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二章第17話 『DECLARATION』




 「――って事なんだけど……フィロ、どうだ?」


 『突発的テレポーテーション』という不可解な現象の事柄も交えての説明。

 この街『アゼルダ』に来てからモノの身に起こった事象を細かく説明している時間は無いので、あくまで端的になるたけ分かりやすく伝え終えた。

 が、対するフィロは、ポカンとした表情を浮かべていて、


「ふむ、信じる……なんてことは無理な話だね」


「ああ、そうだよな、私だってこんな話されても信じない……けど、本当なんだ! 本当にこの街の地下に人体実験施設があるんだよ!」


「……夢でも見たんじゃないのかい? 安心したまえ、ここは現実だ」


「……っ!」


 悪い夢でも見たのか。

 夢と現実を混同するな。

 『アゼルダ温泉』の受付の男にも全く同じことを言われた。

 これが本当に夢だったならどれ程良かったことか。

 だが、まだ右腕を襲う鋭い痛みが、あの呪詛のような悲鳴に寄って震えた鼓膜の感覚が、あれが夢ではないことを鮮烈に証明し、訴えてくる。

 キッパリと信じない素振りを見せたフィロ。

 モノは「どうして」と声を荒らげる。


「くそ、どうしてだ! どうして誰も信じてくれない! このままだとこの街が危ないんだよ!」


「一旦、落ち着きたまえ、余程怖い夢だったのだろう。大丈夫、この街は平和そのものだ」


「違う、違うんだよ! 私はそんな慰めが欲しいわけじゃ――――」


 モノがどれだけ抗議しても、フィロは頑なにモノの話を『怖い夢』だと言って信じてくれない。

 フィロは、優しい声色でモノを(なだ)めようとしてくれているが、違う。

 モノが求めているのはそんなフォローじゃなくて。

 平行線で交わらない会話に、激情に流され、フィロの前のテーブルを叩き、身を乗り出そうとした所でモノは一切の動きを止めた。


 それから、目を見開き、震える血の気を失った唇で、モノは声を絞り出し――、

 

「…………まさか」


「……?」


 こいつもそうだっていうのか。


「――『盲信』……。お前も、そうだっていうのか」


 フィロに聞こえないくらいの声量で。もはや、呟いているのかどうかも怪しいぐらいの弱々しい声を漏らす。

 他でもない、フィロの口から教わった『街の病』。

 それがフィロにまで影響を及ぼしているのであるとしたら。

 フィロだってこの街、『アゼルダ』の住民の一人だ。

 何の根拠も無い言い伝えですら信じ込まれて、エリュテイアは疎外されているのだ。

 ましてやモノの突拍子の無い話で、住民の固定概念を覆す事なんて。


「すまない、小さくて聞こえなかったのだが、もう一度頼む」


「本当なんだ……本当なんだよっ……!」


「まだそんなことを言うのかい? 作り話だとしてもあまり出来のいい話じゃない。もういい加減、虚言はやめにしないか。図書館で声を荒らげるのも関心しない」


「……ッ!!」


 一転、苛むような口調で、モノを冷たく見つめるフィロ。

 なるほど、これが『街の病』の恐ろしさか。

 『街の病』を理解しているフィロでさえ、これなら、もうこの街にモノの言葉を信じる者は――。


「な、待ちたまえ、モノ・エリアス、君はまた逃げ――」


「うるせぇ……!」


 覚えたことを、直ぐに身をもって体験したモノは、何かどうしようもない位の不気味さに耐えきれなくなって。


 モノは振り返り、走り出していた。

 何かを振り払うように、何かに追われるように。

 フィロの制止の声も、ただの雑音だと、意識から遮断して。

 真昼間の眩しい街並みへと飛び出し――。



※※※※※※※※※※



 ――走って、走って、走って、走った。

 息が切れ、足が縺れそうになっても、走った。

 誰でもいい、あの施設の場所を。


「嘘みたいだけど、嘘じゃないんだっ!」


 ――信じて貰えなくて、信じて貰えなくて、信じて貰えなくて、信じて貰えなかった。

 いくら訴えようが、いくら叫ぼうが、信じて貰えなかった。

 施設の場所を聞く依然の問題だった。

 まともに取り合ってくれる人が居ない。


「このままだとあいつらが、この街がヤバいんだよ!」「信じてくれ!」「実験施設があるはずなんだ」「なんで誰も分かってくれないんだ……」「何か知らないか!?」「夢なんかじゃないんだよ!」


