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二章第23話 望むところだ




「これじゃあ、もう……」


 モノ曰く、『街の住民を閉じ込める』とは聞いていた。だが、こんな手段で逃げ場が失われるとは思いもしなかった。

 街の全体を包み込んだ、半透明の膜――『結界』と呼ばれる魔法。

 この魔法は展開にも維持にも魔力の消費が激しく、それも、街全体に効果が及ぶとなると、その量は計り知れない。

 それに、何やら複雑な魔法陣と詠唱が必要だった筈だ。

 なるほど、オリバー・バイシェルトは随分と周到な準備をしていたらしい。


「――ぐ……ぅ……!」


「!? フィロさん、どうしたんですか!?」


 脱出不能の監獄と化した街。

 結界を叩き、「な、何だこれ!? 壁か!?」などと慌てふためく住民の姿を、アルファが眺めていると、突如として、隣に居たフィロが胸の辺りを押さえて、悲鳴を上げる。

 咄嗟にその苦しみだした少女の肩を支えたアルファ。


「組み込んだ魔法が……乗っ取られて……!」


「それはどういう……」



『――やあ、皆、聴こえているかな?』


 直後、街中に響き渡るのはフィロの声ではなく、知らない男の声。

 同時に、アルファはフィロが苦しむ訳を理解する。

 男の声が発せられたのは、フィロの飛ばしていた鳥の玩具からだった。

 あの玩具とフィロは魔力で繋がっている筈だ。それを無理矢理、第三者が断ち切ればやはり痛みが生じる訳で。


『はは、これはまた便利な小道具だね。申し遅れた、僕はオリバー・バイシェルト。まあ皆知っての通りだ』


 ――オリバー・バイシェルト。

 結界を展開した張本人であろう人物の名前だ。

 魔法の乗っ取り。他人の魔法の操作権を奪うには、その人の魔力の質より、自分の魔力の質が高いのが前提条件。

 それから、その魔法の全てを読み取り、魔力の紐を解かなければならない。

 それを平然とやってのけたオリバーは、もう既にその実力をアルファに見せつけていた。


『君達の誰一人として、もうこの街からは出ることは叶わない。……さて僕は今からこの街の生命をひとつ残らず贄に捧げる。でも優しい僕は、こうやって伝えることで、愚かな君達に覚悟の時間与える訳だ』

 

 この放送を聞く住民の表情を一言で表すのなら、戸惑い。

 皆が皆、信頼する人物からの、有り得ない言葉を聞き、まず自分の耳を疑った。

 聞き間違えだ、と。顔を見合わせ、頷く住民達。


 しかし、その疑念が全て消えることは無い。

 だから、住民達は疑い半分、安心半分の何とも言えない表情を浮かべた。

 

「オリバーさんだ……」「今、なんて言ったの?」「覚悟の時間……?」「馬鹿言え、あのオリバーさんだぞ、きっと閉じ込められた俺達を助けに来てくれたに違いない!」「ああ、きっとそうだ!」「オリバー様素敵……!」


 が、その戸惑いも、一瞬のうちに大きな畝りに飲み込まれ、希望と歓喜に変わる。

 本当にとんでもない街だ。そう、これこそが『盲信』。

 その病は、住民達の価値観を蝕む。


 そして、その妄想の域の信用と羨望は、オリバー本人によって、壊されていく。


『……冗談でしょう? 貴方様は素晴らしいお方だ、私達を救いに来てくださったんですよね……!』


 上空からの声に混ざるのは、しゃがれた男の声。

 住民の一人だろうか。その声色から、貴族に縋り付く男の姿が簡単に想像できる。

 そもそも、音が入る位なので、オリバーに近づいたのは間違いない。

 

