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二章第25話 美しき白よ




 ――それはもう、見てはいられなかった。

 遂に、自分の流す血で赤く染った少年と、これまた返り血で赤く染った男の一方的な攻防に、人々は目を瞑った。


 どれくらい続いただろうか。

 何度も吹き飛ぶのを見た。

 何度も血を吐くのを見た。

 何度も貫かれるのを見た。

 何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――――。



 

 ――けれども、その少年は立ち上がっていた。


 ああ、そうだ。

 こんなのはもう人間の所業では無い。

 彼の瞳はとっくに光を失い、血も殆ど残っていない。

 なのに、彼は魂を身体から手放さなかった。

 維持と根性、責任感だけで、命の端に爪を立てて、繋ぎ止める。

 

 尋常ならざる力が、少年を押さえつけて、手放さない。

 もはや、皆の恐怖の対象は、オリバー・バイシェルトからその少年――アルフレッド・アグランへと移っていた。

 

「もういい……やめてくれ……」


 誰が呟いたのかは分からない。

 だが、それはこの場の全員の総意だった。

 やめてくれ、もう見たくない。やめてくれ、もう少年を解放してやってくれ。やめてくれ、どうしてここまで。


 理由は何にせよ、この戦い――否、一方的な蹂躙に終止符を。誰もがそう願っていた。


 そして、終わりはしっかりとやってくる。


「はは、化け物が。やっと、終わりだな」


「……………………」


 全員が理解した。

 今の少年が一本の糸でぶら下がっているような状態であるのを。

 その糸を、オリバーが次の攻撃で断ち切ろうとしているのを。

 加えてそれが、次の瞬間には成功してしまうことを。


「可哀想だね君は。()()は君にとって最早、呪いだろうに……だから――僕を煩わせた君は、無様に死ねッ!!」


 振り下ろされる。

 神に愛された手刀が、人々の命を喰らったその腕が。

 獰猛な獣の口腔のようなそれが、少年の命を糧にしようと、牙を輝かせて――、


「ははは、ははははは! はっはっは……は?」


「ああ……やっ……と、きた、み、た……い、ですね」


 

 ――迫り来る白の少女の姿を見て、己の目論みが成就したことを確信し、アルフレッド・アグランはにやりと笑った。



※※※※※※※※※※




「――やめろぉッ!」


 そんなことがあってはならなかった。

 確かに、約束はした。

 しかし、モノの目に飛び込んできた、光景は悲惨なものだった。


「アルファ!!」


 突然響いたモノの声に、振り下ろす手を止め、見返ったオリバーを無視して、モノはすぐに立ち膝を突いた黒髪の少年へと駆け寄る。

 ――血だるまだ。

 身につけていた軽そうな鎧は粉々に砕け、見る影もなく、身体の全てが痛々しくぶくぶくと腫れ上がり、彼は見たことも無い量の血を、滝のように流していた。

 壮絶な姿となった友の姿を見て、モノは悲痛な声を漏らす。


「お前、こんなんになるまでどうしてっ……!? 俺は、ヤバくなったら、すぐに逃げろって……そう俺は……!!」


「――モ……ノ、さん……!」


「……!」


 アルファの姿を見て、まだ生きているのが不思議で仕方がない。

 モノは何か胸の奥から込み上げる物を感じ取りながら、途切れ途切れの声を漏らすアルファに耳を傾ける。


「すく、えなかっ、た……いのちも、あり、ました。です、が……! ぼく、ちゃんと、つなぎ……ました……から! あとは……たのみます……!」


 言い切ると同時に、糸の切れた操り人形の如く、地面へと崩れ落ちるアルファ。

 もう意識はない。恐らく、最後の力を振り絞って、モノに全てを託したのだろう。

 ――激情が、モノの中で沸き起こる。


 うつ伏せに崩れたアルファを細心の注意を払って持ち上げ、仰向けに寝転ばせ、ゆっくりと立ち上がるモノ。

 その背中にかけられる声は、あの憎らしい声で。


「はは。あまりに必死に時間稼ぎをするものだから、どんな奴が来るのかって期待していたんだけどね。まさか、モノ・エリアス、寄りにもよって君みたいな弱き者だなんて、がっかりだ」


「…………」


「黙り込んで、僕が怖いのかい? まあ、それも仕方ない。君は一度、僕に為す術なく首を絞められ、殺されかけているのだからね。全く、そこの少年は君なんかに何を期待していたんだろうね。ただの非力な少女に何を、くくっ」


