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二章第22話 兵士の奔走




 モノがエリュテイアの説得を試みていた同時刻。

 黒髪の兵士の少年は、無事に、調査対象であった研究施設からの脱出に成功する。

 研究施設は『アゼルダ』の中心部、貴族の豪邸の地下に存在していた。


 アルフレッド・アグラン――アルファは見つからないよう、怯えながら敷地の外へと急ぐ。


「あぁぁぁ……街を守れだなんて無茶な頼み、どうして聞いちゃったんだ……!」


 呟いて、少し前の己の言動を振り返り、顔を手で隠して悶えるアルファ。

 

「やらかした、やらかした! ……モノさんみたいな子に、上目遣いでお願いされて……あぁぁ、カッコつけちゃったぁぁぁ」


 今すぐにでも逃げ出してしまいたい。

 第一、アルファには戦える力が全くと言っていいほどに無い。

 曲がりなりにも兵士ではあるし、訓練も受けているから、剣も魔法も一般人よりは行使出来るはず。なのだが、そんな英雄を目指しているアルファには、ある致命的な欠点がある。

 そう、敵を前にすると一切の攻撃が不可能になるのだ。敵を前にした瞬間、突然、全身に力が入らなくなり、恐怖に支配される。

 勿論、戦わなくては死んでしまうことも分かってはいるのに、そう考えれば考える程、余計に身体が動かなくなるので重症だ。


 それなのに、何故、あの白の美少女ですら勝てないという男の手から、街を守るなどという無茶振りを受けてしまったのか。

 答えは単純。ただのカッコつけである。

 

 というのも、アルファはモノのような年頃の少女の、お願いに弱い面がある。

 それはまあ、同じくらいの妹のせいだったり、英雄を目指しているアルファが無意識の内に、保護対象として見ているからだったりするのだが。

 それが、特に、あんな不安げな弱々しく、しかし真剣な瞳で見詰められて、身を引ける男なんてそうそういない。


『ちげえよ、バカ』


「バカ、ほんとバカ! ……と言いつつも」


 その場の勢いだけで受けてしまった願いに、後悔する自分の姿はあまりに滑稽で。

 アルファは、先、モノに言われた罵りを思い出し、確かにそうだと半泣きで肯定。


「…………モノさん無事ですかね。まあ、それにしても……可笑しな現象を見たものです」

 

 ――不可解な現象を見た。

 見た、と言えるのかは怪しいところだが、モノという少女が、目の前で瞬きの間にパッと消える、そんな現象に出会った。

 少女の口から『今から消える』と言われた時は半信半疑ではあったものの、実際に消えられると信じざるを得ない。


 などと、思考していると、アルファは豪邸の敷地の外へ。

 一先ずはその事に安堵の息を吐く。

 

「はぁ……逃げることだって、今なら出来る」


 昼間と比べて人通りの少なくなった夜の街を眺め、アルファは弱音を漏らす。

 だがしかし、逃げてもどうにもならないのが現状だ。

 王都に応援を呼ぼうにも、まあ間に合いそうにない。なら、今、この街を守れるのは消えたモノは除外して、アルファだけの可能性が高い。

 それに、


「でも、今逃げたら、大事なものを沢山、落っことしてしまいそうですから……!」

 

 アルファの夢はでっかく英雄。

 そんな英雄を目指す男が、一人だけ助かろうなんて、甘えが許されるわけが無い。

 モノとも約束をした。

 ああ、とても気が合う友人だ。強くて、それでいて、弱さもある友人。あの可愛らしい笑顔は守らなくては。

 だから――、


「……あの! 皆さんすみません! 僕、王都から来た兵士です! 貴族、オリバー・バイシェルトがよからぬ事を考えているみたいで……この街に居ては危険なので、避難してください!!」


