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二章第18話 反撃の狼煙と奇妙な再会




「……相変わらず、臭ぇな」


 もう何度目か、しかしいつまで経っても慣れない臭いだ。錆びた鉄と、何かが腐ったような悪臭が混じっている。


「悲鳴は、聞こえない。けど、今回は()が聞こえないフリをしているとかそういう訳でもねえしな」


 埃っぽい空気に、血の海もあって、死体もある。

 のに、あれだけ五月蝿かった悲鳴の一切が聞こえない。

 死体が見えている時点で、モノがまた無意識で認識を『シャットアウト』してしまった、ということは無さそうだ。

 ならば、


「まあ、何かあったんだろうな……」


 何か、とはまあ勿論、『死』とかそういうのを指すのだが、言葉にするのを躊躇ったモノはハッキリとは言わなかった。

 と、呟きながら、辺りを見渡して状況把握。

 間違いない、前回ヴィオレとの戦闘が起きた通路だ。

 通路の壁はひび割れ、そこから『温泉』の湯が少し漏れ出ている。

 やはりスタート位置は引き継ぐのが、基本のパターンらしい。


「ヴィオレの姿は無し。んでもって、通路も修復の形跡無し……ここの主は気づいてねえのか?」


 結構、派手にやりあった気がしたが。

 普通に音が聞こえなかったのか、はたまた聞こえてはいたが無視しているのか、それとも丁度あの時、この施設に居なかったのか。

 まあ、どれでもいい。

 モノのやることは変わらない。


「……流石の俺も覚悟が決まった。世界が何もかもを遠ざけるってんなら、望むところだ。全部に手を伸ばして掴んでやる」


 胸の辺りで拳を握り、心に覚悟の炎を灯す。

 

 目を瞑り、やるべき事を頭に浮べる。

 この場所での目標は、次の『突発的テレポーテーション』が起こる前に、研究施設の場所を特定するか、施設の主をぶっ飛ばすことだ。

 加えて、地上に戻ったらエリュテイアとも一度話をしなければ。


 それと、


「でもって、『最終兵器(アルマフィネイル)』の発動条件。てっきり場所だと思ってたんだけど、前回使えたからな……」


 初回と三回目の途中まで、モノは『最終兵器』の発動条件に場所が絡んでいると思っていたのだが、どうやら違う。


「ヴィオレが目の前で、知らねえ少女の首を締めようとした時だったか」


 モノは三回目の後半、ヴィオレと対峙した時の感覚を思い出す。

 ついでに、集落での初めての『最終兵器』の起動と、アゼルダに来る途中の起動の時のことも。

 前者は、ケイがヴァガラによって殺されそうになった時。

 後者は、アルファがスライムに襲われ、やられそうになってた時だった。

 そういえばエリュテイアが騎士団に襲撃された時も起動したか。


「はは、これ、なんで気づかなかったんだろうな」


 起動回数の少なさのせいでもあるが、それにしても我ながら鈍感すぎる。あまりの簡単な答えに、込み上げてくる自虐的な笑い。


 一度気づいてしまえば、馬鹿馬鹿しいほどに単純だ。


「ああ、間違いねえ」


 そう、記憶を辿り、感情を辿り、導き出される答えはつまり――、


「――()()()()()()()、か」


 モノは自分の手の届く範囲の悪事を見逃せない、とそういう性格なのを自覚しているが、起動したのは全部、そうやって目の前の誰かを守ってやりたい、救ってやりたいと思った時だった。


 思えば感情の無い声が『特定感情の増幅に伴う』とかなんとか言っていた気がする。

 あの時は対象を救うことだけで、頭がいっぱいになっていたが。

 兎にも角にも、この感情が『最終兵器』の発動条件だというのはもう間違いないだろう。


 その証拠に、


「『最終兵器』――起動」


 言葉と共に、あれらと同じ感情を抱く。

 ――救う、全部を。


 その不安定な感情は、やがて世界の奥底の巨大な何かに繋がる。感情をパイプにしてその『何か』――『色』を抽出。

 モノが行使するは『白』。

 圧倒的な権限を持って、その力は空間へと影響を齎し――、

 