 次に聞こえるのは嘲るような笑い声。


『――はっはっは! 本当に君達は矮小で滑稽な命だね。でも安心したまえ、そんな君達でもこの僕の役に立てるのだから』


『……はぇ? ――ぁ』


 間の抜けた声。

 刹那、聞こえたのは――、



 ――グチャッ。



 何かが潰れる音だった。

 そして玩具の口から劈くのは、大勢の人の絶叫。


『いやぁぁあああっ!!』『ヒィィィッ!』『お、オリバー様っ、なんでっ!?』


『あぁ……! また『犠牲』が増えた……! 流れ込み、湧き上がるこの力!!』


 この街の何処かで、一つの生命が終わりを迎えた。

 その場所は、聞こえる阿鼻叫喚からも、想像を絶する惨状になっているに違いなかった。

 オリバーと思われる声は、喜びに酔いしれる。


『なんて甘美なんだ……! ああ! 見える、見えるよ!! 目の前に! 天へと登る、神へと至る階段がさあ!!』


『あぁぁぁあああ、あ――――』


『一つ、また一つ命を消す度に、僕がその階段を一段一段登っていく!! そう、僕は加護を越えて、神になる! 九人目の【超越者】はこの僕だァ!!』


 理性のタガが外れたように、興奮した声で叫ぶ声。

 天から降ってくる地獄の音声に、アルファの周りの住民達もようやく、この状況が如何に絶望的かを呑み込んだのか、顔から一切の余裕が消える。

 ただ、訳もわからず呆然と立ち尽くして、悪魔の呼び声を聞くだけ。


 そんな周りの様子を尻目に、アルファは遂に殺戮が始まってしまったと、奥歯を噛み締める。

 だが、


「止めなくちゃ……! だけど、一体、この街の何処で……? こうしてる間にも、犠牲が増えて……くそぉ!」


 阻止しようにも、この地獄が『アゼルダ』の何処で繰り広げられているのかが定かではなかった。

 王都の次に大きな面積を持つ『アゼルダ』。宛もなく走り回るには、この街は少々広すぎる。


 だからといって、モノとの約束もある為、ずっとこうして行動しない訳にもいかず、アルファが兎に角、当てずっぽうで駆け回ろうと、足を一歩踏み出したその時だった。

 隣にいる苦しげだった少女――フィロが、アルファの腕を掴み、引き止める。


「……待ちたまえ! 一旦落ち着くんだ」


「な、なんです? 今、時間が無いことは流石にわかりますよね!?」


「重々承知だ。しかし、彼奴の場所が分からないんだろう。そのまま駆け回るのも良いが、それでは時間と労力がかかりすぎる」


「でも、それしか――!」


「……私は少々、鼻が効いてね」


「!」


「彼奴の居場所くらいなら集中すれば分かるとも」


 そう言ってスンスンと鼻を鳴らすフィロ。

 彼女は徐ろに、被っていた黒い博士帽を頭から取る。

 すると、なんということか。

 その頭には、猫のように毛の生えた、フサフサとした耳が二つ、ぴょこぴょこと跳ねていた。


 アルファは思いもよらなかった彼女の正体に、唖然として呟く。


「フィロさん……貴方は、もしかして……」


「そうだとも、私は『獣人』。訳あって普段は隠しているがね……そんなわけだ、彼奴の場所へと案内しよう。と、言いたいところだが、ひとつ聞いてもいいかい?」


「…………」


「――――君は、戦えるのかい?」


 フィロが、獣と人の中間に位置する存在である『獣人』であることを知ったアルファ。だったが、続けて彼女の口から飛び出た問いに、黙り込む。

 その沈黙に、怒りが含まれていると思ったのか、フィロは慌てて弁明をして、


「……いやすまない。決して、王都の兵士だという君の実力を馬鹿にしている訳では無いのだが、相手が相手だ。『加護者』と渡り合える程の力があるのかを聞きたい」


 そんな弁明に意味などない。

 何故なら、そもそもアルファには戦う力が一切無いから。

 馬鹿にしてないとは言うが、むしろいっその事、盛大に馬鹿にすべきだ。だから、


「いえ、戦えませんよ。残念ながら僕、敵を前にすると剣が振れなくなる欠点付きでして」


「……それでは」


 自嘲気味に首を振るアルファ。

 ――それでは話にならないだろう。

 フィロはそう言うつもりだったに違いない、だが、アルファはその言葉を遮って、

 

「――でも、僕は戦えなくても、モノさんはきっと戦えます。しかも助っ人も連れてくるって言ってました」


「――――」


「約束もしました。あの子、僕が戦えないことを知っていて、こう言ったんですよ……『俺が戻るまでの間、少しだけ街を守ってくれ』って」


 ヤバくなったら逃げてもいい、とも言っていたが、生憎、そんなこと出来そうもないし、するつもりもない。

 アルファにはこの状況から街を救う力が無い。

 だから、『モノ』という、この状況を打破する為の最後の希望を。


「ほんと無茶言いますよね。けど、こんな僕が頼りにされてるんです。そんなの、無下にできるわけないじゃないですか……!」


「――――!」


「この街には今、あれを止められる人は恐らく居ないでしょう。なら、僕の使命は、少しでも耐えて、唯一の希望に全てを託す事です」


 正直に言って、最早、手詰まりだ。

 だからこそ、アルファは『モノ』という少女に全てを賭ける。

 その為なら、命だって惜しまない覚悟だ。

 それに――、


「任せてください。僕、時間稼ぎだけは得意分野でして。ちゃんと繋げてみせますよ」

 

 時間稼ぎ、それは戦えないアルファにとって唯一の強みであり、唯一の手段だ。

 繋げてみせる、絶対に。あの『白』の眩い輝きへと。


 ああ、そうだ。

 だって、助けられたあの時、アルファの中でのあの少女の評価は、最高潮になってしまったのだから。


「……案内、お願いしますフィロさん。――街の延命、望むところです!!」


 フィロは目の前の少年の決意を受け取り、頷く。

 かくして、アルファはモノの一足先に、来るべき決戦の地へ。



 ――全ての点は一つの結末へと動き出した。




 てな訳で、色々と張っていた伏線が着々と回収されていってますね。楽しい。

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