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二章第30話 取り戻した平穏




「……ふあぁ」


 自分の口から出ているとは、未だに信じられない可愛らしい声の欠伸。

 一人で居るには些か広すぎる、一室の隅に置かれたベッドの上でモノは大きく伸びをする。

 

 昨夜は、いや、街に来たその日の夜から、大変なこと続きだった。

 自身を襲う『突発的テレポーテーション』という糸に、絡まって複雑になる複数の糸。というのも、『実験施設』やら『吸血鬼』やら『加護者』やら『殺戮』やら。

 こうやって単語だけで並べるとそれぞれにはやはり、繋がりはないように見える。

 しかしまあ、大体の原因はオリバー・バイシェルトというクソ野郎が握っていて。

 

 モノは貰い物のふわっとした生地の寝間着のまま、やけに広く整った部屋の扉を開き、これまた広い廊下へと出る。

 横にラインの入ったこの寝間着、子供っぽ過ぎる気もするが、集落でケイに貰った服を、魔法で洗ってもらい使い回していたモノからしたら有難い。


 と、廊下に半歩出たところで視界の右に立っていたのは、少しクセのある黒髪に、深い緑の瞳を持つ、何処か顔立ちから頼りなさを感じる少年だった。


「あ、モノさん。おはようございます、昨日はお互い大変でしたね」


「おはよ。って、アルファお前、もう動けてるのか? 昨日、あんなにボロ雑巾みたいな姿になるまでやられてたのに?」


 そう驚いて、思い浮かべるのは黒髪の少年――アルフレッド・アグランが、『時間稼ぎ』という目的の為に、生きているかどうかも怪しい加減の血だるまになった姿。


 オリバーという強大な敵を前にして、剣を触れないという少年が、人々の命を守る為に何度も立ち上がる様子は、正しく英雄だった、とは住民から聞いた話だ。

 文字通り命を賭して、モノへと繋げてくれた彼には本当に感謝しきれない。

 あそこでアルファが踏ん張ってくれなかったら、オリバーによって殺される住民の数が増え、結果的に、『加護』を強めてしまい、詰んでいた可能性が高いのだ。


「酷い例えですね……確かにその通りなんですが。まあ、はい。僕の身体、つくりが普通のとはちょっと違うので」


「……? それってどういう――」


「おっはよ〜っ★ ……って、モノたんの寝間着姿、レアかわいっ……!? もしかして、ナナリンのこと殺しに来てない?」


 モノの比喩に苦笑しながら、何か意味深な言葉を呟いたアルファ。

 気になったモノは発言の真意を問おうとするが、そこに喧しくやってくるのは、蜜柑色のツインテールに薄い青の瞳の、猫を連想させる少女――ナナリンだ。


 ナナリンは寝間着姿のモノを見るなり、その姿を目に焼き付けんと、クワッと目を見開いて、息を荒らげる。

 モノはそんないつも通りの様子に、呆れた声色で、


「相変わらず、五月蝿いな! こちとらお前と違って、怪我人二人だぞ? もう少し静かにしてくんね?」


「うぇへへ。なんだこの美少女は……天使だ、天使がいるぅ……!」


「うん。聞いちゃいねえな」


 怪我人、と言ってもモノは割と軽傷で済んでいるが。

 

 にしてもこいつは、少女がしてはいけない顔をしているのを自覚しているのだろうか。

 涎を垂らし、鼻の下を伸ばしきったその顔は、性犯罪者どもがこぞって逃げ出しそうだ。


「――モノさんも大丈夫ですか……って聞こうとしてたんですけど、その調子なら大事には至って無さそうですね」


「おう、なんか、一番ダメージが大きかったお前に言われるとイマイチ変な感じするけど、俺は平気。それよりも、俺はエリュテイアに血を捧げたせいで、一斉にぶっ倒れた住民達の安否の方が心配だな」


