三章第8話 『――――みつけた』
「にしても……フィリル・ラーバス、か。絶対フィロの姉妹かなんかだよな……?」
「お嬢、どうしたんすか?」
「ああいや、なんにも」
記憶を頼りに、玉座の間へと向かって城の廊下を歩くモノと、ルーク、ジャック、ウェイ。
ルーク達三人には分からないだろうが、モノにとって『ラーバス』という響きで思い浮かべる人物は、ついさっきまで一人しかいなかった。
その一人とは『アゼルダ図書館』の管理人――フィロ・ラーバスのことで。
あのマゼンダの髪とライトピンクの瞳に、フィロも獣人だとアルファから聞いたが、特徴も一致し過ぎている。
「となると、フィリルが姉か。フィロはなんていうか、小さかったしな」
「――あー! いたいた! モノたんっていっつも急に居なくなるよね?」
フィロとさっき出会ったフィリルの容姿を思い浮かべて、背もお山も小さかったフィロの方が妹であると結論付けるモノ。
そんなモノに前方から投げかけられるのは、元気であざとい質の声。
俯いて考え事をしていたモノが顔を上げると、そこには蜜柑色のツインテールの少女――ナナリンの姿。
「すまんすまん。どうも、世界が私の事嫌いらしくてさ」
「……?」
急に居なくなる。勿論だが、モノ以外の人物の目からはそう映っているらしい。
世界がモノの全てを否定して、跳ね除ける現象――『突発的テレポーテーション』。
これに関しては、モノにどうにか出来る現象では無いので、こうやって探してくれていたナナリンに対して、適当に謝ることしか出来ない訳だ。
「きゃは★ ところでモノたん。その悪そうな三人は……?」
「あー、なんて言ったら良いんだろうな……下っ端? 雑用係?」
モノの後ろを着いてきていた三人の男に向けて、不審の視線を刺すナナリン。そりゃあ、こんな不良のナリで城の中を歩いていたら、不思議に思われるのは当然である。
対するモノも、この三人組の正体について雑な解答をするので、ますますナナリンは三人へ向ける目付きを鋭くする。
しかし、当のルーク達はというと、凄く嬉しそうな表情をしていて。
「はい!! 俺達はお嬢の下っ端で雑用係で、ゴミクズです!!!」
「いや、そこ認めちゃうのかよ。お前ら、私が言ったことなら全部受け入れそうな勢いだな……? てか、なんか付け加えられてね?」
「きゃはっ★ そっかぁ! ゴミクズかぁ! ……可愛い可愛いモノたんに付き纏うゴミ共、死すべしッ!!!」
ナナリンが徐ろに取り出したナイフを振り回し、ルーク達を追いかけ始める、何時ぞやのアルファとのやり取りを思い出す光景。
豹変するナナリンに怯えきった様子の三人はやがて、モノに助けを求めて、
「ひえぇぇぇえ!? は、刃物振り回すのは、や、やめ……た、助けてくださいお嬢!」
「刃物振り回すのやめろとか、お前らその口でよく言えたな……?」
「モノたんどいて! どいてくれないと、そいつら殺して、細かくして、スライムの餌に出来ない!」
「物騒過ぎるッ!!」
ついさっきまで、いたいけな少女にナイフを突きつけてたのはどこのどいつだ。
とまあ、ツッコミながらもナナリンの暴走を止めに入って、身体を押さえ付けるモノ。それにも「あ、モノたんに抱きつかれてる……」などと、恍惚とした表情を浮かべるので、手遅れのようである。
「――こんな所におったのか、モノ・エリアス! 急に消えたが、あれはどうやってやったんだ? 我でも気づかんかったぞ? ……いや、そんなことはどうでもいい!!」
そこへやってくるのは、そんな、てんやわんやになってしまった空気を切り裂き、劈くような存在感を放つ銀髪の少女――ライラ・フィーナスで。
怒涛の勢いのまま突っ走ってくるライラは、モノへ近づくなり、有無を言わさず、その腕を捕まえて――、
「――お前、我に付き合え!!」
「ふぇ? ……って、ちょ、腕、ちぎれ! うがあぁぁ、引っ張るなぁぁぁああ!!」
嵐のように、モノを引っ張っていくのだった。
※※※※※※※※※※
「あぁぁぁぁ……つかれたぁぁ…………」
流石は王城といった感じの豪華さ、艶のかかった質の石材で造られた大浴場。
百人は余裕で入れそうな広さを持つ、その浴槽に贅沢にも、モノ、エリュテイア、ナナリン、ライラはその四人だけで浸かっていて。
その四人の中でも、とりわけ疲れきった様子でモノは浴槽の壁に凭れかかる。
「なんだ、モノ・エリアス。意外と体力は無いな」
「体力ないもクソもあるか! 連れていかれたと思いきや、こんな夜になるまで兵士の訓練を一緒にやらすとか阿呆か!!」
突然、モノがライラに腕を引っ張られて連れていかれた先は、ライラの率いるレイリア王国軍一番隊の訓練施設。
