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二章第26話 正義の『白』と憤怒の――



 どれ程急いでいたのか、焼き菓子に手をつけないまま言いたいことだけ言って、出ていった『白』という言葉がピッタリな、所々、何故か男っぽい言動の少女。


 彼女が去った後、エリュテイアはその焼き菓子に手を伸ばす。

 その顔はどこか、苛立たしげで。


 でも、この苛立ちは別にモノが悪い訳では無い。

 それをエリュテイア自身も理解しているから、八つ当たりするつもりも毛頭ない。

 

『――この街を助けてくれ』


 その言葉を一度はエリュテイアは拒絶した。

 理由は勿論、『大好き』な人間達に罵声をぶつけられるのが嫌だから。


 過去に、エリュテイアは街に魔物の群れが侵入するという危機に立ち向かった。

 人間を守ろうと、持てる限りの力を使い、その群れを全滅することに成功したエリュテイアは、その魔物の血を保管しようと集めることにした。

 

 のだが、それがエリュテイアの唯一の失敗だった。

 それを見ていた貴族の一人が、人と魔物の血を集める為に、『吸血鬼』がこの魔物をこの街に誘き寄せた、と言い放ったのだ。

 その根も葉もない噂は、見事にこの街の呪いと『マッチ』し、すぐに広まり、住民の魂へと刻み込まれた。


 百年位前の話である為、エリュテイアを森へと追いやった人間達はもう生きてはいない。

 だが、尾ひれの付きまくった忌むべき『吸血鬼』の伝説が、残ってしまい、結局、今のこの状況に至る。


 故に、エリュテイアはモノの願いを一度拒んだ。

 簡単に言えば『トラウマ』の一種である。


 だが、モノはエリュテイアがそう答えるのを分かっていた。

 そして、エリュテイアが何故、拒絶したのか、それも分かっていた。

 いや、モノはエリュテイアのもっと深くの部分まで理解しているに違いない。


 何故なら――、


『俺とお前は似てる』


 そう、言い様もない『レベル』でエリュテイアとモノは似ていた。

 同じ、理不尽な理由の嫌われ者だ。

 けど、その自身を嫌っている相手を憎みきれない。


 それにモノはこうも言っていた。


『後悔すると思うぜ』


 エリュテイアが今、街を助けようとしなければ、後悔すると。モノはそう断言してみせた。

 どうして、そんなにハッキリと言えたのか。


 それはモノの口から直接聞いた通りだ。

 モノの居た村は、何かしらで滅んでしまったらしい。

 それを知った時に、モノは後悔した。諦めて、籠っているだけだった過去の自分に。

 対して、エリュテイアには今、決断の機会が与えられていた。

 既に全てが終わってしまったモノは、まだ『チャンス』のあるエリュテイアに同じ道を辿って欲しく無くて、


『俺は、お前を、俺を! 救ってやりたい!』


 俺とお前を救ってくれと、エリュテイアに縋った。

 ここでエリュテイアが立ち向かって、それで救われる姿を見せてくれと。


 ああ、なんて。


『一回だけ、俺を――友人を信じてくれ』


「……ずるい」


 そんな風に、弱々しく縋るなんて。

 後悔させたりしないから、俺を信じろなんて。

 

『信じてるぜ、エリュテイア』


 お前は絶対来るって、俺は信じてるなんて。


 エリュテイアは掴んだ焼き菓子を一口、小さく齧る。甘さの控えめな、素材のいい香りがするクッキー。

 結構な自信のある代物だ。

 しかし、今のエリュテイアにはそれを味わう程の余裕は無くて。


「ずるい……!」


 もう一度、今度は明確な苛立ちを声に乗せて、そう呟いた。

 やがて、エリュテイアは一つ、深く、深くため息をつき、


「…………馬鹿ね、私も」


 エリュテイアは小さく齧ったクッキーを、次は一思いに口の中へ放り、それを紅茶で一気に飲み込んで。


「こんなの、考える必要もないのに」


 椅子から立ち上がる。


 それから、扉を開けた『赤』の少女は、出ていった『白』の少女を直ぐに追うようにして、決意の表情で森へと駆け出した。



※※※※※※※※※※




 場違いに、巫山戯た態度を取るモノ。

 それを受け取ったオリバーの方は実に分かりやすい。

 眉をぴくぴくとさせながら、張り付いた笑みを崩すまいと必死に抵抗している。

 

「――君、絶対僕のことをおちょくってるよね? 神に選ばれたこの僕を? 神になるこの僕を!?」


「いや、だから神になんかなれねえって言ってるじゃん、俺達が止めるし。……あ! さては、耳クソ詰まってんのか? ちゃんと耳掃除はした方がいいと思うぜ?」


「はは、わかった。ああ、わかったよ………………もう君を生かすのは辞めだ。すぐに潰して、転がる死体と一緒にしてやるッ!!」


 絶妙なウザさ加減で、手を叩いて閃く『リアクション』をするモノに、遂に限界を迎えたらしく、狂気の形相で殺気を飛ばすオリバー。

 叫んだ次の瞬間には、モノとの距離を既に詰めていて――、


「死ねぇッ!」


「『拒絶(リジェクト)』!」


 右腕の手刀の横薙ぎ。驚異的なスピードだが、遅れることなく反応したモノは半透明の障壁を展開。

 障壁に直撃したオリバーの攻撃は、モノを障壁ごと僅かにノックバックさせるが、モノの身体に傷を作ることは出来ない。

 しかし、その吹き荒れる衝撃は半端ではなく、モノの後方の民家を破壊してみせる。

 

