二章第19話 初めての仲間
「――アルファ、お前なんでこんな所にいるんだ?」
モノの開けた扉にぶつかり、尻もちを着いた兵士の少年――アルフレッド・アグラン。
アルファと、そう呼んでいる少年はモノの姿に驚き、目を見開いていた。
「またすぐ会えそうな気がするとか言ってたけど、お前これは流石に予想してねえぞ?」
「それはお互い様ですよ! モノさんが実験に関わってるとは考えにくいですし……って、あ。なるほど」
一応、モノに助けられた身である為か、モノが実験に関わっているという線を、即時に思考から消去するアルファ。
そのアルファは、モノが出てきた部屋を覗き込み、無惨に破壊されバラバラに散らばった拘束具に気づき、己の中で何か合点がいった様子。
「モノさん何処か怪我とかされてませんか!? これ、捕まってたって事ですよね?」
「うん、捕まってた。怪我はまだあんまし無いな。締められた首が痛いくらい」
「く、首を締められた!? 結構それ、危ないと思うんですが!?」
「ああ、今の今まで気を失ってたところだ。あのくそロリコン野郎、ぜってぇ一発殴る」
思い出すのはあの貼り付いた涼しげな笑み。
美少女の首を締めながら、街の住民を殺すと発言しているのに、澄まし顔。
腹が立って仕方ない。あいつ、人を何だと思ってるんだ。絶対、一発とは言わず、めちゃんこにしてやる。
「は、はあ……ロリコン野郎ですか、まあ多分この施設の主のことなんでしょうけど、なんかもう憂鬱ですね」
「同感、ほんとに嫌なことばっかりだ。それで? アルファ、お前はここで何してたんだよ」
アルファにモノの状況が信じられないほどすぐに伝わった所で、モノは逆にアルファの状況を尋ねる。
まあモノも、アルファが施設に関わっているなんて微塵も考えてなかったが。
「そうですね……モノさんも巻き込まれちゃってますし、ぶっちゃければモノさんの手も借りたいですし。もういいですかね」
「いや、俺の手借りても、正直役に立つかどうかわかんねえけどな」
「そりゃまたなんで、自己評価が低いですね。……ともかく、僕が極秘任務を受けてこの街に来てるって言う話はしましたよね?」
「そんな話してたっけ?」
「あれ、冗談ですよね? 僕の記憶では間違いないはずなんですけど!?」
口ではそう言うが、勿論モノもその話は覚えている。
確か、アゼルダへと向かう馬車の中だったか。
思えば、一人だったはずの馬車に、アルファとナナリンが乗っていることが不思議だったのだが。
それはさておき、その馬車の中でどうしてかテンションの上がったアルファが『極秘の任務』というワードを口にしていたはずだ。
「うん、冗談。馬車で聞いた」
「よくこんな場所でそんなどうでもいい冗談言えましたね!? というか、モノさん落ち着きすぎでは? 特にその歳なら、普通、泣き喚いてるところですよ」
「いや、これでも俺、結構、何回も取り乱してたんだぜ? 今は……まあ確かに自分でも驚くくらいに冷静だけど」
「その冷静なのが凄いって言ってるんですけどね、僕は怖くて仕方が無いのに……はぁ……」
自分より幼い少女が沈着しているのを見て、情けないと、震える身体を押さえつけながら、溜息を吐くアルファ。
でも、そんな物はお門違いもいいところである。
モノだって、『突発的テレポーテーション』の初回と三回目では、そりゃあもう無様な姿だった。
散々悲鳴から逃げ回った挙句、見ないフリ、聞かないフリで自分を騙してまで目の前の困難を拒絶。
なんともまあ滑稽だ。
「んで、そういう切り口をするってことは」
「ああはい、モノさんの想像通り、その『極秘任務』の内容がこの街の貴族が何か不穏だから、調査しろというものでして」
「なるほどな……それでこの施設に辿り着いたわけだ」
アルファがここにいる理由について納得するモノ。
まさかこんな風に馬車での会話から繋がってくるとは思わなかった。
つくづく人の縁というのはよくわからないものだ。
「それにしてもここ趣味が悪すぎですよ……」
「それも同感。……そういや、ここ悲鳴やらなんやらが五月蝿かった筈なんだけど、この静けさはどうなってんだ?」
「あ、それは…………」
「いや、いいんだ。正直分かってたから」
モノがふと漏らしてしまった疑問に、口篭って真実を伝えるべきか伝えないべきかを迷う様子を見せるアルファ。
彼の優しさの表れだろうが、でもそうやって、口篭ってしまった時点で、答えを教えているようなものだ。
「全員、手遅れでしたよ。あれは……無理矢理『恩寵』を受けさせられていました」