 行く先々で、笑われ、おかしな目で見られ、果てには逆に苛まれる始末。


 実際、信じようのない話でもある。

 それはモノにもわかっているのだが、それ以上に得体の知れない大きな力みたいな物が、この街を取り込んで居るように思えてならなかった。

 巨大な畝りがモノの言葉を、住民の心に響く前に、遮って、霧散させる。

 その巨大な物の正体が『街の病』だというのなら、もうお手上げだ。


「――お手上げ?」


 そう、どうしようもない。

 唯一まだ望みがあるのは、この街の者ではないアルファとナナリンだが、現在その二人とは連絡手段がない。

 

「……ああ、そうだ、お手上げだ」


 不意に、モノの走っていた足が減速し、遂には止まってしまう。

 ほんの少しだけ傾いた太陽の光に、ポツンと地面に影を落としたモノは、俯き、脱力。

 

「何もかも、届かない……」


 震える両手を顔の前へと持ってきて、その掌を見つめる。白く、細く、小さい手だ。

 こんなか弱い手で、誰かを助けようなんて、そんなことを思うこと自体が、おかしいのではないか。

 身の丈にあっていない正義感なのではないか。


 いつだってそうだ。世界はいつだって、モノから何もかもを遠ざける。

 今だって、モノの声なんか、誰も耳を貸しちゃくれない。


「ああ……もう、いいのかな」


 ヴィオレに突きつけられた現実よる焦燥と、逃げてしまっていた罪悪感と、仄かに灯った正義。

 それらの弱々しい原動力で動いていたモノの心が、意志が、再び、黙り込んでいく。

 

「そもそも私には関係の無いことだって、そう逃げてたじゃないか……」


 ズキリとモノの胸が痛む。

 どうしてかは分からない、けど、確かに傷んだ。

 

「なんで私が苦しいんだ……苦しいのはあいつらで、私じゃない。痛いのも、あいつらで、私じゃない……」


 じくじくと赤くなった右腕を隠すように、左手で掴みモノは愚痴を零す。

 また、折れていく。

 脆い心が、折れていく。

 先程まで重くのしかかっていたものが、一気に身から引いていくのを感じた。


 ああ、まるで夢だったかのように。

 もう逃げてしまおう。あれは『悪い夢』だったんだ。

 

 だから――。


「なら、いっそ、もう一度諦め――」



 ――だから、諦めかけたモノの視界に映ったその光景は、あまりにも衝撃的で。


「ぁ……」


 虚ろな目でモノが見つめる先には、血の赤。

 否、赤い髪をサイドテールにした少女の姿。

 あんな綺麗な髪、忘れるわけがない。

 間違いない、


「えりゅ……ていあ……?」


 掠れた声で、モノは『化け物』と恐れられる少女の名を呼んだ。

 遠巻きのモノの視線に気づかない、赤い髪の少女――エリュテイアは何やら街の用水路を覗き込んで叫んでいるように見えた。

 必死に手を伸ばして、何かを掴もうと。


「こ、ども……?」


 ふらふらと少しだけ近づくと、その状況の詳細が見て取れた。

 用水路には流されながら、ひたすらにバタつく子供の姿。その子供に向けてエリュテイアは叫んでいる。


「早く、掴まりなさい! ほら、早く!!」


「おねえちゃん、助けてぇっ!」


「この手を掴むの、ほら!!」


 モノの心臓がどくん。と跳ねた。

 『助けて』と声が聞こえる。さては、実験施設で聞いた、助けを求める声に追いつかれてしまったのだろうか。折角逃げようとしたのに。

 しかし違う。助けを求められているのはエリュテイアで、求めているのは用水路に溺れかけた少年だ。


 両者とも必死に手を伸ばし、何度もスレスレのところで、水の流れに引っ張られ、助けることは叶わない。

 

