつと独り言を呟くだけで。
「……完全に詰みだ。情報が無さすぎる――」
「――やあ、やっと会えたね」
「っ!?」
そうやって、モノの精神が徐々に辺りの『白』が与える効果と一体化し始めたころ。
突如として、謎の反響を伴って背後から発せられたように思えた声に、モノは勢いよく振り返る。
「随分とチャンネルを繋ぐのに苦労したよ」
「――――」
そこには、一人のモノと同じような綺麗な白髪を持った、非常に顔立ちの整った青年がぷかぷかと浮遊していた。
空間と同化する純白の髪はモノと一致しているものの、その瞳はモノの紫とは違って赤色。
さっき辺りを見渡した時には居なかったはずの、突然、空間に出現したように思える青年は、優しい笑みを浮かべていて。
「随分と戸惑っているみたいだから説明すると、ここは君の……まあ、夢みたいなものだね」
「夢?」
「うん。現実では君――モノ・エリアスの身体は今眠っている。……まあ、普通に、とは言わないけど」
「なんで、私の名前を知って……? 私達、初対面だよな? ……うん、初対面の、はず、なのに……どこかで……?」
モノと目の前の青年は、今が初対面のはずだった。
しかし、青年はモノの事を知っている素振りで、一方のモノの方も、青年が纏う雰囲気に何故か既視感を覚えていた。
だが、その既視感がいつどの場面によるものなのかが、分からない。
でも確かに、何処かで。
水を掴むような行為に、強烈な不快感が波のように押し寄せ、モノは頭痛を覚える。
――何処かで、絶対に何処かで。何処かで見た筈だ。けど、一体どこで?
しかも、そんなに遠くない。
モノがこの身体で目覚めてからの話だ。
集落、『アゼルダ』、『王都』。
この三つの出来事の中の何処かのタイミングで。
どこだ。どこだ、どこだ、どこだ、どこだ。
何処だ、何処だ、何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ何処だ、一体、何処なんだ――――。
『――――みつけた』
――――ぁ。
「――そりゃあ知ってるさ。僕は君を感じたときから、ずっと追いかけ続けてきたんだから」
「……お前、まさか『アゼルダ』の実験施設で……?」
「ふふ、さあ? どうだろうね」
モノを襲った『突発的テレポーテーション』その初回。『アゼルダ』の実験施設で、この雰囲気は感じたことがある。
それが何だったのかは、ハッキリとは思い出せないが。
一先ず頭痛が引いていったことを確認して、一旦、深呼吸をするモノ。
兎にも角にも、ここがモノの見ている夢の世界だというのなら、目の前のモノの事も知っている青年は、何者なのだろうか。
呼吸を整えたモノは改めて青年へと問う。
「……で、勝手に人の夢に出てきて、好きに物言うお前は何者だよ」
「ふふ、僕はフォル。君に分かりやすく、有り体に言うと――『神』の一つさ」
※※※
「そう身構えなくていいよ。僕は君に危害を加えるつもりは無いからね。僕は君の味方さ」
「どうも、私、神に対する信用値低いんだよな。悪いけど、警戒を解いて欲しいんだったら、無害であることをゆっくり態度で証明していってくれ」
「夢、だからそうゆっくりできる訳でもないんだけどね」
『神』という単語に、一気にピリッとしたもので張り詰めた空間。
あくまで柔らかな態度と言葉でモノに接する青年――フォルだが、モノにとって『神』という単語はいい意味を持たない。
「まあ、『神』なんて碌でもない存在だから、君のその態度は正しいけどね。この世界の人間達は、神を力を与えてくれるだけの存在だと勘違いしている」
「『加護者』……神に選ばれて、力を与えられた奴らだろ? 違うのか?」
「力を与えるのは間違いないよ。ただ、勿論、そんなに甘い話だけでは無い、ということを知っておいて欲しい」
「…………詳しくは教えてくれないのな」
「悪いね。けど、目が覚めたら結構すぐに解るよ」
心底申し訳なさそうに、目を伏せて答えるフォル。
そのフォルの『神』というよりは人間らしすぎる所作に、モノはどこか気持ち悪さすら感じて、顔を顰める。
が、そんな人間らしい態度を見せた直後、それとはかけ離れた発言をするのも、フォル自身で――、
「……それと、こうやって意識のチャンネルを繋ぐ為に、君には僕から『加護』を与えておいた」
「お前今、自分の口で『加護』があんまり都合のいい力じゃないって言ったばっかりだよなあ!?」
「君の役に立つと嬉しいけど……正直、僕の恩寵は弱いから、あまり効果は期待しないでくれ」
「いや人の話聞けよ!? そんな不審な力、私に勝手に付けんじゃねぇ!!」
自分から『加護』が危険を孕んだ物であるとモノに伝えておいて、望んでもいないのに勝手にその『加護』をモノに付けたという暴挙。
完全に人の心が宿っていない。間違いない、こいつは『神』だ。
「そもそも、私を感じた? とかなんとか言ってたけど、私は信仰心薄いし、祈りとか捧げたりしてないし、その神とコンタクトを取るっていう『聖遺物』? みたいなのも持ってないのに、なんで、私なんだよ」
「……? 君は何を言っているんだい?」
「何をも何も、言った通りだろ。私にお前との接点なんて別に……」
「――いや、君、持っているじゃないか『聖遺物』」
首を傾げるフォルの言っている意味がわからなくて、ポカンとして口を開けるモノ。
「はい? お前こそ何言ってんだよ。生まれてこの方、そんな大層な代物、手にした事も無いぞ……って、ぁ――」
『聖遺物』と聞いて思い出すのは、『アゼルダ』にてオリバーが所持していて、最終的にナナリンによって盗まれ、破壊されたあの銀色のペンダントだけで――。
――――銀色のペンダント?
記憶を辿る中で、何か途轍もない引っかかりを覚えた気がして、モノは目を見開く。
「ま、さか――――」
『アゼルダ』へと遡った記憶は、より前のケイ達の住んでいる集落まで、戻っていく。
脳裏に浮かび上がるのは、集落からの去り際。
馬車へと乗り込もうとしたその時。
駆け寄ってきた幼女――エルに、お礼といって握らされた――、
「――月の形の……銀色の、ペンダント……!」
そう。その特徴を思い描いて、モノは今まで気づなかった自分への呆れと、脳天を突き抜ける程の衝撃に、唖然と、言葉を失うのだった。