「なんだなんだ?」「オリバーさんが……そんなわけないでしょう!」「嫌がらせか?」「夜だから静かにしてくれよ……」


「嫌がらせでもなんでもありません。このままでは、皆さんの命が危ないんです! 繰り返します! 僕は、王都から――――」


 アルファがこの街からの避難を勧告するが、それに対して従おうとする者は、現れない。

 何度も、何度も繰り返すが、一向に。


「これは命令です! 避難してください! ……ああもう! この街なんか異様な力を感じますね。有り得ないほどに、僕の言葉に耳を貸しちゃくれない」


 約十分、声を張り上げ続けていたが、その後、アルファはこの街の不可解さに、いち早く気づく。

 大きな(うね)りのようなものが、アルファの言葉を遮っているように感じたのだ。

 それからアルファは、考え込むような表情を浮かべ、


「なるほど……そういう街ですか……さて、どうしたものか」


 仕組みは分からないが、この街がそういう性質を抱えていることを理解する。

 こうなってくると、住民の信頼を一身に集めているオリバーの悪事を公開したところで、取り合ってはくれなさそうだ。

 もはや住民の避難は諦め、やはり、身を削ってでもオリバーとやらを止めるしかないか、とアルファが思った時だった。


「――――やあ、そこの少年。随分と困っているようだ。私であれば、話を聞こうか」


「貴方は……?」


「私はフィロ・ラーバス。この街の図書館で館長と司書を務めている者だ」


 声に振り向くと、そこには博士帽を被り、マゼンダの髪を二つに分けた白衣の小さい少女が、アルファを見上げていた。



※※※※※※※※※※



 不思議な雰囲気の少女だった。

 アルファより年下のモノよりも、幼く見えるのに、妙に立ち振る舞いが大人びているというか、貫禄があるとかそんな手合いだ。

 少女は、アルファの視線を受けて、博士帽を手で抑えて片目を瞑りながら、口を開く。


「……いやなに、今日の昼間に君と同じような突拍子のない事をいう少女がいたからね。気になったんだよ」


「僕と、同じ……」


 アルファの他に実験施設関連の情報を事前に知り、街を救うべく駆けずり回る、それも少女なんて思いつく限り一人しかいない。

 何故、調べに来ていたアルファよりも先に、モノが実験施設の事を知れたのかは分からないが。

 知れば、あの少女は必死に手を尽くそうとするに違いない。


 現に、アルファはスライムに囲まれ『死』を覚悟した際、あの少女に、『白』く美しい力に救われている。

 あの時に言っていた言葉は『放っておけなかった』だ。

 アルファから見て、モノはとても損な性格をしているように思える。

 多分、彼女は目に付く悪事の全てに手を伸ばさないと気が済まない類の人間だろうから。


「まあ、君の話以上に、その少女の話には突拍子の無い要素が含まれていたがね」


「あ、それ、もしかしたら『消える』ってやつですか?」


「うむ、なんと言ったか……そうだ、あの少女は『突発的テレポーテーション』などと呼んでいたか」


「『突発的テレポーテーション』……? 単語の意味は分かりませんが、その話本当ですよ。僕、目の前で消えるのを見ましたから」


 よく、あの少女は理解出来ない単語を用いる。

 『レベル』だったり『パターン』だったり、『テレポーテーション』だったり。

 独特なセンスだと思うが、普通に会話中に盛り込んでくるので、彼女からしたら普通の感性なのかも知れない。


 それはそうと、モノが消えたのも事実であるし、この街が危険なのも事実だ。

 アルファは、それらが嘘ではないことを真摯に伝える。


「ふむ、そうか……でも、街の住民は聞く耳を持たない、そうだろう?」


「はい……一体どうすればいいのか……」


「――『これ』を使うことにしよう」


「なんですか、それ。木でできた……鳥?」


 『これ』と言って、フィロと名乗った少女が取り出すのは、手のひらサイズな木製の鳥の玩具。

