一章第4話 真夜中、静寂――泣き声
「……ふう……やっと行ったか」
「――ケイ、大丈夫か?」
「うわっ! ってモノちゃんか。……嫌なものを見せてしまったかもしれないね」
「ああいや、最後ちょっと覗いたくらいだ。なんか疲れてるみたいだったから気になってな」
ケイが柄の悪そうな男達と何やら話を終え、見送った後、そんなケイの疲れ切った表情を見たモノは心配になって尋ねた。するとケイは驚いた様子でこちらを振り返り、顔を見るなり気遣いの言葉をかけてくる。
「気にしなくていいよ、これは集落の問題で君には関係のないことだから。それに、ああいう輩はこうやってしか安静を保てないのさ」
「……どういうことだ?」
「何でもないつまらない話さ、聞き流してくれ。そんなことより服、似合ってるじゃないか」
「ああやっぱり? わかる、可愛いよな私。けどま、こう面と向かって言われるとなんか照れるな……」
一度死ぬ前ではそもそも魔力を持っていないせいで落ちこぼれとして半ば監禁気味に扱われてきたからか、そんなことを言われる機会もなかったのでこうやって褒められると素直に照れる。
頭を搔くモノの様子にケイは少しの間、黙り込んで、
「……皆が皆、君みたいにいい子なら良かったのにね」
「いや皆が皆、私みたいだったら、顔面偏差値高すぎてある意味世界の危機だろ」
「はは、そういう意味の『いい』じゃないんだけど……確かにモノちゃんの顔が整っているのは間違いないね」
どうも、ちょくちょくケイと話していると会話のリズムがつかめなくことがある。だが、詳しく聞こうと思うと直ぐにはぐらかされてしまうので、世話になっている手前それ以上、上手く踏み込めない。
「お兄ちゃん!! キノコ焼けたー! はやくしないと、こげるー!!」
とそこに何やら台所の方から聞こえる、子供特有の高い声。どうやら、エルが焼き加減を見張っていた料理が完成したことを告げたみたいだ。
「ああ分かった、今行くよ! ……てことだ、モノちゃんは先に席についていて」
台所へと声を返したケイがモノに、先に席に着いて配膳を待つように促すが、そこは流石にモノも首を横に振り、
「いやいや、私も何か手伝うぞ。世話になったアーンドまだまだ世話になる予定なのに、さすがに何もしないのは見た目的にマズい」
「そうかい? それじゃあ、あそこにある皿をテーブルまで運んでおいてくれると嬉しい」
「おーけー、任せてくれ」
ケイの指示に親指を立てるのだった。
※※※※※※※※※※
「いただきまーす!」
そんなこんなで食卓に料理を並べ終え、各々が席に着いたところで今宵の食事は開始する。見た瞬間にわかるキノコ料理尽くしだ。キノコの独特だが、旨味を連想させるいい香りが、鼻腔をついていた。
そんなキノコ料理の一つを、モノはフォークを使い口に運んでいき――、
「んー! 美味い! キノコってこんなに美味かったのか! メアリが作る料理にもキノコ料理はあったけどここまでじゃなかったな……」
塩テイストのシンプルな味付けと絶妙にマッチしたそのいい焦げ目の付いたキノコは、口に入れた途端にその旨味を爆発させる。癖になるおいしさに目を輝かせ、運ぶ手が早くも手が止まらなくなるモノ。
「メアリ……? よくわからないけどとにかく、口にあって嬉しいよ」
「エルの採ってきたキノコは世界一の美味しさー! いつもお兄ちゃんに褒められるー!」
「おう、幼女お前、ソムリエいけるぞ……いやちょっと待て自分で言っといてなんだが、キノコソムリエってなんだよ、局所的すぎる」
そんなエルを褒める(?)モノの様子を見て、優しく笑うケイと自慢げに胸を張るエル。
それから、ケイは何故か遠くを見つめて、
「それにしても、こうやって客人を迎えて……いいや、僕たち二人以外の人と一緒に食卓を囲むなんて何年ぶりだろうね」
「何から何まで世話になって悪いな。迷惑じゃなかったか? いや、迷惑だな。よく考えたら、突然見ず知らずの他人の家に上がり込んで飯食ってくって、相当やべえ奴なんだが」
「まさか! 逆に僕は嬉しいんだよ。なんだか昔に戻ったみたいで……僕は嬉しい」
「昔……か」
懐かしむような笑みを浮かべて、昔を思い出ししみじみとするケイを見て、モノは少しだけ羨ましく感じる。
モノはウェルトという村で『魔力なし』として産まれてからというもの、村一番の落ちこぼれと称され、半ば監禁的な生活を過ごしてきた。故に、そんな笑えるような昔の記憶は多くない。
大体の記憶が、暴力や軽蔑や嘲笑を受けた類のものである。
唯一の味方が妹のメアリのはずだったのだが、結局はその妹に殺され、人生を終える始末だ。
だからこそ、モノは昔を思い出して笑えるケイを正直に羨ましい、とそう思う。
「…………モノちゃんはね。ちょっとだけ母さんに似ているんだよ」
「……ふえ?」
なんてことを考えていると、突如、ケイが脈絡の無い言葉を呟いた。
あまりに予想していなかった発言だったからか、モノは可愛らしい間の抜けた声を出してしまうが、そんなのをお構い無しに、ケイは続ける。
「流石にモノちゃんのその白い綺麗な髪には敵わないけど、ちょうど母さんも君の髪と同じくらいの髪型と長さでね。それに、性格も純粋で、どこか抜けていた」
「…………」
