三章第7話 二番と五番
「お嬢! こっちの道が近道です!」
「ここ馬車が通るので、お嬢は内側に……!」
「段差気をつけてください!」
「だああ! 鬱陶しいわ!! 慕ってくれるのは別にいいけど、もうちょっと大人しくしてくんねえ? もはや邪魔! 老人の介護か!!」
モノの周りをわいわいと囲みながら、代わり代わりに尽くそうとする三人の男。
小さな事にいちいち反応しては、アシストしてくるウザさに、モノは耐えきれなくなって叫ぶ。
その叫びに対する三人の男は、とても素直な様子で、
「分かりました、落ち着きます!」
「物分りが良すぎる…………お前ら本当にさっきのワル三人衆か? 魂レベルで変わってねえ? 別人の域だぞ? 私の説教すげえな」
男たちの従順すぎる態度に、遂には本当にモノを路地裏へと連れ込んだ奴らと同一人物なのかどうかを疑い始めてしまうモノ。
集落でのヴァガラの時もそうだったが、説教の効果が強すぎる。人格をまるで変えてしまうので、これ実は特殊能力かなんかかもしれない。
そんなこんなですっかりモノのことを『お嬢』などと呼び慕い、改心した様子の三人の男――赤バンダナのルークに、猫背のジャック、チャラ男のウェイ。
この三人に案内され、モノはレイリア城の手前までやってきていた。
正直な話、巨大な城なので、案内などなくとも辿り着けてはいただろうが。まあ、出来る限り近道を案内してくれたみたいなので、役に立たなかった訳でもないか。
「――ん、君達は……?」
などと思考しながら、王城の前の階段を登りきると、そこには、一人の女性と、もう一人の男性。
声をかけてきたのはその女性の方で、
「ここはレイリア王城。部外者は立ち入り禁止だ」
「ああいや、この三人はともかく、私は部外者って訳じゃないんだが……」
「……?」
モノと三人衆に、ライトピンクの瞳で怪しむ視線を向ける女性は、派手なマゼンダのショートカットの髪を揺らしていて、その上には獣の耳。
猫のようなその耳を見て、モノは目の前の女性が獣人であることをすぐに理解する。
キチッとした感じの、男物の服を着ているように見えるが、胸部に付いたベルト状の物が豊かな膨らみを強調しているようで。
その腰に掲げた細剣を一瞬見やってから、モノは名乗りを上げる。
「私はモノ・エリアス。一応、王城に呼ばれた客、みたいなもんなんだけど……」
「珍しい純白の髪……これは失礼した、貴公がモノ・エリアス殿だったか。ワタシはレイリア王国軍二番隊隊長、フィリル・ラーバス。して、こっちのが――」
「このオレが、レイリア王国軍五番隊隊長、ナック・ベイルだァ! ……で、おめぇが、モノ・エリアスだとぉ?」
「そ、そうだけど……ちかい……」
フィリル・ラーバスというどこか聞き覚えのある響きを含んだ名前を口にした女性に続いて、名乗りを上げるのは、その隣にいた上半身裸の山賊のような野蛮な短パンを履いた青年で。
先までのワル三人衆よりも、素行の悪そうな立ち振る舞いのその青年――ナック・ベイルは、目つきの悪い顔をモノへと、至近距離まで近づけて凄む。
それから、「チッ」と舌を鳴らしたナック・ベイルは、更に睨みを利かせて、
「オレは、てめぇが九番隊隊長なんて、認めねぇ。てめぇみてぇなちっせぇガキに務まるほど、隊長ってのは簡単な地位じゃあねぇんだよ、あぁん!?」
「うぇ?」
「やめないか、この駄犬め。見ろ、彼女とても困っているみたいだ。いたいけな少女を前にしたら、如何なる時でも紳士的に振る舞わなければ……すまないな、躾がなっていなくて。――ところで、今日の夜空いてるかな? 一緒に食事でもどうだい?」
「あぁ!? 男装ロリコン猫女に言われたかねぇよ、喧嘩売ってんのか、コラ。俺はいいぜぇ、いつでも拳でわからせてやるからよぉ」
悪態をつくナック・ベイルを制止し、何の前触れもなく、モノを食事に誘うフィリル・ラーバス。
その制止の命令口調が気に入らなかったのか牙を剥いて、拳の関節をポキポキと鳴らすナック。
フィリルはナックの威嚇を受けて、肩をわざとらしく竦める。
「ロリコン、とは失礼な。ワタシは美しい少女を愛でるのが好きなだけだ。ときに、モノ・エリアス、君のそのどこか儚げで危うさを感じる瞳、綺麗な純白の髪、陶器のような肌。実に素晴らしい、ワタシの好みど真ん中だ」
「それをロリコンっつうんだよぉ。あんまし巫山戯てんならぶち殺すぞてめぇコラ」
「そうやって直ぐに『殺す』だなんて。野蛮なのは感心しない。もっとこう、落ち着くべきだよ君は」
「あぁ、決めた、てめぇ今殺す!」
「――ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待て! 情報量が多すぎて錯綜してるし、なんか話が前提から違ってるから!」
