三章第5話 ワル三人衆
「とにかく! お主達、件の『犠牲』の討伐、及びそれに関わる騒動の沈静化、実に大儀であったのだ!!」
「おー、超大変だった」
ガチムチ王――否、幼女王であったレイリアのトップ、ティア・ニータ・レイリア。
未だにそのギャップに戸惑いつつも、モノはティアの称賛の言葉に、『アゼルダ』での苦労を思い出し、げんなりとしながら答える。
「……お主、なんか距離感が近すぎやしないのだ? 余、王様ぞ? この国の支配者ぞ?」
「安心しろ、私は誰に対してもこんな感じだ」
「やれやれ」といった様子で、首を横に振るモノに、ティアはじとっとした何とも言えない表情を浮かべて、
「それで、何を安心させたつもりになっているのだ? 甚だ不思議なのだ……って、距離感が近すぎるといえば、別にお主に始まったことではなかったのだ」
ティアは、そう言って含む視線を、扉を壊したというのに飄々としていたライラへと向ける。
当のライラは、その視線に何か、はっとした様子だ。
「どうした、ティア。我の顔になんか付いているのか? はっ! まさか、二日前にティアの分の菓子を食ったのがバレたのか……!?」
「二日前の食べかすが頬に付いてたら流石に余もドン引きなのだ。……というか、お主、そんなことをしておったのだ!? 不敬すぎるのだ!! 死刑!!!」
馬鹿丸出しの受け答えで、これまで隠せていた筈の悪事を露呈させるライラ。
ティアの首を切るジェスチャーに合わせて、とんでもない軽さで飛び交う死刑宣告。
王に見えない王と、軍の隊長に見えない軍の隊長の、王と兵士の会話には聞こえない会話に、エリュテイア達は苦笑する。
やり取りを終え、一つ「はあぁぁ」と深くため息をついたティアは、改めて、咳払いをして、それた話題の修正を計る。
「おほん、えーっと、それでだな何か褒美を――」
「ああっ!!」
「今度はなんなのだ……!」
しかし、そこに割り込むのはやはりライラ・フィーナスで。
話し始めた所を遮られたことに、ムスッと頬を膨らませながらも、発言を促す幼女王の姿は、王としての側面と子供らしい側面が絶妙なバランスで入り混じっていた。
そんな中、一応は話す権利を認められたライラは、話し始め――いや、認められなくても勝手に話すだろうが。
「そうだ、モノ・エリアスを九番隊の隊長に任命しようと思っていたんだが、ティア、どうだ?」
「……お主が、認めたのだな?」
「ああ! 良いオーラだ」
「……ならそうしよう。お主のその慧眼は余も認めるところだ」
「――――」
ギュッと一気に引き締まった空気。ライラもそういう面があったが、ティアもなかなかの物だ。
先程までの態度からは考えられない、上に立つ者の眼差し。一つ風が吹いたような感覚。
だが、その風が、ティアから放たれた威圧による錯覚であることに気づくのには、一行はワンテンポかかってしまう。
小さな身体だが、そこには一人の王の姿があった。
二つの大きな存在の影に、しんと、静まり返った玉座の間。
静寂。
――――静寂?