 それはやはり、誰かの状況によく似ていて。

 でもそいつはもう、諦めようとしていた。助けようとした者達は世界から流されて、離れていって、遂には手が届かないところまで。


 だが、エリュテイアは諦めない。

 何度、少年に離されても、身にまとったゴシックドレスが地面に擦れて汚れても、一心不乱に追いかけるエリュテイア。

 モノはその光景に何か眩いものを見た気がして、目を細める。


 何故。何故、あの少女は諦めないのか。

 モノは諦めようとしているのに、何故。


「…………っ!」


 数度の空振りを繰り返し、やっとの思いで、エリュテイアは少年の腕を掴んだ。泣き喚く少年も、その小さな身体で一生懸命に救いの手を離さないよう、縋り付き――。

 やがて、少年の身体を引き上げることに成功したエリュテイアは、涙を浮かべた少年の頭を優しく撫でる。

 素晴らしい救出劇。

 たった数回、手が離れただけで諦めかけていたモノと、何度離れようが諦めなかったエリュテイア。


「…………やっぱり」


 ――我ながら、単純過ぎる。

 エリュテイアと少年の救出劇を見たから、ただそれだけ。それだけなのに、心が突き動かされる。

 ああ多分、エリュテイアと自分を重ねていたからに違いない。

 だから、彼女のひたむきな姿を見ただけで、こんなにも。


 諦めなければ、モノにも救えるだろうか。

 諦めかけた矢先、強い、強い自分に似た少女の鱗片に触れた。

 本当にそれだけなのに、色を失いかけていた世界が、急速に鮮やかで、美しい彩りを取り戻していく。


 本当は分かっていた。

 諦めようとしていても、何処かで、モノの本心はズキリズキリと針を刺していた。

 だから、エリュテイアの強さを見た瞬間、ハリボテの心は剥がれ落ち、


「……諦め、きれない」


 無理矢理、心の奥底へと押し込んだ激情が、モノの身体を駆け巡っていく。

 そうだ、はなから諦めようなんてできなかったはずだ。

 諦めるフリをして、辛いことから目を逸らして、逃げようとしていただけだ。


「――諦めきれない」


 そうだ、本心よ吠えろ。

 虚栄の殻なんて破り捨てて、楽な方に楽な方に逃げようとする()()をかなぐり捨てて。

 そうだ、今一度、心に信念を。

 いつからこんなに、他人を直ぐに見捨てられるような奴になったんだ。

 そんなわけない。人の根本的な部分はそう簡単には変わらない。

 モノ・エリアス、お前は傷ついた他人を自分に関係ないからと、放っておける程強い生き方は出来なかったはずだ。


 お前は弱い奴だ。

 だから、


「諦めきれない!」


 声を上げる。

 視界の先では、街の住民と思われる人々が集まってきていた。その中の一人、助けられた少年の父親だろうか。

 男は、濡れた少年をエリュテイアの手から、乱暴に引き剥がす。

 そうして、少年を守るように抱きしめたその口から放たれるは、感謝とかそういったものでは一切なく――。


「『化け物』め! 俺の息子に何をしている!! 近寄るな!」


 ――罵声だった。


「……ぁ?」


 予想外過ぎる男の反応に、モノは声にならない声を漏らす。

 一瞬、男が何を言っているのか、モノには分からなかった。


 だって、エリュテイアは溺れてしまいそうな少年の命を助けた。それなのに、何故。

 何故、エリュテイアが怒鳴られ無ければならないのか。むしろ逆の、はず、なのに。


「巫山戯るな……」


 モノは知らず知らずの内に、声を漏らしていた。


 この世界は理不尽だ。

 あの司書が言っていたことは正しい。

 この世界には理不尽が溢れすぎている。


 視界の先の出来事は、こんな程度じゃ収まらなかった。

 少年の父親に続き、ぞろぞろと大勢の人々が、好き勝手に更に鋭利な言葉を投げつける。


「あっちいけ! 『吸血鬼』! この子に手を出すな!」「くたばれ!」「もう二度とここに近づくな! 恐ろしい!」


 エリュテイアが何をしたっていうのか。

 エリュテイアの何を知って、あいつらはあんな言葉を浴びせているのか。

 これじゃあ余りにも――、


「巫山戯るなあッ!」


 モノは今度は、明確な意志を持って叫んだ。

 しかし、その声がギャラリーに、エリュテイアに届くことは無い。


 ――始まっていた。

 あの現象が。

 全てを置き去りにするあの現象が。


「何で『今』なんだよ……!」


 彼女は哀しい顔をしていた。

 彼女は一粒、涙を流していた。

 彼女は強がって、何も言わずに耐えていた。


「毎回、毎回毎回毎回! 何で『今』なんだ!! あいつに言ってやらねえといけねえのに!!」



 ――景色が遠ざかる。



「お前は悪くないんだって、お前はすげえ良い奴なんだって!」



 ――匂いが遠ざかる。



「俺はお前の味方だって、そう言ってやらなきゃいけないんだよ!!」



 ――音が遠ざかる。



「どうしてッ! どうして『今』なんだッ!! 置いていくな!!」



 ――世界が遠ざかる。



「置いていくな、世界!! 俺を置いていくなあッ!!!」



 叫んでも、死に物狂いに手を伸ばしても、届かない。

 届かない。




 ――届かないのなら何度でも。


「もう諦めてなんかやらねえ! 全部、拾って全部終わらせてやるッ!!」



 やってくるのは新しい景色。

 少女は咆哮を上げる――!



「こんな世界なんか、クソ喰らえだッ!!」




 ――五度目の『突発的テレポーテーション』。

 モノは世界に宣戦布告をした。






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