『特定感情の増幅に伴う、《色彩》係数の上昇を確認。コード:ffffff、《最終兵器(アルマフィネイル)》――起動』

 

 感情の無い声が響くと同時に、『白』の光る絵の具のような(もや)が、モノの身体から溢れ出る。


 ――成功だ。


「よし、答え合わせ終了……『色』の力は感情と連動。どんな原理かは、わかんねえけど。ともかく、『白』を呼び出すのは『()()』ってわけだ」


 もしかすると、他にも条件を満たせる感情があるのかもしれないが、今は起動出来ることが確認できたのが嬉しい。

 モノは一度深呼吸をして、『最終兵器』の能力を解除する。

 この力、強力なのはいいのだが、如何せん後から疲労感が凄い。故に、今は温存。


 モノは閉じていた瞳をカッと開き、決意の表情を浮かべ、


「ひとまず色々な整理は終わったな……――んじゃ、反撃開始といきますか」




※※※※※※※※※




「とか言いながら、確かヴィオレと出会った場所は行き止まりだったよな? からのまさかの、ここまでは一本道……ああ、これあの水槽の所に戻らなきゃ行けない『パターン』だな」


 露骨に嫌な顔をして、ヴィオレの行使する『紫』の力の一つである『妖毒(ヴェノム)』により、文字通りボッコボコになった部屋を覗きこんだモノ。

 その部屋に、扉らしきものが一つしかないことを確認する。


「うげぇ、人間爆発空間はまだ流石に気が引ける……普通に考えて、あんなのトラウマだぞ……」


 水槽に囚われた人間。

 奇妙な声を上げて、爆発し、物言わぬ肉塊となる気色の悪い情景。

 今でもたまにフラッシュバックすると吐き気がする。


 いざ、反撃といっても、やはりあの空間に戻るのは億劫だ。

 いや、それしか道が無いし、グズグズしてる時間も惜しいのでどうせ向かうしかないのだが。

 

「……あああ! 情けねえ、バカか俺は! 時間がねえんだ、行くしかねえだろ!」


 パンッと気合いを入れる為に自分の両頬を叩く。痛い。

 ヒリヒリとする頬を撫でながら、モノは振り返り、道を早歩きで戻って――、



「――その必要は無いよ」


「!?」


 そこに打ち付けに、男の声が響いた。

 刹那、襲い来るのは衝撃と、首への強烈な圧迫感。


「が……ぁ……!」


 暗闇で上手く見えないが、何者かに片手で首を締め上げられている。

 想定していなかった事態に困惑しながら、モノは猛然とその手から逃れようと、身体をばたつかせた。

 しかれども、その締め付ける手の力は信じられないほどに強くて。


「何処から入ったのかな君……というか君のことは知ってるね。確か……モノ・エリアスだったかな?」


 それは記憶に新しい優しい声だった。

 モノはその声の主を、フツフツと湧き上がる怒りを込めて睨みつけ、


「ぁ……お、まえ……はぁ……っ!!」


「ああ、やはり君は美しい……。僕は君みたいな可愛い少女が好きでね。そうやって苦しんでいる顔はとても(そそ)るよ」


 やがて、モノを壁へと押し付けた男は、通路の光に照らされ闇から姿を現す。

 白に近い緑の髪に、黄色い瞳。

 金の装飾の付いた黒い高価そうな服。

 そして、男は、一人の少女の首を締めているというのに、有り得ないほどに爽やかな笑みを浮かべていた。

 ――オリバー・バイシェルト。

 三回目の『突発的テレポーテーション』の前、ドロシーに呼ばれた際に出会った、ここ『アゼルダ』の街一番の貴族であり――『加護者』である男。

 