――こんな所に連れてきて、何をするつもりだろうか。
訓練風景の見学でもさせるつもりだろうか。
などと考えていたモノだったが、気づいたらモノ自体が訓練に参加させられていて。
それはもう滅茶苦茶な訓練内容だった。
石を背中に乗せて腕立て伏せだったり、この超広い王都の外周をひたすらに走らされたり、と今思えば古典的な物が多かった気もする。
まあ、そんな訓練メニューをいきなりこなせと言われても無理があるわけで。
「どうだ、九番隊隊長やりたくなったか!?」
「なるわけねぇだろ!!」
「モノ、あなたも災難ね」
どうやったら無理矢理あんな地獄に付き合わされて、九番隊隊長をやろうという気になるのか、むしろこっちが聞きたいくらいだ。
目を輝かせるライラに、激昴するモノに、同情するエリュテイア。
それと――、
「何がいけなかったというのだ……――それはそうと、お前達の連れはあれで大丈夫なのか?」
「あー、うん、あいつはいつもあんな感じだから気にしなくて大丈夫」
「そうね。けど、また鼻血は出さないで欲しいわ。折角のお湯が赤く染まるのは勘弁よ」
モノの相変わらずの拒否に心底悔しい様子だったライラが、ふとモノとエリュテイアを通り越して奥の方を見やり、苦笑いする。
「ふへへ……美少女が、さ、三人も……ふへっ、てんごくぅ……」
そこには、鼻の下を伸ばしきって、女子がしてはいけなさそうな顔をして、ぶつぶつとうわ言のように何やら呟いている少女――ナナリンの姿。
流石のライラも、あの様子には引いてしまったらしく、初めて弱々しい態度。
『神』を超える存在だと云われる『超越者』の一人をここまでビビらせるとは、もしかしたら最強なのではなかろうか。
ちなみに『アゼルダ』を出発する前、エリュテイアとナナリンと一緒に温泉に入る機会があったのだが、その時もとんだ流血騒ぎになってしまって大変だった。
しかも、この様子だと全然反省していない。
「さてと、身体も洗ったし、私はナナリンが鼻血出す前にさっさと上がるとするかな……」
元男だったモノもすっかり女性と風呂に入るのに慣れてしまったものだ。
ナナリンとの温泉の時と比べたら、意識さえしなければ変にドキドキはしない。いやまあ、意識し出したら止まらなくなるので、そこら辺は注意が必要だが。
そう言って立ち上がったモノに、声をかけるのはライラで。
「なんだ? もう出るのか?」
「ああ。ナナリンのことは頼んだ」
「あ、モノ。まさか、あなた逃げる気ね!?」
「へへ、おさき!」
「こら、待ちなさい! ああ、言ってるそばから鼻血が!」
ナナリンの鼻が限界を迎えて、後始末に追われる前に、そそくさと浴場から出ていくモノに、それを咄嗟に止めれなかったエリュテイア。
その隣では遂に、赤い滝を鼻から流し始めたナナリンがいて。
何故こうもいつもハチャメチャな感じになってしまうのか。まあ、平和に越したことはないか。
浴場の出入口の扉に手をかけて、モノはそんなことを思う。
「――モノ・エリアス! 明日も、訓練するぞ!」
「いやしねぇよ!?!?」
※※※※※※※※
「――――」
大浴場での騒ぎを終え、すっかり夜も深くなった頃。
モノは王城の中の借りた一室のベッドに寝転がっていた。
『アゼルダ』の豪邸の時もそうだったが、こう広い部屋だとかえって落ち着かない。
「というか、この部屋絶対、九番隊隊長用の部屋だよな……? どんどん、逃げ場が無くなっていってる気がする」
部屋の中には、どれも高価そうな家具がいっぱいだ。
エリュテイアやナナリン、何故かあのワル三人衆も同じく城内の部屋を借りているのだが、ここまで厳つい内装ではなかった。
特にライラが「モノ・エリアス、お前には特別な部屋を用意した!」などと言っていたので確信的だ。
どうも、王都に来てまだ一日目だというのに、疲労感が強い。
間違いなく、身体に溜まった疲労の大半がライラのせいだろうが。残りは多分、突発的テレポーテーションとか、レイリア王――ティア・ニータ・レイリアと対峙したことによる疲労だろうか。
「ティア……王ともあんまり話せなかったしな。明日はちゃんと……」
そういえば、ティア王とも突発的テレポーテーションのせいであまりやり取りが出来なかった。
また明日になったら、しっかりとやり取りをすることにしておこう。
取り敢えず今は、身体の欲求に従って。
安らかに、眠りを。
目を閉じたモノは急速に、深い眠りへと落ちていく。
そう、
――それは、モノの意識が完全に闇へと沈んだ時に起こった。
『――――みつけた』
『チャンネルも繋がった』
『やっと、やっとだよモノ』
『やっと――――
――――会えるね』