二章幕間・一 ナノナノナノナノ
「いやあ、食った食った。というより、食いすぎて気持ち悪い」
食事を終え、食堂から出てすぐのところで、モノは腹を押えてその膨らみを確認する。
その隣で同じように腹を押えるのはアルファだ。
「僕もです……つい口へと運ぶ手が止まらなくなっちゃって……」
「美味しかったもんね★」
「ああ、俺にもこんな料理が食べられる日が来るなんてな……」
「あ、それなんですけど、モノさんの『俺』っていうのと、ぶっきらぼうな口調って何処からか来た感じですか?」
「……ぇ?」
何気ないアルファの言葉に、モノは驚愕の表情で唖然とする。
それから少しの逡巡の後に慌てて、
「わ、私には何を言ってるか、さ、さっぱりー」
「さすがに無理がありますよ!?」
「う、うるせ……うるさい! 私が私って言ったら私なんだよ! なんか文句あるか!? あ、そうだ! ……ナナリン、アルファが虐めてくるぅ……」
「くうっ、上目遣い……! アルファ君、ごめん、ナナリンこの視線には耐えられない……だから、死んでね★」
「ええぇ……って、ナイフ振り回すのは、うわっ、やめ、あぶな、ほんとに死んじゃいますから!!」
「あぁぁ……! やらかしたぁぁ……完全に俺っ娘だったじゃん……!」
痛いところを突いてくるアルファに、モノは必殺の上目遣いでナナリンのハートを掴み、自在に操る。
ナナリンはそんなモノの思惑通り、アルファに向けてナイフを振り回す。
思い返せば、もはやいつからか分からないが、かなりの期間、『俺』やら、男らしい喋り方をしていた気がする。
あれだけ、この容姿に合うように、違和感がないようにと、態々『私』に変えたのに、結局、アルファに思いっきり指摘されてしまった。
別にここで何か不利益を被るとかそういうことでは無いのだが、些か恥ずかしい気持ちが込み上げてくる。
――決めた。これからは『私』だ。もう絶対にぶれてなるものか。そう、せっかくこの身体を手に入れたんだし、誰もが認めるお淑やかな美少女になってやるのだ。
項垂れながらも、正直どうでもいい決意を本気で抱くモノ。
「あなた達、ほんとに仲がいい……というより、喧しいわね……」
そんな一連の流れを見て、黒の瞳を細めて苦笑するエリュテイア。
「――そういえば、皆さん! フィロさんはどうされたんです? 僕がオリバーを抑えている間、住民の誘導を行っていたのが彼女なのですが。あれから、姿を見ていないもので」
「はい、フィロ様なら、今は図書館に居ると思います。何でも、『私のことは気にしなくていい』とのことで」
「そうですか。無事なら良かったです」
フィロと聞いて思い浮かべるのは、マゼンダの髪の白衣を纏った少女だ。
モノにとっては、二回程の会話の経験のある少女だが、どちらも去り際が最悪だったので、かなり苦手意識のある人物でもある。
何やら、アルファの言う様には彼女は獣人だったらしく、人間を効果対象にしていた『盲信の呪い』が、中途半端に機能したせいで、エリュテイアへの恐怖心が少なかったとかなんとか。
何はともあれ、フィロも無事なようで何よりだ。
「……んじゃま、私は一旦、街の様子でも見てくるかな」
「僕は王都への報告書を纏めるので、少し部屋を借りて篭もります」
「私は人間達の顔を見てくるわ」
「ナナリンはモノたんに着いてこっかな〜」
「……ああ、すまん。ちょっとだけ一人にしてくれないか」
各々が次の行動を言葉にしたところで、自分に着いてこようとするナナリンをやんわりと拒むモノ。
うん。さすがはナナリン、人の感情を読み取るのが上手い奴だ。
モノの表情から何かを汲み取ったらしく、一瞬の思考の後、ゆっくりと頷いて、
「……! わかった。モノたん、何時でもナナリンに相談してね、きゃはっ★」
「ありがとな」
「一体、何の話かしら?」
「エリュテイアも本当にすまん、私、今、余裕が無い」