「ぉ、りば……ぁ……ッ!!」


「覚えていてくれたみたいで光栄だよ。ああいや、僕ほどの存在、忘れるわけもないか」


 その微笑みの裏に見え隠れする狂気の色。

 街で出会った時には全く見せなかった、生理的嫌悪を感じさせるオーラに、モノの背筋が凍る。


「ああ! 本当にいいね、その表情! 今まで出会ったどの少女より魅力的だ! いっそのこと僕のものにしてしまおうか!?」


「ぁ、りゅま……ふぃひゅ……ぁ……!」


 恐怖に蝕まれるモノの表情に何を見たのか、激しく興奮した様子で顔を赤らめながら、オリバーはモノの身体を数回、壁に打ち付ける。

 モノは声を出そうにも、首を締める力が更に強くなったせいで、茶色い落葉のように枯れた声しか出ない。

 だから、『最終兵器』を起動させる為の、あの詠唱のようなものを口に出す事が出来なくて。


「な……ぁ……」


「うんうん、手の中の細い喉の動きの感触で分かるよ。なんで? って、そう言いたいんだよね?」


 どうして、この男がこんな場所に居るのか。それはもう分かる。こいつが、この気の狂った実験施設の主で違いない。

 ただ、分からないのは、どうしてこんな実験をしているのかということだ。

 その疑問をモノの喉仏の動きと表情だけで読み取ったオリバーは笑みを深める。


「君の思っている通り、僕がこの実験施設の責任者さ。でも君が知りたいのはそうじゃない、君が知りたいのは僕が何故、こんなことをしているか、そうだろう?」


 正直、何もかもを見透かされているみたいで気味が悪い。

 空気が吸い込めず、朦朧としてきている意識の中で、モノはオリバーの不気味さに震える。

 

「どうせ君ももう逃げられないし、可愛さに免じて教えてあげよう」


「……ひぅ……」


 段々と抵抗する力が失われる。

 酸素が足りない。視界でチカチカと火花が散る、星が散る。

 

「僕が『加護者』なのは知っているだろう? そう、神に選ばれし者って奴さ」


「…………かひゅ」


「僕が授かった『恩寵』は、その名も『犠牲』! ああ、実に甘味な響きだ。君もそう思わないかい?」


 半分以上が黒く覆われ始めている視界で、首を掴んだオリバーの手から何やら赤く光る紋章が浮かび上がる。


「この『恩寵』は僕の身体を強化し、その名の通り、犠牲が、生贄が増える度に効果を増す。それも際限なくね」

 

「ぐ…………」


「だとしたらさ、もし数え切れないくらいの数の人を生贄にしたら僕はどうなってしまうんだろうね」


「…………!」


「もしかしたら、神にだってなれるかもしれない! 強大すぎる力は人を狂わすと言うけれど、それは正しい。だって、僕が! この僕が、その力って奴に魅入られているのだから!!」

 

「……ぁ……」


「でも、ちまちまとやっていたら、特に王都の奴らなんかに途中で勘づかれて、邪魔されてしまう。だから強くなるのにかかる時間は短く、それでいて大量の生贄を用意しなければならない」


「…………」


「なら、この街は丁度いいよね。住民をこの街に閉じ込めて、全員殺せば、僕は圧倒的な力を短期間で手に入れられる。そうなれば僕を止められる奴は、もうこの世界に存在しない!」


「…………」


「その為の計画を僕はずうっっと練ってきた。完璧だ、今日、もうすぐこの計画は実行に移される。だからさ、君は大人しく見ててよ。大丈夫、君は可愛いから傍においてあげよう」


「…………」


「何やら色々と嗅ぎ回っているのも聞いたよ。けどそれも全部無駄。この街の住民は、非常に単純な性質を持っていてね。君達がどれだけ騒いだ所で誰も耳なんか貸しちゃくれない」