「どういうことだ?」
「僕も噂程度でしか聞いたことがありませんが。この世には神とのコンタクトを可能にして、自身を『加護者』へと昇華させ『恩寵』を受けることのできる、所謂『聖遺物』と呼ばれるものがあるんです」
「『聖遺物』……?」
「まあ簡単に言ってしまうと、自動『加護者』製造機ですね」
「わお、すっげえ分かりやすい」
前半の説明では理解できそうも無かったが、最後の『自動加護者製造機』という単語でしっくりくる。
「フィロの話だと神が勝手に与えるみたいな『ニュアンス』だったけど、それ使うと誰でも『加護者』になれるって訳か」
「そうです。けど、問題なのは『器』の方でして。せっかく『恩寵』を受けたからといって、その者が『加護』の力に耐えられるかどうかは微妙なところなんです」
「……! おい、まさか」
「はい。ここの実験施設は、『聖遺物』で『恩寵』を受けた時に、どうやったら耐えられるか。それを調べる為の場所みたいですね。……それで、どうもここに居た人達は全員もう既に『聖遺物』を使わされた後だったみたいで……不安定な力で『死』を待つだけだったんです」
「何が『恩寵』だよ……ただの『呪い』じゃねえか……!」
その自動『加護者』製造機である『聖遺物』が与えるものは、もはや『恩寵』などではなく『呪い』だった。
死を確定する呪い。
その呪いをかけて、高みの見物をしながらその効力を確かめるオリバーはやはり、見下げた下衆野郎だ。
「言い得て妙ですね。そんなこんなで僕も助けようとしたんですけど、手遅れでしたよ」
「救えなかった、というより、そもそも救うも何もなかった、か。本当に……本当に何処までも馬鹿にしやがる……!」
モノが救ってやろうとしていたあいつらは、もうその時点で、停止不可の命のカウントダウンが始まっていたということか。
そして、もう一度『突発的テレポーテーション』で戻ってきた時に、絶叫が聞こえなかったのは、タイムリミットを迎えたからで。
一つの目標が、そもそも手遅れだったことを知った。
しかしまあ、今のモノはそんなんじゃ折れない。
折れてやらない。
だって、また守るべきものが増えたから。
「……けど、それを悲しむのは後だな。今は、街の奴らを守ってやらねえと」
「街の奴ら……ですか? 僕としてはこれで調査も終わりましたので、いち早く王都に戻って報告したいところなんですが」
「ああ、報告も大事だけど、そんな時間はねえと思うぞ。何せ、この施設の主アンド『加護者』のロリコンが言うには、『恩寵』を強める為にこの街の奴ら全員閉じ込めて、殺すつもりらしいからな」
「ころ……はいぃ!?」
モノの衝撃のカミングアウトに、任務の達成感に浸ろうとしていたアルファは驚愕の表情を浮かべた。
そこにモノは付け加える形で、追撃をかます。
「しかも今日って言ってたな」
「き、今日ですか!? もう今、夜ですよ!?」
「え、それは俺が驚いた。やべえ、マジで時間ねえじゃねえか!!」
気絶している間に経った時間は、大体、二、三時間程度だと思っていたのだが、まさかの半日。
計画の実行は今日だと言っていたので、もし本当なら本気で時間が無い。
「おいおいおいおい! 急がねえと!!」
「僕もどうしたら……というか、モノさんどうしてそんなに詳しいんですか!?」
「あいつ、ロリコンだから。俺の涙と唾と首絞め権で取引したらすぐにペラペラ喋りやがった! そう! ロリコンだから!」
「こんな実験してる上に、堂々と街の全員に殺害予告をした挙句にロリコンとか、最高に気持ち悪いですね!!」
「間違いねえ、虫唾が走る。……よし、こうなったら、速攻でロリコンの所に向かって、殴り飛ばしてやる!! ……と、言いたいところなんだけど」
オリバー・バイシェルトがクレイジーサイコパスロリコンという気持ちが悪い、それでいて、止めなければいけない対象であると、共有するモノとアルファ。
今まで孤独に戦ってきたモノは、アルファという目的を同じとする仲間が出来たことによる、何とも言えない安心感を手にした。
が、そんな中、突然、モノの言葉が詰まる。
それが原因で、アルファは怪訝な表情。
「けど……なんですか?」
「アルファ……いや、アルフレッド」
敢えてモノはアルファを愛称ではなく、本名のアルフレッドの方で呼んだ。
その方が真剣さが伝わると思うから。
現に、アルファはモノのその呼び掛けに、引き締まった顔をして聞く姿勢で――、
「――! ……なんでしょう」
「一つ、頼みがある」
モノは『あれ』が襲ってくる予感を覚えていた。