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二章第16話 ノータイム・ノービリーヴ




 登りきった太陽がやけに眩しい。

 昼時になって余計に騒がしくなった街中の風を切り、モノは奥歯を噛み締めながら走っていた。


「ここを曲がれば……!」


 やってきたのはあの温泉街。

 湯煙と硫黄の香りが立ち込める、前にナナリンに引き摺られて来て、ドロッセル・リーリアと出会い、そして初めて『突発的テレポーテーション』が起きた場所。


 急ぎではあったが、流石に血塗れの状態で街中を走ることは不可能で。

 今は身体にベッタリと付いた血を、簡単に拭い、衣服を宿に戻って、例の洗浄魔法と乾燥魔法をかけてもらった後。

 宿の人にも驚かれたがそれに構っている余裕も無かった。


 モノは角を右に曲がり、視界の先に温泉施設の姿を捉えた。

 行き交う人と度々ぶつかりそうになるが、それを上手く躱しながらモノは、その一階建ての煙突の着いた茶色い屋根を目掛けて突っ走る。


「相も変わらずテレポーテーションのタイミングは最悪だし、腕は痛えし!」


 テレポーテーションが起きたのは、モノがあの施設に囚われている人達を放っておけないと、目を逸らしていた現実にやっと向き合おうとした時だった。

 あの時、突発的テレポーテーションが来なかったら、そのまま実験施設を駆け回っていたはずだ。

 しかしその機会すら奪うのがこの現象。

 それに、最後に『紫』の『最終兵器(アルマフィネイル)』――ヴィオレにやられた右腕も赤く火傷したみたいになっていて痛い。

 何から何まで、最低で最悪だ。

 逃げようとしていた自分も含めて。


「むしろ今テレポーテーションしてくれ! 私をあの場所に戻してくれよ!」


 どれだけ希望を述べたところで、『突発的テレポーテーション』はやってこないので、こうやってあの研究施設がありそうな所を、片っ端から回ることになってしまう。

 今分かっているのは、地下にあることと、この街『アゼルダ』の範囲内ということか。

 実際、遠くの山から『温泉』は引っ張られて来ている様なので、あの地下が『アゼルダ』とは限らないのだが、そこはヴィオレの発言からそう信じることにする。


 あのヴィオレという少女の立場もよく分からないものだ。

 モノを打ちのめしたかと思えば、こうやってヒントを与え、更にはモノが逃げていた現実を突きつけてくれた。

 『頑張って欲しい』と言っていたので、味方だとも考えたいが。

 正直モノの中で、ヴィオレの立ち位置はブレブレだ。


「と、今はヴィオレのことはどうでもいい……! 早くあの施設が何処なのか調べねえと!」

 

 逸れそうになった思考をリセットし、『アゼルダ温泉』の建物へとモノは駆け込んでいく。

 早くも肺が痛いが、そんなのはモノの犯した罪と比べれば大したことない。

 自分には関係ないから、と見て見ぬふり、聞いて聞かぬふりをした自分の罪に比べれば。


「お、お客さん!? 代金は払ってもらわなきゃ困ります!」


「ああくそ、すまん、これでいいか?」


「はい、毎度! どうぞごゆるりと!」


 止められる足に苛立ちを感じるが、その男には全く悪い点が無いので、素直に謝り、集落で貰った金で、代金を払うモノ。

 それから、前のめりになりながら、早歩きで更衣室へと向かったモノはその途中でハッとして呟く。


「そういや、地下に研究施設があるかどうかなんて、どうやって調べるんだよ……!」

 

 地下にあるのだからこの街の中に絞れているとはいえ、探すのは困難を極める。

 あんな(むご)い、人間が爆発するような実験をしている施設だ。足が残らないように徹底しているに違いない。

 この広い街の中で、捜し物をするだけで骨が折れそうなのに、よりによって地下まで捜索範囲が広がっている。

 いい解答の思いつかないモノは取り敢えず、受付にいた男の元へと戻る。


「なあ、あんた!」


「ありゃお客さん、早いね、何かあったのかい?」


「この温泉の地下に、人体実験施設みたいなのってあったりするか?」


「人体、実験施設かい……?」


 戻って直ぐに男に問うモノ。

 些か質問内容が直球過ぎたか、とモノは聞いてから後悔するが、聞いてしまったものは聞いてしまったので、そのまま首を傾げる鉢巻をした男の返答を待ち――、


「……ぶわっはっは!! 何言ってんだいお客さんっ! 何か怖い夢でも見たんですかいっ!? ぶふぅっ! こりゃ傑作だ!」


 唾を散らし、腹を抱えながら盛大に吹き出す男。

 まあ分かりきっていたことだ。こんな事を言ったところでまず相手にもされないだろう。

 けど、笑い飛ばされて終われる程、モノも冷静ではなくて。


「笑い事じゃねえんだ! ほんとなんだよ、この街のどっかにあるんだ!」

 