「…………」


「僕はこの街では人気者だからね……あれ? 聞こえてるかい? ……さては、もう眠ってしまったのかい? 残念だ、君の苦しむ顔をもっと見たかったのだが」



「温かい涙も、口から垂れた唾液も、本当に可愛らしい……まあ、僕も暫く忙しいから、全部終わったあとでまた君を虐めてあげるから、楽しみにしててよ――」




※※※※※※※※※※




 ――――――――。


 ――――……。


 ……。



「――かはぁっ!? はぁっ! はぁっ! ……? ここは……!?」


 気が付くとそこは簡素な白いタイルの部屋。

 壁も床も白。そこに混ざるのはやはり赤い血溜まりだ。

 部屋の全容を見渡そうとして、モノは痛む首以外が動かせないことに気づく。

 見下ろすと、金属の鎖で木製の椅子に縛られた細い身体。


「気を失ってたのか……反撃開始とかなんとか格好つけた矢先にこれだよ。辛すぎるぜ全く」


 口ではそう言いながらも、吹っ切れたモノは割とこんな状況でも落ち着いていた。


「カッコ悪すぎるし、時間感覚もわかんねえ……どれくらい気絶してたんだ……? てか自分でも怖いくらいに冷静だな、一周回るってこういうことか」

 

 この街来てからというもの、何度も『突発的テレポーテーション』で地下に飛ばされた為に、モノは太陽の位置で時間把握することが癖になりつつあった。

 のだが、気をやった上に、こう真っ白な部屋で空が拝めないとなると、現在時刻の特定は厳しい。


「『最終兵器(アルマフィネイル)』、起動。……ふんっ!」


 あれ程、不思議だった起動条件だが、コツを掴めば超簡単。

 モノは流れ作業のように『最終兵器』を起動し、『白』の力で身体を拘束していた金属の鎖を破壊する。


「オリバー・バイシェルト……まさかあんな超絶変態ロリコン野郎だったとは。てか俺、なんか変態との遭遇率高くね? 気のせいか?」


 この美しすぎる容姿がそういう輩を惹き付けてしまうのか、やけに変態との出会いが多い。

 ヴァガラ然り、オリバー然り、ナナリン然り。

 一人、なんか違うのが混ざっている気がするが、まあそんなこともあるだろう。……いや、ないな。

 

「俺が魅力的すぎて引き寄せてんのか、変態の方が歩み寄ってくるのか…………これ、両方だな」


 呆れたような薄い笑いをするモノは、自由になった身体で椅子から立ち上がる。

 それから、拘束されていたせいで固まった身体を伸ばして、(ほぐ)しながら、モノは視線の先の扉を見つめた。

 

「あいつ、何するのかは知らねえけど、街の奴ら全員殺すって言ってたよな……しかも今日。流石に気を失ってる間に日付は変わってない、と思うけど」


 もし、気を失っている期間が丸一日とかだったら、もうそれは詰みなのだが、モノの感覚的な話になるが、そこまで時間は経っていないように思う。

 それに、


「あいつ皆殺しにしたら、俺をどうにかするって言ってたし、ここに居ないってことはまあ、まだ終わってないってこったろ」


 それはもう、オリバーは堪らん、という顔をしていた。あれでは、計画を完遂して直ぐにモノの所へと飛び込んでくるはずだ。

 なら、まだ少なくとも、全ては終わっていない。


「……なら、止めねえと。これ以上、あいつの好きにはさせねえ」


 呟いたモノは、部屋の扉の取手を掴んで回し、開ける。

 すると、


「――――へぶっ!?」


「おん?」


 扉が何かにぶつかる感触と、素っ頓狂な声。

 一瞬、オリバーが全てを終えて戻ってきたのかとも思ったが、声質が全然違う。

 何者かと、気になったモノは扉の向こうを覗き込む。


 そこには――、


「――もう何なんですか……調査任されて、いざ蓋を開けたらとんでもない施設だし、人は簡単に死ぬし、扉は急に開くし……。はあ、ついてない」


「お、お前は……」


 悪態をつく、鎧を纏ったクセのある黒髪のナヨナヨとした印象を受ける、少年の姿。

 その少年はこちらの姿に気づくなり、少しの間、固まって、それから、驚いた表情をして、


「え……うぇぇ!? モノさん!? なんでここにっ!?」


「それはこっちも同じセリフなんだが……」


 この取り乱し方、見つめる深い緑の瞳。

 何もかもに見覚えがありすぎる。



「――アルファ、お前なんでこんな所にいるんだ?」


 そうその少年の名はアルファ――アルフレッド・アグラン。

 モノは全く思いがけないタイミングで、臆病な兵士との奇妙な再会を果たしたのだった。



 

 アルファってなんか安心するわ。

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