「きゃはっ★ あれ凄かったよね〜! 皆、青褪めて、突然バタッって!」


「うわ、衝撃ですねそれ。僕はその時絶賛、生死の淵をさ迷っていたので知らないですが」


 エリュテイアの放った一撃と、ナナリンの精神的なトドメによって倒されたオリバー。

 その直後、完全勝利による大きな歓声が湧き上がるが、それは一瞬。

 貧血を起こした住民達は、湧き上がりきる寸前で、その九割近くが同タイミングで意識を失った。


 その時のエリュテイアの焦りようといったら――。


「ふふ。あいつやっぱり人間大好きだったな」


 右往左往しながら、オロオロとするエリュテイアを思い出して、無意識に吹き出してしまうモノ。

 それを見たナナリンは、何か真剣な顔つきで――、


「――モノたんってさ、何か、ちょっと肝が据わったっていうか、大人びた? この数日、大変だったろうから無理もないか」


「急にどうしたんだよ……」


「成長するモノたん。もうなんか、天使すらも超越した何かだよね、うん」


「……アルファ、どうにかしてくれ」


「え!? 何故ここで僕ですか!? 第一、僕ナナリンさんに冷たくされてるの知ってますよね!?」


 モノに全てを投げつけられたアルファは、情けなく叫ぶ。

 確かに、出会ったばかりの頃、ナナリンはアルファに対して、わざと冷たく当たっていた部分があった。

 のだが、今のナナリンには、そういった態度は見受けられず――、


「きゃはっ★ ごめんごめん、私、兵士絡みで昔に嫌なことがあって……でも、ナナリン、今回の事件で、アルファ君は結構気に入ったから安心してね!」


「良かったじゃん、ボロ雑巾になった甲斐があったな」


「なんか釈然としませんが、ここは良しとしときますかね」


「ナナリンが兵士を気に入るのって相当珍しいから、胸張っていいと思うよっ★」


「ええい! 何故そこで、俺に抱きつく!?」


 アルファに関しての話題だった筈なのだが、どうしてかモノに抱きついてくるナナリン。

 温泉の時よりは、色々とだいぶマシだが、それでもやめて欲しい。

 

「――ご歓談のところ、申し訳ございません。食事の準備が整いましたので、そのご報告を」


 なんて、何処か安心感のあるやり取りを繰り広げていると、横から知らない声がかけられる。

 振り向けば、そこには使用人の服を来た女性――所謂、メイドの一人がお辞儀をしていて。


 『アゼルダ』の中心に位置する豪邸。

 モノ達は、その食堂へと案内されるのであった。



※※※※※※※※※※




 寝間着から急いで着替え、普段の黒いケープとクリーム色のショートパンツが特徴の格好へと戻ったモノ。


 大きな両開きの扉が前を行くメイドによって開けられ、モノの視界に飛び込んでくるのは、見たこともない豪勢な料理が、ずらりと並んだ食卓だった。

 白いテーブルクロスの上に配置された、見た事のない種類の料理は、どれも食欲をそそる香りと、計算され尽くした盛り付け方をされていて。


「おおぉ……!」


「これは……」


「きゃはっ★ お腹空いた〜!」


 豪華な料理の数々に、各々感嘆を漏らすモノ、アルファ、ナナリンの三人。

 そんな三人を歓迎するのは、美しく輝く金色の長髪に、夕焼けの瞳を持つ、端正な顔立ちで微笑を浮かべる少女。

 と、その奥に、サイドテールの血を連想させる髪に、黒を基調としたゴシックドレスを見に纏った少女。


「お待ちしておりました! モノ様、アルフレッド様、ナナリン様」

 

「ドロシー! それに、エリュテイアも! 二人とも元気そうだな」


「モノ、あなたも元気そうで何よりよ」


 今までの苛立った表情ではなく、柔らかな笑みを浮かべるエリュテイア。

 それに新鮮味を覚えながら、モノは軽く微笑み返す。エリュテイアも間違いなく美少女だが、笑っているとより一層、その美しさに磨きがかかるというものだ。


「エリスは一緒にいたからともかく、ドロシーお前、オリバーの話だと魔力吸われて死んだみたいなこと聞いてたんだけど……」

 

「ええ、わたくしも死を覚悟致しました。ですが、そこにナナリンさんが」


「きゃは?」


 モノの後ろ、ナナリンへと視線を向けるドロシーと同じようにして、モノは振り返る。

 当の本人であるナナリンはというと、何知らぬ顔で首を傾げており、


「――ナナリンの依頼ってオリバーが持ってる『聖遺物』の事だったんだな……」


「そうだよん! 知り合いから頼まれてて……危険な物だから、もし何かあったら壊していいって感じで」


「ナナリンさん助けて頂き有難う御座いました」


「たまたま通りかかっただけだし、気にすることないよっ★ ナナリンは『可愛い子の味方』で、貴族の子に恩を売っとくと後から大きそうでしょ? 盗賊は金の匂いに敏感なのですっ」