「…………」


 黙り込むモノの後ろ姿にオリバーは笑う。


 そんな中、モノの中で沸き起こった激情は、世界の奥底へと繋がった。

 そこから乱雑に、感情に任せて、全てを汲み上げ、身体に力を――『色』を宿す。

 

「くくく、くはっ! ははははっ! 今すぐ身を引けば、君は美しいから、助けてあげようじゃないか。そら、早く恐怖に駆られて逃げ出したまえよ! そこの少年みたく無様に、みっともなく殺されたくなければね!!」


「――――」


 やがて、脳内であの感情の無い声が響き、モノは男を睨みつける。

 そして――、


「うん? どうしたのかな? ああ、もしかして、命乞いかい? はは、いいよ、聞いてあげようとも、君の必死な姿はとても映えるだろうからね。ほら、早く、五月蝿くぴいぴい泣きわめ――」


「そぉぉぉおおおおおおいっ!!」


「ごぼぁッ!?」


 ――光り輝く『白』を纏った拳を、男の腹へと、怒声と共に打ち放った。


 あまりの衝撃に地面は捲れ上がり、世界が振動する。

 バリバリという迸る力の稲妻の音。大気の爆ぜる音。耳鳴りのような甲高い破裂音。

 それら凄まじい破壊の音を纏い、モノはオリバーの身体を宙へと、純白の閃光で、フラストレーションのままに穿つ。


 年端もいかない、たかだか十三歳くらいであろう少女に、『加護者』である成人の男が持ち上げられ、跳ねる光景に、人々は言葉を失う。

 息を呑んだのは、なにも、少女の異様な力に驚いたということだけでは無い。


 ――美しい。

 そんな場違いも甚だしい感想を、誰もが抱いた。

 何の穢れも無い、全ての邪を拒絶する、ずっと純粋な『白』の光。絵の具。靄。

 そして、それらを発する少女自身。


 皆が皆、その美しさに目を見張った。心を奪われた。

 まるで、今まで感じていた恐怖とか、絶望とかそういった負の情の一切を、描き消すような純白な色に、人々は、一瞬で魅了された。


 そんな感慨も露知らずな、モノは男の飛んでいった方向を見て、「ふん」と鼻を鳴らし、叫ぶ。


「上等だ、このサイコパスロリコン野郎!!」


 アルファを笑ったあいつを許さない。

 多くの命を奪ったあいつを――オリバー・バイシェルトという『悪』を、モノは絶対に許さない。


「お前は今から片道切符で、地獄行きだぜ!」


 対する、オリバーは飛んでいった先で、余裕の表情で服についた砂埃を払いながら、起き上がり、


「くく、成程、力を隠していた訳だ。……ああ、何処までも何処までも、君たちはどれだけ僕の邪魔をすれば気が済むんだいッ!?」


 途端に、怒りの形相へと変貌する。

 何とも不安定な在り方だ。仮面で隠しては、その仮面を破り捨てる矛盾。

 

 再び、両者は視線を交差させ、臨戦態勢を取り対峙する。

 

「邪魔も何も、お前を倒すまでは気が済むわけねえ。……全く、この街に来てから、散々だ。すげえ痛えし、すげえ辛えし、すげえ気持ち悪いし、すげえムカついたし……けどな」


 最初の心地の良い平穏は一体、何処へやら。

 気づけば、こんな事態にまで発展している。

 正直、理解出来ない。けど――、


「――確かに、楽しい事もいっぱいあったんだ。だから、俺はそれを取り戻すまでもう諦めねえ」


 諦めかけたことも、いや諦めたことも実際にはあった。

 でも、ナナリンの優しさに救われ、エリュテイアの強さに救われ、アルファの信頼に救われたし、そんな凄い人達の姿に――モノは憧れを抱いた。

 

「その全部を世界が置き去りにするっていうなら、俺が全部、取り戻す」


「――――」


「ああ、散々だ。散々、馬鹿にされた恨み、百倍にして返してやる!」


 

 ――故に、美しく鮮やかな『白』よ。

 純粋で、純真で、無垢で、空虚なその色よ。

 ちっぽけな『正義』を振りかざし、大きな悪を屠ってみせろ。



「――お前は神になんてなれやしねえよ。くたばりやがれ、バーカ、バーカ! きゃー、変態よー!」


 最後の最後に余計な言葉を付け加えながら、モノは「べー」と舌を出し、弱さを見せないよう、己を奮い立たせて、精一杯に(おど)け散らした。


 

 

 モノ、そんな変態やっちまえ!

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