「本当に少しなんだ。本当に少しだけなんだけど、こんな日だから、夢を見たくなってしまったのかもしれない」
「それってどういう……」
「今日はありがとうって話さ」
上手く話の全容を掴めていない気がするが、最後にまとめとして言われた言葉は全くの見当違いである。
むしろ、
「いやいや、お礼を言うならむしろこっちの方だろ、生まれてこのかた、これ程までに良心を感じたのは初めてだぞ、俺」
「お、俺……? ああいや、そんな、大袈裟だよ。それでもありがとう、君が今日来てくれて本当に楽しかったよ」
「お、おおう? どういたしまして?」
全くお礼の言われる事などした覚えがないのだが、続けて感謝をされるので、モノは困惑しながらもその感謝を受け取る。
それで満足したのか、ケイは微笑み、止まっていた食事の手を再び動かし始める。モノも戸惑いつつ、続いて食事の手を再開し、その食事の席はゆるりゆるりと終わりに向かっていったのだった。
※※※※※※※※※※
「ん……」
その夜。森の中を随分と歩き回った疲労からか、ぐっすりと眠っていたモノは、自分の口から漏れた可愛らしい吐息に驚いて、目を覚ます。
やはり、自分の口から自分のものでない声が聞こえるというのは不思議なもので。特にこう、皆が眠り、静まり返ると、余計に自分にしては慣れない音色の吐息、声に敏感になる。
「俺……私の声か。なんだよこの自分のいびきが五月蝿すぎて起きるみたいで違う状況」
ケイの「泊まっていくといいよ」という言葉に甘え、部屋とベッドを借りたモノ。故にこの部屋にはモノ一人だけであるため、別に一人称を言い直す必要はないのだが、こういうのは普段の意識が大事だと思い、わざわざ言い直しておく。食事の時も一回ボロが出てたし。
それにしても、今日は色んなことがあった。
「信じられないけど私、死んだんだよな……」
未だにあの死の祝福の歌が、脳裏で響いて離れてくれない。思い出そうとすれば、手足の痺れ、聴覚を引っ掻き回すノイズ、三半規管が狂い、嗚咽感で満たされ、冷たくなっていく身体の感覚。深い漆黒に呑まれていく感覚。
その全てを色鮮やかに思い出すことが出来る。
「ただまあ、嫌なことばかりじゃなかったかな」
生前の村で唯一の味方だった妹に、散々苦しめられて殺されたことによる精神に負ったダメージは言い表せないくらいに大きい。それは間違いないのだが、そこはエルとケイの人の良さに救われたような気がした。
こうやって、暖かい気持ちで食卓を囲み、笑いあったのは今までの記憶に無いものだったから。
だからか不思議と、眠りにつくのも早かった。
「ま、こうやって結局目が覚めてちゃ、本末転倒だけどな、っと」
呟きながら、モノはベッドから起き上がり、目が覚めてしまったので一度外の空気を吸おうと、もう一度貰った服を着て、部屋を出る。
部屋を出て、そこで、隣のケイ達が寝ている部屋の扉が若干開いていることに気づいた。
「閉めといてやるか」
閉め忘れたのか、と、開いている扉のドアノブに手をかけ閉めようとして、モノは違和感を感じる。
「……ってあれ? 誰もいないのか?」
あまりに人の気配を感じなかったのだ。寝返りの音もなければ、寝息の一つすら聞こえない。
静かに寝るタイプの人間だと言われればそうなのかもしれないが、今回のそれは全く違う。そういったレベルの静けさではなく、『空っぽ』という言葉が当てはまるようなものだった。
恐る恐る、モノが部屋を覗き込むと、やはりそこには誰もいない。
「二人ともどこ行ったんだ? ……まあ、そのうち戻ってくるか。あ、エルが怖がってトイレにケイを連れていったパターンとみた! なんだ、あの幼女にもちょっとは可愛げがあるじゃないか」
こんな深夜に二人揃って出かけたのだろうか。有り得なくはないが、パターンとしては限られる。その少ないパターンから予想するにざっとそんな感じだろう。
想像の域ではあるが、あの乱暴な狂った幼女に可愛さを覚えながら、当初の目的通り、モノは外の空気を吸いに行くことにする。
「…………」
玄関の扉を開け、外へと歩を進めると、夜風が優しくモノの身体を包み、程よく冷やしていく。
「んんんっ」
モノはそんな夜風を浴びながら夜の澄んだ空気を身体に取り込むべく、伸びをしながら深呼吸をする。これだけでも、やはり意識がスっとハッキリするのを感じた。
「…………?」
そのままモノが空に浮かぶ丸く輝く月をぼーっと見上げていると、ふと、何か、不規則な音が静寂に慣れた聴覚を刺激した。
その音の方を反射的に振り向くと、そこには家の壁の傍に蹲り、身体を小刻みに揺らす小さなシルエット。
そのシルエットをモノが暫く見つめていると、シルエットは下を向けていた顔をこちらに向けて、
「お姉ぢゃん…………」
――泣いていた。
呟いたその子の顔は、涙でぐしゃぐしゃに濡れ、崩れた表情をしていた。
モノが突然のことにどうしていいか分からず呆然と立ち尽くしていると、その子――エルはヨロヨロとした足取りで寄って来て、それから、腰の辺りに抱きついて――、
「――お兄ぢゃんを……だずげでっ……」
無力な子供は無力な少女に、消えてしまいそうなか細い声色で、救いを求めた。
最初とは逆で幼女に泣きつかれるモノの構図。
んでもって、誰だか知らないけど、幼女を泣かすなんていい度胸してんなぁ!?
次回、『最終兵器』、始動――。