「あ、ちょ――」
突然、その場から逃げるように、エリュテイアの疑問を振り払いながら、廊下を走って皆から離れていくモノ。
ああ、そうだ。
感じ取っていた。 あの予兆を。
「全部、丸く収まったし、お前ともお別れしたかったんだけどな……」
廊下を駆け、角を曲がり、豪華絢爛な階段を滑るように降りて、出来るだけ皆の目が届かない所へ。
いつだって、それは急にやってくる。
全身の毛穴全てが粟立ち、猛烈にやってくる悪寒。
――どくん。
心臓が、身体が、意識が、廊下が、豪邸が、世界が跳ねる。
ぐにゃりと、周りの景色が渦を巻き、徐々に現実味を失っていく。
モノの存在が空間から完膚なきまでに拒絶され、遠ざかっていく先までそこにあった全て。
まるで世界が気味の悪い物を、吐き出すかの如く、モノは一度、世界の何処でも無い場所へと放り出され――、
「…………」
――モノは一切の抵抗をしなかった。
むしろ、世界の流れに身を委ねるように、凭れかかって、飲み込まれていくのを享受した。
今までの経験で、モノは理解していた。この現象は何人も拒む事の出来ない強制的な事象で、抗うだけ無駄であるということを。疲労するだけだということを。
故に、モノは眠るように目を閉じて、次の景色を待ち受けるように両腕を広げて。
果たして、世界がモノを置き去りにするのか、モノが世界を置き去りにするのか。
しかし明確なのは、次に目を開いた時には、見たことの無い景色が広がっているということだ。
近づいてくる。
遠のいた感覚が、モノの身体へと再び『インプット』されていく。
もう一度、世界という鳥籠へと、『モノ・エリアス』は押し込まれて――、
『当機体に《異常現象》の発生を検知。原因は不明。起きた現象は《突発的テレポーテーション》と推測されます』
――n回目の『突発的テレポーテーション』。
モノは世界を受け入れた。
※※※※※※※※※※
「――――」
現在位置の転移。
見覚えの無い、天へと登る光の柱を見上げて、モノはその現象の成立を確信する。
多少の雲はあるが晴天だ。青い、青い空。
地面を見ると、草原を分けるようにして出来た、明るい色の土の道。
後ろを振り向くと、ずっと視界の果てまで、くねくねとその道は続いていて。
が、前方を見るとそれは突如、ひび割れた崖に邪魔をされる。
底の見えない崖の、奥深くからその光の柱は登っていて。
視界の全てを覆うほどの規模を誇る、光の柱。
凄まじいエネルギー量なのが、眺めているだけでわかった。
しかし、圧倒的で膨大な力が勢いよく、蠢いていると言うのに、不思議なくらいに静かで。せいぜい、キィィンという高く、微かな音が、聞こえているだけだ。
「なんだ、ここ……」
ある程度は予感していたのだが、『アゼルダ』の実験施設では無い場所だ。
そもそもこんな目立つ光の柱を遠目でも見たことが無い。ということは、いよいよ全く別の、遠い所へとやって来てしまったらしい。
これでは、まるで手がかりが無いので、どうしたものか。
などと、顎に手を当てて考えていると、
「――ねえ」
「……!」
謎の呼びかけに、右を見やるとそこには。
鮮やかなピンクの髪を地面に盛大に擦り付けるまで、際限なく伸ばしきった、銀色でタレ目な瞳を持つ少女。
歳は、モノの外見年齢――十三歳くらいとそう変わらないように見えた。
その少女は、何故か、へその部分だけ菱形に切り取った、これまた長すぎる袖の、全体的にダボダボな白のローブを身に纏っていて。
「ココ、普通の人はまず辿り着けない場所ナノ。どうやって来たナノ? ……まさか、コネクターを奪いに来た『神』ナノ?」
特徴的な語尾で話す彼女は、ブンブンと両手の袖を振り回しながら、モノに問うのだった。
やけくそサブタイ。
予定変更で、今回、次回と幕間で、その後、3章に入りたいと思います。