「そんな話、誰が信じるんです! 嘘をつくならもうちょっとマシな嘘をついてくださいよっ! ぶわっはっは!!」


「嘘じゃねえって言ってるだろ!? このままじゃ駄目なんだよ! 人が……人が死んじまうんだ!!」


「ひーっ、ひーっ、ああこりゃ笑い死んじまうなァ!」


「ああちくしょう……っ!」


 モノがどれだけ必死になろうと、むしろ、モノの必死さが増す度に、比例して男の笑いが大きくなる。

 埒が明かないやり取りだ。

 何処にもぶつけようの無い怒りが、モノの中で湧き上がるが、そこでモノは一旦深呼吸。


 こういう時こそ冷静にならなければ。


「ふうぅぅぅ……じゃあ、この地下には実験施設は無いってことでいいんだな?」


「はっはっは! 俺は温度とかを調整する為によく毎日地下に行くけど、そんなものは見たことがねえなあ! お客さん、夢と現実の区別はつけたほうがいいぜぃ!」


「それが知れたなら上々か……ありがとな、私もこれが夢だったらいいって思うけど、そうはいかねえみたいでな!」


「おや、お客さん、もう行くのかい!? 温泉は? 入らないんだったら、金返すよ!!」


「ああもう行く! 金は貰っといてくれ!」


 知りたいことは知れた。

 確かに、今の男が研究施設に関わっている人物だという可能性も無くはないが、モノはその線は薄いと考える。

 理由は二つ。

 一つは、今のモノは傍から見たらただのか弱い少女だ。

 男が関係者だとするのなら、そんな少女が嗅ぎ回っていると知った時点で「地下を調べたいなら一緒に行くかい」とでも言って、人気のない所に誘い込みどうにだって出来たはず、ということ。

 二つ目は、あんな実験をする奴らなら、相当に人格に異常をきたしている筈だ。こうやって、普通に会話できて、気遣いも出来るなんて思えない。

 まあ要するに二つ目は単に、モノの勘だ。


 そんなこんなで、地下施設を見つけるには、地下施設そのものを探すのではなく、人に聞くか、他に手がかりを探すしかない。

 最終的な手段で、街のありとあらゆる地面を『最終兵器』の力で、ぶち壊してもいいが、それは本当にそれしか手段が無くなった時だ。地下空間を潰してしまう可能性もある。

 そう考えたモノが、記憶を辿り、次に向かうべき場所は――、


「……『アゼルダ図書館』!」




※※※※※※※※※※




「――フィロ! 居るかっ!?」


 太陽の紋様の入った扉。前は休館日だったせいで開かなかった扉を、モノは押して開ける。

 開けて即刻、モノは目当ての人物の名前を叫んだ。

 その叫びに、座った椅子を回転させ振り向く、二つに分けたマゼンダの髪を揺らす白衣の少女。

 少女は被った博士帽を片手で押さえ、口を開く。


「……ここは我が家みたいな物だから、勿論居るし、図書館では静かに、と言いたいところだが、何やら切羽詰まっている様子だ。話を聞こう」


 「ただし、トーンは抑えて」と付け加え、対話の姿勢をとる少女――フィロ・ラーバス。

 彼女の話の早さに「助かる」と感謝しつつモノは、赤い絨毯を踏みながら、フィロへと近づいていく。


「茶はいるかい?」


「わりい、立ち話でいいか?」


「私は座りながら話すが、いいとも。……それにしても、モノ・エリアス。君は……また色んな珍しい匂いが増えたね」


 すんすんと可愛らしい鼻を鳴らすフィロ。『匂い』とは、前回モノが『図書館』に訪れた時にも言われた言葉だ。

 あの時は確か、モノのことを『特別な匂い』とか言っていたか。


「特に強いのは血の匂いだ。それもいくつもの血が混ざっている。もしかしてあの子にでも会ったのかい?」


「あの子?」


「ああ『吸血鬼』さ。流石に君も知らないとは言わせないよ。この街で最も恐れられている存在さ。血を吸う化け物」


 『吸血鬼』と言われてモノが脳裏に思い描くのは、綺麗な赤い髪のサイドテールの少女、ただ一人。

 

「エリス……エリュテイアのことか? なら確かに森で会ったぞ、仲良く茶会もした」


「なんと……! やはり君とあの子は繋がる運命にあったか。君とあの子は『特別な匂い』がしているから、どこかで交わることにはなると思っていたが、想像よりも遥かに早い」