そうふと、疑問を抱いたのはエリュテイア。
確かに、理由なく畏怖を覚える相手だ。
しかし、そんなプレッシャーに関係なく、特にこの話題には、絶対に何かしら騒ぎ立てる人物がここには居たはずだ。
それなのに、辺りに満ちたのは騒ぎの欠片もない静寂で。
不審に思ったエリュテイアは、思わず、キョロキョロと辺りを見渡す。
そこに居るのは、ナナリンと、アルファと、ティアと、ライラと――――。
「…………!?」
どうして、一体、何時から。
何故、誰も気づかなかったのだろうか、逆に違和感を覚える程の、違和感の無い消失。
まるで何かの意志によって、認識することを強制的に避けさせられていたような――。
『アゼルダ』の呪いよりも、ずっと自然で、ずっとずっと不気味で。
その異常現象に、最初に気づいたのはエリュテイア。
続いて、気づいたのはティアだった。
「…………?」
その他の人物は、重要なピースが欠けたことに、気がつく様子は無かった。
ナナリンとアルファは、王の次の言葉を待ち、ライラは先の王の言葉に満足気で。
明らかに挙動不審のエリュテイアに、むしろアルファとナナリンは不思議そうな表情を浮かべていて。
気持ち悪い。
『世界』が、自分の親友を拒絶しているようで、気持ちが悪い。
初めから、そこにはいなかった、そう言われているようで、とても、気持ちが、悪い。
やがて、息が止まったエリュテイアに代わって、それを言葉にするのはレイリアの王――ティア・ニータ・レイリアで――――。
「…………して、そのモノ・エリアスは何処へ行ったのだ?」
もうそこには居ない、『白』の美しい少女の名を呼んだ。
※※※※※※※※※※
「――――飛んだな」
もう規則性なんてあったもんじゃない。
『アゼルダ』の頃は、まだ、前回の位置を受け継ぐ形でその現象は起きていたのだが。
こうなってくると、もう意味が不明だ。
まあ、正直な話、『桃』の『最終兵器』であるローズ・リリベルと見知らぬ場所で出会った時点で、嫌な予感はしていたが。
モノは、人が絶え間なく行き交う喧騒の中、思考を切り替えると同時に、背後の非常に大きなシルエットを見上げる。
「……視界に城があるってことは、王都の中だな。現在位置は城下町ってところか」
その壮絶な形の建造物――『レイリア王城』。
ついさっきまで、モノが中に居たはずのそれの外観が、モノの視界には映っていて。
「地下じゃないのは安心だけど、こんな距離を『テレポート』させるなよ……」
モノの身体を依然振り回す、『突発的テレポーテーション』。
だが、今回起きたそれは、今までで、一番意味の無いテレポーテーションだった。いや、今までのテレポーテーションに意味があったのかどうかは分からないが。
「ともかく、この距離なら普通に戻ればいいか」
普通なら必要無かった筈の、ただただ面倒臭いだけの移動を強いられ、やるせない気持ちだが、仕方がない。
今までみたいに全く知らない場所に飛ばされるよりは全然マシだから、そこだけは感謝しておこう。
ううん、やっぱり感謝なんてしない。そもそも『突発的テレポーテーション』なんて起きなければ良かった話だし。
気だるさを覚えながらも、再びレイリア王城へと戻る為に、モノはその場から歩行を開始。
とぼとぼと、街中を飾る、美しい水の芸術を眺めながら、道を進んでいく。
すると、
「――なあ、お嬢ちゃん。俺達とちょっと遊ばね?」
「うん?」
突然、そのモノの視界と道を塞ぐのは、三人組のガラの悪い男達。
一人は、赤いバンダナをして、耳飾りをジャラジャラとさせた男。
もう一人は、茶色のズボンのポケットに手を突っ込んで、猫背の男。
更にもう一人は、服の着こなし方が雑な、チャラチャラとした男。
声をかけてきたのは真ん中に立つ赤いバンダナの男で。
「悪いな、私、今遊ぶような気分じゃなくて、時間もないし」
「まじか、やべえ、超可愛くね?」
「ああ、こりゃ天使か?」
「こんな上玉、見逃すなんて出来ねえよなあ?」
「あのー、聞いてる?」
何やら、モノに聞こえない声量でボソボソと内緒話をし始める三人組に、モノは苦笑いする。
すると、それに慌てた様子で、答えるのは、猫背の男で。
「お、おい! 嬢ちゃん、大人しくしな! 大人しくしたら、何もしねえ」
「……?」
「『いい事』教えてやるからよお、そこの路地裏に行こうぜぇ」
ニタニタと笑う男達に、モノは何とも不思議そうな表情を向ける。
『いい事』とはなんだろうか。
何もしていないのに、大人しくしているだけで『いい事』を教えてくれるなんて、いい奴らじゃないか。
人を見た目で判断してはいけないとは、このことか。
「いい事? それじゃあ、お言葉に甘えて……」
「えっ……?」
「いいの?」
「マジで?」
「……???」
なんて、予想していた反応とは、全く違う、純粋な光で、瞳を輝かせるモノに、むしろ男達の方が戸惑ってしまうのだった。