モノと、次いでにワル三人衆も置いてきぼりにして繰り広げられた会話。
果てには、ナックが痺れを切らし、同じレイリア王国軍の仲間であろうフィリルに襲いかかろうとするので、モノは慌ててそれを止めに入る。
言い争いするまでもなく、そもそもが間違っているのだ。
「ちっ、前提が違うだぁ? どういうことだよ」
「そのまんまの意味だ。……私、九番隊隊長になる件なら直ぐに断ったぞ」
「はぁ!?」
そうなのだ、そもそも、モノが九番隊隊長になるという前提で話を進めているのが間違っている。
その件ならノータイムで完全拒否したし、それから心変わりした覚えもなければ、やるなんて一言も言ってない。
だから、ナックとやらに怒られる筋合いも全くないのだが――。
「ふざけんなてめぇ、ライラに認められておきながら、断っただとぉ? 王国軍隊長ってのはなぁ、そんな簡単に辞退していい程、軽い地位でもねぇんだよォ!」
「お前、クソめんどくせえな!? どっちならいいんだよ……」
「んなもん決まってるだろぉが。どっちもダメだ、どっちにしろオレはモノ・エリアス、てめぇを認めねぇ」
「あぁそう……」
なんということだろうか。ナックのモノに対する好感度が全くの詰み状態である。
選択肢の全てが、好感度ダウンに繋がっているというのなら、もうお手上げであるので、モノはナックとの友好関係を諦め、ため息混じりに呟く。
すると、ナックは今度はまるで道端に転がっている動物の死体でも見たかのような表情をモノに向けて、
「……にしてもてめぇ、全然ビビりやがらねぇなぁ? こんなにオレが威嚇してんのによぉ。てめぇ、ほんとに生きてんのかぁ? ったく、人形みてぇで気味が悪ぃぜ」
「……前にも違う奴に同じこと言われたな。なあ、それどういう意味なんだ?」
「さぁな、オレはもういく」
「あ、おい」
言いたい放題散らかしたかと思えば、一先ずは気が済んだのか、モノが登ってきた階段を、モノに背を向けてそそくさと降りていくナック。
一応、モノが声をかけるが、勿論、それを無視。
そんな流石に良い気分しない対応に、モノがムスッと頬を膨らませているとフィリルは、
「本当にすまない。ワタシがナックの代わりに君に謝っておくよ。許してやってくれ、ナックも悪い人物では無いんだ」
「ふん、あんな奴が隊長なんて出来てるのが不思議でしょうがないな」
「ふふ、ワタシもそう思う。けど、ナックの部下も似たような者ばかりだから、意外と成り立っているんだよこれが……じゃあ、この辺でワタシも失礼するよ」
ナックの代わりにモノに謝罪を述べたフィリルも、ナックに続くように階段を降りていって。
「ああ、ワタシ達を怖がって黙っていた君達も、モノ殿の部下か何かなら、城に入ってもいいからね」
「え、いいんすか!?」
「僕達の風貌、相当アレっすよ!?」
「お嬢のお陰で改心したけど、何か悪さするかもっすよ!?」
階段を降りていく途中で振り返って、ルーク、ジャック、ウェイの三人に入城の許可を与えるフィリル。
モノは気づいていないが、王国軍隊長が二人という、実はとんでもない状況に、元ワル三人衆はビクビクと青冷め、今の今まで黙りこくっていた訳だが。
予想だにしていなかった様子の三人は、それぞれ、「自分達何かしちゃうかも」アピールをするが、フィリルはそれに少し笑って――、
――ヒュンッ。
「――――!?」
「……ね。この攻撃に反応出来てない時点で、君達が城の中で何かしようにも、何の驚異にもならないよ。直ぐに掴まって牢獄行きだ」
軽い、空気を斬る音。
三人へと殺気を放ち、冷たく低い声で忠告をするフィリルの右手には、細剣が握られている。
次に、三人の方を見やると、赤いバンダナの男ルークの喉仏に、細剣の鋭い先端が、切らないように当てられていて。
しかし、フィリルと三人の距離は、とてもじゃないが細剣の長さでは足りない筈で。
「ひゃ、ひゃい……!」
――伸びていた。その針のように細くしなやかな白い刀身が。一直線に。
涙目のルークの返事を聞くなり、また柔らかな笑みを浮かべてから、背中を向けて、手を振りながら階段を降りていくフィリル。
「わかったならよろしい――それじゃ、また会おうね、モノ・エリアス」
「……?」
何か含みのあったように思える去り際の台詞に、疑問を浮かべながらも、どちらもユニークすぎる二番と五番隊隊長との出会いを終えたモノ。
気を取り直すように頭を横に振って、モノはルーク、ジャック、ウェイを引き連れ、城の中へ、玉座の間へと戻っていくのだった。
明日は忙しくて、投稿出来るかわかりません(ないと思っておいてください)!