 モノがエリュテイアと出会い、茶会までしたことを伝えると、目を見開くフィロ。

 前回言っていた『特別な匂いがするあの子』とはエリュテイアの事だったのかと、モノは合点がいく。

 ただ、


「んで、本題に入りたいところだけど、ちょっと気になったから先に言っとく。あいつは『化け物』なんかじゃねえぞ」


「ふふ、本当に仲がいいようだね。なに、勿論私もあの子が化け物だなんて、本気では思っていないさ」


「だったら……」


「――けど、この街の住民達はそうはいかない」


「……!」


 ピンと糸が張り詰めたような雰囲気。

 モノが呆気に取られると、フィロはそのまま続ける。


「見なかったのかい? あの子が街の人間に『恐ろしい化け物』と怖がられるのを。あの子が近づくだけで、『近寄るな』、『あっちに行け』と拒絶されたり、逃げ惑われたりするのを」


「街の人にってのは別段、見てないけど、『騎士団』に襲われそうになってたのは見たな」


「『騎士団』……? どういうことだい?」


「そのまんま、騎士団があいつの家にやって来て、『討伐』とかなんとかほざいてた」


「……!? それで、どうなったんだ!?」


「ああ、ムカついてぶっ飛ばしといたから、そこは安心してくれ」


 モノの拳を突き出すジェスチャーに、身を乗り出していたフィロは「そ、そうか」と椅子に戻る。

 再び背もたれに体重を預けたフィロは、一つ咳払いをしてから、


「――街には……というより厳密には地域毎にだが、人間性の違いというものが存在する。街の病と言ってもいい」


「というと?」


「例えば、ある街では人を疑い易い人が多かったり、ある街では怒りっぽい人が多かったりといった具合に。……この街にもあるんだよ、そういう病が」


「この街……『アゼルダ』の病……?」


 オウム返しで問うモノ。正直、こんな話をしてる場合では無いのだが、『アゼルダ』の街の住民の人間性を知ることは、これからの捜索にも役立つかもしれないので、モノはフィロの回答を待つ。

 それから、フィロは頷き、


「この街の病。それは――『盲信』さ。ひとつ信じたことに縋り続ける病。これのせいで、あの子は、言い伝えを信じた住民達に恐れられる」


「……救われねえ話だな」


「そうだね。……と、すまない随分と逸れてしまった。急いでいるんだろう? 君の言う、『本題』を聞かせてくれ」


 『盲信』――理由もないのにある事柄を信じつづけること。それがこの街の住民の特徴であり、エリュテイアを傷つける原因なんて。

 本気で救いようのない話だ。これじゃあエリュテイアも、もう何処に怒りをぶつけていいのか分からないだろうに。


 と、有り難い(?)話が聞けたところで、フィロはモノへと『本題』についてを催促する。

 そんなフィロに、モノは真剣なトーンで話し始める。


「ああ……フィロ、この街に実験施設のような物があるって話は聞いたことがあるか? もし知ってたら、それが何処にあるのか聞きたい」


「実験施設……? はて、そんな話は聞いたことがないな」


「マジかよ……フィロでも知らねえのか。ほんとにあの実験施設、『アゼルダ』にあるってことであってんだろうな……?」


 モノにこの街の事を色々と教えてくれた彼女でも、実験施設があるなんて知らないという。

 ここまで来ると、なんならこの街の地下であってるのかすら怪しい。

 もし、本当にこの街の地下なんだとしたら、施設の主は相当な用心深さだ。


「……さっき、私から血の匂いがするっつったろ? 多分それ、エリュテイアが原因じゃなくて、その実験施設が原因なんだわ」


「ふむ、となると君がその実験施設に居たような口振りだね。もしかして関係者かい?」


「あああ、違くて! なんて言うんだろうな……巻き込まれたっていうか、んで今、そこに囚われてる奴らを助けようと必死になってるっていうか」


「巻き込まれた? でも君は今ここに居るじゃないか。脱走してきたのかい? いいや、それにしては施設の場所が分からない……?」


 モノのあやふやな説明に、困惑の色を深めるフィロ。眉間に皺を寄せ、何かを考え込んだかと思いきや、首を横に振り、また考え込むというのを繰り返している。

 

「ああくそっ! そりゃ、伝わんねえよな……よし」


 だってモノは大事な話を伝えていない。

 難しい話だ。伝えなければ理解してもらうことが出来ず、伝えたら一気に信憑性を失う。

 でも、ここいらが限界か。

 このまま理解して貰えずに終わるのなら、いっそぶちまけてやった方がいい。


「……フィロ、笑わないで聞いて欲しいんだけど」


「どんな話なのかにもよるが……努力しよう。聞かせてくれ」


 覚悟を決めたモノは、身体が汗ばむのを感じながら、ゆっくりと口を開き――、



「……俺、『テレポーテーション』しててさ」



 言葉を紡ぎ始めた。



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