 「えっへん★」と自慢げに胸を張って、ふんぞり返るナナリン。

 それはそうと、随分と不思議な感覚だ。

 だって、


「それにしても……俺と、ナナリンと、アルファ。見事に三人とも、オリバー関連の騒動に巻き込まれたよな……最初の馬車での出会いからは考えられねえ程の運命力だぜ」


「そうですね。僕が『実験施設』を調査しに来てて、ナナリンさんが『聖遺物』の奪取で、モノさんは……なんか捕まってましたね」


「ああ、あれな。俺に関しては何で巻き込まれたのかわからん」


「きゃはっ★ でも結局、モノたんが巻き込まれてなかったらこの街今頃残ってないだろうし、良かったんじゃない?」


「いやいや、超大変だったぜ? もう全然良くない。急に知らん場所に居るわ、首は締められるわ、人間は爆発するわ……いや俺、よく生きてんな!?」


 他にも沢山あったのだが、この街で起きた出来事を振り返れば振り返るほど、とんでもない事態の連続。

 本当に我ながら、よく生還した上に、丸く収めた。

 自分自身を褒め称えてやりたい。


 さて置き、ましてやモノとナナリンとアルファが出会ったあの馬車、『特異点』だったのでは無かろうか。

 あそこでの出会いが無ければ、こうは上手くいってないように思えてならない。


「モノたんの首を絞めっ……!? 詳しく聞かせて、そいつぶっ殺さなきゃ!!」


「いや、そいつもうくたばってるから……」


 ナナリンは鼻息を荒げて、何処からかナイフを取り出し、何かを切り裂くようなジェスチャーをして、フリルスカートを揺らした。

 物騒過ぎるその様子に、若干引きながらモノはエリュテイアへと会話を振る。


「そうそう、約束だったからな。エリスにも紹介するぜ、この物騒なのがナナリンで、こっちのナヨナヨしたのがアルファだ。どっちとも俺の()()()()()()()


「は、初めましてね。私は『吸血鬼』のエリュテイア、エリスでもどちらでも構わないわ、それと、えっと、よろしく……」


 モジモジとドレスの端をクシャッと掴んで、そっぽを向きながら照れ臭そうにするエリュテイア。

 モノはそのエリュテイアの態度に首を傾けて、


「あれ、俺と会った時ってそんな緊張してたか?」


「う、五月蝿いわね。友達から友達を紹介してもらうなんて、そんな()()()()初めてだから、緊張くらいするわよ」


「そういうもんか……」


 モノの突っ込んだ言葉に右手の人差し指で頬を掻くエリュテイア。

 そのやり取りが途切れたところで、アルファとナナリンもエリュテイアに向けて自己紹介をする。

 

「初めまして、アルフレッド・アグランです。アルファなんて呼ばれ方をしてます。一応、王都の兵士をやってまして。エリュテイアさん、どうぞよろしくお願いします」


「きゃはっ★ ナナリンはナナリンだよん! 可愛い子が好きなんだけど……やっぱりエリスたんも中々……」


「ナナリンといったかしら? な、なんか妙に近いわね?」


「安心しろ、そいつ変態だから」


「そう言われて安心できると思ってるのなら、一度、頭を診て貰うといいと思うわ」


 そう言われても事実なのだから仕方ない。

 と、それぞれ自己紹介が済んだところで、エリュテイアは改めて驚いたような表情を見せて、


「でも、ほんとにモノの友人、私を『吸血鬼』だと知っても驚かないのね」


「だろ? まあ、もうこの街にエリスのこと怖がる奴居ないと思うけどな」


 『盲信』という『呪い』。

 まあ多分、大規模な魔法かなんかだろうが、その効果が切れ、加えて街を守った今、エリュテイアを怖がる人はこの街には居ない。


 街は守れ、エリュテイアの問題も解決し、結果は上々。

 やりきった。

 モノも精神的に何かひと皮剥けたような気分だ。

 

「――では、皆さん席に着いてください」


 ドロシーの呼び掛けに、モノ達はテーブルを囲む背もたれの長い椅子に腰掛ける。

 

「改めて皆さんには、この街を救って下さったことへの感謝を。心より、感謝を。……人数も少なく、昨日出来なかったパーティで使われる予定だった食材達ですが、今朝はお楽しみ下さい」


 そんな口上を最初に、食事は始まる。


 我武者羅に足掻いて勝ち取った、平和な時間。

 

 モノは、その一つ一つを噛み締めるように、料理を口に運ぶのだった。


 

※※※※※※※※※※





 

『――――()()()()





『そこにいたんだね。愛しい愛しいモノ』





『早くチャンネルを繋げなければ』





『会いに、いかなければ――――――』






 多分、おそらく、きっと、次で二章最後です。


 また幕間とかは挟むかもしれません。

 というより、登場人物まとめを作ってもいいかもしれませんね。

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