「……おい、幾ら俺が可愛いからって、そんな乱暴に触ろうとするなよな。俺の身体に触れたかったら、それこそ宝石を扱うみたいに丁寧にだな……! ああいや、ごめん、そもそも触んな汚らわしい」


「君は、どこまで僕の神経を逆撫ですれば気が済むのかなァ!? 死ね、無様に、無惨に、無意味に、さっさと死ねよ!!」


「一度目はまだしも、二回目はもっと尊厳のある死に方がいいな。ちなみに、お前に殺されて死ぬのはアリかナシかで言えば、絶対にナシだな、っと――システム・アンロック……『無重力(グラビティ・ゼロ)』!」


 妹に毒殺された時は、それはもう無様の一言に尽きたが、せめてもう一度死ぬ時くらいは、まともな死に方をしたいものだ。

 まあ、でもそれは遠い未来の話で。こんな所で死ぬつもりは毛頭ない。

 

 モノは軽口を止めないまま、『無重力』を発動。

 身体にかかっていた重さが、フッと軽くなり、身体が浮くような錯覚を覚える。

 

「そおいっ!」


 いつもの自覚症状無しの独特な掛け声。

 モノは軽く地面を蹴り、それに釣り合わない爆発的な推進力を得る。

 そのまま、纏った『白』の光を束ね、オリバーの胴体目掛けて、突進。


「ぐ……!」


 その突進を真正面から受けたオリバー。

 しかし、今回、オリバーの身体が宙へと飛ぶことは無く、


「その、程度かいっ!」


「うおっと、あぶねえ!」


 『犠牲』の力で強化された肉体。オリバーは地面に足を食い込ませ、モノの突進の勢いに堪えて、その場に留まってみせる。

 次に空かさず、左手でモノの顔へと空気を切り裂きながら、一突き。

 モノは慌てて、上体を逸らし、それを回避。


「からの、そおいっ!」


 次いで、その回避の勢いで、両手を地面に突いたモノは、逸った身体で逆立ち。

 振り上げた脚でオリバーの身体を駆け上がり、その顎を蹴り飛ばす。

 鉄棒で言うと、逆上がりの要領だろうか。

 そんな変則的すぎる攻撃は予測していなかったのか、それは『クリーンヒット』。

 オリバーの身体が真上、空へと持ち上がる。


「――――!」


 モノはオリバーの身体が着地する前に、後方倒立回転で通常の立ち方に戻り、拳に全てを拒む『白』の力を集中。


「もういっちょ、そぉぉおおおいっ!!」


 再び地へと降りてきたオリバー。着地寸前で、その胴体、胸のど真ん中へと、モノは拳を閃光を唸らせ、力のままに打ち出した。

 直前に顎に蹴りを食らったため、軽い脳震盪を起こしたのか、抵抗できないオリバーは、その拳を受け入れ――。


 遠く、遠くへ民家の壁をいくつも突き破りながら、目にも留まらぬ速さで、盛大に飛び、遂には見えなくなってしまう。

 ――手応えありだ。

 やはり呆然とする民衆を横目に、モノは「へへっ」と鼻を鳴らす。


「どんなもんだ! 結構、俺もやるじゃん! 可愛くて強いとか、最強だなおい!! ……って」


 自分でも驚く程に、身体が動いている。

 それに、発動条件――結びつく感情を自覚したからか、『白』の力も濃さを増しているように思えた。

 これなら、もしかしたら――。


 と、まさかの単騎での勝利の景色が、脳裏に浮かんだところで、それを真っ向から否定してくるのが、視界の奥から笑みを浮かべながら歩いてくる男の姿だった。


「あれ? 思った以上にダメージが少なさそうだな? しっかり入ったと思ったんだけど」


「……この程度で、僕がくたばるなんて、そんな事はありえない。もしかして、今のが君の全力だったりしたのかい? そうなら、残念だったね。この通り、ピンピンしてるとも」


 やはり、そんなに甘くはないか、と溜息をつくモノ。

 オリバーの身体は無傷とは言わないが、一見、目立った大きな外傷は無い。所々破けた服から覗く、擦れた怪我くらいだ。


「はは、これで分かったろう、君の前の存在が如何に強大なものなのかを。神の力が、如何に偉大なものなのかを!」

 

「まあ、最初(はな)から一筋縄でいかないことくらい、知ってたぜ。だから、必死に説得した訳だし」


「……? 何を、言ってるんだい?」


 己の力を誇示するが如く、大いにひけらかす器の小さき男。


 そんなことを言われたところで、モノの力では足りないことくらい、最初から分かっている。


 まだ自分の身に宿った『色』の力も、全部を把握してるなんて全く言えないし、心の方も強くあろうと意識し始めたばかりだ。

 まあ、だから、あれだけ『ずるい』言葉を並べて、あいつを引っ張り出てきた訳だ。


 含んだモノの言葉に怪訝な顔をしたオリバー。

 ――モノは、オリバーの後方、空へと舞った『赤い少女』の姿を見て、不敵に笑う。


「――なあ? エリュテイア、信じてたぜ」


「…………!?」


 モノの呟きに、オリバーが仰天の表情で振り返る。

 そこに、赤の少女――エリュテイアは不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、



()()()()()()()()()()――『血争(ブラッド・ウェポン)』」


 覚えのある響きと共に、『赤』を纏って、容赦なく血の槍を投げ落とした。





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