 見たことの無い物体に、アルファが首を傾げると、フィロは自慢げに語る。


『これは私の創作物でね。結構な自信作だ』


 だが、その声はフィロ本人からではなく、その鳥の玩具から聞こえて、


「うわぁ!? 玩具が喋った!? あれ、でも同じ声……」


「そうとも。これを複数匹使えば、私の声を遠くまで飛ばすことが出来る」


 今度こそ本人の口から聞こえた声。

 なるほど、魔力で動く仕組みのようだ。かなり高度な魔法が編み込まれているみたいだが、流石は司書。

 知識の量が豊富である。

 しかし、


「ですが、声を届けられたからといって、住民達が避難してくれるとはとても……」


「見ているといい。少々コツがいるんだ」


 フィロがそう言うと、彼女は白衣のポケットから沢山の同じ鳥の玩具を出す。

 それから、まるで生きているかの如く、あちらこちらへと羽ばたくそれに、アルファは改めて感嘆をあげた。


「凄い……!」


『――アゼルダの住民に告ぐ。私はアゼルダ図書館の館長フィロ・ラーバス。全員、即刻、この街から避難せよ。繰り返す……』


 夜の街に、響き渡る少女の声。

 これなら確かに、街の全員に効率よく、指示を飛ばせる。

 問題はその指示を聞いた住民が実際に避難してくれるかどうかだが――。


「なんだなんだ!?」「図書館の館長さんの声か?」「避難しろってどういうこと……?」「よく分からんが避難した方がいいんじゃないか?」


「!?」


 だが、そんな懸念は杞憂で。

 何故か、アルファの言葉にあれ程までに耳を傾け無かった住民達の一部が、戸惑いながらも、「避難した方がいいのでは」、と支持し始めたのだ。

 どういうことなのだろうか。

 どうして、アルファではダメで、フィロではいいのか。


 住民達の様子を見て唖然とするアルファに、フィロはやはり得意げな表情で、


「私は何も、信じられない事は言っていないからね。私はただ単に命令をしただけ。私の地位の力も少し借りたが」


「よく、わかりませんね……」


「ふむ、この街の病はとても単純だ。『盲信』……固定観念に囚われる病だとも。でも今の何の説明も無い私の命令は、その固定観念を刺激していない」


「……!」


 つまりは街の性質の抜け道か、とアルファは驚く。

 なるほど、そもそも信じられないような説明を入れてから指示を出すのではなく、ただただ、指示を出すだけでよかったのか。

 それなら、住民達が信じて止まない何かを刺激することなく、言葉が届く。

 加えて、フィロは自分の『アゼルダ図書館』の館長であるという称号の信頼力も利用している。


 そうすれば、全員とは言わないが、一部の人達が耳を貸してくれるようになると。

 よく考えられた策だ。


「徐々に避難に向かう人達が増えてる……これなら……」


「――待て、様子がおかしい」


 フィロの賢策に、これなら被害を抑えられる、とアルファが心の中で歓喜したのも束の間、そのフィロが突然、張り詰めた声色で呟く。

 様子がおかしいと言うが、街の外へと移動を開始した人々の様子には何処もおかしい点は見当たらない。

 かといって、鳥の玩具にも変わった様子は無い。

 発言の意味を理解出来ず、アルファが怪訝な表情をしていると、フィロは更に呟き、


「違う、上だ。空だとも」

 

「空、ですか…………? …………え!?」


「これは……してやられたね」


 フィロの言葉に釣られ、反射的に空を見上げたアルファ。

 その星と月の輝く夜空に、何か、薄い膜のようなものが広がっていくのが見えた。

 その広がる先は段々と、地上に降りてきていて――。


「…………『結界』」


 あの白の少女が言っていた通りだ。

 やがて半球になって、街の全体を囲んだそれを見て、アルファは、



 ――全ての命が閉じ込められ、いよいよ逃げ場を失ったことを悟った。




 この作品、初の視点変更。

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